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永久の眠りに寄り添う花  作者: 蝶月
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4話

 レストランの中は十ほどある四人席の机が並んでいた。ペンションの規模からすると妥当な大きさのレストランだろう。リーゼロッテが座った位置から厨房が見え、そこには一人の男性が料理をしていた。プリムラ曰く、彼はプリムラの父らしい。

 このペンションは家族で経営しているらしく、今は客が疎らなため従業員は雇っていないそうだ。いつもは村の若者が手伝ってくれるとプリムラに説明された。そして、レストラン内は私以外に客がいない。残念なことに聞き込みができなかった。


 ここで一つ引っかかることがある。リーゼロッテはノースレイクの図書館で調べたことを思い出す。この村の繁忙期といえば花畑の花が咲き、それに伴って蜂蜜が生産される時期だ。特集では十月前後と書いており、観光客は花を見て蜂蜜(実際は去年の蜂蜜も使うらしい)を楽しむのだそう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()それなのに―――何故これほど客が少ないのだろう? この村にペンション以外泊まる宿はない。ならば今年はまだ咲いていないのだろうか。


「(…しかし、私には関係ないか。観光客がいるからと【銀の石】が展示される可能性は期待は出来ないし、それならば聞き込みがしやすいと喜べばいい。ふむ…あまり目立つようなことは出来ないな)」





 昼食を食べた後、リーゼロッテは早速聞き込みを開始した。プリムラを伴って。

 …いや、私がついてきてほしいと言ったのではない。プリムラがついていきたいと行ったのだ。私としてもハスターの観光名所について質問責めにしていたと言った手前、『すまない。観光は一人でしたいんだ』と言えるはずがない。

 それに案内役に村人がついてきてくれると思ったらいいではないか。正直に【銀の石】を探していると言ってもいいが、とても危険だと思う。【銀の石】は金貨二十枚の価値がある品物だ。盗みに来たと思われて攻撃されたらたまったものではない。ここで武術の一つでも出来ればよかったのだが…。


「お姉さん! どこから行くの?」


 プリムラがにこにこと笑いながらリーゼロッテに問いかける。雰囲気的には一通り観光名所を巡りつつ、こっそりと情報収集をするという感じだろうか。出来れば村を回ってひたすら聞きに行きたかったが…兎に角、人を見つけ次第聞けばいいか。まだ明日もあるし、最悪所持者に交渉だけ取り付けて帰ればいい。ていうか、一週間て短くないか? 二日しか滞在出来ないぞ…!


「そうだな…何が見どころだ? やはり花畑や蜂蜜か?」

「うん、そうだよ! 今ね、紫苑の花が満開なの!」

「紫苑の花か。初めて見るな」

「ペンションの花壇に植わってる花も紫苑だよ。私が種を植えたんだぁ」

「あれが紫苑か。可愛らしい花だったな。あれが満開…うん、楽しみになってきた」

「ハスターの自慢だよっ! 楽しみにしてて!」


 花畑は村のはずれにある。リーゼロッテとプリムラは他愛のない話をしながら花畑へと歩いていた。プリムラは初めてあった時のようにたくさんの質問を投げかけてきた。子供の頃はどうだったのか。探偵は楽しいのか。普段は何してる。と、思いつくものをひたすら聞いているようだった。リーゼロッテは等閑(なおざり)にも誤魔化しもせず、真面目に答えていく。

 反してリーゼロッテの質問にプリムラはしどろもどろに答えた。彼女の質問が悪いのではない。プリムラとよく似た質問を投げかけただけだ。少女は眉間に皺を寄せて考え込み、少し時間を置いた後ようやく答えを言う。質問を重ねるにつれてスムーズに答えられるようになっていたが、リーゼロッテはどこか違和感を覚えた。その正体は結局わからず仕舞いだったが。


 花畑に着くとそこは見渡す限りの青の絨毯が広がっていた。紫苑の集まりは数ブロックに分けられ、花の中を歩けるようになっている。私たちが立っている場所はちょうど高台に位置する場所で、階段を降りると間近で見られるとプリムラが説明した。


「こうやって見ると青く見えるのか」


 一つ一つは薄紫の小さな花だが、遠くから見ると空の青さも相まって濃い青に見える。仕事だと割り切っていたから来る気はなかったが、いざ花畑に行ってみると美しさに感動する。観光する気などさらさらなかったがもっと楽しみたくなってしまうではないか。ううむ、カメラがないのが惜しい。ポストカードが無いか後で探してみよう。

 ほう、と息を漏らして眺めていると、プリムラが階段を降り始める。少し急いだ足取りで何かを探しているようだ。その様子に気が付かないリーゼロッテは花を間近で見たいと思い、少女について行く。目の前で見る紫苑はやはり薄紫色で、しかし上から見たら青色になる。不思議だ。目の錯覚というやつだろうか。女子らしい思考に至らない自分に苦笑しつつ香りを楽しむ。

 プリムラや村人は毎日こんなに素晴らしい景色を見ているのか。羨ましいとリーゼロッテは花を見回していると、プリムラが小さな声で呟いた。


「―――見間違え、かな」

「え? どうかした?」

「ううん、何も無いよ…。そうだ! あっちに蜂蜜を作る家があるの! 一緒に食べよっ」

「え、ああ」


 プリムラに手を引かれるまま着いていくと、おとぎ話の家のような可愛らしい家が建っていた。赤い屋根にはちみつ屋と丸い時で書かれた看板が乗っている。左右に描かれた蜂と蜂蜜が入った瓶の絵がいっそう可愛らしさを引き立てる。ふと扉の方から甘い香りが流れてきて、リーゼロッテはこれが蜂蜜の匂いかと頬を緩ませた。


「甘くていい匂いだね」

「そうでしょ? あっちに行ったらね、食べれるんだよ!」


 プリムラが指さした先には売店があった。アイスクリームが買えるらしい。白いアイスクリームの上に黄金の蜂蜜をかけていただくと絶品なのだそうだ。パンケーキの上にかけるのもオススメだとプリムラは自慢げに語った。こういう孫がいたら可愛いだろうな。リーゼロッテは孫に接するような気持ちでプリムラの頭を撫でた。


「むー、なんで撫でるのぉ?」

「何故だろうな? すみません、アイスクリーム二つお願いします」

「ありがとうございます。…おや、プリムラちゃんじゃないか。お姉さんに遊んでもらっているのかい?」

「うん!」

「いえ、案内してもらってるんですよ」

「そうかいそうかい。すまないねぇ。…っと、はいアイスクリーム二つね。お代は一人分でいいよ。プリムラちゃんの遊び賃ってことでね」

「いや、その…ありがとうございます」


 ソフトクリームを一つずつ手に持って近くのベンチに座る。濃いミルクの味に甘い蜂蜜がとても合う。探偵じゃなくて観光しに来てるな…と遠い目をしつつアイスクリームを楽しむ。

 そういえばプリムラには聞いていなかったな。一応、聞いてみるか。


「プリムラちゃん。聞きたいことがあるんだが、一ついいかな?」

「なぁに?」

「最近銀細工の時計を見つけたって人を知らないか?」

「んー聞いたことないや。なんで?」

「私の知り合いがここら辺で失くしたと言ってたから、旅行ついでに探してやろうと思ってな」


 逆にそれを見つけるためにここに来たんだがな。ややこしいからこれでいい。


「そうなんだぁ。うーん…ごめんなさい。知らないや」

「そうか…ふむ、売店の人にも聞いてみようかな。すみません、最近ここで銀細工の時計を見つけたって人を知りませんか?」

「銀細工の? 知らないねぇ。お姉さんの大切なものかい?」

「いえ、私のではなく知り合いのものなのですが…そうですか。ありがとうございます」

「しかし銀細工とはお金持ちな知り合いだねぇ。ちょっと待ってな。おばちゃんが聞いてきてあげよう。こんな小さな村に落ちていれば誰かしら拾っているだろうよ」

「いや、あの、仕事の邪魔をするわけにはいきませんし、大丈夫ですよ。私用に付き合わせるのは申し訳ないですし」

「いいのいいの。今日は客が少なくて暇だから。おばちゃんに暇つぶしをさせておくれ」

「あ、ありがとうございます…」


 リーゼロッテはお茶目にウインクする店員さんに感謝を述べる。思った以上にグイグイ来る店員さんにたじたじだったが、なんだかんだ上手くいったようで胸を撫で下ろした。リーゼロッテは探偵らしからぬ遠慮深い性格だった。と言うよりも、押しに弱かった。探偵として致命的である。

 奥に引っ込んだ店員さんを見送って溶けてきたアイスクリームを食べる。なんとなく遠くに見える紫苑の花畑をぼう、と見た。プリムラは嘘をついているように見えないし、店員さんも寧ろ協力体制で聞いてくれる。少なくともこの二人は銀細工の時計について知らないようだ。


「え? なに? 聞こえないよもっと大きな声で言って! んん?! うーん、うんうん…うん。うん?! うん」

「(け、結構聞き方がおおざっ…いや、聞いてくれてるんだから感謝こそすれ文句は言えないぞ、うん)」

「お待たせ。ちゃんと聞いてきたよ」

「ありがとうございます…」

「みんな知らないってさ」

「……えと、その。(まあ、期待してなかっ…いや、流石に失礼だろそれは)」

「ごめんねぇ。ほら絶対見つかるから落ち込みなさんなって」

「いえ、ありがとうございました」


 そういえばノースレイクのおば様方もこんな感じだったっけ…? リーゼロッテは苦笑いを飲み込んで礼をする。アイスクリームも食べたし、村の方も聞き込みたい。プリムラに村へ帰ろうと言う。


「いいよぉ。でもお姉さん、時計探すの?」

「そうだな。出来れば探したい」

「うーん…けど、村に着いたら夜になっちゃう」

「夕方ぐらいじゃないか?」

「暗くなるよ?」


 時計を見ると十六時半を指している。三十分ほどで移動できるので十七時頃に着く。人は少ない気がするがぎりぎりまで聞き込みがしたい。プリムラは帰りたそうだが。


「…とりあえず帰ろうか」






 村に帰ると日が暮れ始めていた。家に電気が灯り、煙突からふわふわと煙が上がっている。晩御飯を作り始めているのか、どこからかいい匂いがする。ちらほらと歩いている人を見かけるが帰りを急いでいるようだ。

 そういうプリムラも少し早歩きになっている。焦る顔で夕日を見る少女は何かを連想させる。…そうだ、門限を言いつけられた子供だ。大体怒られそうになると時計が狂ってたとか言うんだっけ?

 ちらちらと私と夕日を見るプリムラにリーゼロッテは小さく笑う。これ以上は危ないし、後は私個人の用事だ。付き合わせる必要はない。リーゼロッテはプリムラに言った。


「個人的な用事だからプリムラちゃんは先に帰っていてくれ。晩御飯には戻るから他の客と同じタイミングで作ってくれるように言ってもらえると助かる」


 そう言うとプリムラはびくりと体を硬直させて立ち止まる。先程まで流れていた和やかな雰囲気に(ひび)が入る。ぎこちなく振り向いたプリムラは逆光を浴びて見えない。



「―――駄目だよ」



 プリムラがぽつりと言う。冷静な声だ。


「駄目だよ。危ないよ」


 黒い顔が、声が、色を失くす。


「もうすぐ夜だよ。危ないよ。駄目だよ。危ないよ」


 プリムラの声が歪む。


「外は危ない。駄目だよ。危ない。駄目だよ。危ないよ」


 壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。


 リーゼロッテは少女の異様な様子に眉を顰める。そこにいた少女が別人になったような感覚に襲われ、思わず拳銃に手を添える。狂ったように言葉を吐き出すプリムラに、リーゼロッテは警戒しながら言葉を選んだ。


「少しだけだが駄目か?」

「駄目だよ」

「少し人と話すだけだぞ?」

「駄目だよ。真っ黒おばけに襲われちゃう」

「真っ黒おばけ? 熊か狼か?」

「違う…っ」


 プリムラは胸を掻き抱いて首を振る。蹲り震え、頭を掻き回す。絞り出す声は朗らかな少女の声ではなく、嗄れた老婆のような枯れた悲鳴。呻いて踠いて丸くなる。

 尋常ではない怯え方にリーゼロッテまで背筋が寒くなる。本当に何かいるようではないか。その真っ黒おばけという奴が。それもまるで…実物を見たような。リーゼロッテはふるりと体を震わせて辺りを見渡す。人は殆どおらず、夜の帳が下りる。地を赤く染めていた太陽はもう、落ちる。


「…っ、早く帰ろう」


 リーゼロッテは少女を抱える。早く、早く、早く。駆け足でペンションに向かう。一瞬、黒い影がリーゼロッテを見たような気がしたが、必死に走る本人は気が付かなかった。



 ペンションに着くと日は完全に落ちていた。リーゼロッテは震えるプリムラを下ろし、その場で蹲る。肩で息をしながら絶望する。完全に体力が衰えていた。まだ未成年だというのに。

 リーゼロッテは体力は衰えているが、実のところピチピチの十九歳である。しかしここ最近、不健康な生活を繰り返すせいで体力が急激に落ちていた。加えて長旅の緊張感で体が強ばっている。


「(はぁー、疲れた…っ。くっ、昔はもっと走れたのに…)」


 そうとも知らずリーゼロッテは己の体力の無さに歯噛みする。彼女は若さゆえ体が悲鳴をあげていても気が付かなかった。動こうと思えば動けたし、無理に動いた反動は少ないからだ。しかし現時点の状態は休憩の屈み込みではなく、疲労限界による蹲りである。


 咳き込みながら荒く息を吐くリーゼロッテの隣で、プリムラは顔を白くして震えている。『よるが、こわい』。そう小さく呟く少女は目を見開き、呆然と宙を見ている。その瞳は恐怖に染まっている。

 リーゼロッテは初めて会った時のプリムラを思い出す。安堵に満ちた表情。心からほっとしたような、それなのに泣きそうな顔。彼女は誰かに助けを求めていた。こんな見ず知らずの観光客に縋り付くまで追い詰められていた。何故? 原因は? わからない。わからないけど放置出来ない。

 私は少女を助けたいと思った。正義のヒーローを名乗りたいのではない。庇護欲を掻き立てられたわけでもない。況してや、偽善者ぶって手を差し伸べたいのではない。ただ、遠くに隠れた約束が見えたような気がして。


 リーゼロッテは無理にでも呼吸を整える。鈍感なリーゼロッテに人を落ち着かせる術など知らない。必死に記憶を手繰り寄せ、それっぽい事を思い出す。むかし母にやってもらったようにすれば落ち着くかもしれない。


「プリムラちゃん。大丈夫。家に着いたよ」


 リーゼロッテはそっとプリムラを抱き締める。『もう大丈夫』。少女の耳元に優しい声で囁いて背中を擦る。気が付けば消える母によく抱きついて泣いたっけ。今でも理由なく消える母を思い出し苦笑いが漏れる。



 ―――落ち着いて。落ち着いて。君はひとりじゃない。君の苦しみは到底わからないけど、二人で背負えば怖くない。君が潰れそうなら、私が代わりに支えてやる。


『お姉さん、お姉さん。探偵のお姉さん。どうか、依頼を受けてください。私を、この村を助けて』

『ああ。任せろ―――』



「(なんだ、この記憶は…?)」



 ―――カチリ。



 針が鳴る。やけに響く機械音だ。不思議な記憶に息を呑むリーゼロッテは何故か時計に意識が向く。目の前の掛け時計はカチリ、カチリと音を鳴らすが、導力切れを起こして震えている。


 カチリ、カチリ、カチリ。


 針が前に揺れ、後ろに止まる。また前に揺れ、後ろに止まる。一向に進まない時計をリーゼロッテは見つめる。目が離せない。目を離したいのに、離せない。段々息苦しくなる。息が上がる。腕が鉛のように重くなる。時計が止まる。秒針は動くのをやめ、機械音も消える。息が止まる。一瞬とも永遠ともとれる時間が過ぎ―――再び時計が動き出す。


 不規則に回る針が時計盤を滑る。歯車の回る音はもはや無く、不自然なほど進んで巻き戻る。息が戻る。リーゼロッテが感じていた息苦しさや体の重さは消え、かえって体が軽く感じる。

 それなのに、酷く気分が悪い。体と記憶が受け付けない。何を? わからない。何かを抜かれるような、大切なものが零れ落ちるような、身の毛もよだつ不快感に支配される。平衡感覚が狂い、視界の端に黒が混じり、それでも時計から目が外れない。


『―――タスケテ』


 視界に血が飛び散った。






 ふと気が付くとペンションの前にいた。青空は澄み切り、太陽が差している。最近建てられたのだろうか、黒い屋根と焦げ茶の木目が目に入る。玄関の横には花壇があり、小さな紫の花―――紫苑が微風に揺れている。


 リーゼロッテは目を瞬き、辺りを見渡す。長閑な村―――ノースレイクではないのか。首に下げている導力写真機と足元にあるスーツケースを見て、そういえば自分は依頼のために来たのだと思い出す。


 ここが今日から泊まるペンションか。なかなか可愛らしい風貌だ。リーゼロッテは自然と頬を緩ませる。うちの探偵事務所も花を植えると客が増えるかもしれない。この依頼が終わったらしてみようかと考える。いやいや、今は依頼が重要だ。リーゼロッテは首を振って思考を追いやる。


「よし、とっとと終わらせるか」


 リーゼロッテは扉に手をかけた。


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