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永久の眠りに寄り添う花  作者: 蝶月
4/6

3話

 例の村はノースレイクに匹敵するほど長閑(のどか)な村だった。導力車は一台も見えないし、唯一の一本道は畑に囲まれている。一つノースレイクと違うところといえば駅がないところだろうか。

 私―――リーゼロッテ・ブラントは馬車から降りて御者にチップを払う。存外乗り心地がよかったため色を付けて渡すと御者は嬉しそうに頭を下げた。


「ここがハスターか。…何とも可愛らしい村だな」


 村の入口にはハスターと書かれた看板が建てられていた。子供が描いたのか、可愛らしい小さな花の装飾が施されている。子供と大人が仲良く看板を作っているのを想像して、リーゼロッテは頬を緩める。


「…してお嬢さん。どうしてこんな辺鄙(へんぴ)な村に? 観光にゃ向いてませんよ、この村は」


 御者の中年男性が首を傾げて聞いてくる。リーゼロッテはにこりと笑って答えた。


「お仕事ですよ、ミスター」




 リーゼロッテは不思議な青年、シモン・ラプラスの依頼のため、ノースレイクの図書館で調べ物をしていた。この村ハスターの事や【銀の石】について、基礎知識ぐらいは覚えておこうと考えたからだ。

 しかし出てくる情報は殆どなく、出てくるものといえばハスターでは蜂蜜や村の外れの花畑が有名であること。【銀の石】に至っては神話時代の記述しかなかった。

『―――【銀の石】。それは神からの贈り物である。不思議な力を宿し、人々を安寧へと導く物である。神の手によって我々は創られ、我々の生活は【銀の石】によって発展する。しかし急速に広まる悪に神は嘆き、我々に誓約を求めるようになった。我々は【銀の石】を恐れ、神の御元に封じる。』

 というものだ。現在でも【銀の石】は発見されており、古代遺物として教会が封印しているらしい。


 そんな物がハスターにあると。そんな物を一私立探偵如きが収集すると。私は早まった判断を下したのではないか…?

 ついでに母は気がついたら旅に出ていた。また突然の旅である。今度はどこまで行くのかと聞くと『知り合いのお家に行こうかしら』と言っていた。決して知り合いがこの国の中に居ると限らない所が恐ろしい話だ。仕方なくシモン青年に貰った金貨の半分を母に渡して見送った。これで三ヶ月は生きれるだろう。



 結局、特に収穫もないままハスターに訪れることになってしまった。唯一分かったことはハスターが蜂蜜と花畑が有名な事だけ。帰りを考えて残りの三日で【銀の石】を見つけ出して持って帰らなければならない。リーゼロッテは小さくため息をつく。


「なんだか大変そうだなぁ。まあ、長閑な村だ。楽にやってきなぁ根を詰めすぎんなよ。じゃあ契約通り三日後に来る。ボチボチやってきな」

「ありがとうございます。それでは、また三日後に」


 優しい男性にお礼を言って見送る。笑顔で会釈する御者はそのまま街の方へ馬を走らせた。私も村に入るとしよう。まずは宿に荷物を置きにいかなければ。

 リーゼロッテはハスターに足を踏み入れた。




 今晩から三日間泊まる宿は所謂ペンションと呼ばれるものだった。黒い屋根と焦げ茶の壁の建物は最近出来たものなのか真新しさが感じられる。玄関近くには花壇があって、小さな薄紫の花が咲いていた。看板の花とどこか似ているように見える。

 それにしてもなかなかアットホームな風貌だ。自宅もこんな風に変えてみたい。リーゼロッテは探偵事務所兼自宅の我が家を思い出して、せめて花でも植えようかと考える。…っていやいや、今は仕事のことを考えなければ。ドアノブに手をかける。


 不意に体が前に引かれる。扉越しに誰かいるのか。ちょっ、速いな引くのが!

 バランスを崩したリーゼロッテは咄嗟に身構える。しかし当たったものは地面ではなく、目の前の男性がリーゼロッテを支えていた。


「おっと」

「すみませ…っ」


 リーゼロッテは目を見開き息を飲んだ。


 彼は美しい紫の瞳をしていた。蒼に縁どられた紫の瞳だ。黒や茶色の瞳が一般的で青に近付くほど至高とされるが、この瞳は青よりも美しく高貴にリーゼロッテに映った。リーゼロッテは抱き着くように青年に寄りかかっているのも忘れて彼の瞳を見つめる。この幻想的で美しい光彩の瞳に惹き込まれていた。

 ほんのりと頬を赤らめる青年に気付かず、リーゼロッテは瞳を覗き込む。探偵業の影響もあり宝石は身につけない主義の彼女だったが、これほども美しい宝石ならば一度は付けてみたいと思った。青年の口が『あの…』と口を動かすのを見て、彼女は漸く我に返る。


「ああ、すみません」

「いえ…あ、」


 ―――カシャン


「…え?」


 割れた音のする方を見ると、地面に黒い物体が落ちていた。離れようとする体を一旦止めて目を凝らすと、導力写真機―――カメラのようだ。リーゼロッテは目を瞬かせて首から下げている自分のカメラを見る。


「(…私のはあるのか。ならばこれは…彼のものか。しまったな…)」


 青年に謝罪を述べて慎重に後ろへ下がる。一見壊れていないように見えるため、中が壊れている可能性が高い。リーゼロッテがカメラを拾い上げると透明な物体が輝きながら落ちた。これは…ガラスの欠片か。先程の破壊音はレンズが割れた音なのかもしれない。

 リーゼロッテは、この事故は8割がた自分のせいで起こったようなものと考えた。彼の瞳に見惚れて固まっていなければ受け止められたはずだ、と。彼が勢いよく扉を引いたのはあまり関係がないと思う。


 生憎カメラの扱いは趣味や専門家のように上手いわけではない。仕事で少々嗜んでいるだけだ。修理などできない。だから完全に直せる訳では無いが、レンズだけでも交換しておこう。幸運なことに自分の持っているレンズと彼のカメラのレンズはよく似ている。リーゼロッテは戸惑う青年に一言断ってレンズを外す。自分のカメラのレンズも外し、彼のカメラに装着した。よくわからないが、綺麗にはまった。同じ会社のカメラだったからかもしれない。よくわからない。


「壊してしまってすみません。カメラの扱いは不得手なので直ったかわかりませんが、レンズだけ交換しておきました」

「あ、ああ…」

「…えっと、すみませんでした。それでは」


 なんとなく気恥ずかしくなって、リーゼロッテは押し付けるようにカメラを返す。固まる青年のすき間を縫ってペンションに逃げ込んだ。


「(…あ、名刺を渡すのを忘れていた)」


 リーゼロッテはふと思い出す。しかし、すぐさま今でなくともいいかと考え直す。このペンションから出てきたということはここで寝泊まりするのだろう。私が帰るまでで何度か会うはずだからその時に渡せばいい。会わないならそれはそれでいい。


「いらっしゃいませ」


 中に入るとフロントに一人の年若い女性が立っていた。クリーム色のブラウスに深緑のスカート、腰に黒色のコルセットのような物を巻いており、花柄の刺繍の可愛らしいアクセントが施されている。この村の衣装だろうか。女性らしいシルエットが美しい。

 リーゼロッテは照れの混じった顔を手で扇ぎながら、『今日から予約していたリーゼロッテ・ブラントです』と言う。女性は『ようこそいらっしゃいました』とはにかんだ。


「申し訳ありませんが、紙に氏名をお書きください」

「わかりました」


 リーゼロッテは氏名と人数と電話番号を記入して女性に返す。女性は『ありがとうございます』と言うと鍵を取り出した。


「ブラント様は昼食をいただきましたか? もしよろしければお作り致しますよ」

「おや、本当ですか? ありがとうございます。昼食はこちらで食べようと朝食から我慢していたんですよ。お言葉に甘えても?」

「ええ、もちろん。食事はお部屋でいただきますか? それともレストランで?」

「レストランで」

「かしこまりました」






 リーゼロッテは部屋に荷物を置いた後、早々にレストランに向かった。腹が減っているのもあったが、出来る限り早く情報収集を始めたかったのだ。


 依頼主曰く『とある村で発見された』と言っていた。彼の言い方からすれば未だ地面に埋まっていたり、どこかの遺跡にあるのではない。発見された後、村のどこか―――役所や村長の家に保管されている可能性がある。

 だからこそ今日中に村を回って情報を集めたい。存外噂というものは舐められないもので、()()()()()()()()()()知る人がいるかもしれない。

 これも依頼人の言葉だが、『【銀の石】は箱に保管すると動きが止まる』らしい。要するに、()()()()()()()()()()()()()。技術力が上がったとはいえ錆を克服した時計は存在しない。水気や土の中に埋まっていたのに動く銀時計は人々の目に異常に映るはずだ。その特異性は希少性と結び付けられることが多い。そのため村人が持っている可能性が捨てきれないのだ。逆に口を揃えて隠すようならばそれこそ権力者の家に保管されている可能性が高くなる。


 それにしても、と彼女は思う。カメラがないのが痛い。仕事上写真を撮らないといけない場面が多々出てくるのだが、今回はそれが出来ない。予備のレンズを持ってくればいいと言わないでくれ。未だ娯楽品の意味が強いカメラは目が飛び出るほど高いのだ。それこそ五ヶ月は生きれるほどの価値がある。寂れた探偵事務所に予備のレンズを買える金などない。完全に自業自得のため文句はないが…。




 レストランはフロントを曲がったところにあるらしい。階段に貼っている地図を見て歩き出す。丁度フロントに差し掛かったところで玄関が開いた。

 七、八歳ぐらいの少女だ。白いブラウスに赤色のスカート、黒いコルセットのような物を巻いた、先程の女性と同じような服装をしている。この村の子供だろう。少女は私を見て目を見開き固まっている。…ふむ、何か私についているのだろうか。

 リーゼロッテがのほほんと少女を眺めていると、突然彼女の表情が変わる。それはまるで迷子の子供がやっと親を見つけたような、安堵に満ちた表情だ。まさかそんな顔を自分が向けられるなんて爪の先程も考えていないリーゼロッテは驚いて固まる。少女はリーゼロッテに抱きついた。


「お姉さん!」


 まるで久しぶりに会った友人のような口調。しかし私とこの子は初対面だ。はて、どこかで会ったことがあるだろうか? リーゼロッテは不思議と言わんばかりに首を傾げる。

 少女は戸惑うリーゼロッテに目を見開く。か細く『嘘だ…』と呟くと一歩後ろに引いた。涙を必死に堪え、リーゼロッテを見つめる。


「っ、なんで? どうしてぇ?」

「え?」

「なんでなんで? どうしてなの?」

「えっと…ごめん。よくわからないけど…私達、初対面だよな?」

「…そうだよね。そっか…お姉さん、誰?」

「えっと、今日からここに泊まるリーゼロッテだ。…君は?」

「ぷ、プリムラ…」

「こんにちは。どうかしたか?」

「う、ううん…」

「(何も無いのか? 本当に?)」


 しかし心当たりがないならばわかりようがない。今にも泣き出してしまいそうな少女にリーゼロッテは顔を引きつらせる。リーゼロッテは子供のあやし方など知らない。口下手なリーゼロッテは言葉一つ思い浮かばず、周囲に助けを求めようと目を走らせる。しかし誰も来る気配がないと悟り、せめてなにか話さないとと口を開け、なんと言葉をかければいいか分からず口を閉じた。私はこれほどまでも子供の扱いに不慣れであっただろうか。困惑しながら少女の頭を撫でる。

 少し経ったあと、少女はリーゼロッテに言った。


「ごめんなさい。お姉さんが知り合いに似てたから、間違えちゃった」


 えへへ、と照れ笑いを浮かべながらそう言う。リーゼロッテは眉を顰めて違和感を口に出そうとするが、その前に少女が質問してきた。


「お姉さんはどこから来たの? 何しに来たの? 何日間泊まってくれるの? お…鬼ごっこ好き? おばけ大丈夫?」

「え? えっと…」

「お姉さん頭良い? 足速い? けんかとかしたことある? 人覚えるの得意?」

「プリムラちゃん、落ち着いて。聞きたいことはなんでも答えるから、慌てなくても大丈夫だよ」

「あっ…ごめんなさい」


 出来る限り優しく言ったつもりだったのだが…。しゅんとするプリムラにリーゼロッテは焦る。ノースレイクの子供たちと同年代だと踏んで接してみたのだが違ったのだろうか。


 リーゼロッテの子供への接し方は極めて大人への対応と近い。それは彼女に妹や弟がいないのもあるが単純に接し方がわからないためだ。故に子供だからと舐めてかかることもなければ甘い対応もしない。それが年頃の―――プリムラぐらいの反抗期に突入した―――子供たちの承認欲求を程良く刺激するらしく、ある一定の年齢以上の子供には好かれている。

 だからリーゼロッテはこれが子供との接し方だと勘違いしていた。しかしそれは運良く大人への対応が通じているだけ。決して子供の扱いに慣れているのではない。どうにか気が利いた言葉を言おうとするがやっぱり出てこず、諦めて何も気付かないふりをして質問に答えた。


「そうだな…君はノースレイクを知っているか? 私はそこで探偵をしているんだ」

「ノースレイク…?」

「知らないか。まあ、あそこは田舎だからなぁ。町の真ん中に湖がある綺麗な所だ。今度遊びに来るといい。魚の釣り方を伝授しよう」


 ノースレイクの住人は湖に近いほど釣りが上手い。勿論探偵事務所は家から湖が見えるほど近いため、住人であるリーゼロッテは釣りが上手い。…訳ではなく、所謂下手の横好きというやつだ。変に凝っておかしなもので釣ろうとするため、魚が来ない。

 無駄に高い忍耐力の末、数倍の労力と時間をかけて魚を釣っていることをリーゼロッテは知らない。陰で誰がリーゼロッテに真実を告げるか会議されているのも本人は知らない。


「予定では三日間泊まろうと思っている。三日後の昼には帰るつもりだ。それまでは村を観光しようと思っているよ」

「そうなんだぁ」

「他の質問はなんだっけ。…ああ、スポーツは最近していないなぁ。前まではジョギングをしていたんだが、体力を出来る限り消費したくなくて出来なかったんだ。仕事が終わったらまた始めようかな。お化けは得意じゃないが苦手でもない。頭は突出して良くはないが、人を覚えるのは得意だよ」

「けんかは?」

「え、喧嘩?」

「けんかしたことある?」

「えっと…まあ、子供の時にしたかな?」

「そっかぁ…」


 プリムラは何故か暗い声で頷く。喧嘩経験の有無はそんなに重要か? まさか喧嘩をするのか? もしかして武術を習いたいのか?

 意味深な質問に疑問が浮かんでは消える。残念なことに拳銃の扱い方しか教えられそうな暴力がない。勿論相手は死ぬ。


『他に質問はー』と悩むプリムラに御手柔らかにと苦笑する。先程より表情がマシになったな。内心胸を撫で下ろしつつ少女を見守っていると、先程の女性が駆け寄ってきた。心の私並みに安堵の表情を浮かべている。


「ブラント様、ここにいらっしゃったのですね…! なかなかレストランにいらっしゃらないから―――あら、プリムラ。外で遊んでいたのではなかったの?」

「ひっ、お母さん」

「お母さん…お母さん? プリムラちゃんのお母さん?」

「ええ。うちの娘がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。こら、プリムラ。お客様にご迷惑をおかけしちゃ駄目でしょう? お手伝いしないのなら外で遊んでなさい」

「いえ、プリムラちゃんが悪いのではなく私が悪いんですよ。誰かに観光名所を聞こうと思っていたところ、運良くプリムラちゃんに会って。色々質問していたら時間が経ってしまったんです。…引き止めてごめんね」

「う…ううん」


 リーゼロッテが必死に言葉を重ねると、女性は申し訳ないと頭を下げる。謝られるとなんとも言えない気持ちになるから、出来ればありがとうと言って欲しかった。微妙に顔を歪めるリーゼロッテは女性に案内されるがまま、レストランへ歩き出した。

【リーゼロッテ一週間予定】

1日目 資料集め

2日目 昼頃出発 ホテル泊まり

3日目 昼頃到着

4日目 探索

5日目 昼越え辺りで帰り ホテル泊まり

6日目 昼頃帰宅 依頼まとめ

7日目 依頼主へ引渡し


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