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【第5章 振れ始めた心と揺れ動く感情】

【第5章 振れ始めた心と揺れ動く感情】


シスカ女王が即位して、街も少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。

女王が即位したからと言って、この国がその日から劇的に変わっていくわけではない。

そして、中流階級の大平民であるこの男、ナグルにとっても、何か大きな変化が有った訳ではない。

変化と言えば、月に1度か2度、王宮に赴いてはシスカ女王と世間話をしたり、王女である化け物姫

-スピカ-に、首を絞められたりする様になった位だ。


化け物はその外見から、正式な王位継承者にはなっていなかった。一部の国民は現女王に娘が居る事を記憶していたが、その動向については一切伏せられていた。



ナグルが仕事を始めて2か月。2回目の給金を貰い、懐が温かくなったナグルは、とある商店に来ていた。

「お客様…贈り物でしょうか?」

接客に来た若い女性の顔は何故か上気して赤くなっている。


「はい…年は14歳か、15歳くらいだと思うのですが…」

買い物に来て、ナグルはあの化け物の事を何も知らない事に気が付いた。名前と、母親、そして出自と呪い。王宮に住んでいて、恐らくナグルの事を慕っている。パッと見ると怖い顔立ちではあるが、いつも素直で、真っ直ぐに飛び掛ってくる女性の化け物。

それしか知らなかった。年齢も、過去の事も、好きな食べ物も、彼女の事を良く知っているようで、何も知らない事をに気が付いた。


-呪術が掛けられる前から、あんなお転婆だったのだろうか。-


ナグルの中に、もっと彼女の事を知りたいと言う小さな芽が息吹き始めていた。

その日、ナグルは小さな透明な水晶が付けられた髪飾りを買った。


-スピカは喜んでくれるだろうか。-

アクセサリーの好みも、服の好みも、本当に好きな食べ物も、何も知らなかった。


人間への心配りや人付き合いについて、今までナグルは気にしたことも、悩んだこともなかった。一線を引き、相応の距離を保てばお互い傷つく事はないし、踏み込まれそうになっても、上手く自分の本心を隠してしまえば、相手はそれ以上踏み込んで来られない。

そうやって人間関係に見えない壁を作ってきた少年は、来月17歳 -この世界での成人-を迎える。


そろそろ、自分の事、そして今の人間関係にあって、どのように関わりあっていくべきかを考えていかなければならない。自分の将来の事、夢の事、そして何となく居心地がいい、あの二人組と、これからどのように親交していくのか。そんな事をぼんやりと考えながら、贈り物が入っている小さな包みを手にしながら帰宅した。



翌日もいつもの仕事場で開墾をしている。隣には相変わらずスピカが居る。最近は仲間達とも完全に打ち解けたようで、働き者のお嬢さんとして、仲間からも頼りにされているようだ。


いつもの様に昼食を化け物に配る。

「ガウガウガー!!」

最近、躾が出来てきたのかな?とナグルは感じていた。以前の様に、後ろから前から、突然飛び掛ってくる事が無くなったし、食事も『モグモグ』までは行かないものの、以前の様に丸呑みをするような事も

なくなった。

しかし食後のお茶だけは別だった。ゴキュゴキュゴキュと飲み干すと、

「がぅーーーう」

これではどこかのオヤジと全く変わらない。外見が化け物がゆえに、知らない子供が見たら、夢にまで出てくる事は間違いない。ナグルは未だに化け物を見て思う。特に食事とナグルに飛び掛るときに。

-スピカは本当に王女なのだろうか? -と。


「そうだ、スピカ。…これを」

布袋をゴソゴソと捌くり、小さな包みを取り出す。そしてそれを化け物の手に収める。


「ガウガウ?」


「うん…僕から、いつも手伝ってくれる、お礼のプレゼント。」


化け物は包みを両手を広げて真っ二つにちぎる。豪快に千切れた包みから、二つの丸い透明な水晶が付いた髪飾りが現れる。


「が、ガウガウー! アーガウ!ガウガウガウガウ!!」

化け物がナグルの首に思いっきり抱き着く。傍から見たら、首を絞められて、そのまま食料にされる哀れな人間と、イタダキマスの挨拶を済ませた化け物の組み合わせにしか見えない。


「く…苦しい…す、スピカ…」

目の前が真っ暗になり、あの時見た、断頭台が頭に浮かんだ時に、やっと呼吸が出来るようになった。


「ちょっと貸してみて。」

ナグルは今渡した髪飾りを手に取ると、化け物の長い赤い髪の左右に付ける。


「凄く似合ってると思うよ。スピカ。この前の金銀の髪飾りには勝てないけどね。」

微笑みながらその髪の毛を梳き、優しい眼差しで化け物を見つめる。


「ガゥ…ガウガウガウガウガ…」シューシューシューシューシュー

化け物から、止まることなく興奮した時に発せられると思しき異音が発せられ続けていた。


「ふふ…かわいいね。スピカは。」

ナグルが更に追い打ちを掛けると、化け物はピーーーーーーーーーっ!!と沸騰した薬缶の様な音を発した。そして沸騰した化け物はナグルの首に両手を回し、鎖骨の辺りに顔を埋めると、ナグルの首筋にブシューブシューと生暖かい吐息を吹きかけていた。



とある日の夕方、ナグルは労働の汗を拭い、仲間たちと酒場に行って一杯引っかけようと思っていた。

「棟梁、お疲れ様でした。今日もやって行きますか?」仲間の一人がトビに語りかける。このセリフは既にいつも通りであり、独り身の棟梁トビが夕方に誰もいない寝床に戻るはずがない。という悲哀に溢れる事情から、仲間たちが交代交代でこのように棟梁を誘っているのだった。


「いっつもすまねぇな。お前たちに気ぃ遣わせてよ。」

そう言いながらも、トビはいつも嬉しそうに仲間と肩を組んで、酒場行き、酔っ払って馬鹿を言いながら、半ば潰れて帰って行くのだ。


「よっしゃっ!今日こそは可愛いあの子達から我が妻となる女性を見つけるぞっ!!」

このセリフも毎日の事である。


因みにナグルは夜酒場に来る女性には頑なに声を掛けない。

一度某兄の火遊びに付き合い、とある女性に声を掛けたが故に酷い目にあった事があるのだ。女性が嫌いな訳でもないし、美しく、妖艶な女性により興味をそそられる辺りも、ナグルは並の男性と同じく、至って正常な少年に育っていた。しかし、どうしても出会ったばかりの女性と一夜の関係を結ぶ気持ちにはなれず、ある意味酷く縛られた交遊感で自分を律していた。


黄昏時、棟梁と仲間達は既に酒場に向かって勇ましく歩き出そうとしていた。

そこに明らかに場違いな雰囲気を醸し出す、剣を携えた男が一人、近付いてきた。


ナグルはその男を一瞥すると、すぐに棟梁であるトビと、仲間達の所に行く。

「すみません、トビ。今日はチョット用事があるので、これで失礼させて頂きます。」


ブーブーと文句を垂れる棟梁と仲間達をしり目に、ナグルは王宮へと急いだ。あの剣をぶら下げた男は、王宮魔法騎士団の一員だった。王宮馬車による招聘を拒み、女王を諭したナグルは、剣のみを携行した男を使者とするようにシスカに話をしていた。何かあった時、そうしてくれればすぐに駆けつけると伝えたのだ。

ナグルは王宮からの招聘とは珍しいものだと思いながら、その騎士に声をかけ、そして王宮へと向かった。


その騎士と共に、王宮に入ったナグルは、シスカ女王御付の女中、マームと会い、シスカから呼ばれた旨を伝えた。静々と広い王宮内を歩く。

先日のように即位の直前にも二人きりで話をしたシスカ、アルムルド女王の寝室に案内される。


『コンコンっ』とマームが扉を叩くと、中から高い声が聞こえる。


「ナグル様がお見えになりました。」

そして扉の前から移動すると、「女王陛下に粗相の無きよう」といつものセリフをナグルに語る。


ナグルはドアを開け、そのまま膝をついて挨拶をする。

「シスカ女王、ナグルめが参りました。失礼いたします。」

そう挨拶をすると、マームが開けられたままの扉を閉める。


「あぁ…ナグル様…こんなにも早く駆けつけて下さるなんて…嬉しい…」

シスカはお預けをされていた犬の様に、パタパタと小走りに駆けより、ナグルの胸に飛び込む。


「シスカさん、今日はどうしたのですか?次の安息日の翌日にお尋ねすると約束したはずでしたが。」


「ナグル様、私はいつでもあなた様にお逢いしたいのです。申し訳ありません。次の約束までお待ちする事が耐えられませんでした。」


この台詞を世の男たちが聞いたらどう思うだろう。女王になったばかりとはいえ、これは明らかな愛の告知ではないだろうか。ナグルはやや慄きながら、それでも不慣れな公務に忙しく、疲れているのだろうと思い、労う。


「そんな風に言われたら、僕もシスカさんにすぐに逢いたくて、駆け付けてきた事を正直に話さなくてはいけませんね。今日も沢山ご公務をされて、疲れたのでしょう?さぁこちらへ。」

ナグルはそのまま長椅子にシスカをいざない、横にさせる。


「ふふ…嬉しい…ナグル様、今日は少し込み入ったご相談がございますの。」

シスカは長椅子に体を横たえ、上目遣いでナグルを見つめる。


「シスカさんのお話を聞くだけになってしまうと思いますが、何でも言ってください。僕に吐き出すだけで少しでも楽に、お役にたてるならこんなに嬉しい事はありません。」


「実は、昼頃に各地の牢獄から死刑執行囚人の通知が来たのですが…」


シスカの話を要約すると、どのような罪なのか、どのようにそれが決定されたかも分からず、ただ死刑執行の承認、つまりサインだけが欲しいと部下から上奏されたらしい。各地の牢獄から3名の執行通知が来たのだが、氏名と罪状しか書かれておらず、シスカは余りに簡単に死刑の執行をすることに驚き、サインを拒否したと言う。


「もし、死刑に値しない罪だったり、私たちの様な政治的理由だったりと考えると、どうしてもサインする事が出来なくて…」

瞳に涙を溜め、シスカは俯きながらそう結んだ。

ナグルはシスカをしっかりと抱きしめ、右手でシスカの髪の毛を優しく撫でながら囁く。

「シスカさん、それで良いのです。貴女は立派な方だ。しかしこのまま死刑囚の死刑執行を先に延ばしていても解決はしません。私の考えを述べさせて頂けるのであれば、まず執行通知に罪状を添付する様に通達をしてみては如何でしょうか。そして、牢獄での調書、記録を合わせれば、その囚人が訴えている事も少しは分かると思います。」

「私も看守の時に、貴女方の罪状を確認しようとしましたが、牢獄にはそのような記録は一切保管されていませんでした。罪状を作り上げる所と、刑の執行を行う所で全く疎通が図れていない。ただ罪状によってのみ、牢獄では扱いを決め、そして刑の執行を行う。」


ナグルは少し考える素ぶりを見せ、そして更に言葉を重ねる。

「シスカさん。もし、罪状を作り上げる所に、人間の恣意的感覚が入り込んでいたとしたら、貴女はどう思いますか?」


シスカはそれを聞いて、ハッと息をのむ。

「残念ながら、私が今、勉強を始めた他国の法律、この国で『決まり』と呼ばれているものは、遥かに先を行っています。アルムルドは、王宮とそれに関わる人間の権力が強すぎて、全ての人間が平等とは言えません。いえ、貧富や家柄の話ではなく、その国の『決まり』の中で全ての人間が平等であるべきです。専門的に言うとは、『法の下において全ての人間は平等である』という考え方です。」


「ナグル様…あなた様に相談して本当によかったと思います。」


「いえ。もしシスカさんがそのような疑問をお感じになられなかったら、私はあなた様にこのような胸の内をお話しする事はなかったでしょう。何しろ私は現行の体制を批判しているのですから。」


ナグルはシスカを強く抱きしめる。

「さぁ。今日はもうゆっくりと休まれた方がよい。毎日が激務なのですから。女王陛下とはいえ、

やはり人間は体が資本ですからね。」

ナグルはシスカの黒い瞳をジッと見つめながら、微笑んだ。


「また、逢いに来てくれますか?」

「女王陛下の気の向くままに。出来れば仕事の時は避けて貰えると助かりますが。」


「まぁ。私も昼間はそこまで暇ではありませんのよ!」

シスカはぷくっと頬を膨らませる。


「それでは失礼いたします。シスカ女王。」

一礼し、扉を開けて外にいるマームに目配せをする。そしてそのまま王宮内を歩き、通用門に移動していると、「ガウガー!」化け物の叫び声がする。


「やぁスピカ!」

化け物が小走りで近づいてくる。ナグルは先日、飛び掛ってきた化け物を避けてしまったことを思い出した。


最後の最後、ピョンと跳ね上がると、化け物はナグルにしがみ付く。

「今日はシスカさんに呼ばれていたんだ。ちょっとお話がしたかったみたいだね。」


「ガウガウガ…ガウガウ?」


「ん? ええっと、今日はもう帰るよ。明日も仕事があるしね。」

「ガウー…」

化け物は明らかに落胆した様子で、がっくりと肩を落としている。シスカとは違い、スピカに逢いに行った所で、全く会話にはならないのだが…


そんなションボリしたシスカを見て、ナグルは自身の中に、胸の内、に何か引っかかるものがある事に気付く。

「今度の安息日に、どこかに出かけようか?僕が君の為に特別に昼食を御馳走するよ。」

ナグルはそう言うと、化け物の体中に力が漲り、その体躯が一回り大きくなったように見える。


「ガウガッ? ガウガウガウガウガガ!! ガウーーーン!!」

大層な喜び様と思われ、ナグルはホッと胸を撫で下ろした。



次の安息日の朝、郊外にある森の近くでナグルは王宮馬車で待っている化け物を迎えに行った。

「おはよう、スピカ。」


「ガウガウ、ガウウ。」


ガと、ウと、オ、そしてまれにア。これで何を伝えようとしているのかを読み取るのだが、簡単な表現であればナグルは何となく分かる様になっていた。

「おはよう、ナグル」と言っているのだろう。たぶん。

それなら、オガオウ、ガウウの方が遥かに伝わるのだが、恐らく化け物は普通にアルムルド語を話しているつもりなのだろう。ナグルは呪術のせいで、我々人間に伝わらないだけなのだと思う様にしていた。


「さぁ、御姫様。今日はここで食料を集めましょう。」

ナグルが化け物の手を引き、森の中へと入っていく。


森の中に、小さな、綺麗な水を蓄えた泉があり、その周りには様々な生き物が命の源である、水を求めて集まってくる。


「ガウー!ガウガ!!」

化け物は感嘆の表情でその景色に見入っている。


「スピカ、こっちに来て。」

スピカの手を引き、ナグルは泉の水辺からやや離れた所に密集している草の前で腰を屈める。


『ブチっ』と草を引き抜くと、スピカに伝える。

「この草は綺麗な水の近くにしか生えない草なんだ。根っこから抜いたら二度とそこには生えないから、一番先端の小さな葉っぱだけを摘むんだよ。摘んだ葉っぱは、この布袋に入れてね。」

笑いながらそう伝えると、化け物は目をギラギラさせながら、「ガウっ!」と頷き、

一心不乱に目の前の草から先端の葉っぱを毟り始めた。


そんな化け物の姿をナグルは微笑ましく眺めている。


『彼女は純粋だ』


自分の想いに正直に、僕に対して、何も隠そうとせず、その慕情のすべてを直接、一直線にぶつけてくる。こんな風に心を直接ぶつけられた事はなかった。

ナグルは化け物と色んな所に行ってみたかった。しかし、化け物の外見はあまりにも人目を引き過ぎる。そして、彼女は紛れもなく、王女なのだ。

もし王女が呪術でこんな姿になっていると世間が知れば、民衆はそれは大きな、強い衝撃を受けるに違いなかった。


「ガウガ!ガウガウガウガウガ!!」


「はいはい。どれどれ。」

化け物は沢山の芽を摘んでいた。良く見るといくつか違う葉っぱが入っている。


「ははは。スピカ、この葉っぱと良く比べてみて。」

「ガゥ?」


「この先端にギザギザが付いているのは食べられないんだ。でも、これだけあれば当分は大丈夫。よし、次の草を取りに行こう。」

泉から少し奥に行った所に化け物と移動する。


「この枝の先にある芽を摘むんだ。決して枝そのものを折ってはいけないよ。枝を折ると、次の季節には横から小さな芽しか出なくなるからね。」


「ガゥッ!」化け物はやる気だ。


「僕はちょっと向こうで他のものを採ってくるから、何かあったら呼んでね。」


「ガゥッ!ガウガウガウガっ!!」拳を握り、両腕を上下させている。やはり化け物のやる気はマックスに達しているようだ。


ナグルはそのまま奥に移動し、目の前に広がる、白い小さな花を摘み始める。


小一時間、そうしていただろうか、そろそろ小腹が空いてくる頃だ。摘んだ花を麻袋に入れると、ナグルは昼御飯の準備に取り掛かる。

と言っても、昨晩から作って木箱に大きな葉をひいて詰めていったものだ。


大きな布を地面に広げ、お茶が入った筒、そして大食いの化け物の為に満載に食事を詰め込んだ木箱。

全ての準備を整えると、大きな声で化け物を呼んだ。


「スピカぁ~! 御昼御飯にしよう!!」


ガサガサと森の奥から、木々を、草をかき分ける音が響く。その音はやがて地響きの様に森に響きながら、化け物が接近してくる事を認識させる。


「ガウガウガガウガガ~!!!」

化け物は広げられた木箱に一直線に突進してくる。この速度で果して止まる事が出来るのか。


ナグルが座っている真横に、化け物は物凄い勢いで飛び込むと、ピタッと着席を決める。全くブレの無く、体はピシっと揃えられている。正に満点の着席だった。


「スピカ、偉いぞ。」

ナグルは化け物の頭を撫でると、木箱の蓋を開ける。


「どうぞ召し上がれ。」


「ガウガウガーウ!!」


…ナグルが一つ一つの料理を説明する前に、心をこめ、丁寧に作られたナグルの手料理は

 全て化け物の胃袋に収められた…



夕方まで森の中で野草を摘んだり、小動物と戯れたり、時には美しい蝶を眺めたりして楽しい時間があっという間に終わってしまった。


森の入口に待たしている王宮馬車まで化け物を先導していく。森の木々が、馬車が、そして二人が朱色に染まっている。


「スピカ、今日はありがとう。僕も久しぶりに楽しい一日が過ごせたよ。」

「ガウー…」

化け物は寂しそうなうめき声を上げる。


「僕も寂しいけど、また会えるし、また遊びに行こう。今日摘んだ野草を料理して振舞うよ。」

「ガウッ!ガウガウガウガウガウガ!!」


「あ、そうだ。これは僕からのお礼だよ。受け取ってくれると嬉しいな。」

そう言ってナグルは、可憐な白い小さな花で作った花冠を麻袋から取り出す。


「ガ、ガウゥ…」

ナグルはシューシューと異音を出している化け物の頭に向かって花冠を近づける。化け物は片膝を地に付け、頭を差し出すようにする。


ナグルは化け物の赤い長い髪に、その花冠をふわりと載せた。


「スピカ…自画自賛になっちゃうけど、良く似合うよ。」

ナグルの頬に、少しだけ熱が集まる。胸が少し苦しくなる。


化け物は下を向いたまま、シューシューと異音を発し続けている。


「さぁ、お姫様、そろそろお迎えの時間です。」

ナグルは自分の右手を化け物に差し出すと、化け物の右手を取り、立ち上がらせて馬車に誘導する。


「じゃぁスピカ。またね。」

「ガゥ…」化け物の目が潤んでいる様に見える。きっと気のせいではないだろう。


王宮馬車は、ゆっくりと移動し始める。馬車の窓から、醜い顔の、赤く長い髪に白と緑の花冠を載せた化け物がこちらにへばりつくようにして覗いているのが見えた。


去りゆく馬車に手を振りながら、ナグルは馬車が見えなくなるまで見送り続けた。



今日、ナグルは17歳を迎えた。この世界で17歳は一人前の人間として認められ、納税、労働の義務の他、婚姻も親権者なしで自由に行えるようになる。ナグルは既に働いていて、給金は税金を引かれて与えられていたから、義務は立派に果していたし、今の所結婚する予定もない。


今日もいつものように労働の汗を流し、そして酒場に行こうとしていた。酒場に向かおうとしていた時、王宮魔法騎士の姿が目に入った。


つい先日も王宮でシスカと話をしていたし、どうも最近王宮に招聘される回数が増えている様な気がしていた。そうは言っても、自分でいつでも呼べと言っているのだ。無下にも出来ない。


最近付き合いが悪くなった事を、棟梁のトビと、仲間達からいじられながら、王宮に向かう。


いつものようにマームと面会し、シスカの部屋に案内される。型通りの挨拶を済ませると、シスカが横たわっている長椅子の横に用意されている椅子に腰を落とす。


「ナ、ナグル様、いつもいつも、も、申し訳ありません。」

「お気になさらずとも結構ですよ。シスカさん、今日は如何されたのですか?」


今日はやけに落ち着きがない。ナグルはそう感じていた。そしてシスカは俯き、肩を上下させて、大きく、深く呼吸をしている。


「あ、あの…ナ、ナ、ナグル様!」

「はい…」


「わ、わ、私と一緒になって頂けませんか? あのつまり…」


「私と、結婚して欲しいのですっ!!」


流石のナグルも、この申し入れには腰が砕け、椅子からズルズルとずり落ちそうになった。


【第6章に続く】


次回は8月3日頃の予定です。

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