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【第2章 元看守と化け物姫】

ここまで書き溜めました。

少しずつですが、明るい展開になっていきます。

【第2章 元看守と化け物姫】


ナグルは大きな城の中にある一室で、支給された真新しい服に着替えていた。

ノックも無しに突然バンッと扉が開くと、「がぅがぅ」と喚きながら化け物が飛びかかってくる。


「あぁ、君も無事だったんだね!!よかった!!!」

ナグルは飛び掛ってきた化け物をそのまま受け止めた。再会を喜び合い抱擁を交わしてから、彼女の手を握ってブンブンと上下に振る。


良く見ると、化け物もあの女性と同じく、随分と着飾っている。フリフリのスカートを身に纏い、貴族の装いをしている。外見とのミスマッチ感は半端ではなかった。ナグルはそうは思いながらも、この化け物も女性で有る事を思い出した。


「その服、とても良く似合っていますよ!」

ニコリと化け物に微笑みかけると、化け物はシューシューと息を吐きながら、

「あー、がうっ」と小さな声を出す。


『照れているのだろうか??』

ナグルはそんな事を思いながら、あのボロボロで動けなかった化け物がここまで元気になった事を素直に喜んでいた。


「あなたの名前は…って聞いてもわからないしな。あぁ、僕はナグルといいます。よろしくね!」

ナグルが話しかけると、「ガウガっ!」と返事が返ってくる。

うーん。こちらの言葉は分かるのだろうか?


ナグルは試しに話してみる。

「ガウガ?ガウガガウ?」


化け物は言い返す。

「ガウガ!ガウガ!」


ナグルはさらに続けてみる。

「ガウ?ガウガウガウ??」


化け物が少し投げやりに声を発する。

「ガウーン!」


全然ダメだ。やっぱり会話にならない。

ナグルが本格的に頭を抱えようとしていた時、扉が再び開き、女中と思しき初老の女性が部屋に入ってくる。


「王女様!こんな所に来てはいけません!!」と大きな声で化け物を叱りつける。


「えぇーーー? き、君はお、王女様なの??」

ナグルは化け物の方を見て心底驚いた。そして目の前が真っ暗になった。


王女様と呼ばれた化け物は、女中に向かってガゥガゥと何やら言っている。

「どうせ自分の勝手だと仰っているのでしょう。ここは王女様が入らして良い場所ではございませんよ。殿方の更衣室なのですから!!」


「がぅうう…」

あ。今この化け物、明らかにしょんぼりした。しかもこの女中さん、言葉が分かるのか!?


女中に追い出されるように化け物は部屋から居なくなった。ナグルはもう、何が何だかさっぱりわからなくなった。頭の中がグルグルと回り始めた所で、女中から呼ばれる。

「貴方、お名前は?」


「あぁ、私はナグルと申します。以前は看守の仕事をしておりました。」


「私は魔法国家 アルムルドの次期女王陛下 シスカ様にお仕えする、マームと申します。

 シスカ様がお呼びです。私に付いて来てください。」


ナグルはポカーンとしたまま、マームの背中にくっ付いて、広大な城の中を歩いていた。左右をキョロキョロと見渡しながら、こんな広い城、どうやって作るんだろうかとのんきな事を考えていた。


「ガオーン」叫び声が後ろから聞こえる。ガゥガゥと化け物が近づいてくる。

マームが後ろを振り返るのに合わせて、ナグルも後ろを振り返る。


化け物は既にナグルに飛び掛ってきており、それを反射的に受け止めたナグルは後ろに吹き飛ばされ、マームを巻き沿いにして後ろに倒れ込んだ。


「スピカ様!!!」

更に後ろから数人の女性の声が響く。そして走りながら近付いてくる。


あっ!と何かに気がついたかのように、女中たちは声を上げる。

「マーム様も!! 御無事でしょうか?」


マームは腰をさすりながら『よっこらしょ』と掛け声をあげ、体を起こす。

「スピカ王女!!!いい加減そのお転婆をどうにかしてくださいませっ!!!」


マームは相当怒っている。それは怒るだろう。いきなり後ろから男に向かって飛び

付いた上に、その巻き沿いを受けたとくれば、幾ら王女が相手でも、怒るだろう。


両手を前に組み、肩を窄めてショボンとする化け物。

この化け物がどうして王女なのかもわからなかった。

もしかして、女王陛下も化け物なのだろうか。いや、魔法国家であるこの国なら、このような姿の者が国を治めていても全く不思議ではない。


ナグルは自分にそう言い聞かせ、怒りで顔を真っ赤にしているマームを宥めつつ、先を急ぐ様に促す。


そして、謁見の間に入った時、ナグルは更なる衝撃を受けた。



「あぁ、やっとお礼を言える日が来ました。」


目の前には、先ほど命を助けてくれた美しい女性、そう『重罪囚人』として、ナグルが働き始めた牢獄に捕らわれていた -ここでは『スピカ王女』呼ばれている化け物と共に- あの牢獄に捕らわれていた女性が居た。

女性は玉座の前に立っていたが、ナグルが入ってくるのを認めると居てもたってもいられない様子で、

ナグルに向かって走り出し、その両手を自分の両手でしっかりと握り、そう言ったのだ。


「私はシスカと申します。『娘のスピカ』と共に、あの牢獄では本当にお世話になりました。」


「あ、ぼ、ぼ、僕はナグルとイイマス…」


「あぁ…ナグル様…お会いできて本当にうれしい…」

シスカは頬を赤らめ、乙女のように両手で頬をおさえている。


…一方、ナグルは完全に硬直していた。

『な、何を言っているんだろう。この人は…今、娘のスピカと牢屋でって言ったけど。。。

 この美しい人があの化け物が母親で、あの化け物が娘なのか…? 女王陛下と…王女…? 

 母親と娘…??』


思考が停止し、自分が今どこに居るのかも分からなくなった。


『そうか…僕は既にあの断頭台で命を…これは魂が織りなす物語の続きなんだ…』


そう思うと何となく落ち着いた。あの女性と化け物も、きっと同じ頃に断頭台で首を跳ねられたに違いない。そう思うと、生前の、最期のあの瞬間に思ったことを伝えなければならないと強く思った。


「シスカさん、本当にすみませんでした。僕の、僕の力が及ばなかったせいで、シスカさんと、スピカさんまでこんな事になってしまって…」


誠心誠意謝った。


マームが何やら耳打ちをしているようで、ボソボソと声が聞こえる。

「私たちがこうしてここで暮らせる様になったのは、あなた様が、ナグル様が私たちに生きる希望を下さったからですよ。本当に、私たちの恩人に、感謝の言葉もございません。」


あの世なのに、生きる希望とはこれ如何に。


ナグルはそんな事を思いながら、スピカ王女という化け物について考えていた。彼女は、一体この人の何なんだろう。さっき娘と言っていたが、流石にこの人から、化け物は生まれないだろう。あれ…もしかして夫が…訳が分からない。完全に思考回路がおかしくなっている。


「シスカさん、あの…どうせ死んでしまっているので無礼を承知でお伺いするのですが…」


「えぇっ!!どなたが亡くなられてしまわれたのですか???」

シスカは真っ青な顔をして目を見開いてナグルに問いかける。


「えっ?えぇっ? 僕はさっきあの断頭台で… シスカさんとスピカさんは違うのですか??」


「いえ。私たちも、ナグル様も、全員生きておりますよ。ほら、スピカもこの通り-」


後ろからガゥ!という聞き覚えのある声が耳に届くと同時に、ナグルは押し倒される。両手を突く暇もなく、前のめりに押し倒される。『ゴンッ!』と言う音と共に、ナグルの意識が黒く、深く沈んでいく。


「きゃーーーー! ナ、ナグル様ぁーーーー!!!」

誰かの声が聞こえてくる。


「ス、スピカっ!!!貴女って娘は!!命の恩人に何てことをするの!!!」

同じ声で怒声が聞こえてくる。


何やら動物的なうめき声も聞こえる。何なんだ…これは…


…ナグルの意識はそこで完全に切れた。


☆☆☆


「…いっって…」

ナグルが額の痛みで目を覚ました瞬間、ナグルを覗き込む化け物の顔がアップで映し出されていた。

「えぇっと…スピカさん?」 ナグルが呼びかけると、ガゥン!と声を出す。


起き上がり周りを見渡すと、やはりここは王城の中であるようだ。


「夢じゃないのか…」ナグルがつぶやくと、化け物は部屋の外に出てガウガウと叫んでいる。すると外から数名の女中が部屋にやってきた。マームさんと言い、他の女中と言い、彼女の叫びの意味が分かるのだろうか?


女中の後に、一人魔法使いと思しき若い女性が入って来た。そして何やら怪しげな言葉をブツブツと呟くと、ナグルの額に手を当てる。

そして、ナグルの額にデコピンを打つ。


「いたっ…くない! す、凄いな。これが魔法使いの力なのか…」


と感心していると、横で見ていた化け物がナグルに飛びかかってくる。

「ス、スピカさん…何でいっつも飛び掛って来るの?」


飛び掛ってきて、ナグルの首に腕を回して枝垂れる様に体を寄せてくる。

単純に抱きつきたいのなら、普通に抱きつけば良いものを、なぜか飛び掛ってくるからこちらは怪我をするのだ。


「飛び付いたら、また怪我をしてしまうから。普通に抱きついてくれればいいよ。僕は逃げたりしないから。」

ナグルは優しく微笑むと、灰色の顔が少し赤くなった様に見えた。

気のせいだろう。と思いながら、シューシューと息を吐く化け物の背中をそっとさすった。



その日の夜、シスカは十人ほどの兵隊、あの忌まわしき王宮魔法騎士を連れてナグルの部屋にやってきた。スピカは一日中ナグルに抱きついて来て、離れようとしない。当然、便所にもついて来たがるので、用を足すのにも一苦労だった。


そんなスピカを全く視野に入れていないかのように、シスカはナグルの眼前に立ち、そして深く頭を下げた。


「本当に申し訳ございませんでした。私たちは何の罪もない、いえ、私たち親子の命の恩人を誤って殺めてしまう所でした。」

騎士の面々に至っては、スピカの後ろで全員土下座をしている。


「もう終わった事です。今、皆が生きているのですから、それでいいじゃありませんか。スピカもこんなに元気になったのです。僕は本当にそれだけで嬉しいですから。」

ナグルはそういうと、スピカの元に行き、顔を上げて下さいと囁く。


そして、王宮魔法騎士の前に立つと少し声を大きくして話しかける。


「皆さんも顔を上げてください。過ぎてしまった事をクヨクヨしていても仕方ありません。大切なのはこれからなのではないでしょうか? 僕が皆さんに望む事はただ一つです。どうか、弱きを労わり、強きに臆さず正しい騎士の道を進んでください。」


「さぁ、顔を上げて下さい。皆さん。」


全員が目に涙を浮かべながらナグルを見ている。

そして背後からシューシューと息を吐きながら化け物が飛び掛ってきた。ナグルは正面を向くと、思いっきり両手を広げ、両足を踏ん張り、化け物を受け止めた。


『ズンッ』と低い音が床から伝わる。


「だからスピカ、飛びかかって来てはいけないよ。」

ナグルは優しく微笑むと、綺麗に伸びた赤色の長い髪を撫でた。


スピカの呼吸がより速くなる。シューシューシューシューと、蒸気機関から漏れ出す蒸気の様な早い周期の異音が部屋に響いていた。


「あぁ、そうですね、シスカさん。僕は今一この状況が良く分かっていないんですが、なんかこう…経緯の様なものを説明して頂けるとありがたいのですが…」

少々バツが悪そうにナグルが請願する。


「わかりましたわ、ナグル様。」

シスカが手を上に突き出すと、王宮魔法騎士たちが一斉に隊列を整え、部屋を後にする。

一人一人がナグルに深くお辞儀をして退出していく。


部屋にはシスカ、スピカとナグルの三人だけとなった。ナグルがベッドの端に腰掛けると、スピカは直ぐにナグルに枝垂れ掛る。シスカは椅子に腰かけると、ゆっくりと事の顛末を語り始めた。


半年前、シスカの夫であった前々代の国王が、前代国王の策略に嵌り、城外で命を落としたこと。

そして、妃であったシスカ、一人娘の王女スピカが前代国王の手の者に追われていた事。

前々代国王の妃として、王位継承権を持つシスカを狙った呪術を、スピカが身を挺して受けた事により、

スピカが今のような醜い姿になってしまったこと。

そして、最終的に二人は追っ手に捕まり、あの牢獄に捉われていた事。


あの日、前々代国王を慕っていた王宮魔法騎士団長と、その配下である騎士たちが、

命を賭して前代国王に対し、クーデターを起こし、その首をはねた事。


王位継承権があるシスカを探し求めて、国中の牢獄を探していたが見つからず、

あの牢獄が最後の1か所だった事で、騎士たちは激しく焦っていて、我を見失っていた事。


ナグルが捕らわれた後、詰所に隠れていた二人は保護され、王宮に戻ったが、

彼女たちは魔法騎士から牢獄の看守には逃げられ、行方不明になったと聞かされていた事。


王宮魔法騎士たちは、シスカが王位継承することを望み、そして懇願してきたが、シスカはその

態度を保留していた。そして長期にわたる国王不在が、内外に大きな影響を与えることを説かれ、

即位を決意した事。そして即位の前に、あの牢獄から逃げ出した看守を保護し、目の前で御礼をする事

を最終条件として伝えた所、実はその看守は王宮地下獄に入れられており、まさに今日死刑が執行される事が判明した事。そして、シスカがそれを止めた事。


現在に至るまでの経緯が、目の前に居る時期女王から淡々と語られた。


そうか、色々あったんだな。この二人は。大変だったんだろうな。と思いながらも、

しかしナグルはある意味、これで一件落着なのではないだろうか。と考えていた。


スピカの事は確かに残念だが、この城に居る者は以前のスピカの事を良く知り、記憶し、そして今なお愛されているのだろう。王女という立場なら、どうせ城の外に出ることなど殆どない。彼女は彼女なりに幸せに暮らせるのではないかと思えた、シスカには他に子どもが居ないと言うが、見た目から恐らく年齢は30歳前後といった所だろう。この美貌であれば、まだまだ相手を選ぶ事も出来るはずだ。上位の貴族とでも再婚し、第二子、つまり子供を作れば王位継承も解決するではないか。


中流階級の真ん中で育ったナグルはそんな風に考えていた。最も自分が口出しするような事ではないが。


「なるほど。良く分かりました。僕があなた様方の様な高貴な方々とお会いできたのは、まさにご縁と申す他、ないのでしょうね。」

やや改まった表情と言葉遣いでナグルはシスカに話しかける。


「何れにしましても、これで全て一件落着で、全員がそれぞれに幸せを求められる様になったのではないでしょうか? 僕は先ず、折角あの仕事を探してくれた両親に、お礼と無事を伝えなければなりませんので、今日の所はこれにて失礼したいと思います。」

ナグルはそう言いながら、部屋を出ようと扉に向かって歩き出す。


「…あぁ、そうだ。そう言えばあの牢獄はどうなるのでしょうか?」


ガルル…と化け物が小さく音を漏らす。

「正直な所、ナグル様とお会いするまで、私たち二人は不当に酷い扱いを受けて来ました。その傷は癒えることはありません。私が女王に即位した暁には閉鎖するつもりです。」


「そうですね。あそこは罪を償う場所ではなく、人そのものを罰する、それも精神的な拷問をしていた所でしたからね…」

ナグルは少し安心した。痛みを、苦しみを知る女王がこの国を治めれば、不当に肉体的な、行き過ぎた刑罰を受ける事はなくなるかもしれないと思った。


だがそれはナグルが当面の仕事を、生きる糧を失うと言う通告でもあった。

ナグルは自宅で心配して待ってくれているだろう両親のもとに戻り、すぐに相談したいと思っていた。


-何とかするしかないし、仕事も選べないだろうな。-


扉に手を掛けると、後ろから化け物が背中に飛びついてきた。扉に頭をぶつけた。

「こらっ!スピカ!飛び掛かってきてはいけないと言ったでしょう!」

ナグルが『メッ』と眉間にしわを寄せて叱ると、化け物は両手を前でモジモジとさせている。


「ガウーン…ガウガ、ガウガガウガウガ…」

明らかにしょんぼりした様子の化け物に、

「そうだね。またきっといつか会えるよ。僕はこの城下町の西側に住んでいるからね。また会おう。スピカ。」

ナグルはニコリとほほ笑むと、ナグルを見て化け物はシューシューと異音を発している。


「シスカさん、スピカ、おやすみなさい。よい夢を。」

「ガウガウガウガー」

「おやすみなさい。ナグル様。お気をつけて。いつでもいらっしゃってください。」


ナグルは王城を後にし、久しぶりに自宅に戻った。

【第3章に続く】


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