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【第1章 看守と囚人】

初めての投稿です。

第1章は少し重たい文章ですが、これから軽くなる予定です。

【第1章 看守と囚人】


最も奥深い場所で、囚われの身となっている醜い女の化け物。その隣に居る一人の薄汚い女性。


囚人の中でも、最奥にあるこの牢獄に収監されている二人の囚人は、特に忌み嫌われていた。

ただでさえ粗末な食事は、更に嫌がらせを受けて酷い物になり、囚人の唯一の楽しみである毎日の入浴ですら、1週間に1回しか与えられず、看守達は少しでも目が合えば唾を吐き掛けた。


この二人が囚われの身となってから半年。化け物への嫌がらせは止むことなく続き、二人の精神はズタズタにされ、目には光も無く、虚ろになり、そこには一切の希望も、そのかけらもない。


絶望の、地獄の底に突き落とされ、這い上がることも諦めた生ける屍が収められている。


この牢獄を看守達は忌避し、強力な侮辱と差別を以てその恐れを和らげ、そして看守達自身のうさを晴らす道具として扱われてきた。


今日も彼女たちは心の底で叫んでいた。 - 誰か…私たちを…救ってください -





ナグルは今日、とある牢獄の看守としての第一歩を踏み出した。


魔法国家 アルムルドのごく一般的な中流家庭の第三子としてこの世に生を受けた16歳の男は、魔法の才能もなく、体力も、腕っぷしも大したことはない。学力だけは優秀だったが、学力だけで仕事が見つかるほど、この国は甘くはなかった。結局のところ、仕事は見つからず、働き口に困って居たところ、父親の伝手でこの仕事にありついたという訳だ。


先輩看守である、ダンと言う男から、日々の仕事や、この牢獄の決まりについて説明を受けながら、定期の巡視経路を見て回る。


一般囚人の牢獄は、魔法レンガにより四方を完全に塞がれ、光を採り入れる為の僅かな開口と、頑丈な扉で囲まれている。板の衝立に仕切られた便所と、藁のベッドの様な物。これが共通構造で、中の囚人達は盗み、傷害などを犯した者達が、その罪状により1ヶ月から、半年程収監され、刑期を終えると解放される。


その奥には更に薄暗い区画があり、こちらは重罪囚人の牢獄となっている。

こちらには光を採り入れる開口も無く、真っ暗な室内には、衝立すらない便所が1つ。壁には手枷が取り付けられている。室内の明かりは、扉の上部にある、小さな覗き窓から、極僅かに差し込む、通路の蝋燭の光だけである。

重罪囚人は、殺人、強姦、政治犯などが収監され、その多くは半年程、おおよそ人間らしい生活が出来ぬままに、絞首刑もしくは断頭台送りとなる。


その重罪囚人用牢獄の最も奥、蝋燭の光すら届かない様な牢獄に、醜い化け物と、薄汚い女性が収監されていた。


ダンが最奥の牢獄の前でナグルに言う。


「この牢はお前の好きな様にしろ。やりたくなければ飯も風呂も、何もしなくていい。誰も何も言わないし、当然オトガメも無しだ。」


「どんな人が入っているんですか?」

ナグルはそう先輩に問いかける。ダンは顎で扉の方をさす。ナグルは恐る恐る窓を覗く。


まるで死んでいるかのように、体を横たえる二人の影。一人は女性だろうか?薄いピンク色の髪の毛に、痩せ切った顔は頬がこけており、目の周りも陥没しており、眼球が前に飛び出している様に見える。


そして、もう一人を見て、ナグルはハッと息をのむ。


ボサボサの長い赤髪、灰色の肌、鼻は豚の様に上を向いている。乳房の膨らみから、女性で有ることは判るが、服どころか、下着すら着けておらず、全裸で醜い肢体を晒している。


「皆、ここには近付きたくないって訳だ。まぁ、一部の看守が、うさ晴らしに虐めてるが、 直接の暴力行為は当然こっちが中の人になっちまうからな。」

「まっ、好きにするといいよ。何処ぞの国と違って、囚人には権利はねぇし、風呂の監視と、食事の配給だけだから、お前も適当な趣味や、暇潰しを考えておいた方がいいよ。慣れればこんな楽な仕事はねえからな。」

ガッハッハッと笑いながら入り口の詰所に戻る。


ナグルはおおよその仕事の内容を聞いて、これなら自分にも出来るし、ここまで温い仕事だとは思っていなかったので、正直儲けたと思った。汗水垂らして真面目に働く両親や、兄弟の顔が浮かび、少し後ろめたさは感じたものの、どうせなら空いた時間を活用して、自分の夢である法律家の勉強をしようと心に決めていた。

ナグルは学生の頃から法律の勉強をしていた。とある国では、法律は体系化されており、法に照らして罪を問う者と、法に照らして人を救う者が、審議を行い、法に従い罪を決める国があると言う。

ナグルは、学校にあった各国の事を記した辞典で、異国には人を守る手段として法が体系化されている国があると言う事実を知った。初めてそれを知った時には、何と美しい決まりなんだと思った。


しかし、魔法国家 アルムルドはその意味では腐敗していた。罪を決める役人は、賄賂にまみれており、積んだ金と持っている権力によっては、罪にすら問われないケースもある。

当然、法律家を目指そうとしたのだが、中流家庭の、何の伝手もないナグルの家では、法律家になる道は無いに等しかった。目の前の夢が絶たれ学業にも身が入らなくなり、子供の頃は神童と呼ばれていた少年は、ささくれた学校生活を送ってきた。



ナグルが看守の仕事を初めて1週間。

慣れるも、上手くなるも、何もない仕事故に、見習い期間はすぐに終わり、今日から本格的に先輩達と肩を並べて看守の組員として変則時間の勤務となる。仕事は交代制となっていて、朝の鐘が鳴ってから、日没前の鐘が鳴るまでの間と、日没の鐘が鳴ってから、翌朝の鐘が鳴るまでの間を、安息日を境に入れ換える。


安息日の勤務も当番制で、月に1回、これも朝、夜と順に回ってくる。


決められた時間に、順番に食事を出し、片付けて、風呂の立ち会い、つまりは監視をする。


この監獄で異常など起きるはずがない。最初に投獄される時は、男女問わず全裸なのだ。

尻の穴の中まで牢獄医に見られ、3日の断食と排泄が終わると、全裸のまま投獄される。

裸で1週間を牢獄の中で過ごし、異常や脱獄の素振りが無ければ、初めて囚人用の麻の服が支給されるのだ。

そして壁は魔法のレンガで出来ている。当然、物理的にも、魔法的にも破壊されることはあり得ない。

鉄の扉も、鍵は付いているが、魔法による結界も張られており、仮に扉を開けっ放しにしておいても、

内側からは出られない。


看守だけが持つ、特殊な首飾りだけがその障壁を潜り抜ける事が出来る。


現在、この牢獄全体では、一般囚人の牢獄に数名の囚人が居り、重罪囚人の牢獄には、先の醜い化け物と女性しか収監されていない。それもそのはずで、ナグルがここに来る少し前に、一人の重罪囚人が処刑されたばかりだった。


この仕事はやはり随分と余裕がある。そう思った。

ナグルは幼い頃からの夢を諦めきれず、空いた時間で法律を学び始めていた。そして、次の給金で、法律に関する本を買おう。そんなことを考えていた。



初めての一人での仕事。

一般囚人の世話を終え、重罪囚人の牢獄の扉の前に立つ。覗き窓から、声を掛ける。

「食事です。」


中の囚人たち二人がビクッと動き、やがて起き上がり、一人が這うように扉に近付いてくる。扉を開け、二人分の食事を置く。ふと中を見ると、醜い化け物の方は、動けないのか、這うことすら出来ない。ナグルは、異臭のする牢獄の中に歩みを進めると、二人の前にそれぞれ食事をおいた。食事といっても、塩粥の、それも米は殆ど入っていないような代物ではあったが。


「そちらの方、大丈夫ですか?」

ナグルは恐る恐る語り掛ける。


「ぁー…ぅーー…」

掠れて声になっていない、か細いうめき声をあげる。


女性の方は食事を、一気に飲み干し、ため息を付いている。


ナグルは、その女性に向かって話しかける。

「そちらの方は一人では食事が出来そうにありません。あなたが食べさせてあげて下さい。」

女性は小さく頷く。

それを見てナグルは扉を閉める。



30分後、食器の回収に行くと、女性が化け物に食事を与えていた。殆ど食べ終わっていたが、

まだ少し残っている。


「何とか流し込めないですかね…一応、食事の時間が決まっていますので…」

困ったように女性に話し掛けると、女性は申し訳無さそうにこちらを向き、頭を下げる。


ナグルは驚いていた。

初めて見たときには、こんな所に、化け物と一緒に閉じ込められる女性の罪は何なのか。と言う疑問を感じたが、眼前では逆にその化け物を庇うかのような立ち振舞いをしている。


「食事の時間の直ぐ後は風呂の時間です。食事が長引くと風呂には行けません。」

そう伝えて部屋を後にした。


ナグルは、翌朝の食事で食器を回収することにした。


朝の食事はパンと水だ。塩粥ですら、あんなに時間が掛かったのだ。パンは喉を通らないだろうと思いながらも、牢獄の覗き窓から声を掛ける。

「食事です。」


扉を開け、中に入ると手早く扉を閉める。二人にパンと水を渡し、空になった食器を回収すると、部屋を出る。


こうしてナグルの一人仕事初日が終わった。



翌日、ナグルは牢獄医に奥の二人の容体について相談と報告をした。

しかし、医者はあんな奴ら、遅かれ早かれ死ぬのだから、放っておけばいい。と言い、全くとりあって

貰えなかった。罪状の確認をしたかったが、囚人についての記録は監獄には無く、本人達に聞くより

他に手段がなかった。


昨晩同様、塩粥を持っていくと、女性は幾分か回復していたようで、居住まいを正し、行儀よく礼を述べたが、化け物は未だに起き上がれない状態だった。


女性は塩粥を飲み干すと、直ぐに化け物に近寄り 、粥を食べさせている。こうして見ていると、彼女達の間に、何らかの絆があるようにも見えてくる。


化け物は昨日と違い、時間内に食事を終えたようで、女性は風呂の時間をとることが出来そうだった。しかし、女性は風呂には行かず、化け物の横で体を横たえ、何やら話し掛けている様子だった。


更に翌日、ナグルは市場で酒と蜂蜜を買ってから仕事に向かった。あの弱りきった化け物の容態が気になっていた。勿論、看守として許される事ではない。しかし、どんな罪を犯したとしても、その刑に伏している間はせめて生命の維持はさせるべきだと思っていた。


いつもの様に覗き窓から声を掛ける。

「食事です。」


いつもの塩粥に加えて、コップに注がれた液体が出される。

女性はハッとした目でこちらを睨んでいる。

毒、若しくは小便でも出されたとでも思っているのだろう。


「流石に塩粥だけでは回復は望めないでしょう。市場で酒を買ってきました。 今日は少しだけですが、体も温まるし、食欲も出るでしょう。ただし、この事は口外しないように。」


酒の入ったコップを手に取ろうともしない女性に向かって、もう一つのコップを取り出し、後ろに隠していたビンから、液体を注ぐ。ナグルはそれを一気に飲み干す。そのコップに新たな酒を注ぎ、女性のコップと入れ替える。女性のコップの酒を飲み干すと、空になったコップに酒を注ぎ、化け物に出したコップと入れ替える。化け物に差し出していた酒を飲み干すと、ナグルは女性に話しかける。


「無用な警戒を与えてしまいましたね。見ての通り危険な事はありません。

 僕はちょっと飲み過ぎて酔っ払ってしまいましたが。」


そのまま牢獄から出て、詰所に戻ったナグルは、ほろ酔いのいい気分で食事の片づけも忘れ、ウトウトと眠ってしまった。


何か凄く良い夢を見ていた気がしていた。ふと、何かやり忘れていた様な気がして、ガバッと起きた時、重罪囚人の食事の片づけと風呂の時間を寝て過ごしてしまったことに気が付いた。


『いくら1週間に一度位しか入らないからと言って、入るか入らないかの選択肢は彼女たちにある。』

そう思うと、非常に悪い事をしたような気がして、ナグルは急いで重罪囚人の牢獄に行った。のぞき窓から中を見ると、二人とも横になっている。このまま起こすのは気が引けたが、良く見ると女性は起きており、化け物の体をさすっている様に見えた。


「失礼します。」

一言告げてから開錠し、牢獄の中に入る。


「すみません。さっき慣れない酒を飲んだ為、寝過ごしてしまいました。 今日の風呂の時間が過ぎてしまい、本当に申し訳ない。」

ナグルは囚人たちに頭を下げた。


「いいえ。お気になさらないで。」

女性は小さく声を上げると、首を横に振り、問題ないという態度を示した。


「お二人とも、食事は済まされましたか?」

女性は小さく頷くと、空になった椀と、コップをこちらに差し出した。


「そちらの方の様子は?」

女性は小さく顔を横に振る。



「そうですか…お大事になさって。」

ナグルはそう言うと、牢獄から通路へ、そして詰所へ戻る。


翌朝の食事は、またしても代わり映えのない、パンと水だった。


「食事です。」

ナグルが部屋に入ると、化け物がゆっくりと起き上がった。


「おおっ。少しは良くなったんですね?」

やや上ずった声でナグルが話し掛ける。


女性が小さく顎を引き、化け物は小さな声で

「あーー、がぅう」と答える。


ナグルは何の気なしに、

「どういたしまして。」

と答えると、女性と化け物は驚いた表情をしている。ナグルはそんな二人に何も応えず、パンと水、そしてこちらも市場で仕入れた蜂蜜を渡す。


「これも先に毒味しておきましょう。」


ナグルは小指で掬ってから、ペロリと飴色の液体を舐める。そのままパンにベッタリと塗り付けて二人にパンを渡す。


「くれぐれも口外しないように。」

ナグルは言い残して牢獄を後にした。



翌日、食事を持っていくと、二人とも行儀よく床に座り、食事を受け取った。昨日の酒も、勿論コップに注がれている。


「何とお礼を申せば良いのやら」

女性は目に涙を浮かべている。


「食事が終わったら風呂の時間です。」

ナグルは極めて淡々と、業務口調で話し、牢獄を後にした。


風呂と言ってもシャワーや浴槽が有る訳ではない。水瓶に手桶、頭から水を被るだけだ。

タオルも無く、濡れ鼠のまま牢獄に戻されるのだから、体は冷えるし閉ざされた牢獄内は蒸し暑くなる。

酒を飲んだ囚人二人は、酒で体が温まっているのだろう。交代で水瓶のある部屋に入り、水浴びを

済ます。壁に掛けられた手枷を嵌められ、不自由な手で体を洗わねばならない。

それでも、少しは気が紛れるのだろうか。

二人は少しだけ顔色が良くなり、扉を閉めるナグルに礼を言ってきた。



数日が過ぎ、勤務時間が交代となると差し入れは厳しくなった。昼間は上官他数名が詰所付近に居る為、目を盗んで助けることは出来そうにない。


ナグルは出勤早々、夜の担当が出した朝飯の片付けをして、巡回をする。昼飯を出して巡回をする。 これの繰り返しであった。律儀にも彼女達は、ナグルが入ってくると体を起こし、お辞儀をするようになっていた。昼間は誰が聞いているか、見ているかわからない。言葉は一切交わさず、淡々と仕事を続けた。



次の週になり、夕食を持っていく。勿論変わらず塩粥だけだ。


「食事です。」

二人の顔が少しだけ、明るくなったように感じた。


化け物は、声にならない声で、がぅがぅと言っている。今日は残念だが、酒はない。その代わりに、おにぎりを持ってきた。 これを塩粥に入れれば、腹も膨れるだろう。女性はおにぎりを見て涙を流している。

二人はガツガツと塩粥(おにぎり入り)を食べると、ため息を付いている。


「大変ご馳走さまでした。」

女性はお礼を言うと、化け物も声をあげる。


「風呂の時間です。」


ナグルは淡々と述べる。だが、心の中に、後ろめたさと共に、この人達が喜んでくれている。と言う、嬉しさが共存する、そんな心境であった。


ナグルと重罪囚人の隠れた親交。そんな、緩い日常は、突然の兵隊の乱入で終わりを告げた。


☆☆☆



腕に魔法使いの杖を型どった紋章を付けた一個隊が、牢獄に押し掛けてきたのは、ナグルがここの看守として働きはじめて1ヶ月程度過ぎた、ある日の昼下がりだった。


突然の襲撃に、門兵と看守の数名が逆らい、命を落とした。牢獄内には正確な情報が伝わらず、外の喧騒から、何となく異常が起きていることは理解出来たが、何が起きようとしているかは、誰にも分からなかった。


血だらけになった同僚が詰所に駆け込んでくる。


「は、早くここから逃げろ…殺されるぞ…」


ドアを開けたまま、絶命した看守は、イロハを教えてくれたダン先輩だった。詰所にいた数名がパニックになったように逃げ出す。

ナグルはどうしてもあの二人の事が気になっていた。 そして、皆とは反対の、重罪囚人の牢獄まで走り、ドアを開けた。


「外から襲撃を受けています。一緒に出ましょう。」

ナグルは、その瞬間に思い出した。


- どうやって、この部屋から出せばいいのか -


だが、悩んでいる暇はない。

まず、首飾りを女性に渡す。無事に通過できた。首飾りを外から受けとる。


「よし。行けるぞ!」

ナグルは興奮しながら、化け物を見る。立ってヨロヨロと歩くのがやっとで、とても走れる容体ではなさそうだ。


「ゆっくりでいいから。まずは牢獄から出よう。」

そう伝えると、化け物は首飾りを受け取り、何も言わずにヨロヨロと牢獄を出る。


女性が化け物を抱き抱えると同時に、首飾りをナグルに返す。ナグルは牢獄をでると、首飾りを中に放り込んで扉を閉める。


- 何処から逃げれば良いのか。-


出口までは、距離があるものの、一直線であり、そのまま逃げれば間違いなく雪崩れ込んでくる兵隊と鉢合わせしてしまう。


- だめだ! 時間がない -


ナグルは、化け物を腕に抱き抱え-お姫様だっこ-すると、女性と共に、詰所を目指して走り出した。もし、兵隊に化け物が見つかれば、自分と女性の命も危ないだろう。祈るように詰所に入り、扉を開けたまま、扉の影に化け物を隠す。ナグルと女性だけなら、何とかなるかも知れないと思ったのだ。


「狭くてゴメンね。ここに隠れてね。」

ナグルは既に普通の話し方で化け物と話をしている。


囚人とは言え、牢屋を出ているのだ。普通の言葉でも、今更問題無いだろう。と、思っていた。


女性が口を開く。

「何が有ったのでしょうか?」


「わかりません。ただ、僕の先輩が殺されたのは間違いありません。」

強張った顔で女性に返事を返す。


出口からけたたましく足音が聞こえてきた。 そおっと覗いて見ると数人の屈強な、鎧に身を包んだ兵士が

詰所に迫ってくる。


ナグルは、化け物のすぐ側に女性を押し込み、詰所の椅子に一人座る。


ガシャガシャガシャ…


兵隊達の足音が詰所の前で止まる。


「何の用でしょうか?」

ナグルはわざと驚いたように、扉の開口を塞ぐ様に兵隊達の前に立ちはだかり、平然として伺いをたてる。


「ここに女性二人組が囚われている。何処に居る??」

物凄い威圧感を出して、兵隊の先頭に立つ男が訪ねる。


「二人組? 一人では無くて??」

わからない風を装い、飄々と返す。


「二人組だっ!貴様、王宮魔法騎士を騙せば即この場で死刑だぞっ!!」


「ここには女性は一人しか居ませんでしたが…ご案内は出来ますが、生憎私は扉を開けることが

 出来ません。扉の前まで案内させて頂きます。」

「あ、そう言えば、さっき詰所から全員出ていった様ですが、何事かあったのでしょうか?」


不意に思い出したかのように、ナグルは言葉を続ける。


「看守風情には関係なき事!死にたくなかったら言葉を慎め!!」

王宮魔法騎士が声を荒げる。


「では、皆様こちらです。」

ナグルが騎士達を誘導する。


扉の前に行き、覗き窓を指差す。 騎士達は薄暗い部屋の中を見回すが、当然もぬけの殻である。


「貴様ぁっ!!」

騎士がナグルの顔面に拳を叩きつける。ナグルはそのまま吹き飛ばされる。


「吐け!!何処に逃がした!!!」

「見習い看守の僕に判るはずがありません。ここの鍵すら貰っていないのですから。」


ナグルの必死の弁明も、頭に血が上った騎士達には届かなかった。腹を蹴られ、髪の毛を掴まれ、散々痛め付けられた。


「もういい。よし、こいつを王国地下獄に収監しろ。」

こうしてナグルは看守から囚人になった。


☆☆☆


「起きろ!穀潰し!!」鞭で叩き起こされる。


完全な独房、重罪囚人の牢獄と大差無い部屋で、ナグルは一人囚われていた。


今頃、家族はどうなっているのだろうか…何日ここに入っているのか、分からなかった。


定期的に出される食事が、唯一時間的感覚を与える物だったが、朝御飯なのか、晩御飯なのか、それすら分からなかった。ただ、何となく昼御飯は無いように思えた。二回食事をすれば1日と思うようにし、ナグルは日付を数えていた。


ナグル暦で15日が過ぎたある日、独房の扉が開かれ、ナグルは王宮の庭に引き出された。庭の先には、血にまみれた断頭台があり、縄でグルグルに縛られたナグルは、成す統べなく連行されていく。


久しぶりの日差しが眩しく、頭がクラクラする。

歩いていても浮遊感が凄く、倒れそうだった。


あの二人組、どうなっているのだろうか。


同じように囚われて、既に処刑されたのだろうか。


あっちに逝ったら、謝らないと。


父さん、母さん、兄さん達、ごめんなさい。


心配させて。迷惑も一杯掛けたんだろうな。


ナグルは、ふと自分が泣いている事に気がついた。


不甲斐ない自分のせいで、多くの人を巻き込んだ事を後悔していた。


断頭台に寝かされ、その刃が視界にハッキリと映る。


『なんて残酷な処刑なんだろう。』


そう思いながら、息を深く、大きく吸うと、少しだけ視界が晴れた気がした。


「言い残す事はねぇかい?」


断頭台の執行人が話し掛ける。


「家族と、あの牢獄に囚われていた二人の女性に、すみませんでした。と、伝えて下さい。」


そう話すと、ナグルは涙を流しながら目を閉じた。

流石に目を開けたまま、刃が落ちてくるのを見届ける勇気はなかった。


『さようなら。みんな。』


ナグルが覚悟を決めた時、何やら遠くが騒がしくなった。突然い首の拘束具が外され、引き起こされ、束縛していた縄が解かれる。唖然としていると、奥の宮殿から、それは美しい、着飾った女性が小走りに近付いてくる。


「あぁ…良かった… 間に合いました…」


息を弾ませながら、隠すこと無く涙を流す女性は、確かにあの牢獄にいた、女性そのものだった。



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