世間知らずの竜神
辺境の火山に棲まう竜を神と信仰するカルオットは、民衆に根強い人気を誇る。
こうした表立った情報は何処でも手に入るが、その内情をヴァルがきちんと把握しているかは別である。
一宗教に肩入れする気はなく、訪れたのは単なる武者修行で利用するためなのだから。
その教義をカルオットの巫女が口にするには余りにも軽く、同時に重い意味を持っていた。
いわく、
――小さき黒竜を神とあがめよ
――我等が竜神の安寧を求めよ
――信徒は高き武力を目指せ
――神に行えぬ所業を認めず
たったの四項……文章にすれば『火山の黒竜を神と祀り、各人が武力を付けて平穏を築け』である。
当然、この四項を守る為に様々な条項は存在するが、この分かり易さは当時の宗教事情に衝撃を与えたという。
そして絶大な人気を持ちつつも世の為政者たちが国教に取り入れないのも、他者への命令を禁じた『神に行えぬ所業を認めず』という特殊な四項目があるからだ。
確かにぼっち竜であるアルカナでは、他者への命令など不可能である。
「……つまり、ルイーズはカルオット神殿の中で最強ってことか?」
「はい。各国の協定が定める『勇者』とは違い、政治的権力を持たない神殿内の名誉職で、正確には『女性部門』と限定的です。
もちろん神殿内部では扱いは変わりますし、ちなみに現在の教皇であるワイズ様も昔は武勇に名を馳せた神官だそうですよ?」
「え、教皇も?」
「あの方は今でも凄くお強いですよ?」
見た目にだまされていたヴァルは「まじかよ……」と呟く。
少し背の丸い好々爺という言葉が似合うあの教皇がカルオット最強の一人とは世の中分からないものである。
よくよく考えてみれば教皇になるにはそれくらいの箔は必要なのだろう。
ただ、身体を鍛えぬいた結果の名誉職から権謀術数渦巻く教皇への考えると、ワイズは間違いなく天才に属するのだろう。
彼の半生を書けばぶ厚い本数冊分くらいになりそうだ。
「ふむ、それで巫女とはただの名誉職なのだろう? 要は『名ばかり』だとまさに今宣言したわけだが……」
「世界的・政治的には、わたしの身分はただの一神官でしかありません。
一定の優遇はされますが、やはり余り期待できるものではありません。
ただし神殿からすると『最強を勝ち取った巫女に逃げられる』というのは非常にイメージがよくありません」
「特にこのご時勢だしな。どうにかこうにか出奔の理由を付けるだろうが……」
「はい、巫女のわたしがアルカナ様の傍で『カルオットは神を裏切った』と言えば話は終わりです。」
「ははっ! あっちにもこっちにも火種を抱えて大変だなぁこの神殿も」
「火種だなんて……わたしはアルカナ様の侍女ですから」
ルイーズは恥らうように視線を逸らすが、そもそも事前に見限る発言をしてるので笑えない。
しかしその信念は本物なようで、いきなり来た『強者』を神と断じるほど力に魅入られている。
「そ、そうか? ならばその言葉を信じよう」
「神から信じられるととお言葉を頂くはっ! これは皆に自慢しなくてはなりませんね!」
「ルイーズ」
「はい♪」
説明意を終えたルイーズは、急に弾むような声を上げる。
どうやら竜神アルカナに名前を呼んで……いや、覚えてもらったからだろう。
信仰の社では仕方ないが、あからさまに態度が違う様子にヴァルは密かに嘆息していた。
「……とりあえず我を『神』と呼ぶのは止めよ」
「ダメですか……?」
「我には『アルカナ』という名がある。どうせ呼ぶのなら、そちらを使ってもらいたい」
「承知しましたアルカナ様」
「うむ」
改めて竜神はアルカナの名前を気に入っているようでヴァルは胸をなでおろす。
問題は膨れ上がっている中でも制限時間も想定よりも短くなったし、一応前に進んでいるはずだ、と勇者は自分に言い聞かせる。
巫女と名乗ったルイーズは、今まで猫をかぶっていたらしく態度が一変し、口では『恐れ多い』と言いつつも時折獲物を狙う獣のような気配を匂わせる。
アルカナが襲われたところでどうとでもなるが、四六時中これではいくらなんでも気疲れを起こしそうだ、とヴァルは対策を練らねばと警戒を強めていた。
同時に信者のたしなみなのか驚くほど素直に接してきている。
そうして自己紹介から始まり、ヴァルが考えていた今後の目算を披露し、逐次アルカナの質問に答えていると、気付けば陽が落ちていた。
そろそろ就寝という段階で、唯一の男が宣言して部屋を飛び出していった。
「女と同じ部屋で寝れるか! 俺の精神力を試してるなら『無理だ』とだけ言っておこう!!」
取り残されたのはニコニコと嬉しそうに笑うルイーズと、寝るだけに可能・不可能を宣言する意味が分からないアルカナだ。
いろいろと疑問は晴れないままだし、お目付け役が居なくては面倒な事態がさらに悪く転がるかもしれない。
「ヴァルは何処へ向かうと思う?」
「え、はっ! えっとですね……グラッツのところでしょうか」
「グラッツ……? あぁ、最初に案内をしてくれたヒトか」
「む……グラッツも名を……」
「それで、ヴァルは何をしに行ったのだ?」
「恐らく寝る場所の確保ですね」
「うん? ここは『寝る場所』では無いのか?」
「いえ、寝所としてご用意させていただきましたが……」
「だろう? ヴァルは何か勘違いしているらしいな」
「むしろ明確な意思表示だと……」
「そうなのか? また我が何かしたのか? ふむ……ルイーズ、手間だが連れ戻してくれ」
「少し意味は違いますが……いえ、承知いたしました。
このルイーズ、命に代えてもヘンライン様を捕獲してきます!」
「そこまで意気込まなくても構わn――「では!!」……らな?」
寝て起きれば朝になるし、むしろ一日くらい寝なくてもどうとでもなる。
その辺で一夜も明かせない者が火山に登れるわけもないのでヴァルに一切の心配はない、とアルカナが言い切る前にルイーズは去ってしまった。
それから十数分後、きょろきょろと周囲を見渡していたアルカナの元へ、いい笑顔で額の汗を拭うような仕草をしながらルイーズが登場した。
首の後ろを握られて引き摺られて部屋に連れ込まれるヴァルは、死んでいるような目で「仕方なくだったんだ……」と呟いている。
余りの対比にアルカナが引いていると、
「お待たせしましたアルカナ様! やはりグラッツの居る門兵の詰所で交渉中でした!」
「うむ、ご苦労。……で、何故ヴァルはそんなになっているんだ?」
こと戦闘において、ヴァルが遅れを取るはずがない。
少なくとも大軍とも渡り合えるだけの胆力と戦力を保有しているはずだ、といぶかしげる。
「わたしとしても力で勇者様に勝てるとは思えません。
ですのでアルカナ様の『水蜥蜴の衣が趣味』とか『下着姿をガン見してた』とか。
着替えた今の服装の『舐め回すように見てた』とか本当のことを詰所で話しただけです!」
「ふむ?」
ルイーズの説明に当人のヴァルは「あぁぁぁ……」と悶え、要領をえないアルカナは小首をかしげる。
一拍の思考時間を挟んだアルカナは、解答を得てぽん、と手を打って行動に移した。
「よし、脱ぐか」
「お待ちしておりました!!」
「まてぇええい! 何故そういう結論になる!? ルイーズの本音はそれか!?」
「うん? 服など邪魔だろう?
そしてヴァルが喜ぶのは水蜥蜴の衣だけのときだろう? いや、シタギとやらもよかったのか?」
「違うんです、違うんですよアルカナさん!!
俺にはそんな趣味h――「無いと言い切れるんですか!?」うるせぇよ!?
お前の趣味だけはよーく分かったから、横からいちいち茶々入れるなよ変態巫女!」
「アルカナ様! 提案があります!」
「だからお前は黙ってろ!」
火山では静かな環境を好んでいた引きこも竜のアルカナも、喧嘩ではない二人の騒がしいやり取りにほっこりする。
ただ、交わされている言葉の半分も理解できず、少し悔しい思いもしていた。
今訊いたところで説明されるとも思えないので、とりあえず……
「ヴァルの口を塞ぐことからはじめようか」
無茶振りしてみれば、能力的に圧倒的に劣るはずのルイーズが「承知!」と告げ、ヴァルに絡み付いて押さえ込んでしまった。
アルカナが『技術』に感心しながらも「それで?」問いかける。
「下着とケープだけというのはどうでしょう!」
「つまりこの赤いのだけを脱げば良いと?」
「はい! ここでポイントなのが!」
「なのが?」
「腰のベルトとブーツは身に着けたm「うがぁぁ!!」」
ルイーズは意味ありげに揺れる目と赤い頬の顔を前のめりにヴァルの背中に座り、顔を覆うように掴んで絞めていた。
その完全に極まっていたはずの拘束からヴァルがどうやってか抜け出したのだ。
さすが勇者と言うべきだろうか……とても残念な光景なのだが。
「ねぇルイーズさん! あんた馬鹿なの!?
俺に極悪な関節技掛けながら何言ってんの!?」
「煩いですよヘンライン様! 眼福にありつける好機ですよ!
ここは黙って『勇者は様子をうかがっている』を実行しましょうよ!! せっかく『不可抗力で仕方なく』ってシチュエーションまで作ってあげたんですから!」
「くそう、まさかのただの馬鹿だった!
もうホント、この神殿は上に行くほど頭おかしいヤツばっかだな!」
「聞き捨てなりませんね! わたし以外ですよね!」
「お前が筆頭だよ!? さっさと背中から降りろよ!!」
「ダメですよ! まだアルカナ様にお伝えしてませんから!」
「お伝えしなくて良いんだよ!
何も知らないアルカナを良いように使って後でどうなると思ってる!?」
「え…………? あぁ、いや……それはそれで……えへへ……」
「やべぇ! さらに悪化した!」
頭を抱えるヴァルだが、その目に色が戻ったことには違いない。
話を本筋に戻すべく竜神が「ルイーズ、その辺で」と止めれば、嬉しそうに「はい!」と応える巫女が居る。
納得できない主従関係を結ぶ二人に、ヴァルは「変わり身はえぇ……」と逆に突っ伏していた。
「で、何故部屋から出たんだ?」
アルカナの問いにヴァルは突っ伏したまま応えない。
変わりにルイーズが「チキンめ」と呟き、アルカナへ向けた態度の差を見せ付ける。
「チキン……鳥のことか?」
「ではヘンライン様の代わりに、不肖わたしが――「言わなくて良いからな」……駄目だそうです」
「ふむ。では……そんなに、ここで寝るのが嫌か?」
「う……そ、そんなことは無いぞ?」
「ならば問題は無いな」
「いや……それはちょっと……」
「やはり嫌なのか?」
「そ、そういう意味じゃ……」
「ヘンライン様、さっさと決めてください」
「何かあるならば解決せねばなるまい」
「分かったよ、ここで寝ればいいんだろ!」
詰め寄られたヴァルは手を挙げて投げやりに応える。
やはり竜神様の決定に逆らうことなど誰もできないのだった。
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