竜のお色直し4
勇者は竜神を待ちながら今後のことを考える。
実を言うとアルカナが竜神と認定されなくても、ヴァルにとって何ら痛手はない。
むしろ『無関係だ』としてくれた方が随分と都合が良かったりする。
元々ヴァルはアルカナと二人で飛び出し戦線を立て直すつもりだった。
しかし、もしも竜神認定されてしまえば、まずもって『勇者が連れ出している』という神殿の許可が要る。
この場合の『許可』とは、単なる予定や定期報告程度のものだが、組織を相手にすると途端に手続きが面倒になるのだ。
もちろん、アルカナ自身も『個人』として出歩けず、窮屈な人の常識の枠よりも更に狭い『公人』としての役割を押し付けられる。
最悪護衛や監視が山ほど付いて身動きが取りづらくなり、国や地域を渡るたびに挨拶回りに勤しむ必要が出てくるだろう。
神殿関係者を理由も説明せずにぞろぞろ引き連れていけば、どう考えても外交問題にしかならないからだ。
反面、身分の証明と大概の場面で強権を手にできるには違いない。
少なくとも『神様の認定』がされているのだから当然だろう。
ざっくり言えば、王と同等以上の命令権を持つが、その分身動きが取りづらいという訳だ。
逆に認定されない場合は、アルカナを何処でも自由に連れ歩ける。
身分の保証は『勇者』の肩書きで黙らせられるし、そもそもただの『連れ人』にどう文句をつけられるというのか。
命令権も各国の『兵団長クラス』を約束されている。
要は勇者とは国家戦力のトップと対等に話ができる権限と言えた。
状況が揃うのならば王族にすら直接謁見・進言ができる以上、何かあれば勇者が『公人』として振舞えば事足りる。
公式の場にアルカナを連れ出すとしても、『付き人』という立場ならば多少の失礼はヴァルが被れば何とかなる。
後々でアルカナに理解してもらう必要はあるが、人の都合で『竜神』を使ってそれだけで済むなら十分許容範囲だろう。
もしもヴァルに『勇者』という肩書きが無ければ前者を選ぶしかなかった。
王権以上の権限は、多大なデメリットを抱えてすら、余りあるメリットになるからだ。
しかし、勇者の肩書きを持つヴァルが居る以上、二人共が『公人』である必要はない。
何より協力を求めているアルカナに迷惑を掛けるのはまずいため、とにかく神殿が『竜神とは認めない』と言えばみんな喜ぶのだ。
だからヴァルは最初から神殿をスルーするのも考えたが、やはり無視するわけにはいかないだろう。
生態が不明の竜神とはいえ、勇者が出奔してすぐに行方をくらませば関連性くらい疑われるわけだし。
火竜の骸が近くに転がってるので、竜神を『討伐した』なんて断定されて追い回されるのはごめんだった。
いや、竜神を斬ったのなら勇名かもしれないが、アルカナを倒せるわけがないのだ。
とはいえ、どちらの結果を得るにしても、話が大きすぎて時間が掛かるのは目に見えている。
やはり今更ながら『門前払い』が手っ取り早かったかも、とヴァルは溜息を零す。
だがそうなると警備などの末端が可哀想すぎるだろう。
どう転がっても面倒なことにしかならない。
それならいっそ、今すぐに証拠を出して完全に認めさせる、というのも手かもしれない。
ただ証明と言っても何をすればかもわからない。
一応アルカナに変化の術について訊いてみたところ、
「『完治する確率はほぼ100%で、身体の端からすりおろされろ』と言われて、そうしょっちゅう変化したいか?」
というありがたいお言葉が返ってきていた。
どうもあの魔法は『自分を組み変える』ことになり、かなり難易度が高いらしい。
それを聞いたヴァルは「あっさりやったくせに十分狂気の領域じゃねぇか……」と軽く泣きそうになった。
また、アルカナが使えるということは『過去の誰かが使った技術』であるとも言える。
ヴァルの読みでは正反対の効果……つまり『人が上位種族になる』ことで飛躍的に戦力を強化したのだろう。
となれば世界の何処かにはこの術が使える者が居るはずで、再現可能であるがゆえに残念ながら即座に認められる確証が無い。
言い掛かりなら、付けようと思えばいくらでも付けられるのだ。
「いっそさっきの場所で暴れるか?
神敵とか犯罪者になるのはまずいが、神殿から追放された方が全員のためかもしれないな……」
実際教皇も大人気ない枢機卿達をうざそうにしていたのをヴァルも見ている。
言質さえ取ってしまえばそいつに責任を押し付けられるため、ヴァルは『もう少しガンドールを煽ればよかったかもなぁ』と反省する。
戦闘のことなら即応できるのだが、どうにもハカリゴトは苦手だった。
結局『俗物な宗教家はめんどくさい』という結論が出た以外何ら進展は無く、ヴァルはガシガシと頭を掻いて気を紛らわせた。
神殿から出た後のことを考えるが、魔族を追い散らすにしても、この半年近くを武者修行に費やしたために情報が無い。
追い出されるにしても神殿で軽く情報収集も必要かもしれない、と心のメモに書き込んでいると、扉の向こうから元気よく「ヴァル! 準備ができたぞ!」とアルカナの声が響いた。
「お、どうなった?」
――ばあん!
「待たせたな!」
そんな掛け声と共に勢い良く扉が開かれる。
正面の壁に背を預けていたヴァルは、仁王立ちするアルカナを見て…………がくん、と顎が落ちた。
「ななな……」
「それはどういう感想だ?」
「なんて格好してるんだ!?」
あの格好を凝視しているのはありえない。
ヴァルの大声にびくり、と身を引くアルカナ。
そんな姿に目もくれず、ヴァルは全身全霊で背後の壁へと向き直る。
頭の中は『何だこれ? どういう状況?』と困惑するばかり。
「む……どうなってる? あの様子は見る価値も無いということか?」
「いえ、違います。これはアルカナ様の余りの魅力に敵前逃亡状態なのです」
「まさしく『一撃必殺』なのです」
「なるほど。確かに『相手に背を見せる』というのは戦意喪失を意味するからな」
「あれぇ! この神殿に居るヤツ馬鹿ばっかりなの?!」
背後で交わされる話し合いにヴァルが叫ぶ。
確かに彼はアルカナにも侍女にも『服を選べ』と言っていたはずだ。
それが
「なんでお前は下着姿で出てきてる!?」
という一言に尽きる。
元々が絶景のアルカナだ。
ヴァルの脳裏に一瞬で焼き付いた光景は、似合う似合わない以前に最早美しい。
それが平然と「何か問題でも?」と自身の身体を見下ろす気配。
背を向けたままやけくそにヴァルは「価値観かな!!」と言い返す。
「ならば分かり合えなくて当然だな」
「そうだね!? いいから服を着ろよ!!」
そう言ってヴァルは廊下から部屋へ追い返そうとしたが、残念ながら竜神様には届かない。
仁王立ちのまま侍女たちに話しかけ始める。
「ヴァルは何故かお気に召さないらしいぞ?」
「照れ隠しですよ」
「そういう問題じゃねぇ! 『肌を隠せ』って言ったのに何で露出が増えてるんだよ!」
焦るヴァルに侍女は平坦に「いえ、下着も大事ですので」や、「えぇ、デザイン的な意味で」と謎の返答。
それはもう下着は大事だろう……が、今ではないし、この場でもない。あくまで教皇や勇者が望んだのは服なのだ。
どうしてこんなことになる、というヴァルの思いなど知る由も無く、竜神様は能天気に「これで終わりじゃないのか?」などと言う。
隠れてる部分が減ってる時点で論外で、ヴァルが「終わってたまるか!」と叫んだところで誰も聞かない。
「そのままで十分です」
「ちゃんと隠れてるから大丈夫です」
「大丈夫な訳あるか!
そんな格好で連れ回せるか馬鹿! 部屋に戻ってちゃんと服を着てくれ!」
「そうか、仕方あるまい」
と少し残念そうな声と共に扉がパタンと静かに閉まった。
ヴァルは壁に頭をドンと打ち付けて項垂れる。
それでなくとも頭を回しっぱなしだというのに、アルカナと侍女たちははしゃぎすぎだろう。
「はぁ……疲れる……」
そのままずるずる滑り落ちそうになるのを何とか堪え、さっきと同じく壁に背を預けて目を開くと……。
「何で居る!?」
「うむ、やはり見てもらわねばな」
「あぁ、そう……まぁいいか」
『してやったり』という顔で笑うアルカナの顔を見てヴァルは諦める。
ずっと戦場を駆けずり回っていたヴァルには刺激は強いが、余りのことに驚いただけで美少女の下着姿を見るのはむしろ眼福だ。
見ろというなら見せてもらおう、と居直り、素直な感想を口にする。
「そうだな、白地に赤いラインが可愛いぞ。つーか、お前に似合わないデザインが思い浮かばん」
「ふむ、要はどういうことだ?」
「お前は何でも似合うよ」
「おぉ、これは褒められたということだな?」
「その通りです」
「やはり一撃必殺ですね」
「うむ、二人とも良くやったと褒めてやろう」
やたら上から目線のアルカナにヴァルは少し赤くなりながら密かに溜息を零す。
しかも少なくとも信者の二人は喜んでいるようなので、疎外感がさらに増していく。
別段何とも思わないが、たかだか下着を選んだ程度で仲良くなりすぎではないか。
「ではこれで凱旋するk「待て、服を着ろ」……我は『何を着ても良い』というこt――」
アルカナが廊下を歩き始めたところをヴァルが肩を押さえて動きを止める。
反応される前に扉を開け、口が開かれる前に胴回りを抱えて部屋へと放り込んだ。
何か言っていたがこの場は無視を決め込むのが大切だ。
そして改めて二人の侍女に部屋を指差し「いいから服を着せて来い」と言うと
「勇者様って強引なのですね」
「この強引さが良いんでしょうか」
等と世迷言を語り出したのでヴァルは「うるさい早く行け!」と言い放ち、二人もぺいっと部屋に放り込んで扉を閉めた。
服を着せるだけでドッと疲労感と徒労感が一気に押し寄せる。
ただ思い返すのはアルカナの身体の柔らかさ。
体重は見た目通り……いや、むしろ軽いくらいか。
変な話だが、きちんと華奢な少女の身体をしていて、何故岩盤に負けないのかが分からない。
不思議を感じつつも待つしかないヴァルは、今後のプランを練り直す。
これを人は現実逃避と呼ぶらしい。
お読みくださりありがとうございます。




