竜のお色直し
――チリリン
様々な思惑が混在する議場で、教皇は手元のベルを手に取って静かに揺らす。
涼やかなベルの音が周囲に木霊すと、背後の扉が静かに開いて侍女が一人現れた。
「そこにいらっしゃる女性の服を用意してもらえぬか」
「……承知いたしました。お嬢様、ひとまずこちらへ」
侍女は恭しく教皇に頭を下げ、アルカナを促し歩き出した。
勇者の目からしても実に洗練された動きで、改めて武の神殿だと感心してしまう。
その反面で、まだ付き合いの短い竜神様に情けない格好は見せられない、とこれから起きるお説教タイムを一人で乗り切ろうとする勇者は陰鬱になっていた。
願わくば、落ち着いてから戻ってきて欲しいものだ、と。
「まだ話は終わっておらん。竜である我の身形よりも前に、今後の方針を先に決めよ」
アルカナは相変わらず何故か自分の言葉が決定事項のように話している。
現に雰囲気があるため、教皇が呼んだ侍女は面食らうどころか頷いてすらいる始末だ。
明らかに神殿側の関係者のはずなのに。
「すぐに決められることではありません」
「事実が目の前にあってもか?」
「その事実確認が難し……いえ、正確には『我々の納得』と申した方がよろしいでしょうか」
教皇と竜神のやり取りに矛盾は無い。
あるとすれば竜神側に人の常識が通用しないことと、手順を踏んでさえ認めることが難しい内容なことだろうか。
とにかくヴァルたちは何かしらの結論が欲しいだけなのだが、内容が内容だけに先を急ぐ勇者も強くは言いにくい。
ただ、こんな異常事態に教皇と竜神を置き去りに内緒話をしている枢機卿を見ると、カルオットの重鎮くらいは滅んで良いんじゃないかとヴァルは思っていた。
「ふむ……嘘に見えるという訳か?」
「それより頼むから先に服を着てきてくれ」
「これじゃダメなのか?」
肩にかけられただけの水蜥蜴の衣を揺らして訊くが、それ自体が挑発的であり扇情的だ。
いくらここに居るのが鉄壁の理性を持つヴァルと年寄りばかりだといっても、その態度はまずいだろう。
いっそ裸の方が『芸術品』として見れるので、ヴァルは貸し与えた水蜥蜴の衣を剥いでやろうかとさえ思えてくる。
「何だヴァル、お前はダメな服を我に与えたのか?」
「お前……話聞いてたよな?
手元にそれしかなかったんだよ。それに女が肌を晒しすぎるのは目に毒なんだよ」
「目に毒、だと?
それは確かに困った状況だな。本当にヒトというのは脆弱な生き物なのだな」
「え、あ……うん、ソウデスネ」
額面どおりに受け取ったアルカナが納得し、面倒になったヴァルは適当に流して侍女に『早く連れて行ってくれ』と視線を送った。
頷きはするものの、そこは竜神。
何者も気にせずに「ヴァル、お前も来い」と問答無用で腕を掴む。
「あぁ? 今から人同士で面倒な話をするんだ。
竜からすればどうでも良い話なんかお前も聞きたかないだろ?」
「うむ、当然だ。だが、話は我のことだろう?
であれば我が対応すべき内容だ。ヴァルはヴァルがやるべきことを成せば良い」
かっこいいことを言ったつもりなのか、アルカナは得意気に鼻からふんすと息を吐く。
間違っても無いのでヴァルが同意しようと声をかけるが、
「だろ? だから――」
「だからヴァルも来い」
まったく話が繋がっておらず、ヴァルは「うん?」と首を傾げる。
しかし強まる腕の拘束に、慌てて「いや大事な話が…」と言い募っても、やはりアルカナは耳を貸さない。
「我抜きで我の話をする理由が何処にある。
それは後で行えば良いとさっきも言ったろう。そこのヒトよ、我は何処へ向かえば良いのだ?」
「はい、こちらへ……」
「いや、だから――?!」
「そら、行くぞヴァル。もたもたするな」
ギリギリと腕の肉に指がめり込んでいく感覚を味わうヴァルは、万力で締め上げられるような恐怖に硬直し、爪先立ちになってしまう。
そんなヴァルを冷めた目で見る侍女は、一体何を考えているのだろうか。
目撃していた神殿上位に位置する議場の支配者たちは呆気に取られて見送るしかなかった。
「どうしたヴァル。なんだか疲れているようだが?」
「うん、お前のせいでちょっとね……」
「何だと!? それは由々しき事態だ! すぐに解決せねばならん……で、何が問題なのだ?」
「そうだなぁ……端的に言えば無知なところかな」
「なるほど。つまり知識をつけるために『色々と質問して来い』ということだな」
「やべぇ、事態が悪化した!!」
無礼な神殿関係者を振り切っても強大な個人である人族の希望が、傍若無人を体現するほぼ裸の小娘に振り回されるのは変わらなかった。
お読みくださりありがとうございます。




