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片翼の竜  作者: もやしいため
第二幕:始まりの一夜
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語れぬ事実

「ヴァル、あれは何だ?」


おもむろに指差す先にあるのはよくある照明器具(ライト)

油を燃やして使うランタンとは違い、魔石の粉末を継ぎ足すことで灯るタイプのもの。

利点は臭いも熱も煤も無く、明かりを取り出すことができることだが、その反面では高価な魔石を消耗品扱いして利用するため費用がかさむ欠点がある。

光を取り入れるつくりをしていても、屋内ともなれば暗さが出てくるため、神殿にはこうした高級品があちこちに設置されていた。


といった説明をしながら、ヴァルはこっそりと冷や汗を流す。

説明すること自体に問題はないが、細かい仕組みや原理を問われても分からない。

どちらかというと知識欲(きょうみ)を満たす方向に傾いているアルカナ相手では、ヴァルに分が悪いだろう。


「術者が不要とは便利なものだが……何故そんなモノを? 人は夜目が利かないのか?」


「少しくらいなら見えるが…あんまり期待されても困る。

 俺はともかく、一般人はお前が思っているよりも多分弱いぞ?」


「ヒトの幅広さは心得ているつもりだったが、まだまだのようだ」


と知識欲が満たされたせいか満足気に頷くアルカナ。

かの竜が今まで接した人は『修験者』か『討伐隊』だと思えば、一般人とは言えない相手ばかりで、かなり偏った知識を持つに違いない。

火山を降りたアルカナの扱いは、どのような判断を下されてもヴァルに一任されることとなるだろう。

この状況下では藪蛇になりかねないが、人の世の常識は説明していくとしても、知識量を推し量る必要はある。


「そういえばアルカナの知識ってどうなってるんだ?」


「最初から知っていたもの加え、挑んで来た者が所有しているものくらいか?」


「じゃぁこれは?」


ヴァルは腰に佩いていた剣を軽く叩く。

視線を動かして眺めたアルカナは、「そんなことか」とぼやきながら続けた。


(つるぎ)だろう?

 ヴァルのは片刃の直剣と呼ばれるタイプのもの。

 まっすぐなので抜刀、納刀にコツがいるんじゃなかったか?」


「確かに少し長くなれば引き抜くのにコツが必要にはなるか。

 戦場だともどかしくて鞘捨てたりするけどな。

 それと今は捻ると…『ばしゃん』と、こんな風に鞘が左右に開いて取り出せる機構が付いてたりする」


「『剣を抜く』という面倒事を克服したその機構を初めて見た時は驚いたな。

 ただ『結構な音がする』のと、『閉じないと邪魔』なので一概に良いとも言えない」


アルカナが言うように、正面部分が開閉するこの機構には弱点も存在する。

が、本来の目的は相対した際に『初撃で遅れないこと』に重きを置いた仕様なだけで、今となっては鞘を閉じるのも別に難しいことでもない。

要はどんな装備も単に使いどころで、暗殺するなら手軽に扱えるナイフや、遠距離から狙撃できる弓の方が強かったりする。


剣を吐き出した鞘を軽く叩いて閉じながらヴァルは考える。

アルカナの言う『最初から知っていたもの』の中には、おそらく人の手が入ったものには当てはまらない。

それは建物や装備を『人工物』と一括りにしている辺りから推察できることで、すべてを識別・理解しているわけではないのだろう。


ただ、この目敏い竜神様は、ライトのような名も知らぬ物体Aが現れればすぐに質問に走るだろう。

実用一辺倒で博識でもないヴァルには、鬼門ともいえる分野から疑問が溢れる可能性が高い。

戦闘において桁違いの観察眼と予知にも似た予測能力を持つアルカナを思えば、形状や状況からある程度用途の違いを理解してるに違いない。

ヴァルはとても嫌な未来をそんな希望的観測で押し流し、突っ立ったままのアルカナに向け「とりあえず少し座ろうぜ」とソファへと促した。


何だかんだで数時間歩きっぱなし。

お互いに肉体的疲労はなくとも、精神的なものは別だろう。

ソファへ座ったヴァルがアルカナへ視線を戻すと―――彼女は床に座り込んでいた。


「何してんの…?」


「座れ、と言ったではないか」


「えっとだな。人はな、床…いや、地面にそのまま座らないんだよ」


「意味が分からんのだが?」


「汚れるだろ?」


「ヴァルも座っているではないか」


腰掛(ソファ)にな。地面は『立つ場所』で、一段高いところが『座る場所』なんだよ」


「なるほど、そんな考えがあるのだな」


頷くアルカナはヴァルの正面まで歩き、低いテーブルに腰かける。


「………何でテーブル(そこ)に座る?」


「さっきヴァルが『一段高いところに座れ』と言っただろう?」


「誰が頓智(トンチ)を利かせろって言ったんだよ…」


額に手を当て、ふはぁ…と息を零す。

何のことかさっぱり分からないアルカナは可愛らしく「うん?」と小首を傾げて検証を始めた。


「話をするには声が届く、近い場所が望ましい。

 故に顔の高さも同じくらいが丁度いいだろう?」


「あぁ、なるほど…それで他のソファに座らなかったわけか…」


「なんだ、隣の方がよかったのか?

 一々横を向いて話をするのも億劫だろうと気を回したのが裏目に出たか」


「ちげぇよ…正面のソファに座れば…そっちのだな」


「だがそれだとこれが邪魔になるじゃないか」


ヴァルは額に当てていない左手でテーブルを挟んだ向かいのソファを指さす。

対するアルカナは自身が座るテーブルをコツコツ叩きながら返答した。

そんな行動に理解できてしまうところがあるため、これ以上の追及を諦めるヴァルだが、残念ながら失策だった。

常識の枷が外れた野生動物(アルカナ)は、片っ端から物の名前と用途を問い質し始めたのだ。


―座る以外の用途とは?

―外と内を隔てる透明なアレは?

―地面の上に置かれている布はなんだ?

―何処からあの風景を切り取った?

―我はそうでもなかったが、ヒトも光物(ヒカリモノ)が好きなのだな?


部屋を見渡し、矢継ぎ早に投げかけられる疑問・質問。

分野を越えて四方八方へと飛び散るそれらは、日常生活に必要な基礎的な知識から嗜好品の意味を持つ芸術にまで至る。

ヴァルは右往左往しながらも何とか頭から知識をひねり出し続ける。

それは応接室に戻ってきたグラッツが救世主にすら見えるほどに続いた。


「お待たせしました…何だかヘンライン様疲れてませんか?」


「お、おう、何とか大丈夫だ…」


「問題ない、ヴァルは元気だ」


知識欲(きょうみ)を満たされた竜神様は、艶やかな笑顔で勝手に答える。

二人の答えと様子の落差に疑問符を浮かべるグラッツに、苦笑交じりに「できればもっと早く帰ってきてほしかったけどな」とヴァルは本音を零す。


「ヘンライン様、教皇様がお会いになるそうです」


面会を取り付けて来たグラッツは事も無げに告げる。

ヴァルは謝辞を述べて席を立ち、アルカナにもついてくるように促す。


「…その少女も一緒にですか?」


「当然だろう」


「………」


睨み合いに発展しかねない二人の間にヴァルは割り込み、手ずからアルカナを立たせ(エスコートす)る。

それ自体が意思表示であり結果。

後押しするように「すまんグラッツ、何も聞かずに案内してくれ」と言葉を重ねて信仰者たるグラッツを押しとどめる。


「承知しました。ヴィクトル・ヘンライン様」


背に掛けられた声は、急に強張った他人行儀なものへと変貌していた。

お読みくださりありがとうございます。


サブタイトルが適当になりつつあるもやしです。

ギリギリの連載が続いています…ストックも無いのでどうしようかなぁって気分です(汗

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