第八話
僕が部屋に戻ると、山口が早速酒盛りの準備を始めた。
いつの間にか会場は僕の部屋に決まったらしい。
「おじゃまします」
しばらくして、予想通り女性陣もやってきた。
彼女たちは梅酒を持参している。
「それじゃ、始めますか」
そう言う山口と僕のグラスには、ビールが注がれていた。
「乾杯!!」
最初の方はみんなで話しながら飲んでいたのだけど、しばらくすると自ずから組合せというものが出来てくる。
それが具体的にどういうことかというと。
「のぼりゅ~」
「なんだ~、りえ~」
「しゅき~」
「おう、俺もすきだぞー」
「えへへ~」
と、いつの間にか出来上がっている2人は実に楽しそうだ。
まあ、予想はついた光景だ。
山口はまだそんなに飲んでいないはずだが、小川さんはもうグデングデンだ。
この2人は触らないようにしよう。
「あはは、もうすっかり酔っ払っちゃってるみたいだね」
また、あぶれた同士で申し訳ないが、話をしようと白井さんに声をかけるが、反応がない。
先程から梅酒をグイグイ飲んでいるようで、だいぶペースは速いように見える。
相当強いのかもしれない。
「白井さん、白井さん?」
完全に無視されるというのはなかなか心にクるものがあるが、どうやら彼女は僕の相手をする気はないのだろう。
仕方ないかと諦めようとしたとき、今度は白井さんの方が近づいてきた。
「中村くん」
「ああ、どうかした?」
どうやら単純に聞いていなかっただけのようだ。
「ねぇ、京子って呼んで」
「へっ?」
「京子って呼んでったら」
ねだるようにそう言われるとついつい叶えたくなるが、その前に理由が知りたい。
見れば、すでに彼女は顔が真っ赤だ。
(女性陣弱すぎるだろ)
そう言ったところでどうしようもないのだが。
「えーっと、どうしたの急に」
「だってぇ、白井さんのままなら他の子と変わらないじゃないの」
「いや、変える必要ってあるかな」
「あるっ!!」
彼女の眼は据わっている。
酔っぱらいに道理は通じないのだ。
ここは大人しく従っておこう。
……本人には悪いけど。
「きょ、京子さん」
「なあに、俊也くん」
自分の希望が叶ってご満悦のようだ。
この際僕の呼び方が変わっていることには触れたりはしない。
「しゅんやくーん」
「なんですか」
「えへへ、よんだだけー」
もう完全に出来上がっている。
どうやら彼女は酔うと幼児退行するらしい。
身振りも大きくなっていて、何が面白いのか手まで叩き始めた。
浴衣の帯が緩んだのか、はだけ始めている。
服の隙間からのぞく胸元や、裾からみえる白い太ももがまぶしいが、指摘したところで変に絡まれるのがオチだろう。
本来なら目の保養なのだろうけど、この上なくめんどくさい。
よってがんばって明後日の方向を向くことで対処することにする。
「しゅんやくーん」
「はいはい」
「こっちむいてー」
「いや、その」
「わたしのこときらいー?」
「いや、そうじゃなくて」
「だったらこっちむいてー」
「ああ、もう」
彼女はこういっているが、ここで彼女の方を見たらまずい。
明日になったら何を言われるか。
「もぉ」
どうやら彼女はへそを曲げてしまったようだが、どうあってもそちらを見るわけにはいかないのだ。
手許にあった日本酒を味わうことにしよう。
うん、さすが山口。酒に関しては信頼できる。
しかし、このような僕の行動は結果として裏目に出ることになる。
「もうっ、おさけじゃなくてわたしをみてよっ」
彼女は僕からグラスを取り上げると、どういうわけか僕の膝の上に乗った。
もはや座ると言うよりは半ば抱き着いている状態だ。
「ちょっと、どいていただけませんか。京子さん」
「えー、どうしよっかなー」
「いや、その当ってるんですが」
「なにが?」
「まあ、その、いろいろと」
「うん、あ・て・て・る・の」
いや、「あ・て・て・る・の」って言われても。
「うれしくないの?」
「いや、うれしいかうれしくないかと言うとうれしいけど」
「だったらいいじゃない」
どうやら彼女には何を言っても通用しないようだ。
助けを求めて周囲を見渡すと、山口たちの姿が見えない。
おそらく別室でよろしくやっているのだろう。
(ああ、そんなこっだろうと思ったよ)
どうやら救援は期待できそうにない。
「なにきょろきょろしてんのよー、しゅんやくんはー、わたしだけをみてればいいのー」
今度はまた変なことになっている。
せめて何か言い訳しないと。
「いやー僕のグラスはどこいったのかなあと」
「あーこれぇ?」
「そうそうそれそれ、まだ半分残ってるし」
「それじゃあわたしがのむー」
そう言って彼女は一気に飲み干した。
いや、結構強い酒のはずなんだけど。
「ほんと、おいしいねこれ」
「でしょう」
とりあえず相槌はうっておく。
「ふっふっふ」
「こ、今度はどうしたの」
「かんせつきすだよーかんせつきすー」
ああ、間接キスね。
たしかに同じグラスを使ったから間接キスということにはなるだろうけど、今はこの状況を何とかしたい。
「なによー、あたしとじゃうれしくないのー?」
「いやあ、この歳でそのくらいどうってことないでしょう?」
「むぅうっ」
やばい、地雷だったようだ。
というか、ほんともう誰かこの子なんとかして。
「だったらほんとにキスしよっか」
「いや、どうしてそうなる?」
「間接キスがいまいちでもーほんとのキスならわたしとでもきにするでしょー」
「いや別に京子さんに魅力がないとは言ってないからね」
「そーおー? じゃああたしのことどう思う?」
くっ、普段女の子を褒め慣れてない身でこういうこと言うのはつらい。
でも言わなきゃもったまずいことに。
「……美人だと思いますよ」
なんとか覚悟を籠めて言った。
これで満足してくれ。
「びじん?」
「はい」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「そう」
どうやら願いは通じたようだ。
そう思って油断したのが悪かったのだろう。
――chu
僕の唇を、突然温かい何かが塞いだのがわかった。
「へっ」
「ふふっ、キスしたのー」
「いやなんで?」
「なによー、びじんなわたしとならふまんはないでしょー」
なにその超絶理論。
というか、この子他に好きな相手いるんじゃなかったっけ。
あれれ、ばれたらまずいんじゃ……。
(ちくしょう、神様なんて嫌いだーっ)
そう言ったところで何も変わらない。
「うう、なんだかねむくなってきちゃった」
「えっ、ここで!! このまま寝るの?」
「うん、おやすみー」
「ちょっと、ほんとに寝たの」
「………」
どうやら彼女は僕に抱き着いたまま眠ってしまったようだった。
(ああ、もうどうにでもなれ)
辛うじて僕は端に寄せていた毛布を彼女と一緒に被ると、そのまま意識を失ってしまった。