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第四話

 次の日、僕は講義を受けるために大学へと来ていた。

それももう終わり、あとは帰るだけである。


「さあて、何しようかな」


 この間買った小説でも読もうか、そんなことを考えながら席を立とうとしていた。

すると同じ講義を受けていたのだろう、白井さんとその友人たちと通路で鉢合わせしてしまった。

昨日の今日とはいえ、何か変わるわけでもない。

 いつものように女性陣を先に行かせて、自分は後からのんびり行けばいいさと、再び腰を下ろした。

すると、他の女性陣に声をかけてひとり白井さんだけが講義室に残り近くの席に座った。

もう今日の講義はこの部屋ではないはずだが、どうしたんだろうか。

 まあ、僕には関係のないことだけど。

何ごとかはわからないが、学生たちがおおよそ出て行っても彼女はその席に腰を掛けたままだ。


(それじゃ、僕も帰ることにするかな)


 そう思って腰を上げると、白井さんもまた腰を上げた。

そしてそのままこちらの席へと向かってくる。


「あの、中村君」

「はい、何でしょうか」

「そ、その、知り合いに声をかけるのは普通でしょう」


 昨日の僕のセリフを真似ようとしたんだろう。

それにしては、真似をするのに意識が向き過ぎてどもってしまっているが。


「はぁ、白井さん。全然似てないから」

「うっ、ううっ」


 困っている姿も絵になるとは、美人とは得なものだ。

だがここで彼女と時間を共にすると後が怖い。

「中村が白井さんにセクハラした」なんて噂が立った日には、僕はこの大学に出てこれなくなる。


「それで、ご用件は?」

「うっ、ええと、今日もあのお店に行くのかしら?」

「? まあ、いくつもりだけど……」


 あの店でコーヒーを飲みながら読書するのは僕のお気に入りだ。

何が良いって知り合いに会わないから変に気を使う必要がない。

男性陣はともかく女性陣からの受けが悪いこの身としては図書館よりもよほど安らげる。


「そっ、それならいいの。それじゃあね」


 そう言うだけ言って彼女は去っていった。

あの急ぎようから察するに友人を待たせていたのだろう。


(にしてもあれだけを言うためにわざわざねぇ)


 女の子の考えることはわからないものだ。




 その後、僕はいつものように例の店で読書をしていた。


「いらしゃいませ」


誰か客が来たようだ。

入り口に目を向けると白井さんが入ってきたところだった。


(なるほど、店が開いているかどうかが知りたかったわけか)


特に何かあるわけでもないし、僕はそのまま意識を読書の方に戻した。


「あの……ここ、いいかな」


 いきなり声をかけられたので顔をあげると、そこには白井さんが立っていた。


(どうしてわざわざ……)


 この店に空いている席はまだまだたくさんある。

それにもかかわらず僕と相席をする理由が見当たらない。


「すみませんね、実は予約でいっぱいでして」


 カウンターからマスターの声がした。

おい、この店にそんなに客が来るもんか。

くそっ、マスターまで彼女の味方か。

おそらく予約というのは嘘っぱちだが、それを確かめるすべはない。


 それに、女の子から「お願い!!」と頼まれてしまえば、元来押しに弱い性分の僕としては、不承不承とはいえ首を縦に振らざるを得ない。

はぁ、彼女が相席を頼むということは、ただ単にそれだけではない可能性も高い。


(面倒だな)


 そう思いはするが、そこまでして僕と同じテーブルに座ろうという理由はどんなものなのかのかを知りたくもあった。


「……どうぞ」


 おそらく自分が相当不機嫌なオーラを出しているのだろう。

彼女はほんとうに申し訳なさそうにしながら向かいの席に座った。


「店の都合なら仕方ないさ」


 ヤバいな、素が出てる。

気分を落ち着かせるためにコーヒーをゆっくりと飲み干した。


「それで、僕に用があるんじゃないの?」


 ないならないで構わないのだが、この場合それは望み薄だろう。


「実は、ある人に相談をするなら中村君にって言われて……」


 そのある人に該当するであろう友人が頭の中に浮かんだ。

そいつ以外にも僕に相談を持ちかけてくるやつはいるにはいるが、白井さんにまで話が届くとなるとあいつしか浮かばない。


「小川さん経由か、なら仕方ないね」


 僕が観念したように彼女の友人の名前を言うと白井さんは心底驚いたという顔をした。


「どうして理恵ちゃんのことわかったの!?」

「ヒント、彼女の彼氏は?」

「えっと、山口君、だっけ?」

「そう、そいつ。僕の友人だから」


(人の家に上がりこんで大酒飲んで帰っていく程度のね)


 小川理恵、というのは我が悪友山口昇と付き合っている女の子だ。

白井さんも負けてはいないが、かなりの美人だ。

というか、彼女たちのグループに顔面偏差値が低い子はいない。

 内面は知らないけどね。

……少なくとも人の至福の時間を邪魔する程度のことをやる子は所属しているようだもの。


(まあいいさ、とっとと話を片付けよう)


「厄介ごとはさっさと済ます」それが僕のスタンスだ。


「それで、相談事って?」

「えっと、実はある人に告白されて……」

「マスター、お勘定!!」

「えっ、ちょっとまだ話の途中」

「ええい、僕は色恋沙汰は専門外なんだっ。女の子同士でやってなさい」

「そ、そんなぁ」


 本当に困っているのだろう。

今日は昨日と違ってえらく憔悴しているようだ。


(仕方がない、もう少しだけ付き合うか)


「わかった、それで?」

「あ、うん」

「それでね、その人自分にすごく自信があるみたいで『白井さんにふさわしいのは僕だ』って言って何度断ってもしつこく声をかけてくるの」

「ちっ、下種じゃねえか。めんどくせえ」

「あの、中村君」

「どうかした?」

「いや、口調がその、ね」

「ああ、ごめんごめん。こっちが素だから気にしないで」

「そ、そう」

「それでどうしたらいいか相談したら理恵ちゃんが、その」

「中村に聞けと言ったわけだ」

「うん、ごめんなさい」

「いやいいよ。白井さんはほんとに困ってるみたいだから」


(ただし山口、テメェいつか覚えてろよ)


 心の中でこの元凶に呪詛の言葉を吐きつつ、対策を考える。


「白井さんたちの方では何か案は?」

「ううん、特に何も」

「それじゃあ、適当な男の知り合い連れてきて偽の彼氏になってもらうっていうのは?」

「中村君、やってくれる?」

「ああ、却下ね」


 この案の問題は、彼氏役をどうやって用意するか。

しかも白井さんと釣り合いが取れて、なおかつ事情を話しても大丈夫で、その後調子に乗ったりしないやつ。

うん、無理だな。

 そして白井さんや、そこでなぜ僕の名前が出てくるのですかな。

いや聞かない聞かない、聞いたら最後までこの案で協力させられそう。

僕は面倒事や厄介ごとは大っ嫌いなんだ。


「それじゃあ、別に好きな人がいるという設定で行こうか」

「うん」


 おや、心なしか顔が赤くなったような……。

ああ、なるほど。


「ちなみに、白井さんって好きな人いる?」

「へっ、えっあの、その、まだ付き合うとかそんなのじゃなくて、ただ遠くから見てたり話が出来たらいいなーってその」

「ああ、はい、いるのね」

「……はい」

「まあ、名前は聞かなくていいからそれはそれとして」

「あっ、そう」


 彼女はお相手の名前を出さなくていいと知ってホッとしているようだった。

そりゃ聞かないよ? プライバシーの侵害だし。

ぶっちゃけ興味ないし。


「とりあえず架空の人物として、永井将太という人のことが好きだということにしようか」

「えっと、どちら様?」

「この本の主人公、正直名前は適当でいいからね」

「そ、そうなの」

「そうそう、でここからが本題なんだけどね」

「その下種、いやいやストーカー君、じゃなかった告白してきた人になんだけどさ」

「う、うん」

「この永井という人が好きで、ただ今は会えないところにいるんだ、という風なことを白井さんが本当に好きな人のことを思い浮かべながら語ってほしいんだ」

「えっ」

「うん、恋敵に勝てないと思わせればいいからね。そして架空の人物なら例えどれだけ探しても危害も加えられないと」

「それでもし、その人が襲ってきたら」

「その時は思いっきり叫んでよ。大丈夫、山口を待機させるから」


 この際、僕だけ働くのも癪だ。

荒事は全部押し付けてやる、それが話を振ってきたヤツの最低限の義務だ。


「そう。ちなみに中村君は?」

「この店に控えておくよ」

「そ、そう」

「悪いけど、荒事は苦手でね。それでも近くに控えていたほうがいい?」

「いやっ、そのっ、もう十分手伝ってもらったし、危なくない所にいてくれていいから。というかむしろ離れた場所にいて、お願い」


 よっぽど、離れていてほしいらしい。

それはそれでつらいものがあるな。

どうしてもならというだけだし、何かあっても僕じゃ対応できないから別にいいけど。


 作戦の決行は、その週の金曜日に行われた。

控えていた山口から聞いた結果としては、白井さんの想い人への惚気でストーカー君だけでなくみんながもう胸いっぱいだったらしい。

 それなら聞いてみたかった気がするが、山口が珍しく慌てて「やめてやってくれ」と頼んできたから本人に聞くのはやめておくことにする。




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