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【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
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終章


 コウが目を覚ますと、ぼんやりとした視界の中に一人の男が居た。

「ハジメ、さん……」

 うまく喋れない、と思ったら、口元に酸素マスクが付けられていた。

 いつも通りにサングラスを掛けたハジメは、どこか重たい事実を告げるように口を開いた。

「君への装殻移植手術は成功した。怪我の後遺症も君に関しては心配いらない。だが」

「何か……あるんですか……」

「君は存在自体が違法になった。その存在がバレれば、君は追われる。それを防ぐ為に『黒殻(アンチボディ)』に所属してもらう事になる」

 日本屈指の犯罪組織。

 その一員に自分がなる事に、コウは特にどんな感情も湧かなかった。

 むしろ分かり切った事だった為、コウは微かに笑いながら頷く。

「ありがとう……ございます……」

「礼を言われる事じゃない。君は特別な存在だ。今は君を生かすその装殻は、やがて君を殺す」

 ハジメの言葉の意味は、コウが『黒殻』の一員として戦う事になるからか。

 それとも人体改造型装殻者ーーー【黒の装殻(シェルベイル)】となった事で、世界から追われる存在になったからか。

 どちらの意味かは分からないが、コウは構わなかった。

 力を求めたのは、自分だ。

「アヤ、は……どうなりますか」

「おそらく『黒殻』で保護する事になるだろう。今、ジンが彼女の意志を確認しに行っている」

「脱獄、ですか?」

「いや。彼女の罪は問われなかった。だが、司法局から彼女の逮捕公表されたせいで、一般社会では生き辛くなっている。……彼女の意思は尊重するつもりだが」

「ハジメさん、は……あいつも必要として、くれますか?」

「彼女の才能は貴重だ。もし迎え入れるなら人々の為に、その才能を役立ててもらう事になるだろう」

 何をさせるつもりなのか……とは、問わなかった。

 コウは、本条ハジメという人間の本質を既に知っている。

 『黒殻』が、本当に世間で言われるような邪悪な組織だったなら。

 彼はきっと、自らの手でとっくに滅ぼしているだろう。

 正義を騙る、と自らは言うが。


 彼の生き様は、コウの考える『正義』そのものなのだから。


「少し眠ると良い。回復までには、まだ時間がかかる」

「ハジメさんは……どこへ?」

 背を向けた彼に問い掛けると、ハジメは短く答えた。


「―――やり残した事に始末を付ける為に」


※※※


 室長室で話をしていた花立が通信を切るのを待ち、アイリは問いかけた。

「……どうなったの?」

「コウ君は助かったそうだ」

「良かった」

 正戸は、花立に向かって笑う。


「ならハジメさんとコウは、無事に逃げ切れたんだね」


 アイリの言葉に花立が微かに眉を上げる。

 彼女はその視線を平然と受け止めて、肩を竦めた。

「僕が善良な市民なら、信じたくないな。まさか本来なら黒の一号を捕まえるべき司法局が、黒の一号を逃がすために動いていた……なんて事実はさ」

「本当に善良な市民は、自分が当事者でなければ事件の結果さえ知れれば、真実なんか気にもしねぇさ」

 コウの結果が気に掛かっていたのか、本来所属が違う第三室にいたおやっさんが笑みを浮かべる。

「脅威が去ったとニュースが伝えれば安堵し、自分の大切な日常に戻る。そしてたまに続報でも出れば思い出す。ああ、昔、そんな事あったなぁ……ってな」

「ふーん?」

 アイリは首を傾げたが、深く考えずに気になっている事を口にした。

「でもさ、幾ら局長が黒の一号を逃がす為に動いたからって、よく他の幹部の人達が従ったね。下手してバレたら、局長自身が逮捕されるんじゃないの?」

 『黒殻』は、日本最大のテロ組織だ。

 少なくとも、表向きは。

 そのトップが元『黒の兵士』だとしても、今もまだテロ組織に繋がりがある、などというのが事実なら大スキャンダルであり、弱味として脅されてもおかしくない程の事実だ。

「そもそも日本政府機関の上層部に、黒の一号と繋がりがない人間の方が少ない」

 花立は、アイリの問いかけに事も無げに言った。

「奴は英雄で、装殻の開発者でもある。地球規模に発展しかけた敵の攻勢や、米国の仕掛けて来た争乱に際して、奴に直接命を救われた連中も多い。世論に抗えず人体改造を違法としたところで、黒の一号を本気で捕まえたい人間の方が少数派だ」

「室長は、何でそんな事を知ってるの? 元々、『黒の兵士』だから?」

 その疑問は、実はアイリ自身の疑問ではなく、マサトの疑問だった。

『昔の仲間だから、という理由で局長に関しては納得出来ない事もないけど、バレたら司法局が潰れる位の状況があって、その中心に一介の室長がいるのはおかしい』、と。

「さあな」

 花立は、いつも通りに怜悧な目で、銀縁眼鏡の向こうからアイリを見据える。

 そして珍しく、微かに笑みを浮かべた。

「気になるなら、自分で調べてみたらどうだ。正戸アイリ捜査員」

「やろうとしたら止めない?」

 まるでからかうような花立に、アイリは上目遣いで訊ねる。

「そりゃ見つかりゃ止められるだろうよ。だが、人の隠したい事を暴くのが、捜査員の腕の見せ所じゃねぇか、坊」

 おやっさんも面白がっている。

 アイリは興味なさそうに肩を竦めた。

 内心では、花立の挑戦にメラメラ燃え上がっている。

 どうせ僕には調べ切れないと思ってるんだろ、見てろ、と思いながら、アイリは話題を変えた。

「今、黒の一号はどうしてるんだろうね?」

「さぁな、相変わらず飛び回っているだろう。奴は少しもじっとしていない」

 そして、花立は付け加える。

「本条には、ネズミが一匹、逃げている事を伝えてある。今頃、それを狩りに行ってるかも知れんな」


※※※


「クソ、何故私がこんな目に……」

 深夜、どこかの道で車を走らせながら歯ぎしりしたのは、狐目の男だった。

 事の始まりは、不祥事だった。

 迫ってきた女と寝て、仕事の情報を漏らしてしまったのが全ての始まり。

 その情報は、適合率の高い女……殺された北野シュリに関する情報だった。

 適合率に関する個人情報の流出は、バレたら降格は免れない。

 それをミスター・サイクロンに突かれた。

 女が接近して来た事そのものが罠だったのだ、と気付いた時には遅く、彼はミスター・サイクロンへの便宜を図ることと情報を横流しする事を強要された。

奴がシティから消える手助けをして、ようやく解放されると思ったら、あの忌々しい花立トウガのせいで……。

「くそ、くそ、くそ……!」

 肩書きを失い逃亡者となった男、狐火アカリは一人毒づく。

 副局長の地位を利用して、もっと稼ぐつもりだった。

 せっかくツテを増やし、人を突き落としてのし上がったというのに、今となってはいつ来るとも知れない追っ手に怯える生活だ。

 山道のカーブを曲がったところで、不意に自分の車以外のエンジン音が轟いた。

 バックミラーを見ると、明るいライトが一つ、こちらを照らしているのが見える。

 どうやらバイクのようだった。

「鬱陶しい……」

 ちらちらと視界に入る光は、ハイライトだろう。

 バックミラーに反射して目を射る光に眉をしかめた狐火は、狭い道なので速度を落とした。

 すると、バイクは狐火の車を追い越して先へ進み、不意に道のど真ん中を塞ぐように停車する。

 慌てて、狐火はブレーキを踏んだ。

 ただでさえ指名手配を食らっている状況で、人を轢き殺すような事故を起こしては居場所がバレてしまう。

 後付けらしいライトを付けた真っ黒なバイクから降りたのは、車体と同じ黒のライダースジャケットを身に付け、黒いフルフェイスのシールドを下ろした人物。

 顔は見えず、体格にも特徴はない。

 にも関わらず、狐火は嫌な予感を覚えた。

「まさか……」

 ライダーススーツの男が、メットを外した。

 長くも短くもない黒髪の、やはりこれといった特徴のない顔をした青年。

 鋭さを感じさせる視線だけが、二十代前半に見える彼に威圧感を与えていた。

「バカな……何故、死んだはずの貴様がここに……!!」

 その青年は、右手で逆十字アンチクロスを切る。

「―――纏身」

 青年の全身から流動形状記憶媒体(ベイルドマテリアル)が染み出して一瞬にして、彼の全身を覆った。

 現れたのは、艶消黒色の外殻を纏う赤い双眼の装殻者。

「あ、ああ……」

 狐火は、恐怖に慄いた。

 ゆっくりと迫って来る装殻者の姿から目を離せず、全身が固まったように動かない。

 狐火にとって、その姿は死の化身のように思えた。

「我は【黒の装殻(シェルベイル)】が一人……」

 一歩一歩。

 こちらに迫りながら、装殻者が声を発する。

「従うものは、己の心」

 静寂の中に、声を荒げもせずに紡がれる言葉には、断罪の色が宿っている。

 己を闇に染めながら、同じ闇を許さない、力の化身。

「律に背き、権を拒み、力を以て己を通す……」

 遂に車の目の前に立った装殻者の赤い双眼に見据えられて、狐火は涙を浮かべた。

 逃げれない。

 逃げ切れる筈が無い。

 その男は、かつて英雄だった。

 史上最初の装殻者であり、同時に史上最強の存在。

 悪の組織の総帥として全世界を敵に回しながら、今もなお生き残っている化物。

「ゆ、許してくれ……」

 狐火の命乞いが聞こえたのか、黒い装殻者は静かに言い返した。

「邪悪は、滅ぼす……」

 車の前で拳を握り締め、腰だめに構えて。

 彼は、遂に狐火が最も恐れる名を、名乗り上げた。


「我は、正義を騙る修羅―――名を、黒の一号」

 

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