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【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
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第43節:終幕


「……おやっさん達は、黒の一号と知り合いだったんだね」


 アイリの呟きに何かを感じたのか、おやっさんと花立が彼女の方を向く。

「そうだよ」

 おやっさんは、無煙煙草を口にくわえながら頷いた。

 以前、保護された直後に、おやっさんと交わしたやり取りを、アイリは思い出していた。

 正戸がおやっさんに、黒の一号を知っているか、と問いかけた時。

 彼は『そりゃ名前は知ってるが、それがどうした?』と言った。

 だから正戸は、ハジメは彼女を保護した後に、秘密裏にフラスコルシティに預けたのだと、そう思っていた。

 でも、今回の件でアイリは、おやっさんと花立が居たから、ハジメは彼女をフラスコルシティの保護施設に預けたのだと知った。

「何で、黙ってたの?」

 黙っていた事に気まずさを感じていたのか、おやっさんはぽりぽりと頬を掻く。

「ハジメの奴と知り合いだ、なんて事ぁ、おおっぴらに言える事じゃねぇだろ」

「僕を気にかけてくれたのも、それが理由なんだよね?」

 おやっさんは、アイリが何を言いたいのかを察したようだった。

「そう言われりゃ、そうだなぁ」

「あいつにお前の事を頼まれたのは事実だ」

「そっか」

 アイリは目を伏せて、自嘲的に笑う。

 見上げる先で、ヘリが小さく遠ざかっていく。

 それを、寂しいと感じる。

 アイリが保護された時、彼女に最初に優しい声を掛けてくれたのは、おやっさんだった。

 おやっさんはアイリを気に入ったと言って、何くれとなく世話を焼いてくれた。

 そのお陰で、彼女は司法局に入局する前も後も、なんとかやっていけたのだ。

 でもそれは黒の一号に頼まれたからで、純粋な好意ではなかったのだ。

「僕の世話は、おやっさん達にとって……仕事、だったんだね」

『アイリ』

 マサトの声を、アイリは無視した。

 家族のように思っていたおやっさんや花立が隠していた事実に、アイリは口元で笑いながらも、泣きそうになっていた。

 その好意に甘えていた自分を、彼らはどんな風に思っていたのだろう。

 だが、今まで迷惑を掛けていた事を謝ろうと、アイリが口を開く前に。


「そいつは、違うなぁ」


 おやっさんの否定はどこか笑みを含んだもので。

 正戸が目を上げると、花立も呆れた顔でアイリを見ていた。

「どうせ、今まで迷惑かけた、とか思ってるんだろう。あるいは、仕事だから付き合ってくれてたのに申し訳ない、か?」

「坊。だから、お前さんは馬鹿だっつーんだよ」

「あう……」

 あっさり心の中を見透かされて、おやっさんに額を小突かれたアイリは呻く。

 その拍子に、涙が一筋、流れ落ちてしまった。

「本当にいっこも変わらねぇなぁ」

 ハンカチを差し出されて、アイリがそれを受け取って急いで涙を拭く間に、おやっさんは続けた。

「確かに俺は、友人としてアイツに頼まれたよ。お前さんの『心』を救ってやって欲しい、ってな」

「心?」

「そうさ。自分には無理だから、とも言ってたな。確かにアイツは子どもを育てるにゃ向かねぇ。口下手で不器用な上に無愛想だからな。周りからの誤解も多けりゃ、実際に身の回りにゃ危険も多い。ちっこい女の子を手元に置いておける状況じゃねぇ」

 アイリが黙って聞いていると、おやっさんが彼女の目をじっと見つめた。

 深い皺の刻まれた顔。

 厳しい時は鬼のようになり、普段は親しみやすい笑みを浮かべる、その顔を。

「俺は引き受けた。ハジメの頼みだったのは事実だ。でも、お前さんを一目で気に入ったのも嘘じゃねぇさ。だから決めた。―――お前さんを自分の子供か孫のつもりで助けよう、ってな」

 アイリが驚いて目を丸くすると、おやっさんは笑った。

「俺は、お前さんを家族だと思ってるよ。仕事なんかじゃねぇ。だから馬鹿な事、考えなくていーんだよ」

「うん……」

 正戸はまた、別の意味で泣きそうになって顔を伏せた。

 その頭に、花立が手を乗せてくる。

「アイリ。本条は、特別な何かじゃない。ただの、不器用な馬鹿だ」

 花立の言葉に、アイリは彼の顔を見上げる。

 常に冷静で、まるで表情は動かないが、その実短気で、実は誰よりも情熱を秘めている男。

 それが、花立トウガという人物だ。

「本条は大事な事は何にも言わない。人に理不尽に迫害されても、文句も言わず、ただ我慢して自分の目的に邁進する」

「その割に、ハジメの奴は人の為にはすぐに怒って動くんだよ。本当に馬鹿なのかと思う位に自分は二の次で、何でもかんでも、奴の目的すらも結局は、人の為、だ」

「黒の一号の、目的?」

「人を救う事さ。それ以外に何か、アイツが自分の事を口にしたかよ?」

 ハジメの事を語るおやっさんの口調は、言葉の内容と裏腹に、信頼と親しみに満ちている。

 頭に置かれた花立の手は、暖かかった。


「ハジメはスゲェさ。でもな、あいつだって人間だ。俺の気に入る、馬鹿の一人だ」


 アイリはごく自然に、自分もそんな人間になりたいな、と思った。

 なれるかな、と。

「……僕は、おやっさんたちに出会えたお陰で笑えるようになったよ」

「そうかい。そいつぁ良かった」

「でも今があるのも、黒の一号が僕を助けてくれたから……」

「それも、そうかもなぁ」

「僕は……結局、あの人にお礼も言ってない」

 花立が、頭から手を離してヘリの消えた先を一瞥してから踵を返した。

「なら、次に会った時にでも言ってやれ」

「次?」

「生きてりゃ、いつか会えるだろ。あいつはおせっかいの人騒がせだ。その内また、この辺りに姿を見せるだろうよ」

 おやっさんがアイリに向ける言葉は、ハジメの事を語る時と同じように暖かい。

 義務でも仕事でもないと、自分自身で言った通り、まるで自分の子どもの成長を喜ぶ親みたいに、おやっさんは嬉しそうな顔をしていた。

「アイツはな、見返りなんか何も求めちゃいない。だがお前さんが幸せに生きてりゃ、たったそれだけでアイツは満足なんだ。……なんせ、馬鹿だからな」

 おやっさんの、遠慮のないその物言いに。

 正戸は、おかしくなって自然と笑っていた。

 おやっさんが花立に続きアイリもその後を追うと、おやっさんが言った。

「花立くん。そう言えば、アヤさんはどうするんだ? コウ君の家族なんだが」

 その問いかけに、花立は淡々と答えた。

「そちらも、手は打ってあります。あの子は『サイクロン』に協力していましたが、直接の面識はないようです」

「面識がねぇ?」

「ええ。どうも、ネット上で非適合者に関する適合率改善についてのディベートを定期的に行っていたようですね。そのサイトもすでに閉鎖されていて証拠もありませんが、間違いはないでしょう。彼女は純粋に、非適合者に装殻を着用させる事の出来る新薬の開発を目指していたようです」

 花立は、一度言葉を切った。

「彼女の扱いは、仮に一番重くても、情状酌量の余地ありとして執行猶予か、薬物違法製造の罪による罰金。だが、彼女が作ったのはDgだけだ。Dgはそもそも違法合法以前に、新薬扱いで、彼女自身は使用していない」

 ほとんどお咎めなし。

 喜んでいいのだろうが、先程コウの工房で聞いた限り、アヤの未来は明るくない。

「どうにか、無罪にならないの?」

「世論次第だな。報道されてしまっているのは痛い」

「もし、罪に問われたら?」

 犯罪者の烙印を背負った高校生を中退させられた少女が、その後どうなるか分からない。

「彼女自身が望むなら、『黒殻』の方で保護する手もあり、ジンは準備だけはしている」

 花立によると『黒殻』は研究部門も有しているのだと言う。

「彼女の頭脳は貴重だ。表舞台には立てないが、彼女が何かやりたい事があるなら、存分に彼女の望む研究をさせてやれるだろう」

「……そっか」

 不可抗力とはいえ、Egを開発した少女だ。

 その位は仕方が無いのかもしれない、とアイリは思った。

 コウが非適合者でなくなる以上、アヤが薬物開発を行う理由もまたなくなるが、それでも彼女は、望むだろうか。

「ハジメは、今後研究部門に寄生殻化解除薬を開発させるらしいぜ?」

 アイリに、おやっさんが言いながら、車に乗り込んだ。

 寄生殻化解除薬。

 それなら、姉をEgに奪われたアヤには、ぴったりの仕事かも知れない。

 アイリは車に乗り込む前に空を見上げて、誰にも聞こえないように小さく呟いた。


「ありがとう……黒の一号」


『ちなみに、俺は礼を言ったぞ』

「混ぜっ返さないでよ! 台無しだよ!」

 唯一どんな声でも聞こえてしまうマサトに言われ、アイリは膨れながら言い返した。


 その後。


 黒の一号に関する事態は、犯人消息不明のまま終了。

 合わせて、厳戒体制の解除を司法局長、空井カヤが会見。

 フラスコルシティは、揺れに揺れた。

 司法局副局長の汚職に関する報道が流れると、マスコミはさらに過熱。

 連日、司法局を責め立てる。

 誘拐され、もろとも消息不明となった少年の氏名は、未成年者である事と家族の意向を考慮して非公開。

 それがより、報道を賑わす。

 最終的に、司法局長の謝罪会見があらためて開かれ、事態は収束。

 その後、一人の少女がフラスコルシティから姿を消したが―――既に次の餌に群がるマスコミは、誰一人として それに気付くことはなく。


 『黒の一号少女殺害事件』は、緩やかにその幕を下ろした。


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