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【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
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第41節:覚醒


 コウは、ハジメに自分の決意を告げた時に、ふと視界の端で動くものを見つけた。

 ヘリの整備ドッグの外壁、それがへしゃげた辺りだ。

 他の皆は気付いていないが、コウの立ち位置からはそれが見えたのだ。


 狂気に満ちた笑みを浮かべたシープが、銃を構えているのが。


「ハジメさんッ!」

 コウは咄嗟に、ハジメを庇うように前に立って両手を広げた。

 パン、と乾いた音と共に、体に衝撃が走る。

「ガッ……!」

 燃えるように熱くなったのは、腹だ。

 手を当てると、生暖かい血がぬるりと手を染めた。

「コウッ!」

「「「コウくん!」」」

 アイリの甲高い悲鳴と三人の声が重なり、コウの視界がぐらりと傾いだ。

 自分が倒れたのだ、と気付いたのは、地面が顔の横にあったからだ。

『何が起こった!?』

 異変に気付いたジンの通信に、答える者は誰もいない。

「シープ……ッ!」

 ハジメの怒りが籠った声を聞きながら、コウは体を起こされた。

 アイリがコウの体を持ち上げて、腹を見ている。

「なんて事を!」

 視界の先に、ハジメとおやっさん、そして花立の足が見え、その向こうに、立ち上がったシープの姿があった。

 半分装殻が破壊された頭部から、血塗れの素顔を露出させたシープは、

 だが、吹き飛ばされた筈のその体は何故か再生しており、小型の拳銃を構えるのと逆の手に、青いラベルが巻かれた無針注射器を握っている。

「ヒヒヒ! ヒャァハハハッ! アヌビスに撃ち込んだのと同じ、改良型のEgを込めたEg弾だ! キヒッ! さぁ、寄生殻になりやがれェ!」

「貴様、何故生きている……?」

 ゆらりと前に出たのは、何故か花立。

「寄生殻……?」

 コウは心配そうに見下ろすアイリに、朦朧とした意識で首を横に振った。

「大丈夫だ、アイリ、俺に、装殻は……グゥ……!!」

 突然、腹の熱が全身に広がって、コウは体を跳ねさせた。

「コウ! え……マサト、どういう意味!? 何で寄生殻化が!? コウは非適合者なのにッ!」

 アイリの言葉に、ハジメがコウの横に屈んで片膝をつくのが霞む視界に映る。

「ザマぁみやがれ! げひゃ、当然の報いだァ! 私にこんな痛みを味わわせやがって、危険な賭けをさせて……動くな、司法局ゥ!」

 さらに喚くシープの声が耳障りで、コウは気絶しかけた状態で、ぼんやりとそちらに目を向けた。

 身構える花立と銃を取り出そうとしたらしいおやっさんに、シープが拳銃の狙いを動かしたのが見える。

「ぎゃひ、痛かったァ〜……この私が、危うく寄生殻化する所だったァ! この擬態化の為のDgがなければ、ゲヒ、化け物に成り果てるトコロでしたァ!」

「Dgだぁ?」

 おやっさんが声を上げ、花立が納得したようにうなずく。

「……なるほどな。恐らくは、北野シュリと同じく、シープ自身もEgを装殻内に仕込んでいたんだろう。それを使用する事で寄生殻化の副作用で無理やり体を再生し、その後Dgを注入する事で寄生殻化を鎮静した。……敵ながら、無茶をする」

 だが、再生したシープは、明らかに狂っていた。

「寄生殻化は全身火傷に似た痛みを伴うらしいからな。ジンに破壊された痛みと再生の痛みで狂ったか」

 おやっさんが、厳しい目でシープを見据えながら言う。

「げひひひっ! 【黒の装殻シェルベイル】ども、所詮貴様らはその程度なんだよォ! 何も救えないィ、何も守れないィ! ヒャァハハハハッ!」

「……どうする、本条」

 シープを無視した花立の問いかけに、ハジメは声を返した。

「Dgはあるか」

「持っている訳が無い」

「解析に預けて、そのまま倉庫だよ」

 二人の捜査員の返答に、ハジメは目を閉じた。

「なら、残された手は」


「あるよ!」


 ハジメが、自分の左肩に手を持って行こうとしたところで、アイリが言った。

「僕、アヤから預かったDgを持ってる! ほら!」

 アイリが示したのは、一つのカプセル。

「坊、お前」

「一個だけ、おやっさんに預けた時に何かに使えるかと思って持ってたんだよ!」

「こちらに、渡して欲しい」

 ハジメがアイリからDgを受け取ると、倒れたコウの顔を上向かせて、カプセルを潰しながら口の中に放り込んだ。

「飲み下すんだ。出来るか?」

 カプセルの中は液体だった。

 呑み込むが、気管支に入ってコウは咳き込んだ。

 しかし、その苦しさが去ると、全身を包む灼熱感が消える。

「ゲぇ、ごほっ……」

 代わりに、撃たれた腹の痛みが増して、コウは気持ち悪さを覚えた。

 視界が、黒ずんでいく。

 涙を滲ませながら浅く空気を吸い込むコウの中に、先程までとは違うざわめきが体の中で生まれたのを感じる。

 頭の芯が痺れたように上手く思考が回らない中に、全身の細胞をざわめかせながら、自分の知らない声が不機嫌そうに言った。


 ―――随分ト乱暴ナ起コシ方ダナ。


 それは、何かの意志。


 ―――調子ニ乗ルナヨ、使徒如キガ。


 全身が、コウの意志に、細胞の望む方向を向け、と訴えかけて来る。

 その意志の向かう先は、シープだった。

 コウが意志の命じるままに、仰向けのまま震える手を上げると、シープがびくり、と震えた。

 どろり、と、シープの手から、何かの液体が滴り落ちた。

「ギャヒィ!? 体が、溶けェ……!?」

 黒い液体がどろどろと流れ落ちていく度に、シープの体が磨り減って行く。

「……何だ?」

『今の内にアイツを!』

「その必要は無い」

 銃を取り落として苦しむシープを見て、花立とジンが言うのに、ハジメが制止を掛けた。

「今、コウ君の『コア』が目覚めた」

 その間にも、コウの中にある意志が怒りの波動を放つ度に、シープが体を震わせる。

「ギヒっ! い、いだっ! 痛ぁああッ!」

 コウは、今にも体を突き破って飛び出しそうな程に猛り狂う意志の命じるままに。

 その言葉を、口にした。


「『消えろエロ』」


「溶け、溶げるゥ! 体が溶げぇぇぇェ―――ッ!!」

 シープの全身が……正確には彼を形作っている装殻細胞が本格的に崩壊した。

 肉が現れ、骨が見え、それすらも溶け果てて。

「ヒギャぁ……アァァ……」

 微かな断末魔と共に後に残ったのは、シープの立っていた所にわだかまる、汚泥のような水溜まりだけだった。

 全身を支配していた怒りが沈静化していくのを感じながら、コウは意識を手放した。

 

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