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【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
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第40節:対話


強制解殻(リミットオーバー)

 補助頭脳の通達と共に、黒の一号の装殻が解除されて、これといった特徴のない黒尽くめの青年、本条ハジメの姿に戻るのをアイリは見た。

 アンティノラⅦ改との死闘で体力も限界だったのだろう、ハジメは少しふらついた。 

 踏み止まった彼に向かって、アイリらは歩き出す。

「……ハジメさん」

「仇は討った。君たちを脅かした者は、もういない」

 近付き、声を掛けるコウにハジメは微かに笑みを見せてから、すぐに表情を引き締めた。

「コウ君」

「話をするなら、準備を終えてからにしろ。ここを人払いして封鎖し続けるのも限界がある」

 花立がハジメの呼びかけを遮り、ジンに言った。

「ヘリの整備は終わっているんだろう?」

「ああ、後はエンジンに火を入れるだけだ」

「すぐにやれ」

「了解」

 ジンがヘリへ向けて駆け出し、アイリらは再び歩きながらドッグの近くに留められているヘリに近付く。

「……答えは、決まったのか?」

 ハジメの問いかけに、コウは彼の横顔を見た。

 二人とも表情が硬いように感じられるのは、アイリの気のせいではないだろう。

 コウは深く息を吸い込み、口を開いた。

「ハジメさん。シュリ姉ぇを救ってありがとうございました。アヤからも、貴方に礼を伝えて欲しいと」

「言った筈だ。俺は救えた訳じゃない。ただ、殺しただけだ」

「それでも、です」

 コウは、ハジメの苦みが混じる返答を聞いて小さく笑んだ。

「俺には、シュリ姉ぇを殺してあげる事すら出来なかった。もし貴方が街に現れず、『サイクロン』を壊滅させてくれなかったら、シュリ姉ぇは苦しみ続けたと思います。あの場で寄生殻にならなかったとしても、いずれ『サイクロン』に使い潰されてしまっていたでしょう」

 表情を歪めながらも、コウは言った。

 それは真実だろう。

 ハジメがいなければ、マタギと副局長によって故意に秘匿されていたEgについての捜査は、未だに進展していなかった筈だ。

「シュリ姉ぇは、貴方がいない場所で寄生殻にされていたら、化け物になったまま誰とも分からないままに殺されていたかもしれない」

「そもそも俺がいなければ、Egが開発される事はなかった。あのクスリは……」

「僕の体内に移植されているマサトの元になった、生体移植型補助頭脳インナーベイルの融和薬、なんだよね?」

 アイリの言葉に、花立とおやっさんが驚いたようにアイリを見る。

『アイリ……!?』

「お前さん、知ってたのか?」

「おやっさんの依頼した解析結果を、こっそりね。マサトも気付いてなかったでしょ? ミイラの事調べてる時、こっそり手元のタブレットで見たんだ」

『融和薬の事なんか、知らなかっただろ』

 マサトをアイリが驚かせる事はそうそうない。

 アイリは、ちょっとだけいい気分だった。

「それでも、実験施設では毎日クスリを呑まされていたし、マサトが何なのかも知ってるしさ。Egと、融和薬が似てるなって事くらいは気付くよ」

 それに、とアイリは続けた。

「逐一捜査資料を僕に渡して来るマサトが、おやっさんに依頼した解析結果だけ伝えて来ないって、何かあるって言ってるようなもんじゃない」

「そういうトコだけ鋭いな、お前さんは」

「アイリとは思えんな」

『なんて事だ……アイリに出し抜かれるなんて』

 三者三様の反応に、アイリは顔をしかめた。

「皆、僕の事バカにしてるでしょ?」

「いや、そんな事はねぇが」

「……黙秘する」

『室長に同意』

 絶対、バカにしてる。

 しかしそれ以上アイリがマサトを含めた三人に噛みつく前に、ハジメが口を開いた。

 ジンがヘリのエンジンを掛けたらしく、プロペラが回転し始める。

「聞いた通りだ。シュリさんが死んだ遠因は、俺にある。だから、礼なんか言う必要はない」

「貴方は、優しい人です。ハジメさん」

 しかしそんな真実にも、コウは揺らいでいないようだった。

「Egを悪用したのは『サイクロン』だった。貴方がそれを目的として開発した訳じゃない。……あの場でシュリ姉ぇを殺す覚悟も、生かす術も何も持っていなかった俺達に、決意を与えて、死を受け入れる方法を授けてくれたのは貴方です!」

 プロペラの轟音にかき消されないよう、コウは声を張った。

「俺は、アンティノラと同じ存在だ。人の憎しみや苦しみの声で汚れている」

 ハジメの静かな声は、轟音の中にあっても何故かよく通った。

「いいえ。貴方は、その憎しみや苦しみの声を掬い上げて、俺達を守ってくれているんです!」

 コウが真摯に向ける視線から、ハジメは目を反らした。

「ハジメさん。貴方は、俺の、俺達の代わりにシュリさんを救ってくれた。……本当は、俺達がやらなきゃならない事を」

 コウは、大きな塊を吐き出すような声音で言う。

「その業を、代わりに背負ってくれた」

 彼は透明な目を、ハジメに向けていた。

「ハジメさん。俺は無力です」

「違う、君は無力なんかじゃない。君は彼女の心を取り戻した。だからこそ、彼女は」

「あなたが居なければ、心を取り戻した事で、シュリ姉ぇはより苦しんだでしょう」

「そんな事はない。コウくん、君は……非適合者は、決して無力なんかじゃないんだ」

「でも、今の俺にはシュリ姉ぇを、たとえ殺してでも救う力は、ないんです。また同じ事が起こっても、そこにハジメさんがいなかったら、ただ殺されるだけだ」

 アイリは。

 コウの出した答えを、素直に受け入れている自分を感じた。

 彼女がもし同じ立場であっても、きっと、その選択をしただろうから。

 無力な平和よりも―――大切なものを守る為の苦難を。

「俺は嫌なんです。人を、救う力も何もない俺自身が。貴方に守られるばかりの俺自身が、もう、嫌なんです。俺は貴方の横に立って、人々を守れるようになりたい」

 だから、とコウは言う。

「ハジメさん。俺に大切なものを守る力を下さい。もし守れなかった時に、あなたのように救える力を。考えた結果、やっぱり、俺の望みは変わりません」

 コウはついに、自らの決意を口にした。


「俺を、【黒の装殻シェルベイル】に―――人体改造型装殻者に、して下さい」



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