第39節:決着
『アンティノラⅧ、反応消失』
「シープ……!」
爆音と補助頭脳の宣言に、アンティノラⅦ改は呻いた。
兄弟の死に、そちらへとアンティノラⅦ改が注意を向けた隙に、黒の一号は活動限界を迎えていた巨殻を解除すると同時に、最後の切り札を切った。
「全制限解除」
『実行。解殻』
補助頭脳の宣言と共に黒の一号が身に纏っていた巨殻が格納され、彼自身の原型ボディである一号装殻が、真の姿を顕わした。
『制限解放/黒殻形態』
アンティノラⅦ改がゆっくりと振り向くのに合わせて、黒の一号は言った。
「……お前でも、長く共に過ごした者には情があったか? アンティノラⅦ」
「いいや。他の役立たず共と違って有能な駒だった者を、少し惜しんだだけだ」
言いながら、アンティノラⅦ改が膝を溜めてこちらへ跳ぼうとするのと同時に、黒の一号の補助頭脳が告げた。
『「自動展開―――重力場形成」
その途端、黒の一号とアンティノラⅦ改の周囲の空間が歪み、二人を、凄まじい重圧が襲った。
「……ッ!」
「グッ……!?」
重圧に歯を噛み締める黒の一号と同様、いきなり加重を加えられたアンティノラⅦ改が転倒しかけてなんとか踏み留まる。
「貴様、何をした……?」
その場から動けないアンティノラⅦ改が問いかけるのに、、ギギギ、と音が立ちそうな動作で、黒の一号が腕を持ち上げる。
「重力場形成。領域内での限界機動と、装殻者の動きを封じる、俺の弱さを補う技だ」
「これ程の加重、貴様自身も動けまい……!」
「ああ。だが、俺は、この場を動く必要などない」
持ち上げた腕で、さらにキツく握り込んだ拳を腰に引き寄せて体を捻りながら、黒の一号は足を上げてこちらへ踏み出そうとしているアンティノラⅦ改に答える。
「終わりだ、アンティノラⅦ。今まで苦しみ与えて来た罪を抱いて、眠るが良い」
大きく体を右へ捻り、腰に構えた拳を逆の手で包み込んだ黒の一号は、アンティノラⅦ改を見据えた。
滅ぼすべき邪悪であり、同時に黒の一号の罪の象徴である男。
自分と相似の姿を持つ者であり、違う方向を向いた信念に従って行動する強敵の姿。
その姿を忘れないよう脳裏に刻みながら、黒の一号は呟いた。
「出力解放ーーー」
いつも通りに、静かな黒の一号の……〝最初の装殻者〟の宣告に。
『実行』
彼に常に従い続けた最古の補助頭脳が答える。
『目標捕捉』
そして使い勝手の悪い、最強の兵装が起動する。
重力場の中を無理に動こうとこちらに近付いて来るアンティノラⅦ改の銀色の外殻がひび割れ始めていた。
不意に、形成されていた重力場が反転し、黒の一号が構える拳に向かって周囲の物を引き込み始める。
「ぐぉ……ッ!」
踏み止まろうと足を踏ん張った事が、アンティノラⅦ改の命運を決定付けた。
あるいはそのまま飛び込んでいれば、僅かな勝機があったかも知れない。
しかし反転し収束する重力場に逆らった事で、彼の、既に黒の一号に切り裂かれて人の物ではなくなっていた両足は、加重に耐え切れずに砕けた。
「ちっ……出力解放!」
舌打ちしたアンティノラⅦ改は、支えを失いながらも重力場によって浮き上がり、黒の一号に引き寄せられる。
最後の力を残った右腕の拳に込めたアンティノラⅦが、黒の一号を睨み据えながらスラスターを起動して突貫して来た。
「どうせ死ぬなら、貴様だけは諸共に滅ぼす……ッ!」
この段階に至ってなお、アンティノラⅦ改は諦めるという事を知らなかった。
どこまでも貪欲に、強硬に……そして揺るぎなく。
「《破壊の拳》ッ!」
その姿勢だけは、賞賛に値する、と黒の一号は思い。
限界機動すら無効にする空間の中で、超高圧に耐える代わりに自由に動く術すら失った体で。
唯一自由に敵を滅ぼす役目を与えられる、拳に。
全ての力を、込めた。
弾かれたように、黒の一号は極限まで捻っていた体を回転させ―――黒の一号と、アンティノラⅦ改の拳が衝突する。
「くたばれ、本条ハジメ……ッ!」
執念のままに、吼えるアンティノラⅦ改に、黒の一号は己の存在を名乗り上げる。
「―――我は《黒の装殻》が一人」
二人の拳の間に発生した均衡は。
「従うものは、己の心。律に背き、権を拒み、力を以て望みを通す」
足と同様に過重に耐え切れなくなったアンティノラⅦ改の拳が砕け散る事で終焉を迎えた。
「我は正義を騙る修羅―――名を、黒の一号」
「クソッ!」
悪態をつくアンティノラⅦの胸元に拳が衝突し、貫く。
「……お前の事は忘れない。アンティノラⅦ。先に地獄で待っていろ」
「御免だな。貴様の顔など、二度と見たくない」
最後まで相容れなかったアンティノラⅦ改に、邪悪と化した自分自身を重ねながら、黒の一号は最後の言葉を宣告した。
「―――《黒の一撃》」
拳の前に展開された重力場が極限の圧によって重力特異点を形成し、貫いた胸元から砕けて崩壊して塵と化したアンティノラⅦ改を呑み込むと。
静かにその役目を終えて、消滅した。




