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【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
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第32節:緊迫


『東エリアの倉庫街で、またも爆発事件が起こりました。司法局の発表によると、犯人は黒の一号、捜索の結果、黒の一号が爆破した倉庫からは大量の新型薬物、Egの残骸と精製に使用すると思われる機器が数多く発見されーーー』

 ニュースを語るアナウンサーの言葉に、ミスター・サイクロンは無機質な目のまま、鼻を鳴らした。

 狙い通りに、黒の一号はあの工場に目をつけた。

 Egを根絶するのが目的であるならば、製造工場の情報を流せば奴は放置出来ない、というミスター・サイクロンの予測は当たっていた。

「準備は終わった」

 既に重要なデータを全て自身の装殻内領域に移し替え、その他の全てを消し去った自身の執務室の中を見回す。

 この部屋は既に、調度が豪華なだけのがらんどうだ。

 ミスター・サイクロンにとって無価値な空間と化していた。

「あれだけ追い詰めたのに、やってくれますね。しぶとい事です」

 シープが、ミスター・サイクロンの横で荷物を手に呟くが、彼はそれに反論する。

「予測の範囲内だ。それに、どうせ捨てるものを幾ら潰されても痛くはないだろう」

「まぁ、そうですが」

「時間稼ぎも、既に必要ない。奴の動きに対する制限が鈍いのは、大方、司法局の中に我々だけでなく奴の協力者もいたんだろう」

 しかし、司法局ももう、手は抜けない。

 爆破事件も三度目だ。

 今以上の放置は、司法局の威信に関わる問題になる……今後、もう爆破事件が起こらないと知っているのは、黒の一号とミスター・サイクロンの側にいる人間だけだ。

「情を持ち、その対象を失えば馬鹿のように怒り狂う……だから、俺たちにつけ込まれる」

 珍しく、ミスター・サイクロンは敵に対して言及した。

 ここまで彼を手こずらせた敵は、今までいなかった。

 救国の英雄にして、日本最大の犯罪組織『黒殻』のトップ。

 素顔は砂糖よりも甘いが、黒の一号は肩書きだけの狐ではない、とミスター・サイクロンは認めていた。

「だが奴は、またも策に乗って俺達にさらに時間を与えた」

 今からではもう、黒の一号の手はミスター・サイクロンらには届かない。

 彼は確信していた。

 ミスター・サイクロンは、最初に彼を黒の一号だと確信した時点で街を捨てるつもりだった。

 妙な因縁や目先の利益に拘泥してリスクを負うつもりは、彼にはさらさらない。

 既に『サイクロン』の幹部は彼とシープの二人しか残っていないが、そもそも必要な駒はこの二つだけだ。

「俺たちは運び出せないEgを処理するつもりはなかった。そして奴は、見ず知らずのクズ共にアレを使わせない為にわざわざ工場を潰しに行った。その時間に我々を捜していれば発見出来たかも知れんのに、だ」

 時間稼ぎは、成功した。

 全ての情報と金を持って、ミスター・サイクロンはこの街から消える。

「逃げるぞ、兄弟」

「ですね。こんな所でくたばったら、何の為に『ラボ』から逃げたか分からないですし」

「そういう事だ」


 二人は、それ以上の無駄口を叩かずに執務室を後にした。


※※※


 同日、夕刻。

 ハジメは、『サイクロン』のEg製造工場を爆破した後、東エリアを抜けて中央エリアに入った辺りをバイクで走り抜けながら通信を入れた。

 高速道路は使えない。あまり目立つ速度で動くと封鎖の危険があった。

「……カツヤ」

『ハジメか。何だ?』

 彼に答えるカツヤの声は昔よりも老いてはいるが、話す調子は変わらない。

 昔と同様にぶっきらぼうな喋り方だ。

 ハジメは膝を擦る程にバイクを倒して交差点を折れると、一路、西エリアへとフラスコル・シティの中を駆け抜ける。

 既に法定速度違反で交通管制システムには自身の姿を捉えられているだろうが、もう構わなかった。

 正体を隠して潜伏する必要は、既にない。

 だからハジメは、今はおやっさんと呼ばれているカツヤに通信を入れたのだ。

「……Egの大本は断った。街に残る、Egの処理は任せる」

『うるせぇよ、このアホが。このタイミングまで自分から連絡入れて来ねぇお前なんかに言われなくても分かってるっつーんだよ、そんな事は!』

 変わらず気安い罵倒に、ハジメは微かに笑みを浮かべた。

 後ろから迫る交通課らしき車両と、道路脇を走る装殻者の姿をミラー越しに見て、ハジメはさらにアクセルを捻った。

「すまない。迷惑かと思ってな」

『今でも十分迷惑だっつーの! 本当にそう思ってるなら、きっちりやれよ!?』

『本条』

 ハジメが返事をする前に、カツヤとの通信に割り込む人物が居た。

『アイリがコウくんと接触した。答えによっては連れて行く』

 花立の言葉に、ハジメは顎を噛み締めた。

「……ああ」

『奴の足止めも、長くは保たんぞ。ジンの『本体』はお前のバイクに積んである』

「分かった。ーーーやるぞ」

『これ以上、まだ派手に目立つ気か? またシティが大騒ぎになるな』

「だが、ジンを死なせる訳にはいかない……それにどうせ、もう終わるだろう?」

『終わった後の、こちらの手間も考えたらどうだと言ってるんだが』

「悪いが、任せる。……纏身」

 花立の舌打ちと共に、逆十字を切って装殻を纏ったハジメ……黒の一号は。

「……限界機動ブレイク・アップ

 自身の装殻化に合わせて、同じように形状を変化させた愛車と共に、装殻者ですら追い付けない速度で街中を駆け抜けて行く。

 ハジメは、風を裂きながらぽつりと呟いた。


「奴らには、必ず報いを受けさせる……」

 

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