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【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
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第31節:決意


『もう一度良く考えろ、と、本条はそう言ったんだな』

 コウが話し終えると、花立は通信機ごしに問いかけた。

「はい」

 コウが頷くと、花立は沈黙した。

 室長は今、どこにいるのだろう? と、アイリはふと疑問に思ったが。

 それを訊ねる前に、花立は言葉を続けた。

『それで、君の答えは出たのか』

「……俺は、やっぱり力が欲しいです。無力なのは、もう嫌なんです」

 低い声で答えるコウは、それまでと同様に頑な口調だった。

『何故、力が必要なんだ?』

「大切なものを、守りたいからです」

『誰の為に?』

 花立は冷静だ。

 コウの答えを肯定も否定もせず、ただ質問をぶつける。

 司法局の捜査室員の中でも、花立は有能だと言われるのは、彼が人の感情を理解しながらも、それに流されずに実務を遂行するからだ。

「誰の……?」

 コウは質問の意図が理解出来なかったようで、少し戸惑ったように問い返す。

『そう。君が力を求めるのは、大切なものを守る為なんだろう? それは、君が大切なものを守りたいのか、君自身が君自身の為に守りたいのか、どちらだ?』

「質問の意味が、分かりません。それは同じ事ではないんですか?」

『違う』

 花立は、コウの抗弁を否定した。

『君は、大切なものを守る為に振るった力で誰かを傷つけた時に、それを大切な誰かの、何かのせいにするのか?』

 コウは、花立の言葉に目を見開いた。

「そんな事は……!」

『俺は、人が力を求める理由は二つある、と思っている。一つは、自分が好きなように振る舞いたい為、もう一つは、大切なものを失いたくないからだ。だがどちらの理由も、力を求めるその本質は変わらない。そこを君は理解していない』

 花立は、声を上げるコウを遮って、言葉を重ねた。

『力は、時に不条理に人を殺す。無力故に抗する術がない事と、力を得て何かを傷つける事に、優劣などない。……俺には、守るべき力がない事を嘆く君の気持ちはよく分かるが、では力さえあれば良いのか』

 花立の言葉は、コウの心を抉ったようだった。

『力に伴う覚悟もなしに力を振るえば、君は必ず後悔する。奪う力も、守る力も、力である事には違いない。使い方を誤れば、守る力は容易に奪う力に変わる。我々が君の家族を拘束したようにな』

 コウは、自分の工房の床を見つめて、微動だにしない。

『他人の為に力を振るうという考えは、その責任を他人に押し付ける事に他ならない。そこを揺らがせている者に、力を振るう資格はない。君は何故、力を求めていると本条に言った?』

「守りたいから……失いたくないから、です」

『そう。『失いたくない己』の為に、君は力を求めているんだ。守る力を振るう者は正義じゃない。奪う力を振るう者と変わらない、ただのエゴイストだ』

「……エゴイスト」

 コウは、花立の言葉の意味を噛み締めるように、言葉を繰り返す。

『それでも君は、守る力を求めるか。仮に、君が義理の家族に疎まれたとしても、君は彼らを守り続けると、そう言えるか。『与えられる何か』の為に力を振るう者は、与えられるものがなくなった時に、それを奪う力へと変貌させる』

 表に、車の止まる音が聞こえ、ドアを開閉する音が響く。

 通信越しにも同じ音が響き、次いで花立が入口から現れた。

 驚くアイリに、花立はいつもの怜悧な目で彼女を一瞥し、その後、同じように花立を見つめるコウに問いかける。

「力を振るう者に求められているのは、心の強さだと理解しろ。奪う力を振るわない決意と、傷つける覚悟。それらに揺らがない心と、無意識に他人から何かを奪った時に挫けない心こそが、本当の『強さ』だ」

 花立は、コウに歩み寄ると、その心臓の上に拳を乗せた。


「コウ君。君は力を振るう者として、その信念を持てるか?」


 真剣な花立の問いかけに、コウは、真っすぐに彼の目を見返した。

「……分かりません」

 コウは、その言葉と裏腹に、目に光を宿していた。

 先程の苛烈なまでの怒りを宿したものではなく、静かに澄んだ色の目だった。

「ですが、そう在りたいと思います。……ハジメさんのように」

 アイリは、コウとハジメのやり取りを聞き、今、花立とコウの対話を聞いて、自分も答えを見つけたような気がしていた。

 花立の言う通り、人の為、ではないのだ。

 大切な人に平和に過ごして欲しい、そう願う自分の為に。

 アイリはようやく、黒の一号の想いを理解し、自分がどう振る舞うべきかを見いだした気がしていた。

 ルールは、多くの人が幸せに暮らす為に必要なものだ。

 しかし、ルールだけでは守れないものがある事を、アイリは知っている。

 黒の一号は名乗ったのではなかったか。

 律に背き、権を拒み、力を以て望みを通す、と。

 黒の一号、本条ハジメは理解しているのだ。

 己が、どういう存在であるのか。

 それでもなお、望みの為に。

 人々を守ると言う望みの為に、彼はどんな扱いを受けようと自分の信念を通し続けるのだろう。

 コウ同様、アイリもそう在りたいと思った。

「では、行こう」

 花立は、今入って来たドアへと踵を返す。

「どこに行くの?」

「西エリアにある、私設飛行場だ」

 ついてこい、と工房を出た花立は、車に乗り込むとアイリとコウを促した。

「私設飛行場、って、どっか行くの?」

 車のエンジンを掛ける花立にアイリが問いかけると、花立は答えた。


「ミスター・サイクロンが動いた。……黒の一号も、そこに向かっている」

 

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