第29節:吐露
「その後、ハジメさんは言ったよ」
コウの苦悩を吐き出すような告白に、アイリは掛ける言葉がなかった。
『恨んでいい。俺は、君達の大事な女性を殺した。君達にはその権利がある』
そう言い残して、黒の一号は姿を消したという。
アイリが黒の一号と対峙したのは、そんなやり取りの直後だったのだ。
「俺は、ハジメさんが司法局を引きつけている内にその場を後にした。ハジメさんの教えてくれた通りに監視カメラを避けて元のレストランまで戻ってから、アヤを家に送り届けた。俺は自分の工房に帰って、放送局のニュースが流れるの見た」
話し続けるコウは、静かに震えていた。
「俺は何も出来なかった。何も。姉さんを救ってくれたのは黒の一号で、『サイクロン』の居場所を突き止めたのはジンさんだ。今の今まで、俺は家族にも、ハジメさんに対しても、何の役にも立てなかった」
コウは自責に苛まれながら、己の無力さに憤っている。
「だから俺は、ハジメさんを探していた。ジンさんに話す時間を貰って、一つ、お願いをしたんだ」
「……何を頼んだの?」
アイリの問いかけに、コウは拳をほどくと自分の胸に手を当てて、アイリに告げた。
「俺を、人体改造型にしてくれ、って」
アイリは目を見開いた。
それは以前、アイリがコウに、彼には取りえないと言った、非適合者が装殻者になる為の手段。
アイリ自身は望まない形で得たその力を、コウは自ら望んだ。
自分の無力を嘆き、大切なものを守れなかった少年の選択に、アイリは愕然としたまま言葉を発する。
「それは、駄目だよ、コウ」
「何故?」
「人体改造は違法だ! 自分の意思でそうなったら、今度は君が僕らに追われる立場になる!」
「それがどうした」
吐き捨てるようなコウの言葉に、アイリは息を呑んだ。
彼の目は、灼けつくような光を放っている。
「司法局が、政府が、俺に何をしてくれた。装殻も纏えず、力のない俺に、調整士としての上級試験すら受けれない制度に、補助も無い行政。……でも、アヤやシュリさん、育ててくれた父さんや母さんが幸せなら、それでも良かった」
コウの声は震えていた。
彼が溜め込んでいたものの暗さと大きさは、アイリには計れない。
似てはいても、アイリは、コウではないのだ。
「でも、姉さんは死んだ。アヤはEgを作ったと言って奪われた。姉さんが死んだ通夜の席で、義父さん達は言ったよ。『天罰を下すなら、何で自分達に下してくれなかったのか』、って」
コウは、さらに衝撃の事実を口にする。
「義父さん達は、自分達が元はラボの研究者だった、って教えてくれた。姉さんと同じように、家族を人質に取られて人体改造型や寄生殻の研究をしていたんだ。黒の一号がラボが壊滅させた後、社会復帰を助けてくれたのが俺の、本当の両親だったって」
だからコウは、シュリ達の家に引き取られたのだ。
「でもその前の両親とも俺は血が繋がってない。捨て子だった俺を、子どもを作れない親類もない元の両親が引き取ったんだって、俺は知ってた」
コウは、まるで血を吐くようだった。
彼はその言葉の刃で心を抉りながら、それでも喋るのをやめない。
「俺は誰でもない。誰の役にも立てないまま、ただ、ここにいるだけだ。そんな俺に、一体何の価値がある」
「コウ、それは……!」
かつてアイリは同じような気持ちを、花立やおやっさんに対して感じていた。
血の繋がりも無いのに、良くしてくれる彼らに。
そこまでされるだけの価値が自分にあるのか、と。
だが、アイリが言葉を続けるより先に、コウはアイリに向けて自分の持つ言葉の刃を振るう。
「俺にはもう、何も残ってない。追われる? 結構じゃないか。ハジメさんだって追われてる。あんなに優しい人が、ただ人体改造型であるという理由だけで犯罪者扱いなんだ。ハジメさんが救ってくれたように、お前等が俺を救ってくれたのかよ! 違法だと!? 法や司法局なんか、俺からただ大事なものを奪うだけのくせに、偉そうな事を言うな! それにお前だって、人体改造型なんだろうが!」
「コウ……」
アイリは泣きそうになった。
違う、と言いたかった。
花立やおやっさんだって、勿論アイリだって、好き好んで誰かを追い詰めようとしているではないのだと。
アイリは、皆に幸せに暮らしてもらう為に、司法局で捜査員をして来たのに。
コウにとっては、自分こそが幸せを奪う側の人間なのだ。
話を聞く限り、シュリも、アヤも、行った事は悪い事だったが、その根本にあったのは、他者に対する優しさなのだ。
アイリが、肩で息をするコウを前に足元が崩れそうな気持ちを覚えていると、不意にマサトが言った。
『室長が、コウに通信を繋げと言ってるけど。どうする?』
「え?」
視界の隅に目を向けると、パ、とアイコンが浮かび上がり、花立と通信が繋がっている事を示した。
アイリに知らせずに通信を繋いだのは、マサトの仕業だろう。
「盗み聞きしてたの!?」
『人聞きが悪い事を言うな。通信を入れて来たのはマサトだ』
アイリの批難に、動揺もせずに花立は答えた。
あえてアイリには、通信が繋がっている事を伏せていたのだ。
『いいから、コウ君と繋げ。大事な話がある』
アイリがコウにリンクを飛ばすと、コウは簡易調整機を通信に繋いだ。
『コウくん。君の怒りは尤もだと俺も思う。だが、一つだけ誤解をしないで欲しい事がある。アヤさんはあくまでも参考人で、事情を考慮して送検はしないつもりだった』
「え?」
『未成年者でもあるし、保護観察処分が妥当なところだろう。『サイクロン』の暗躍に対して速やかに対処出来なかった事は謝罪する。そして、司法局内の膿を排除出来なかった事も、同様に』
「……よく意味が、分からないのですが」
コウが低く言うと、全てを過去形で語る花立は端的に事実を口にした。
『司法局内に、薬対課の男以外にも一人『サイクロン』の協力者がいた。そいつを炙り出すためにあえて、黒の一号に好意を持つアイリに彼を追わせる事で時間を稼いでいたが間に合わなかった。アヤさんの任意同行の件を、そいつによって放映局にリークされた』
「どういう……事ですか」
コウは、意味が分かっていながら、認めたくない事実を聞いたように顔色を青ざめさせる。
アイリも花立の告げた事実に対して呻きを漏らす。
「まさか……北野シュリさんの時と同じ……!?」
『そうだ。アヤさんの任意同行を、スクープとして報道された。名前は出ていないが、特定はされてしまうだろう。証拠を固めてそいつの元へ向かったんだが、もぬけの空だった。最後っ屁のつもりだったんだろうが、やってくれる』
「やってくれる、で済む話じゃないだろ!?」
アイリは花立に噛み付いた。
公共の電波にネガティブな個人情報が乗るのは、社会的リスクが極端に高い。
ましてアヤは学生であり、同時に被害者の遺族でもある。
その彼女がEgに関与しているという事実は、逆にシュリの被害者以上の情報、つまり『サイクロン』の協力者であるという事実まで掘り出される危険性があった。
『どちらにせよ、保護観察処分となればアヤさんの退学は免れない。国立高等学校の規定くらいは知っているだろう』
「学校を退学になるのと犯罪者として名を知られるのじゃ、問題の大きさが違うでしょ!」
『同じ事だ。どちらにせよ大手企業や国家機関への就職は望めなくなる。……だが、彼女を潰さない手がない訳じゃない』
「……どんな手ですか」
コウが、ぼそりと花立に問い掛けると、彼は即座に答えた。
『君の選択が非常に重要になる話だ。コウくんーーー人体改造型にしてくれ、と言った君に、本条はなんと答えた?』
花立はハジメを、黒の一号、ではなく苗字で呼んだ。
そこに込められた親しみにアイリは疑問を抱く。
「室長は、黒の一号と知り合いなの?」
『それは今は関係がない。コウくん、教えてくれないか』
花立は、まるで焦っていない語り口で再度コウに問い掛ける。
何が重要なのかアイリには全く分からなかったが。
コウは、ハジメと交わした会話の内容を語り始めた。




