第26節:境界
攻撃を受けて負傷したベアーが撤退した後。
黒の一号は、二人の『サイクロン』幹部によって追い詰められていた。
アンティノラⅦとアヌビスの連携による攻撃は、少しずつだが確実に命中し、黒の一号の動きを鈍らせていく。
黒の一号は、どう動くかという決断の岐路にあった。
「諦めて朽ちろ、黒の一号」
黒の一号が考える間にも、彼が放った散弾銃の一撃を避けて迫るアンティノラⅦ。
その鎌の攻撃を散弾銃を犠牲にして防ぐが、今度は背後からアヌビスの蹴りを喰らった。
「ッ!」
前のめりになりながらもなんとか踏みとどまり、アンティノラⅦが横に薙いだ鎌を避けた。
既に機関銃の弾丸生成に、エネルギーを回す余裕は黒の一号にはほとんどない。
少しでも隙を作り出せれば、と構えた機関銃も、アンティノラⅦが鎌を回転させて放った高速の斬撃によって両断される。
「終わりだ。ーーー出力解放」
『実行』
武器を失った黒の一号に対して、アンティノラⅦが宣言してその拳が灼熱する。
「〈破壊の拳〉」
黒の一号は両腕を交差させて放たれたアンティノラⅦの一撃を受けるが、腕の外殻を破壊されて無様に地面に転がった。
「ぐっ……」
なんとか、生きてはいる。
倒れたままでは次の攻撃を避け切れない。
背部スラスターを使って上体を起こすが、そこにアヌビスの追撃が入った。
顎を蹴り上げられ、黒の一号は吹き飛んだ。
そのまま、地面と背中の間で火花を散らしながら滑り、壁に激突する。
「呆気ないな」
言いながらも、油断せずに鎌を構えるアンティノラⅦと、相変わらず無言のままに掌をかざすアヌビス。
「他人の為に罠に掛かり、自分の命を無駄にする。俺が最も愚かだと思う存在だ」
アンティノラⅦの言葉に、ぴくりと肩を振るわせたのはアヌビスだった。
「……?」
その反応を黒の一号は訝しく思うが、問い返す余裕は無い。
「だから、俺のような者に利用される。こんな風に、な」
そう言う、アンティノラⅦの背後。
ベアーが撤退した入り口が、またゆっくりと開き始めた。
※※※
「黒の一号……ハジメさんは、もう此処にはいない」
コウと連れ立って彼の工房に戻ると、コウは無表情にそう言った。
「今はどこにいるの?」
アイリの問いかけに、コウは首を横に振る。
「言う訳にはいかない。君は司法局の捜査員だ。知ればきっと、彼の邪魔をする」
「聞いてみなくちゃ分からないじゃない、そんな事」
「分かるさ。黒の一号は人殺しだ。そして俺はもう、黒の一号に会うっていう目的を達した。アイリも会ったんだろ?」
コウの言葉に、アイリはコウが先日のベアーの件を知っている事を察した。
「君も、ジンとグルなんだね」
「……ああ。俺はあの日、建物の外にいた。ハジメさんに渡すものを、ジンさんから託されたんだ。協力する見返りは、ハジメさんと会話する時間だ」
「そんな事して、危険だとは思わなかったの?」
「ハジメさんは俺に危害を加えるような人じゃない」
コウの言葉に、アイリはあっさりと頷いた。
「だよね。僕もそう思う」
「え?」
アイリは、意外そうな顔をするコウに、自分の気持ちを明かす事にした。
「僕は昔、黒の一号に助けられたんだ。非適合者じゃなくなったのも、その助けられる前に受けた実験のせいだった。僕もある意味では人体改造型……脳にね、補助頭脳を移植された実験体なんだ」
アイリの告白に、コウは言葉もないようだった。
しかし驚愕から覚めたコウから続けて口にされた言葉は、アイリの予想していたものとは違った。
「……アイリは、どっちが良かった、と思う?」
「ほえ?」
「非適合者のままと、今と。一体、どっちが良かった?」
まるで飢えた獣のような、最初にやり取りした時と同じ目で質問されて、アイリは動揺した。
「分からない、かな。僕、あんまり昔の事覚えてないんだ。気がついた時には、もう実験体だったし」
アイリは、コウの望む答えを口には出来ない。
「でも、今が幸せかどうかって意味で言うなら幸せだよ。おやっさんや室長がいるし、偶然だったけど、得たものもある。何より」
アイリは、まっすぐにコウの目を見つめた。
「僕には、今、大切な人を守れる力が、あるから」
その言葉の中の、何がコウの気持ちに触れたのか。
非適合者の少年は、はは、と笑った。
「……やっぱり、そうだよな」
「えーと、何が?」
「大切な人を守る為には、力が、必要なんだ。辛くても、苦しくても、そっちの方が、絶対に良い。今みたいに、自分に何も出来ないような状況より、よっぽど良いよ」
どこか暗い感情を込めたような言葉と裏腹に、顔を上げたコウは晴れやかだった。
「アイリ。俺は姉さんが殺された日に……その現場に、アヤと一緒に居たんだ」




