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【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
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第22節:移送


 壁を破壊して黒の一号が脱出すると、その瞬間にビルが爆発した。

 だが、その威力は何かに防がれたように中に閉じ込められ、爆風の威力はビルからほんの数メートルの範囲で閉じ込められたまま外には達しない。

「……これは」

 アスファルトに膝をついた黒の一号は、その現象に覚えがあったが、詮索している暇はなかった。

 グズグズしていては、以前のように司法局と追いかけっこをするハメになる。

 装殻を解除して駆け出したハジメは、不意に横から現れた人物を見て足を止めた。

「君、は」

「……こっちへ」

 その人物はハジメの手を引くと、目立たない建物の隙間にある空き地に彼を連れて行き、そこに止まっているものを示した。

 漆黒の大型クルーザーバイクだ。

 『Braker01』の名称を持つヘッドライトのないバイクは、ハジメ自身のものだった。

「君はこれを、一体どこで」

「託されました。渡して欲しいと。……行きましょう」

 彼はバイクに掛けられたメットを二つ手に取ると、一つをハジメに差し出した。


※※※


「……ン、ジン!」

 泣きそうな声で肩を揺すられて、ジンは呻いた。

 どうやら自分が気絶していたらしい、と気付いて目を開くと、真っ白なフルフェイスが目の前にあった。

「アイリ、か?」

「そうだよ!」

 どうやら事情はマサトから聞いているのか、アイリは特にジンに何かを訊ねる事はしなかった。

「……どうせなら、可愛い素顔で起こしてくれりゃ気分も良いのによ」

「なっ!」

 ジンの軽口に対して、動揺したように肩を震わすアイリに、ジンは含み笑いを漏らした。

 どうやら自分は無事に生き残ったらしい、と気付き、ジンは安堵する。

「冗談だよ」

 言いながら体を起こし、背中に手を回す。

「背中が痛ぇな……」

 ジンが周囲を見回すと、そこは瓦礫の山だった。

 かなりの爆発だったようで、建物は完全に崩壊している。

「軽口叩けるなら、大丈夫だと思うんだけどさ」

 アイリが、拗ねていいのか心配していいのか、迷っているような複雑な声音で言う。

「平気なの? それ」

 言われて自分の体を見下ろすと、ジンの装殻『ターピライズ』の表面が溶けたように崩れたり、焦げ付いて剥がれたような状態で半壊していた。

 特に損傷が酷いのが背中から右腕だが、背中の打撲以外に痛みはない。

「この装殻、耐熱耐電使用なんだよ。しかも痛覚遮断付き。中の体に被害がなきゃ、別に大丈夫だ」

 ジンが解殻して両手を上げると、アイリも装殻を解除した。

「え……痛覚遮断って、神経系の伝達は?」

「機能させてねーよ」

 アイリが驚いたように目を丸くした。

 本来装殻は、自身の体の延長として使用するものだ。

 痛覚、あるいは触覚と言い換えても良いが、それらを本体と共有する代わりに生身と変わらないレベルで動けるようになっている。

 つまりジンは、装甲服や宇宙服を着込んで戦っているのと変わらない状況で装殻を操っている事になるのを、アイリは正確に察したのだろう。

「なんか、ジンって凄く謎な人だよね」

 訝しげなアイリの物言いに、ジンは笑った。

「惚れてもいいぜ?」

「……ジンが僕より強かったら、考えるよ」

「流石に司法局の精鋭に勝てる気はしねぇな」

 ジンは立ち上がって行こうとするが、アイリはジンに腕を伸ばして来た。

「ん?」

「こういう事言うの、恥ずかしいんだけどさ」

 アイリは軽く頬を紅潮させながら、ジンに言った。

「実は、全身筋肉痛で立てなくて……」

 ジンは、ぽりぽりと頭を掻いて苦笑した。

「はいはい。それでは、強いお姫様のエスコートでもさせていただきましょうかね」

「わっ! お、おんぶで良いよ!」

「気にすんな」

 顔を真っ赤にした軽いアイリをお姫様だっこして、ジンは瓦礫の山から脱出した。

 おやっさんと室長が駆け寄って来るのを見て、ジンは言う。

「アイリお嬢さまは体調が優れない。車貸してくれ」

「それは構わないが、手に入れたんだろうな?」

 花立の言葉に、ジンはうなずく。

「ああ。アイリ」

「何?」

「装殻経由で流す情報を、花立さんに渡してくれ」

「え? 何で?」

「お前が手に入れた事にする為だよ」

 カウンターの奥で手に入れた情報を流すと、アイリはそれを室長と共有しながら顔色を変えた。

「これ……」

 ジンが手に入れた情報は、何の変哲もない流通許可書だ。

 Egドラッグパーティーの現場となったあの店から入手したものである。

「副司法局長が『サイクロン』と繋がりがあると疑う、正式な証拠が一つ手に入ったな。後はこの流通許可書を使って流されたものが何か分かれば、奴を追い詰められる」

 花立は言い、リンクを切った。

 手に入れた流通許可書は、副司法局長の名前が記されたものだった。

 特定指定危険物などの輸入に関しては、運輸局だけでなく司法局の許可が必要になるが、国に関係する事業以外でその許可が下りることは通常ない。

「正式な証拠?」

「そうだ。最初から奴を疑わしいとは思っていたが、正式な証拠がなければこちらから手は出せん。表向きは上司で、Egへの関わりをことごとく潰されたからな。こういう手段に出た」

「ってことは、最初からジンと室長が示し合わせて……?」

 室長は答えなかった。

「車は乗って来たものを使っていい。ジン、お前がアイリを司法局付属の病院へ連れて行け。マサトが表に出たなら、休ませる必要がある」

「アイリにはお優しいこって。俺も怪我してんだけど、運転手は?」

 運転手をしていた女性は急行した交通課と何やら話をしており、おやっさんは捜査課の方に手を裂いている。

「病院で湿布でも貰え。どうせ打撲程度だろう」

 ジンは肩を竦めて、それから軽く笑った。

「……花立さん。助かったぜ。アレ、あんただろ?」

 横をすり抜けざま、ジンは小声で言って瓦礫に目を向けた。

 周囲に被害がないのは、彼の装殻が持つ力を使ったからだろう。

「……ありがたいと思ったなら、この後も上手くやれ。俺はこれの処理で動けん」

「おう」

 ジンは、アイリを車に乗せると、その場を後にした。


※※※


 助手席にもたれるように座ったアイリは、運転席のジンにぽつりと言った。

「ジンは」

「ん?」

「マタギが『サイクロン』と繋がってるって、知ってたの?」

「……ああ。俺が黒の一号をあの場に招待したのは、ベアーと取引したからだ」

 ジンは笑みを消して、そう答えた。

「ベアー?」

「マタギの通称だよ。奴は『サイクロン』の幹部で、黒の一号を恨んでいた。あの場は、復讐のお膳立てだ。代わりに、花立さんに渡した情報を貰った」

 車は、静かに日の沈んだ街を進んで行く。

「奴は、最初から死ぬ気だった」

「それが分かってて、何で……!」

 アイリはジンを睨みつけた。

 それが事実なら、殺人幇助に問える。

 しかしジンには通じなかった。

 彼はちらっとアイリに目を向けて、無表情のまま告げる。

「止めてどうなる? 不毛だからやめろと言って、逮捕するか? ……俺には、奴の気持ちがよく分かる。俺があいつに協力しなけりゃ証拠も手に入らなかった」

「誰の復讐? 何の為の!?」

『落ち着け、アイリ。体に障る』

 体を起こそうとしたアイリに、マサトが言った。

 唇を噛み締めて体を戻すアイリに、ジンは言葉の続きを投げる。

「ベアーは、北野シュリの恋人だった。それが復讐の動機だ」

「黒の一号が、本当に殺したかどうかも分からないのに!」

 頑なアイリに、ジンは軽く息を吐いた。

「あのな。黒の一号が北野シュリを殺したのは間違いない事実だ。なんせ本人から聞いたからな」

「……!」

 アイリは目を見開いた。

「嘘だ」

「何故そう言い切れる。大体、人を殺すなんてのは大した事じゃねぇよ」

 ジンは冷たく言い捨てた。

 出会った頃からずっと陽気だったジン。

 それまでとは違う彼の表情と言葉に、アイリは息を呑む。

「度重なる悪の組織や宇宙生物との闘争で日本は疲弊していた。その頃を知らないお前には分かんねぇだろうが、当時のスラムではそこら中で殺人が起きていた。人間なんて切羽詰まればその程度の存在だ。お前ら司法局は、平和にお行儀よく生きてる奴等だけを守ってりゃいい。余計な正義感で、死ぬ事を自分で決めた奴の決意にまで口を出すな」

「……ッ、街に生きる以上、ルールは守って当たり前じゃないか」

「ルールが人の心を守るのか? お前はベアーが生きてりゃ満足かもしれないが、恋人を失ったあいつの心まで救えるのか?」

「死んだらそこで終わりじゃないか! 生きていれば僕みたいに、幸せだと思える事を見つけられたかも知れないのに!」

「……皆が皆、お前や黒の一号みたいに強い訳じゃねぇ。死によって救われる事は、確かにあるんだ」

「そんな事ない!」

「俺の親友は、貧困と暴力の中で気が狂った殺人狂だった。小さな女の子を殺して、逆に黒の一号に殺された」

 無表情に言ったジンの言葉が、アイリの胸に冷たく突き刺さる。

「もしあいつが生きていても、幸せを見つけられたとは俺は思わない。殺されて当然の事をし、もし捕まっていれば確実に死刑だっただろう。……そんな奴でも、生きていれば幸せだと、お前は言えるか?」

「ジン……」

 彼の目は、怒りを押し殺すように底光りしていた。

 未だに荒んだスラムで過ごしているかのようなジンの皮肉に、アイリは底知れない暗さを感じていた。

「ジンは……黒の一号を恨んでるの?」

「どうだろうな。少なくとも黒の一号を法の裁きに委ねようとは思わない。もし殺すなら、俺の手で殺すだろう。だから俺には、マタギの気持ちが理解出来るってだけの話だ」

 信号で止まったジンは、ハンドルを抱くように体を前に倒して、アイリを見る。

「で、お前はどうするんだ。黒の一号を殺人罪で捕まえるか? なら俺もお前自身も捕まえないとな。ウォーヘッドは元々人間だ。Egで変質していたがな」

「それは……でも寄生殻は」

「寄生殻は駆除対象。か? 知ってるよ」

 危険生物扱いの寄生殻は、厚生局の管轄になっている。

 撲滅宣言以前は、司法局や政府軍がその任務に当たっていたのだ。

「寄生殻化した人間は人としては扱われない。そして北野シュリもグレーゾーンだ。寄生殻化の兆候が確認されてるだろ? 人としての原形を残してたから黒の一号は殺人犯として追われてるが、それは相手が黒の一号だからだ。指名手配犯でさえなければ黒の一号が追われるほどの理由じゃなかった。違うか?」

 アイリは答えられない。

『ジンの言う事も間違っていない。法に照らせば、寄生殻化の兆候が確認された時点で捜索が打ち切られていてもおかしくはない』

 沈黙の後に、ジンはぽつりと言った。

「マタギは、全てを納得してた。自分が死ぬことも含めて、本当に全てを呑んでいたんだ」


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