第17節:正体
「ーーー第一制限解除。出力変更、銃撃特化」
『変更』
黒の一号が、状況特化型の一つである、銃撃形態へと移行する。
追加武装である二丁の銃が腰の左右に現れ、頭部に視覚強化兵装が追加展開した。
右の半身が鎧われ、左腕の肘から先のみ外殻が追加される。
黒の一号は、両腰から二丁の銃を抜き放った。
右手に殻弾散弾銃『オルトス』、左手に殻弾機関銃『オルトロス』を手にした彼は、周囲に銃弾をバラまいた。
機関銃を迫り来るベアーへの牽制に使い、散弾銃で、着地した先にいたウォーヘッドの胸郭へ狙いを定めずに一発叩き込む。
ベアーの突進が止まり、ウォーヘッドは吹き飛んで破片を撒き散らしながら倒れた。
そのまま、黒の一号はベアーから距離を取るように立ち回りながら、アヌビスに操られたウォーヘッドを次々と始末していく黒の一号は、さらにタランテールが身をたわめるのと、コウに変体していたカメレオン型の装殻者のムチのような舌型武装の攻撃を受ける直前に跳躍する。
が、いつの間にか背後にいたアヌビスのハイキックが、黒の一号の頭部に向かって放たれた。
右の散弾銃を咄嗟に頭と蹴りの間に挟んで攻撃を凌ぐが、再度カメレオンのムチ攻撃が放たれて足を拘束され、薙ぎ払うように迫ってきたベアーの右の一撃を避けきれずに黒の一号は吹き飛んだ。
「……」
ゆっくりと足を下ろしたアヌビスは、吹き飛んだ黒の一号に対して、右の掌を彼に向けた拳法の構えを取って、カメレオン、そしてベアーと並んだ。
壁に半分めり込んだ黒の一号が、素直に賛辞を送りながらも体を起こしてそのまま転がる。
そこに、タランテールの巨体が突っ込んできて、黒の一号がめり込んでいた壁のひび割れをさらに大きくした。
「強い、な」
残りの敵の数は、微妙だった。
ウォーヘッドも、まだ半分程残っている。
しかし、もう少し減らそうなどと考えていては追い詰められるのは分かり切った状況だった。
「出力解放ーーー」
『実行』
「来るぞ! アヌビス!」
「……」
無言で頷いたアヌビスと、ベアー、カメレオンは射線を乱すように散開する。
しかし、黒の一号は構わず目標へ向けて足を踏み出した。
「―――〈黒の銃撃〉」
『機動補正』
黒の一号の両腕が閃き、凄まじい連弾音が閉ざされた空間の中を震わせた。
右手の殻弾散弾銃の低音と、左手の殻弾機関銃の高音が、まるでドラムが刻むダンスビートの如く、滑らかに響き渡る。
瞬く発射光、無数に宙を切る銃弾。
吹き上がるウォーヘッド達の血飛沫の中を、黒の一号はタランテールに向かって駆け抜けた。
銃撃形態の切り札の一つである『ヒートポイント』と呼ばれる極小の拡散焼夷弾を機関銃から十数発放って、タランテールの大きく開いた口の中に叩き込み。
振り返りざまに、黒の一号はアヌビスに狙いを定めた。
「ーーー喰らえ」
自身が弾丸であるかのように跳ねる黒の一号に対して、アヌビスが両腕を交差させて防御姿勢を取る。
しかし、二人の間に割り込む者が居た。
ベアーだ。
「……!」
アヌビスが驚いたように顔を上げる前で。
「ぬ、ぅううう!!」
黒の一号の両肩を掴んで、無理やりその突撃を押さえ込むベアー。
彼に、散弾銃の銃口が触れると同時に。
『接射』
条件射撃によって、補助頭脳が銃のトリガーを絞る。
もう一つの切り札である『ベイルドチップ』が、 ベアーの胸元に命中した。
「グッ、ゴァッ!」
体内に潜り込んで暴れまわるよう設計された凶悪な弾丸を受けて、ベアーが装殻の口元から血を滴らせる。
「ベアー……ッ!」
アヌビスが言葉を漏らしながらも黒の一号に襲い掛かるが、彼が背後に跳んで躱すとそれ以上の追撃はなかった。
次いで、体内で焼夷弾が炸裂したタランテールも、全身から炎を吹き出しながら苦鳴を上げてのたうち回る。
黒の一号が握る双頭の銃は、限界を超えた熱量を放出する為に、バシュン、と音を立てて冷却剤を気化させて白い煙を吹き出した。
しばらくは使えない。
アヌビスは、その間にベアーを連れて後退した。
代わりに前に出て来たのは、カメレオンの装殻者。
これまでアヌビス以上の沈黙を保っていた彼が、初めて口を開いた。
「この瞬間を待っていた」
言いながら、カメレオンの装殻者は解装する。
現れたのは見覚えのない無機質な目をした男だったが、黒の一号はその声に聞き覚えがあった。
「……お前が、『サイクロン』のトップか」
「いかにも。ミスター・サイクロンを名乗っている」
ミスター・サイクロンは、薄く冷たい笑みを浮かべて告げた。
「しかし、君にはこの名前の方が馴染み深いかな? ……纏身」
ミスター・サイクロンは左胸を右の拳で叩いて、先程とは別の装殻を身に纏った。
「何だと……!」
その姿を見て、黒の一号は驚きの声を上げる。
ミスター・サイクロンの装殻姿はーーー黒の一号自身に酷似していた。
「改めて名乗ろう。私はアンティノラ……後期人体改造型装殻No.7、だ」
それは、かつて『飛来鉱石研究所』が作り出した存在の名前。
黒の一号が壊滅させ、同時に壊滅時に屠った筈の自身の量産型である人体改造型装殻者に与えられた、装殻名だった。
「まだ、生き残りがいたのか」
アンティノラシリーズは、かつて全て破壊したと黒の一号は思っていた。
「ロールアウトされたナンバーズの内、No.6までは貴様の始末に当てられた。だが、私は人体改造型装殻者の改良研究に従事していた。最も、表向きは廃棄された事になっていたがな」
黒の一号がラボ本部を襲撃した時点で、彼は最新鋭だった筈だ。
「何故、あの時に戦わなかった?」
「ラボなど所詮は狂人の集まりだ。あの博士がトップで、ラボが一枚岩である筈も無いだろう? 確かにあの時に貴様と戦えば互角の戦闘が出来ただろうが、貴様に壊されかけた組織に義理立てする必要も感じなかったのでな」
悠然と吐き捨てたセブンは、追加武装である漆黒の大鎌を展開した。
「……人体改造型装殻者は、別の装殻を纏う事は出来ない筈だ。どうやってカメレオン型を?」
仮に人体改造型でなくとも、装殻を二種類同時に纏う事は出来ない。
装殻同士がお互いを異物として反発し合うからだ。
「Egから派生した薬物の効能だよ。我々はDgと呼んでいるが、この薬物には装殻者の適合率を下げる効果がある」
鎌形の武装を、ゆったりとした仕草で黒の一号に対して構える。
まるで隙がなかった。
「人体改造型が別の装殻を纏えない理由は、内蔵装殻が常時微弱な稼働状態にあるからだ。だが、人体改造型がDgを摂取して装殻への適合率を下げると、内蔵装殻が休眠状態に入る、……話は楽しいが、この位で終わろう」
セブンは、姿勢を変えないまま話を打ち切った。
「黒の一号。時間稼ぎをしたい理由は、エネルギーを消費した今の貴様では俺とアヌビスを相手取るのは厳しいからだろう? それに付き合ってやる程、俺は甘くはない」
「……」
図星を指され、黒の一号は沈黙を返す。
セブンの言う通り、第一制限解放状態では、一度|出力解放を使用すると、コアの出力が低下する。
双頭銃も既に通常モードの使用は可能な状態に復帰しているが、先程までの威力は望めない。
今、黒の一号に打てる手は少なかった。
「ベアー、貴様は撤退しろ。その怪我では満足に戦えまい」
セブンは胸元を抑えて体を折っている仲間に、黒の一号から目を離さないまま、そう命じた。
ベアーは驚異的な事に、『ベイルドチップ』の直撃を受けて生きていただけでなく、未だに意識を保っている。
「だが……!」
自分を支えるアヌビスに目をやるベアーに、アヌビスは言葉少なに答える。
「行って。ベアー」
「……分かった。死ぬなよ、アヌビス」
ベアーは、黒の一号に目を向けながら後退し、正面の入口から姿を消した。