第13節:疑惑
「シュリ姉ぇの墓参り?」
「うん。明後日の休みに一緒に行かない?」
学校帰りにコウを訊ねて来たアヤは、来客用の椅子に腰掛けてそう誘ってきた。
コウは預かっている装殻の調整をしながら頷く。
「別に構わないよ」
「じゃ、朝、ここに来るね!」
「お墓は実家の方が近いだろ?」
笑顔で立ち上がるアヤに、コウは仕事の手を止めて首を傾げたが。
「ちょっと用事があるから、それ済ませてから迎えに来るよ」
「ふーん。別にどっちでも構わないけど。それとさ」
「なぁ」
「何?」
「アヤのところに、あれから司法局の人は訪ねて来たか?」
「……何で?」
司法局と聞いて少し強ばった顔をするところを見ると、アヤはあまり司法局に良い印象を抱いていないようだ。
「いや、俺のところには別の人が来たからさ。そっちはどうなのかなと思っただけ」
「来た、っていう話は、お母さん達からも聞いてないよ」
「そっか」
「じゃあ、またね!」
手を振って家へ帰ろうとするアヤを見送って仕事に戻ると、再び来客があった。
その顔を見て、コウは首を傾げる。
「ジンさん」
「よ!」
いつも通りに快活な笑顔を浮かべて挨拶したジンは、先程までアヤが腰掛けていた椅子に腰を下ろして足を組んだ。
「また、調整ですか? 何か不具合でも?」
「いんや。あれから調子はかなり良い。今日は暇つぶしって感じかな。夜、デートなんだよ」
「デートですか。ジンさん、モテそうですもんね」
仕事か家族でもない限り、周囲に女っ気の欠片もないコウとは対称的だ。
「モテねーよ! 仕事だよ!」
「仕事……? デートがですか?」
「冗談を真に受けんなよ。俺の仕事って、基本、取材なんだよ。色んな人に話を聞きにいく雑用係みてーなもんでな」
いつもの軽薄な態度のジンに、コウは何気なく目を向けて、背筋にゾクッとした震えを感じた。
ジンは、顔も雰囲気も変わっていないのに、まるで獲物を射る猛獣のような光を宿した目つきでコウを見ていたのだ。
「ジ、ジンさん……?」
「今日、ここに来たのもその雑用のついでだから暇潰しなのは間違いないんだが、ちょっとは関係があるかも知れねぇ」
ジンは、足を組んで背もたれにもたれたまま、笑みの種類を底の見えないものに変えて、言った。
「コウ。……お前も、黒の一号を探してるんだろ?」
※※※
緑地公園についたアイリは、現場となった監視カメラの壊れた場所まで来ると、背筋の丸い大男を見つけて声を掛けた。
「マタギさん?」
ゆっくりと振り向いたマタギは、咥えていたタバコから煙を吐いて、吸い殻を踏みつけた。
「今時、司法局員がそんな事してていいの?」
「Egに関わるなと言ったはずだ。上からも言われたんじゃないのか」
吸い殻を放置したままアイリを睨むマタギに、アイリは溜息を吐く。
「黒の一号を追うのは、室長の指示。僕も仕事なの。黒の一号はEgを追ってるんだから多少のニアミスは仕方ないでしょ。あなたこそ、何でここにいるのさ?」
マタギはまた悪態を吐き捨てるかと思ったが、不機嫌そうな表情のまま現場らしき場所に目を向けて、ボソッと呟いた。
「……悪い事をしちまったからだよ」
司法局の時ほど刺々しくない様子に、アイリは少し拍子抜けした。
「誰に?」
「お前には関係ねぇ」
そのまま立ち去ろうとするマタギに、アイリは閃いて声を掛けた。
「―――北野コウ?」
その名前に立ち止まったマタギが、アイリを睨み付けた。
「何でそう思う」
「カンかな。ここでの妙な目撃情報を、Egを追って『サイクロン』の捜査をしているあなたが気にしていたなら、黒の一号が関わってるんじゃないかなと思った。そして彼が関わっていそうな所には、何故かコウの名前も一緒に出てくるから。ここの件についても同じかな、って」
マタギが、アイリの言葉を受けて口を歪め、笑みを浮かべる。
「バカじゃなかったらしいな。挑発に負けずに色々気付く」
―――『サイクロン』の名前を教えてくれた件は、マサトが居なきゃ気付かなかったんだけどね。
挑発にまんまと乗っていたアイリは、少しバツが悪かった。
「あなたは、コウと繋がりが?」
「知ってるだけだ。直接会った事はねぇ」
「何で知ってるの? それに悪いことをした、って事は、ここの事件とあなたにも、何か関わりがあるの?」
「お前に話すような事じゃない。俺はお前とこれ以上話す気はない」
「僕にはある。北野コウが黒の一号と関わっていた理由や、北野シュリが殺された理由が知りたいんだ。知ってるなら教えてよ」
「俺には関係ねぇ」
マタギは意固地だった。
アイリは、彼に対して爆弾を放り込んでみる。
「僕の知ってる黒の一号は、何の罪もない人を殺したりなんかしない。……僕は、それを知ってる」
『おい、アイリ!』
マサトが焦った声を上げるが、アイリは、マタギはこの事を知っても上には報告しないだろう、と思っていた。
「奴を知っているような口振りだな」
「僕は、黒の一号に助けられたんだ。彼がシュリさんを殺したのは冤罪だと思ってる」
「問題発言だな。司法局員が、日本最悪のテロリストを庇うのか」
「人体改造型が違法になったのは、彼が改造型になった後の事だ。もし本当に黒の一号が北野シュリを殺したなら、僕は絶対に何か理由があるって思ってる。……僕は、僕を助けてくれた黒の一号を信じたいんだ」
マタギの目が、さらに暗く染まった。
彼は押し殺した声でアイリに問い掛ける。
「奴がもし、本当に人を殺していたらどうする? 理由に納得したら見逃すのか。それでも司法局員か、お前は?」
「……その時になってみないと分からない。だって今の僕は、彼の事情を何も知らないから」
本来なら、ここは逮捕する、と言うべきなのだろう。
だがアイリは、何故かマタギに対して嘘をつく気にはなれなかった。
「黒の一号のお陰で、僕は司法局員になれた。でももし、それが冤罪なら黒の一号を助けたい。それが僕の偽りない気持ちだ」
胸に手を当てて言うアイリに、マタギは、何故か眩しそうに目を細めた。
「……そうか」
しかしマタギは、結局何も言わないままその場を去った。