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【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
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第12節:蠕動


「奴を始末する」

 ミスター・サイクロンは、この間ハジメと話した場所とは別の、西区画に位置するビルの執務室で告げた。

 場に居るのは、ドラクル以外のハジメと対面したメンバーだ。

 彼の言葉に対して、髭面にボザボサの長い髪をしたベアーは口を曲げた。

「……手を引くべきじゃないのか?」

「何故だ?」

「ドラクルがやられたんだろう? 奴は馬鹿だが雑魚じゃない。あの男は敵で、かつドラクルが負けるほどの手強い相手だ。手を出して俺達にどんなメリットがある?」

「では、あの男を放置するのか? みすみすやられるだけだ」

「やられないように隠れればいいだけの話だ。逆に訊くが、どうやって始末する気だ? 真正面からやり合うのか?」

 ミスター・サイクロンの無機質な目とベアーの退廃的な目がしばし睨み合うが、ミスター・サイクロンはゆっくりと首を横に振った。

「いいや、ベアー。私には、そんなつもりは全くない。別の手を使うさ。私はドラクルが殺された事を、軽く捉えてはいないよ」

「別の手だと? 奴はこの街の人間じゃない上に、お得意の脅しが効く相手でもないだろう」

「ベアー。少し落ち着いて下さい」

 仲裁に入ったのはシープだった。

 アヌビスは相変わらず無言で控えていて、口を開く様子はない。

 ベアーが口を閉ざすと、次に口を開いたのは白仮面のラムダだった。

「私としてはどっちでも良いけど。やり合って無事で済むの?」

 ミスター・サイクロンは、彼女に対して無表情のまま首を横に振った。

「正面からやり合えば、奴が黒の一号なら我々は確実に負ける。今。奴は司法局に自分の存在を悟られない為に力を抑えているが、命の危機となれば躊躇はしないだろう」

 ミスター・サイクロンは淡々と言う。

「ならば力を使わせてやればいい。奴の性格は分かっている……他人の為に動く、理解しがたい馬鹿だ」

「まるで、黒の一号と知り合いのような口調だな」

「お互いに顔は知らないが、関わりがない訳ではない」

 ミスター・サイクロンは、ベアーの問いに面白くもなさそうに言う。

 ラムダが小首を傾げた。

「力を使わせて、それでどうするの?」

 彼の実力が噂通りのものならば、たかが一都市の片隅で犯罪の片棒を担いでいる程度の自分達が、勝てるはずがない。

 そういう意図を暗に含ませるラムダに、ミスター・サイクロンは目を向けた。

「我々で追い込めないのであれば、別の人間に追い込ませるだけだ」

 ミスター・サイクロンは、メンバーにとっては珍しい皮肉げな口調で微かに笑みを見せる。

「大体、奴の狙いがクスリの根絶にある以上、仮に今、フラスコル・シティを出た所で我々を追ってくるだろう。その度に逃げるのは非効率だ」

「逃げる?」

 ベアーが訝し気な顔をした。

「結局逃げるつもりなら、黒の一号と対峙する必要なんかないだろう」

「私は利益のない事に命を張るつもりはない。だが危険の種を残す気も、同様にない」

 ミスター・サイクロンは執務椅子から立ち上がった。

「街は出る。しかしそれは、奴を始末してからだ」

「その始末する方法を、さっきから訊いてるんだがな」

「司法局を利用する。これで最後だと言えば『奴』は喜んで従うだろう」

 ミスター・サイクロンは、組織の幹部にあたる者たちの顔をゆっくりと見回した。

「奴は諦めるという事を知らない。後手に回れば、貴様らもいずれその手に掛かることになる。私もな」

 今がチャンスだ、とMr.サイクロンは言った。

「司法局の動きを気にして全力を出せず、奴が単独で動いている今しか、勝機はない。裏から手を回して司法局が奴を追うように仕向ける。動けなくなっている間に、全ての痕跡を消して行方をくらます。それで終わりだ」

「それで済むなら、やっぱり手を出す必要はないように思えるがな……」

「必要はあります。―――時間ですよ」

 シープが柔らかな声音で言った。

「Egでの稼ぎはもう望めなくとも、あのクスリ自体には利用価値がある。実験データを持ち出した痕跡すら悟られないように、完璧に行方をくらませるなら相応の時間がこちらにも要ります。それを稼ぐんです」

「時間を稼ぎに行った結果、その場で逆に奴に一網打尽にされるかも知れんぞ」

「貴様らだけに任せるつもりはない。私も出る」

 その言葉に、ベアーは驚いた。

「本当の総力をもって奴を嵌める。その為の策も既に用意した」

「どんな策?」

 面白そうに問うラムダに、ミスター・サイクロンはあっさりと答えた。

「人質だ」

 その言葉に、ベアーが眉をしかめる。

「それは……」

「脅しが通じないとベアーは考えているようですが、そうは思いません。有効な手段でしょう。黒の一号は、甘い」

 ベアーがさらに何かを言おうとしたのを、シープが遮った。

「ましてそれが知り合いであれば、彼は絶対に手を出せない」

「知り合いだと?」

「ええ」

 シープは穏やかに笑った。

「黒の一号はこの街の人間ではありませんが、関わりのある人物はいるんです。その人物を、利用します」


※※※


「あの」

 アイリは、司法局を出たところで声を掛けられて振り向いた。

 長い黒髪を腰まで下ろした、薄いワンピースにカーディガン姿の女性で、風邪でも引いているのかマスクをつけている。

 覗いている涼やかな目もとは大人びた色を宿していて、アイリと同じくらいの背丈の彼女は自分より年上ではないかな、とアイリは見当をつけた。

「何ですか?」

「司法局の方ですよね?」

「そうだけど」

「これを」

 掌に納まるくらいの何かを渡されて、アイリは思わず受け取った。

 受け取った瞬間に女性が駆け出す。

「え? ちょっと!」

 声を掛けるが女性は止まらず、折り悪く室長からの通信が入った。

「ああ、もう!」

 通信に出ると、室長は少し不思議そうに言った。

『どうした?』

「タイミング悪いよ、室長」

『急ぎだ。副司法局長から、薬対課の捜査に横槍を入れるなという通達があった』

「はぁ?」

『Egの問題はデリケートらしい。即座に関わりを禁じられた。黒の一号を追う上で支障が出る可能性がある』

 室長は淡々と言うが。

「いや、どうするのさ!?」

 黒の一号はEgを追っていて、アイリに与えられた指示はまさにそのEgを追うことだ。

 仮に黒の一号の足取り捜査に戻っても、これからも行く先々でEgの話題が出るに決まっている。

 アイリの焦りに、室長は事も無げに言った。

『表が駄目なら裏を使う。ジンとの接触の段取りをつけていたのは好都合だったな』

「ジン? 情報屋だっけ?」

『そうだ。表向き指示は破棄された状況だと思って行動しろ。お前が追うのはあくまでもEgではなく黒の一号……そういう体で動きながら、情報屋を利用しろ。Egの件はあくまでも知らないフリをしたままな」

「その情報屋、どんな情報を持ってるのさ?」

『行けば分かる。段取りはつけておいたから早急に接触しろ』

「室長!?」

 通信は一方的に切られ、直後に情報屋と会う場所の情報が送られてきた。

 アイリは頭を掻いた。

「もうっ! 皆好き勝手な事ばっかり!」

 アイリの嘆きに、反応したのはマサトだった。

『俺がお前に言いたいよ、それ』

「マサトはどっちの味方なのさ!?」

『俺は常にお前の味方だ。そして横槍が入ったものは仕方がないが、俺はお前の手の中のものが気になる』

「あぁ……」

 先ほどの女性から手渡されたもの。

 それは記録媒体と数錠のカプセルだった。

「おやっさんに回して、解析して貰う?」

『ああ。どんどん状況がきな臭くなって来た。でも、そろそろ事態が動きそうな気がする』

「そう? 僕はよく分からない事ばっかり増えてる気がするんだけど」

『予想外の動きが積み上がっていくのは、関係者が動き続けている事の証左だ。状況が変われば変わるほど、必ずどこかで誰かがボロを出す。俺たちはそのボロが出る瞬間を見落とさないようにしていればいい』

「うーん……そうかなぁ……」

『何か引っ掛かるのか?』

「よく分かんない。情報屋と会うのは夜みたいだけど、それまでどうしようか?」

 アイリはカプセルを1錠残してポケットに突っ込み、マサトに問い掛ける。

『残り時間で出来そうなのは……おやっさんの言ってた、妙な目撃情報の現場に行ってみるくらいか』

 アイリは司法局に引き返しておやっさんに渡されたものを預けると、マサトの言う通りに目撃情報の現場……緑地公園へ向かった。

 



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