表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【黒の装殻】シェルベイル  作者: メアリー=ドゥ
12/45

第11節:衝突


 アイリは、第三室長室を出た足で薬物対策課に赴いた。

 顔見知りの捜査員に声を掛ける。

「Egの担当? ああ、あそこの席の男だよ」

示されたのは部屋の隅にあるデスクで、そこには不機嫌そうな顔をした大男が座っていた。

 剣呑な目をした男で、その目の下には濃いクマがあり、世の中全てを敵に回しているような威圧感がある。

「マタギってーんだけど、最近えらく機嫌が悪い。話しかけるのはお勧めしないぜ」

「そういう訳にもいかないでしょ。捜査なんだから」

 アイリは顔見知りに礼を行って、マタギに近づいた。

「捜査課の正戸アイリです。Eg担当のマタギさんですよね?」

「何の用だ?」

 目すら向けないまま、愛想のかけらもない態度で言う彼から、酒臭さを感じた。

 アイリは唖然として思わず問いかける。

「お酒呑んでるの?」

「悪いかよ。用がねえなら帰れ」

 取りつく島も無いマタギに、悪いに決まってる、仕事中だろ、という内心のむかつきを押し殺しながら、アイリは単刀直入に用件を伝える。

「用がなかったらわざわざ来る訳ないでしょ。Egの話を聞いたら帰るよ」

「Egの担当は俺だ。何でお前に捜査内容を話さなくちゃなんねぇんだ」

 煩わしそうに席を立つマタギに、アイリは反論した。

「黒の一号が、Egに関わってるっていう話があるんだ。こっちも仕事なんだから仕方ないでしょ。卸元の情報があるなら教えて欲しいんだけど!」

『情報を聞きに来て喧嘩売るなよ』

 どこかうんざりしたようなマサトの言葉は無視して、アイリはマタギの顔を睨みつけていた。

 マタギは、微かに嘲るような笑みを浮かべてアイリを遥か頭上から見下ろす。

「その程度の事も自分で調べる気がねぇのかよ。捜査課も大した事ねぇな」

「時間があるか、あなたの不快さを知ってたら、わざわざ聞きに来なかったよ。わざと腹立つ言い方してないで、さっさと教えればお互いに不愉快な思いをしなくて済むと思わないの?」

 アイリが真っ向から闘志を剥き出しにすると、マタギは笑みを引っ込めて片目を大きく開けた。

「Egは俺の案件だからな。調べた情報は俺のもんだ。お前が黒の一号について有益な情報を知ってりゃ交換してやっても良いが、どうせ知らねぇだろ?」

 どこかへ行こうとするマタギの腕を掴んで、アイリは牙を剥くように質問をぶつける。

「逆に訊くけど、黒の一号の事を知ってどうするのさ?」

「それも、お前には関係がない話だ」

「案件の重大さが分かってるの!? Egに関する事を知ってるなら、それがどんな危険なものかも、当然知ってるよね!?」

 押し殺してはいるものの、強い声音で言うアイリを傲然と見返し、マタギは腕を振り払った。

「当然だろうが、クソガキ」

 ようやくアイリに体の正面を向けたマタギは、アイリに指を突きつけて唸るように告げた。

「お前が何をしようと勝手だが、俺の邪魔すんなら覚悟しとけよ。『サイクロン』も黒の一号も、俺の獲物だ」

「大人しく教える気がないなら、室長に上位権限を執行してもらう」

「やってみろよ。保護者に泣きつくしか能がねぇクソガキに出来る事なんかその程度だ。Egの捜査情報は、部長以上の上位権限がねぇと閲覧出来ねぇしな」

「はぁ?」

 薬対課の捜査は長期的になる傾向がある為、秘匿度が高いのはアイリも知っていた。

 しかし部長クラスの権限が必要になる情報は、第二種秘匿情報に該当する。

 国家クラスのVIPが移動する経路レベルの情報封鎖だ。

 結局、マタギは何も教えずに出て行き、マタギの事を教えてくれた課員が頭を掻きながらアイリに近づいて来た。

「だから言ったろ? お勧めしないって」

 顔を真っ赤にしたアイリを慰めるように、ぽん、と課員は肩を叩いた。

「幾ら機嫌が悪いって言ったって、あの態度はないでしょ!?」

「いや、気持ちは分かるよ。俺に当たんなよ。……あいつ優秀なんだけど、黒の一号がフラスコル・シティに居るって分かってから、ずっとあんな感じなんだよ」

「黒の一号と、マタギの間に何かあったって事?」

 課員は少し躊躇ったが、結局言った。

「どうも、黒の一号に恨みがある、みたいな事をぼそっと言ってた。何があったまでは知らないけど」

『Egを追う捜査員まで、黒の一号と……?』

 マサトが疑問を覚えたように頭の中で呟いたが、アイリは返事が出来ない。

 代わりに、課員に質問をぶつけた。

「Egの件が、第二種秘匿情報だってマタギは言ってた。本当?」

「らしいな。司法部長以上の権限と、マタギ自身の許可がないと閲覧出来ないようになってる」

「薬対課では普通の事?」

「まさか。ほとんど異例だね。課長クラスの情報封鎖ならまだありえるけど、それだって二重に許可が必要な状態にはしない。どちらかの許可があれば閲覧出来るようにしとかないと、捜査員に何かあった時に手間が凄いだろ」

「だよね。Egに関しては、マタギが完全に一人でやってたの?」

「ああ。まだそこまで広まってるもんじゃないし、扱ってるのも一ヶ所だけって話だったしな。ただ、厄介な事に尻尾を掴ませない連中らしくてマタギは苦労してた」

「そうなんだ。他に、僕以外に誰かEgの事を聞きに来たりは?」

「してないと思うよ。そもそもマタギが今日居た事が珍しい。いつもは来たらすぐに出て行くんだ。Egの事は何故か、課長もほとんどタッチしてないっぽいし、あいつがどこに行ってるのかも皆知らないんじゃないかな」

 アイリは、聞いた話を頭の中で反芻しながら、唇に指を当てた。

「……そっか。分かった、ありがとう」

「ああ。もう良いか」

「うん。また今度食事にでも行こうよ」

「お前のオゴリな」

「それはキツいから、ワリカンで!」

 マサトは軽口を叩き合いながら薬対課を後にして、ぽつりと呟く。

「結局、何の情報も貰えなかったね。Egの捜査をしてるマタギが、何故か黒の一号と確執がありそうな事くらいかな」

 そんなアイリの呟きに、マサトが溜息の聞こえそうな調子で言った。

『もう一つ、マタギから重要な情報を貰っただろ』

「え?」

『奴は、自分が追っかけてる組織の名前を口にしていた。聞き逃すなよ』

「あ……」

 言われて、アイリは思わず息を漏らした。


 ーーー『『サイクロン』も黒の一号も、俺の獲物だ』。


 マタギは、確かにそう言っていた。

「どういう事?」

『マタギ自身も、情報を漏らせない立場なんだろ。だからヒントをくれたんだ』

 アイリは、マタギに会った事を不愉快なだけで無駄だと思っていた。

 それが、自分は情報を漏らせないから、という真意の裏返しだったとしたら。

「会いに来たのは、無駄じゃなかった……」

『それにもう一つの情報も重要だろ。マタギは、黒の一号も獲物だと言った。黒の一号とEgの繋がりが、コウとマタギ、別々のところから出て来た。これで確定だ。間違いなく黒の一号とEgの間には繋がりがあって、Egを追えば黒の一号はそこに居る』

 マサトの言葉に、アイリは頷いた。


 マタギはきちんと、アイリの捜査に役に立つヒントをくれたのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ