06 陰影 06
大きな夕陽を背に、エスクランザ王都の空を黒い飛影は行き交う。朱に染まる天王宮の上空に現れる飛影を、青の港の出来事が伝わった住民達は恐れと共に見上げていた。
〈それ、副隊長の娘さんですか?〉
空の上、仕上がったばかりの首飾りを朱色の陽に透かせて見ていたテイファルに、後ろから隊員の一人が話しかける。ガーランド国の軍籍に入ってから、西の海上国境線を守備していた二十五歳になるクレイスは、テイファルの部下としても長い。気心の知れた声かけに、上官はニヤリと笑った。
〈三歳になったぜ。出撃前に仕上がってさ、天教院で石に転写して貰ったんだ〉
透明の石、光に翳すと透けて見える幼い少女が、満面の笑みで写っている。
〈こんな仕事してるとな、ここに帰るんだって、励みになるぜ。お前も早く、嫁さん貰え〉
黒い隊服の胸内に大切に隠された首飾り。それを軽く叩いた副隊長に、クレイスは困った顔で話を逸らす。
〈あと一刻もしたら交代ですか?隊長付の奴ら、羨ましいですね。きっと宮殿で飲み放題食べ放題でしょ?〉
〈・・・まあ、そうだが、飲めないだろ。酒に弱い奴も混ざってるしな〉
〈そうなんですか?エスフォロスは強いから、まさか、センディオラさんですか?意外〉
〈まあ。体質だろ〉
上空から夕陽に染まる街並みを見下ろしたクレイスは、子供達のはしゃぐ声が一切無い事に去年の来訪を思い出した。
〈夏成祭で来た日は、すごい皆、飛竜に喜んでたのになぁー〉
それにテイファルは頷いて〈しょうがない〉とだけ返した。
〈にしても、中央議会のお偉いさん。北方とファルドの挟み撃ち懸念て事ですけど、そんなに北方、重要なんですか?〉
感傷とは無縁、思い出した任務の内容にエスクランザ国民と彼等を守る騎士達の動きが見えない事が気になった。エスクランザ国は古くから弓兵の特殊部隊が存在し、天弓騎士と称される彼等の腕前は伊達では無い。油断があったとはいえエスフォロスも襲われた。それに対応すべく準備をして来たが、彼等の姿は一切見当たらなかった。
〈天に仕える神官とは名ばかりの弓使い。奴らの実力を試してやる機会かと思ったんですが。居ないですね〉
引く弓を持たない証し、それをガーランド国への絶対的服従と取るか、腰抜けと捉えるか。後者と捉えたクレイスは、国を護る兵士の見えないエスクランザ国に、ガーランド国が気に掛けるほどのものがあるのかを問う。
〈弓兵も厄介だが、北方が荒れれば、ガーランド国内の天教院に影響するのさ。信仰って奴は、反意になると団結力が厄介だからな。簡単に民意を操作できるだろ?天教院が根付いているガーランドで、北方を大義無く攻める事は出来ない〉
〈今回は、巫女がその大義ですか、〉
神妙な表情のクレイスに、テイファルは微妙な笑顔を向けた。入国の港ではテイファル達は上空待機だったのだが、少女の奇妙な行動は一部始終見えていたのだ。テイファルはそれに隊長オゥストロの婚約話を重ねてしまい、更に少女への対応を考えあぐねていた。
〈まあ、火をつけずに、消せたのは重畳だろ?さすが隊長だ。更に次期国王を大使としてガーランドへ招待するって、お土産付きでな〉
無理やりオゥストロへの尊敬で、巫女の少女の存在を脳裏から消したが、クレイスはまだ神妙な表情をしている。
〈あの巫女の子が、北方神話の巫女として、奴らも自国の巫女だと主張してますよね?北と東がそれを返せと大義とするのでは?〉
部下の純粋な質問に朱に染まる空が暗い陰影を刻む中、ティファルは鋭い八重歯を剥き出しに笑った。
〈どの国も、同じ巫女を掲げて争うのか?面白えな。なら、そん中でより力のある者が勝者として、正義と成ればいいんだろ?それはもちろんガーランドだ。あの巫女様は必ず、黒竜と、我ら竜騎士に加護をくれるさ〉
******
(年増色白アジア風、メアーさんと婚約者(仮)様の仲を取り持ってる。・・・この人、実は痴漢男よりも権力者?)
メイの中ではこの国の一番偉い人物は、アリアだと思っていた。それは周囲の反応を見ていて思ったのだ。
(年増色白は初日に会ってから殆ど姿を見なかったけど、初めて二人で歩いた参道で、遠巻きにこちらを見ていた町人の畏まり方が、痴漢に対する態度の方が重々しいと思ったのに?)
リーンへは覗き見て笑顔を向けていた人々は、アリアが歩き出すと通り過ぎるまで畏れるように顔を上げなかった。
(でもこの場のひな壇を仕切っているエムシーは、年増色白アジア風。だけど、)
メイでも分かる強面の軍人であるメアーとオゥストロの二人に対し、リーンはへらへらと笑って彼等の会話の中枢にいる。少し距離はあるがメアーとオゥストロは向かい合い、リーンの振ってくる当たり障りの無い世間話に相づちを打っているが、常にピリピリと緊張感が漂っていた。
(この、緊張感。まさか、発信源はさっきの、謎の誰と誰が何を誓い合ったナンとか、じゃ、ないよね。この室内の空気感、ヒリヒリどころか、ビリビリである)
天蓋付きの仕切られた空間。刺繍入りの肘掛けに豪華な食事は果物と揚げ魚が盛りつけられている。薄い幕布越しに見つめる人々は、宴席に口角は上がっているが常に緊張を孕んで様子を窺っている。
(ビリビリ。メアーさんというサプライズからの、まさかのパラライズ。巨人様、巨人様、私は詐欺を嗾けても企んでもいません。これは丸い玉、あの青い奴が一人で行った所業です)
見上げたメイは給仕が運んできた酒の容器を手に取ると、オゥストロの杯へ注ごうと立ち上がった。
(ごまをする。必殺、我が祖国の伝統お家芸、オ・シャク)
[どうされましたか、巫女様?、あ!、]
〈・・・!〉
流れるように手にした酒の瓶。何をするのかと見守った周囲を余所に、オゥストロの手にした杯に注ぎ口を突き付けた。港から引き続き、またもや少女の奇異な行動に周囲の動きは固まる。
〈・・・・〉
「お、おい、」
『どうぞ、まずは一杯』
〈・・・・・・・・〉
媚びた様にオゥストロを見上げ酒を注ごうとするメイ。固まる男達。青ざめるエスフォロス。アピーだけは、興味なく目の前の料理を黙々と食べている。
『もう少し、もう少し、量を減らして下さい』
高貴な者達は、給仕の真似事の様に公の場では酌などしない。ましてやメイはこの国で、最上位の天上人と呼ばれる存在なのだ。
(ん?、なんか静かじゃない?エンモタケナワ?)
動かないオゥストロを再度見上げると、美丈夫は軽く頷いて少女の手から酒の容器を自ら外す。それをすかさず横に控えた給仕が受け取ると、何事も無かった様に場は収まった。メイの行動をその場の誰しもが黙殺し、男たちは社交的に酒の銘柄を話し始めた。
(オ・シャク・ミッション失敗したの?)
手が空になり消沈し、憮然と口を引き結んでいた巫女と呼ばれる少女は、何かを思い出して帯に手を掛ける。羞恥心の欠如した少女の行動を知っているオゥストロの肩が少し動いたが、それに気付いた者は同じ様に動揺したエスフォロスだけだ。だがメイは二人の心配を余所に帯から黒い紙を数枚取り出すと、それを丁寧に畳み始めた。
〈〈・・・・〉〉
[おや?、何を折っているのですか?]
気が気でないとは正にこの事だ。少女の一挙一動に、ガーランドの騎士達は極力表情には出さずにそれを見守っている。メイの行動を温かく見つめていたのはリーンだが、その隣でメアーは少女を医者の目で観察していた。
(折り、折り、折り。出来た!)
大人しく紙で遊ぶ少女を残し歓談を開始していた男たちは、オゥストロの前に差し出された黒い鳥を見た。
「飛竜ドーライア」
にこりと笑いそれをオゥストロの手に乗せると、隣に座るセンディオラとエスフォロスの手にも同じ鳥を乗せていく。最後にアピーへ手渡すと、二人の少女は頬を染めて笑い合った。
〈・・・・〉
〈あ、これ、微妙に色が違いますよ〉
気付いたエスフォロスがオゥストロと自分の持つ紙の飛竜を比べると、センディオラとエスフォロス、アピーのだけは微妙に色が薄い。
『さすがは弟。よく気が付いた。飴の包み紙、中身は微妙に灰色なのだ』、
「それはフエルとパルーラです」
センディオラの飛竜の名前はパウーラだが、少女の笑顔にそれは訂正せずにおく。
[飛竜を模したのですか?さすがは巫女様ですね!]
敵国の指揮官が同席する危険な会場。何も考えず両国が仲良くなれば良いと仕組んだ第一皇子は、奇妙な行動を取る巫女と笑い合う。奇跡的に緊張感が薄まった彼等の間を、引き裂く声は背後から降ってきた。
[まだそんな物、作って遊んでいるの?暇だね、君]
メイが怪訝に見上げると、口の端を上げたアリアが見下ろしている。後ろには神官達と巫女達が頭を垂れて立ち並ぶが、その中で土の巫女が厳かに進み出た。
[アリア様、このスラに巫女様への不敬の謝罪の場をお与え下さい]
スラの申し出を黙殺したアリアは、メイの傍へやって来ると身を屈めて耳元で囁いた。
「今夜の逢瀬も、楽しみにしているよ」
『・・・・』
態と東の言葉を態と使用した。この場に居る多くの者が理解できるように。だが言われたメイは、片方の眉を上げて何故か同じ表情のメアーを見つめた。
「どうした?」
不機嫌な問いかけに、巫女の少女は去り行くアリアとそれに続いて動き出した一行を見つめると、もう一度メアーを見る。
「エイラ、分かりません」
「・・・・、」
静まり返った宴席に、閨事を誘われたのだと少女の澄んだ声は通ってしまう。意地悪く笑うアリアに、メイのはしたない言葉に目を瞑ったエスフォロス。ゆらゆらと傾ぎ動揺を隠せない神官と巫女達。その中、土の巫女だけは悲しげにアリアを見つめていた。
***
ーーー天上の巫女殿、寝殿。
酒宴が終わりその足で天上の巫女の寝殿を訪れたアリアは、開けられた襖障子の先に軽くため息を吐いた。
[君。分かるようには言ったけど、未婚の女性の寝殿に侍るのは、ガーランドでは普通なのかい?]
自分の事は棚に上げた発言だが、アリアはこの国の皇子なのだ。それを咎める者は居ない。メイの為の整えられた寝殿、部屋の中にはオゥストロがメイと共に本を読んでいた。巫女の大きな布団の中には獣人の少女が鼻息を立てて寝ているが、耳は開いた戸口に向けられていた。
「遅かったな。オゥストロは遠慮したんだが、手間を省いて引き入れたのは俺だ」
少女が淀みなく男言葉を話すと、アリアはそれに鼻で笑う。そして何も言わずに背を向けると、来た廊下を戻って歩き始めた。
「・・・・」
〈・・・・〉
顔を見合わせたオルディオールとオゥストロは、無言でその後を追う。陰に控えるのは神官騎士達の気配。それは表には出て来ないが、常にアリアとメイを陰から監視し守護している。
アリアは振り返る事無く長い宮殿を歩き続け、大きな黒い扉の前にやって来た。そこに第一皇子のリーンが待って居たことに眉を顰めたが、声も掛けずに扉へ向かう。皇子の到着と共に扉は開かれると、踏み込んだ先に次々と明かりが灯った。
神殿とする王宮殿は全て白を基調としているのに対し、開かれた扉の中は暗闇だ。磨き上げられた黒光りする木の廊下、黒い柱に足元に冷気が過ぎる。
アリアを先頭に暗闇を進む中、唐突にそれは始まった。
[始まりの物語。天より舞い降りた巫女姫は、この地の青年と出会った。風と共に旅をしていた青年は、天より泉に舞い降りた、美しい巫女姫と恋に落ち、そして二人は結ばれた。二人は北方大陸で、天の神の声を伝える為に、エスクランザ天王国を作り上げる。それが全ての始まりです]
アリアの落ち着いた声が暗闇に響き、立ち止まると黒い扉が現れる。
[残念ながら、ここから先は天空を制する貴男にも、ご遠慮頂く。空と神世は別世界だからね]
〈・・・・〉
振り返りオゥストロを見上げたアリアは、応えを聞かずに開かれた扉へ進む。少女は背の高いオゥストロを見上げると目だけで頷き、二人の皇子の後に続き暗闇へ踏み込んだ。暗闇に身が沈むと、背後ではずしんと重い扉の閉まる音がする。
[一般的に知られている、先ほどの神話は知っているだろう。この先は、天の者だけが伝え知る真実]
アリアが進むたび柱の灯りは辺りを照らす。響くものは三人の靴の音。それに長衣の裾がさらりさらりと流れ聞こえる。
(寒い気がする・・・)
オルディオールの中のメイは、辺りの暗さと漂う冷気をぼんやりと肌に纏った気がした。実際に感じた訳ではないが、静寂と不気味さがそれをより際立たせているのかもしれない。
[白い肌、金の髪の天上の巫女と結ばれた女性、後に皇王となった青年は、精霊使いだった。その術式が、後世のエスクランザ国の産業の要となる]
[アリア!]
国の根源に関わる話に第一皇子が懸念に声を上げたが、アリアはそれに振り返った。
[ガーランド国への粗悪品の納品、あちらには僕の方から伝えておく。第一皇子は精霊用具、魔具の見直しを工房に伝えておいてよ]
[何を言っているんだ!]
オルディオールは皇子達のやり取りを、黙して辺りを見回した。暗闇ではあるが、未だ周囲に人の気配がする。皇子達の守護者が取り囲んでいるのだろう。その秘すべき気配も、アリアの言葉に動揺で揺らいでいた。
[竜騎士達の話にあった、魔戦士の話は聞いただろう?あれを見過ごす事は危ない]
[!]
アリアの話に息を飲んだリーン、そしてそれは周囲の守護者達へも聞こえるように続く。
[我が国の盾となるガーランド国に、粗末な精霊用具を渡しても、魔戦士には意味が無いだろう。従来の道具では魔素に反応せずに、結界石も役に立たなかったみたいだしね]
(なるほど、あの〔地の錠〕や、砦の魔素に反応する石の話か)
ガーランド国で使用されていた道具。オルディオールの納得に、メイは〔魔素〕について考える。
「魔素、分かりません」
率直に漏れ出た声に、アリアは盛大にため息をついた。
[本気?天上人って、本当に何も分からないんだね。魔素が無い事は分かるけど、何かも知らないんだ]
[アリア!巫女様への無礼が過ぎるぞ!無い世界から降りてきたのだから、分かる方がおかしいのだ]
正論だ。第一皇子からのその言葉に、オルディオールは彼に賛同する。よくよく考えると当たり前すぎて、その説明をマヌケな少女にした事は無かったかもしれない。
(なんなのだ!・・・魔素、マジックポイントみたいなあれか?そんなもの、リアル世界に在るはず無いのだ。ロールプレイング、ファンタジーでは必須の魔法値。しかし、現状は召喚魔法を唱えても、フロウ・チャラソウは召喚する事は出来ない。ていうか本当に、分かるように説明して、)
憮然とアリアを見上げた少女に、隣のリーンは優しく見下ろす。
[魔素とは、人の体内に存在し、この大地と繋がる気の力なのです。四大精霊の風、水、土、火、それに神である御神木がこの世の全てを司るのです。人によっては多い少ないはありますが、それを精霊の加護、魔素と呼ぶのですよ]
親切な説明、微笑む第一皇子にメイは感謝を頷いた。
(魔素、なるほど、ゲームである属性かな?それを調べてくれるの?星座占いみたいに?私は何?何属性?)
[魔素を持つ者は加護も受けるが、精霊に支配もされるんですよ]
言ったリーンはアリアを見つめ、ある言葉を躊躇ったが察したアリアは自らそれを口にした。
[君と僕、魔素を持たない希なる者は、その加護を受けないし、支配もされない事になる]
よく意味が分からないが、自分に属性が無かった事に落ち込むメイ。
(理屈は分かるが、まだ落人とされる手掛かりには遠い)
[そしてそれに関係なく使える物が魔具。だから我が国で生産される、魔具により罪人を拘束したり出来るのさ。だが我が国に劣る蛮族の国、ガーランド国へは今まで劣る製品を納品していた]
[アリア、]
(よくある国家間の話だな)
[魔戦士とは、北方から分派した天教院が集った場所、東のオーラ公国が関わっている。ならば精霊を悪利用してガーランド国を攻撃したということだ。これは危機的だろ?魔戦士の存在が精霊を利用したものならば、我が国の理念に大きく反し、更に冒涜している。・・・まあ、これは利用していればの話だけどね]
[・・・・]
元より反論する権利は無い守護者達、そして権利はあるが何も返せない第一皇子。アリアの前には最後の扉が現れて、話の終わりに振り返った。
[ここから先は、天の上。そしてエル・ジ・エルの僕だけが入れる世界だ]
天の下、そう言われ断られたリーンは立ち止まる。これより先は今まで特別に造られていた、守護者用の裏通路も存在しない。自ら鍵を開け、重い扉を開いたアリアは小さな少女だけに手を伸ばす。それを取った少女は残されるリーンを振り返らなかった。内側から閉まる扉は、完全に合わさる前に一度止まる。
[・・・・]
振り返ったアリアは、立ち竦む自分と同じ白い肌の男を見つめた。
[兄上。僕が居なくなった後、子孫を残す気があるのなら、その子孫を考えて下さい]
言われた説教に、リーンは弟へ微笑んだ。そして扉は完全に閉まり、少女を越えて歩き出したアリアは情けない兄の顔を思い出しため息をつく。
(分かってないな。あの能無しめ)
(こいつら、兄弟関係がうまく機能すれば、良い組み合わせで国を支えられるのではないのか?)
他国の皇子の話ではあるが、オルディオールは一瞬だけ想像に思いを馳せた。
アリアの先導する先、扉からは自然に発光する灯りは無い。今は手元に一つある、頼りない光球だけだ。しかし先に進むにつれて、辺りに大きな影が現れ小さな光りに揺れる。それに驚き怯えたメイだが、影に何かを見て取り目をこらして立ち止まった。
『これ、見たことあるよ、』
暗がりの通路は意外に広く奥行きがある。そして揺れる光に大きく動いた影、ただ置かれているだけの物体はメイのよく知る物に似ていた。半壊しているそれは少女の生まれ育った国、各地方の祭でよく見る物。
『お神輿だ、これ、絶対、お神輿だ・・・』
アリアの手元の光だけだが、形はそれだと断言できる。そしてその隣には大きな黒く丸い物。
『タイヤ・・・?車輪?大砲?』
普通の車の大きさでは無い。何処の国かは分からないが、側面に文字と数字が書かれている。立ち止まり、呆然と異国語を呟く少女の隣に、いつの間にかアリアも立ってそれを見上げていた。
[封じられた経典は、神話の真実が書いてあった]
呟いたアリアを、呆然としたままのメイは見上げる。
[エスクランザ国は王となった青年と、天から舞い降りた巫女が作り上げたのでは無い。だって、巫女は子供を産んだ後、直ぐに亡くなったそうだ。気が触れそうになるほど落ち込んだ精霊使いの青年の為に、彼に寄り添っていた具現化されていた風の精霊が、巫女の身体に入った。その後、その二人がこの国の礎になる。それがエスクランザ国の始まりです]
「!」
[ね、似てるだろ?どこかの誰かに。まあ、亡くなってはいないけどね]
アリアは目の前の巫女を見て笑ったが、それにオルディオールは落人と魔物を重ねる。
「死体に入り、それを動かす」
だが、落人と呼ばれる魔物は、人として生きて動いてはいなかった。経典の天上の巫女は、生きてエスクランザ国の礎となるほど認識され、記録に残されている。
そしてオルディオールが身体を借りる少女は、アリアが言った通り死んでいない。
[精霊使いは精霊を具現化させる秘術を持っていた。その他にも沢山、精霊を酷使する方法を。あまりにも酷いものが禁呪とされたが、利用価値を捨てられない派閥は、現在エスクランザ国で信仰される自然派と争い負けて、東へ逃れたらしい]
「それがオーラ公国へ、落ち着いたわけか」
[魔戦士の話し、状況の不自然さに僕がその可能性を疑っただけさ。実際、何百年も北方では、禁呪は使用されていないからね。でも、経典を見る限り、かなりの犠牲を精霊と実験対象者に使いそうだとは思ったね]
「・・・・」
[頭のおかしい奴でなきゃ、こんな残酷な事、出来ないってね。・・・まあ、だからこそ昔の神官達は、その事実をここに封じたんだろうけどさ]
見上げる遺物、その奥には嘗ての聖堂、初代皇王の研究施設の残骸が残されていた。




