天上巫女の存在 02
この日、ファルド帝国は緊急に貴族院の議員を召集した。議題は大聖堂院所属、魔戦士によるガーランド竜王国、国境侵攻についてである。
自身の管理する兵士である、魔戦士の命令無視の凶行に、管理者の大聖導士エミー・オーラは、すこし困った表情で議員達を見回した。
「私も驚いたわ。まさか、三十番と四十七番が、独自にガーランドを攻略しようとするなんて。・・・まるで玉狩り四十五番と同じね」
「感想は要らない。原因の追究結果としては、なんなのだ?」
いつもはエミーへのやり取りを、多くは語らずやり過ごす議長のエールダー公爵は、今回ばかりは鋭く大聖導士へ問いかける。だが、これにエミーはいつもの様に、のらりくらりと魔戦士の詳細開示を躱すのだ。居並ぶ議員や騎士団代表のフロウとグレインも、それぞれ眉間に皺を寄せる。事は戦争の火種、もしくは開始の狼煙に直結するのだ。
「ガーランド竜王国へ潜入していた第八師団の騎士達の情報では、国境線の北と南に配備された二つの砦は壊滅状態になったという」
「これによりガーランド竜王国との緊張は、今やはち切れる寸前なのだが、不思議と即時反撃の気配は無い」
これにはグルディ・オーサ基地で魔法士を配備し、列を成し飛び来る飛竜と騎士を手ぐすね引いて待っていた、大聖堂院は肩透かしをくらったのだ。
貴族院は紛糾し、大聖堂院、引いてはそれを管理するオーラ公爵家を凍結しろとの声まで上がり始める。しかし目の前で断罪の声を身に浴びながら、エミーは飄々と手にした書類をまとめると、終わりの見えない会議の席を立った。
「オーラ公、まだ話しは終わっていないぞ」
「どうせガーランドへは、攻撃を仕掛けるのだもの。早いか遅いかの違いでしょう?今更何を言っているの?敵の勢力を減らした、私の優秀な魔戦士の二人を、誉めることは出来ないのかしら?」
「なんだと!」
この言葉に議会は更に紛糾しエールダー公爵議長、エスティオーサ副議長に止められる事の無い大聖導士エミーは、刻の無駄だとその場を後にした。大聖導士の無礼な行動にあちらこちらでそれを咎める声が上がったが、エールダー公爵は騎士団代表の二人に顔を向ける。
「ガーランドの動きをどう見る?」
問われたフロウはエールダー公爵へ向き合うと、北方大陸の動向を示唆した。エスクランザ国がガーランド竜王国との同盟に懸念を示した事が牽制となり、即反撃を留めているとの予測だ。これは全て、各国に潜入している第八師団からの情報である。その推測の後、フロウはエスティオーサ左大臣へ視線をずらした。
「我が隊の、ステル・テイオン・ローラント中尉が使者として潜入した後、捕虜として拘束された模様です。更に、それを調べていた第八師団の兵士二人も、魔戦士襲撃後、消息を絶ちました」
老齢なエスティオーサは沈痛に瞳を伏せると、それに一つ頷いた。その頷きは、若い兵士達の苦痛と死を想像しての、重たいものであった。
******
[え、何、これ・・・、]
寝室殿へ来たアリアは、皇子である自分を待つこともせずに、寝具の真ん中で明らかに両手両足を広げて眠る、幼い顔立ちの少女を見下ろした。
皇子はその奇妙な光景を、しばらく沈黙して見つめていたが、そこで襖の奥に控えた者達の存在に気が付く。
[・・・・・・・・]
毎夜、寝殿に控える守護者達と女官達。彼等へ少女とのやり取りを見せ付けなければならないのだ。
『・・・スピ、』
[・・・・]
しかし口を半開きに、無防備に眠る少女にアリアは睦言のやる気を失っている。試しに布団を捲ってみたが、やはり真ん中に眠る少女は大の字で、捲られた事で侵入した冷気に眉を寄せ身を縮めた。
[・・・・]
気乗りはしない。だが、アリアはそれを役目と割り切って、つまらない行為を終わらせようと、少女の夜着に手を伸ばす。
(まだ天の巫女として、認定はされていない)
急ぐ事は何も無いが、アリアには魔素が無いという理由以外に皇太子の座を護る要素が無いのだ。貴族や実行権力のある派閥は、全て第一皇子リーンの側なのだから。
ーー[第一皇子の派閥が、小賢しく偽物の天上人の巫女を仕立て上げています]ーー
そうアリアに告げ口をした者は四大最高神官の一人、土の巫女エオトだった。スラ・エオトは貴族出身の巫女で、アリアが皇太子として父皇王に認められてから取り巻きの筆頭として纏わり付く女だ。
(魔素、確かにこの子にも無いよね)
アリアには、力の無い無益な女達ばかりが望んでいないのに集って来る。〔魔素〕という、不安定なものに左右され皇太子になっているアリアは、それが無くなれば後ろ盾は何も無い。ただの女官の子供には何も残らないと自覚していた。
調べてみると〔魔素〕は後天的に発生する者もいるという。自分がそうでないとは言い切れないと、それを不安に毎日を過ごしているのだ。そこに現れた天上人の巫女は、アリアにとっても僥倖だった。
(この子が本物で、僕が皇太子の間に子を作ってしまえば、全ての貴族や派閥は手を出せなくなる)
『う、む?・・・・?、むぎゃっ!!!』
アリアの愛撫に身を捩った少女は、色気も無く突然上体を起こすと左手を目の前に突き出した。
『私、結婚してるので』
[!?、・・・あ、]
強く異国語で何かを言われたが、アリアは彼女の指に嵌まる指輪に注目をする。金属では繋がず総石造りの強度の弱そうな指輪は、実用性を重んじ労働する庶民の持てる物では無い。相当に高価な物だと分かる。中央に配置された石の色は黒。
それは女官達が声高に言う少女の悪口の中で出てくる、野蛮な竜国の黒竜騎士を思い出させた。少し前に北方にも届いた、天上の小さな巫女と黒竜騎士の婚約の噂。
[へぇ、格好いいんだってね。黒竜騎士って、]
黒竜騎士に護られていると、指輪しか持たない少女は震えながら虚勢を張る。
[君、彼に護って貰ってるって、勘違いしてるの?]
『・・・・・・・・、』
アリアの侮蔑を込めた言葉は、北方語が話せない少女には意味も分からないだろう。
[実際、精霊も宿していないみたいだし、肌が白いだけの北方人なんて、東側の奴隷との混血だっているんだよ?]
何も分からない、悔しそうに涙を浮かべる少女の夜着は、前裑がアリアの所為で開けている。それを恥じらい直すこともしないで、少女はアリアへ指輪を突き付けたままだ。
[・・・・]
まるで、本当にその指輪によって自分が護られているというように。それにアリアは、微かな苛立ちを覚えた。
[そんな、どこの馬の骨とも分からない君が、まさか聖天第一位?天の上として皇王より上に立つの?君が認定されたら、皇王に続いて僕の継承権は第三位に下がるんだよ?どうしてくれるの?]
笑うアリアを、小さな少女は毅然と睨みつけた。
[面倒だなあ、・・・なんか、腹立つよ。心を手に入れなければ、誓約出来ないみたいだし。・・・ほんと、]
(面倒だな)
本気のそれを、周囲に控える地の下には聞かれない様に心の中で吐き捨てた。見下ろした少女は、生意気そうな大きな黒目に溜めた涙が、今にも零れ落ちそうだ。
[何で泣いてんの?]
アリアの皇太子という地位に、群がって集まる女達へならば慰めて頬に伝う物を拭ってやっただろう。だが自分を睨みつける少女には、それは無駄だと立ち上がった。
興醒めに寝殿を後にすると、外に地の巫女スラが立っていた。貴族の生まれの巫女は、美しい顔立ちと祭司として天教院で高い成績を修める。だが欲深い両親が災いして、正妃から生まれた高貴なる第一皇子リーンには、接近禁止の命が生まれた頃から下されているのだ。
アリアが皇太子となり、エオト家はスラを王妃にと真っ先に言い寄ってきた。早々と寝殿から出て来たアリアを見て、スラは嬉しそうに近寄って隣に侍る。
[ご機嫌が優れませんね]
[あの子、僕の手、払ったんだよ?]
[まあ!民草よりも汚い地の下を払うようにですか?いくら大神官の薦める者でも、皇太子アリア様にその様な無礼。ただで済ますのですか?]
彼等の周囲、目に届かない場所には常に守護者は存在する。暗に偽物の巫女への処罰を希望したスラは、さり気なく周囲へそれを誇張した。しかしアリアはスラの言葉尻は捉えずに、皇太子である自分を睨んだ少女を思い出し、そして笑う。
[アリア様、何だか、楽しそうですね・・・]
今までは、スラの言いなりに目障りな巫女や女官を遠ざけてくれたアリアは、新参者の怪しい巫女への罰を地の下に言い渡さなかった。
[まあ、でも、新鮮ではあるかもね。この僕を、睨みつける事が出来るのは、彼女ただ一人だからね。まあ、本物で、あればだけど、]
アリアは未だに肩を笑いで揺らし、今夜は疲れたとスラを寝所へ呼ばずに遠ざけた。
[・・・・]
**
翌日朝の祈りの刻に、天上人の巫女とされる貧相な少女は一人別室へ連れて行かれた。
奥の間は巫女の認定の儀式の為の神殿。数人の大神官が付き添い、大きな扉は閉まる。
スラや他の巫女はもちろん経験のある儀式は、奥の神殿に祀られる御神木と聖石で巫女の資質を測られるのだ。それにより地の精霊と相性の良いスラは、天教院の推薦もあり地の最上巫女としての地位を授けられた。
スラ達現代の巫女は、天上人の巫女という存在を天教院での経典の中でしか知らない。
百年を経て降臨する天上人は、羽をもがれて地へ降りる為、身体のどこかに大きな傷が通例なのだ。その中、エスクランザ建国に関わった天上人の巫女は、唯一無傷で身に風の精霊を宿していたらしい。そして風の精霊と誓約した初代天上巫女は北方発展に大きく尽力し、エスクランザ国初代皇王とも誓約し子孫を残した。
それは数百年前の御伽噺なのだ。
天上の巫女や神官騙りの偽物は、古来より多く在りそして罰せられてきた。スラは地の最上巫女として、皇太子アリアを良く思わない派閥が連れてきた、不審な騙りの偽巫女を排除しなければならない。
[地の粉ですか?]
[そうよ。罪人を地へ這わすのに、よく腕輪で見かけるでしょう?あれを砕いた粉なの]
人通りの無い神殿通路。巫女殿の通路には男の守護者達は不可侵で、女性皇族を護るのは武術を学んだ女官だけである。神殿最奥に位置するこの場所には、簡単に賊は侵入出来ないが、代わりに外部の目の届かない陸の孤島となるのだ。
中で行われる陰湿な行いも、全てが明らかにされない。
スラが手にした小さな袋を、怪しげに見つめる巫女達はそれの使い道を聞いて青ざめた。
[魔素があれば、地べたに這いつくばるだけよ]
皇太子へ粗相を犯した天上巫女を、罰する事は当たり前。だが天上人への敬意を教育される巫女達にとっては、新しい白い肌の巫女が、本物の天上人ならばとの恐怖も存在する。怖じ気づいた女達を見回して、スラは天女像の微笑みを浮かべた。
[石の粉には術式が掛かっているの。それを背中に叩くのよ。大丈夫。偽りの罪人ならば多少顔に傷が付くでしょうけど、嘘つきは罪人なのだから、私達は悪い事をするわけではないのよ]
行為の正当性を掲げて、スラは認定の儀式から戻って来た小さな少女の背中を叩いた。
『っ、!?』
音が鳴るほど叩かれた。その力は強く、おそらく手痕が付いただろう。スラと同じ気持ちの者、小さな少女を訝しむ者達は少女の成り行きを見つめている。
『った、・・・・』
だが白い肌の小さな少女は、叩いたスラを事もなげに見上げると、彼女を無視して去って行った。それに周囲は一斉にざわつき出す。
[エオト様!あの者、いえ、あの方、何故倒れなかったのですか?]
[そうです!嘘つきの罪人ならば、地を這うはずでは、]
[まさか、本物の・・・]
少女への不敬に周囲からは悲鳴が上がる。もし本物の天上人を叩いたのであれば、その者はどうなるのだろうか。
[ねえ、大丈夫かしら、何も無かったっていうことは、あの方、本物の天上人なのではないかしら?]
[そうなれば、黙って見ていた私達、どうなるの?]
半泣きに揺らぐ巫女たち、スラはそれを見回して御伽噺を内心笑う。
[皆様、落ち着いて。たまたま地の粉が、薄かっただけですわ。この世に魔素が無い者は、アリア様ただ一人なのだから]
最上巫女として地位の低い巫女達を宥めたが、不様に少女を床に縫い止められなかった結果にスラは怒りを燻らせた。スラの目には、アリアが少女へ関心を持っていることは見通せている。メイ・ミギノという少女が、本物の天上巫女で在るかどうかは関係無いのだ。
皇太子アリアの隣に常に立つのは、スラでなければならない。次の手に、スラは昼食を作る炊事宮へ足を運んだ。
**
[エオト様が不審な行動をされていると、女官達が言っているが]
[不安だな、巫女様の正式認定が行われなければ、我々は緊急に、奥へ踏み込む事も出来ないぞ]
第一皇子達の守護者達は、今は姿を見ることも出来ない少女の身を案じる。皇太子アリアにより、第一皇子を始め彼の守護者達はメイ・ミギノ巫女への接触を禁じられたのだ。
[女官達により、地の下が不可侵の奥の神殿で、よく巫女同士での陰湿な嫌がらせがあるとは聞いている]
[幼稚な嫌がらせ程度なら介入出来ない事は分かるが、命に関わる事件もあったというぞ]
それを思い、不安げに巫女神殿を振り返った少年騎士は、安否を心配していた小さな少女を渡り通路で発見した。
[ご無事で、]
安堵にため息を吐いたテハだが、仮にも高貴な称号を持つ巫女は、又もや気さくに地の下である自分へ満面の笑顔で手を降った。
[!!!、そんな、]
これにテハは、嬉しさと困惑で盛大に赤面する。少し離れた先では、守護対象の第一皇子リーンが来客を見送る為に外に出て来たところだった。
「メアーさん!メアーさん!」
突然背後から声がかかり、再び少女を見るとあろう事か巫女の礼装をたくし上げ、小さな少女は段差のある渡り通路から飛び降りた。引き詰められた玉砂利を飛ぶように走り、必死でこちらに向かって来る。それを見た第一皇子の守護者達は動揺した。
[俺が、]
[待て、俺達は接触を禁じられているんだ、話し掛ければ第一皇子へ咎が向かうぞ]
踏み留まるテハの前に、第二皇子付きの守護者トラー・エグトが横合いから飛び出した。騒然とする周囲を余所に何事かを大声で叫んでいた少女は、無事にトラーに行く手を阻まれて立ち止まる。
[・・・・]
『あれ、あの、すいません、ちょっと退いて下さい』
礼装をたくし上げた事、無作法に飛び降りて走った事、更に巫女が大声を上げたことに、周囲からは非難の声のさざめき合いは止まらない。
[巫女様へ、直接話し掛けなければいいですよね。俺、状況の確認に行きます。巫女様、リーン様の客人の名を呼んでいたみたいだし]
頷く上官の了承に、テハは足早にトラーの元へ走った。
[いかがされましたか?トラー殿、貴男が何故ここに?]
第二皇子アリアはここには居ない。少年騎士の問いかけに、トラーは軽く頭を振った。
[私はアリア様より、本日からメイ様付きになれと命じられた。リーン様の元へ走られては困るからな。ファルドの客人が顔見知りなのだろう]
[成る程、そうですか、認定の承認前にアリア様が貴男を巫女様の護衛に・・・]
思うところはあったが、テハがそれに頷くと突然背後から当の巫女が、トラーの腕を軽く叩いた。
[[!!]]
『すいません、聞きたいんですが、今いいですか?』
[[!?]]
それに二人は驚愕し身を固める。直ぐさま少女に穢れが移ってはいけないと、トラーは大きく一歩距離を取って目を伏せた。テハにも経験のあるそれに、トラーの動揺が手に取る様に分かる。
第一皇子付きの守護者達は、皇子リーンの命令で口当て布を外しているが、第二皇子付きのトラー達守護者は、穢れが洩れると王族氏族の前では口を覆う礼がある。そして高貴なる者が穢れに直に触れる事は、言語道断なのだ。
少し離れた場所から、穢れに触れ話し掛ける巫女少女への非難の言葉が聞こえるが、二人の守護者はそれに身を固めるしか方法は無い。程なく小さな巫女は諦めて、迎えに控えていた女官達と去って行った。
[トラー殿、どうしましょう、巫女様、船で俺にも触れたんです。巫女様の穢れはどうしたら取れるのでしょうか、]
[・・・・]
身を震わせ、新しく神殿へ入った巫女メイを心配するテハに、トラーも掛ける言葉は無い。地の下に染みた血の穢れを、自身も取り除く事は出来ないのだから。
***
ーーーエスクランザ国、三階王宮殿書庫。
女官との情事を終えたばかりのアリアは、乱れた神官服を熟練の手付きで整えられながら、階下の中庭を見下ろしていた。
[躾のなっていない下民の行動をとるけど、朝の礼拝と認定の儀式は神官達に褒められていたよ]
アリアより十は年上の艶のある女官は、皇子の言葉に笑顔で相槌を打つ。きつく帯を締めて、抱きつくように背中の帯を結んでいく。
[他の巫女より、正座の姿勢が奇麗だったってね]
[先ほど、聖石の判定結果で、本当に魔素が無い方だと分かったそうではありませんか、これであの方は、名実共に貴男様の奥方なのですね]
整えられた神官服の肩へ、しな垂れかかる女官の腰に手を回したアリアは括れた腰を軽くなでた。それだけで、情事の余韻を残した女は喘ぎ声に身悶えする。
[どうせ形だけの正妃だけどね。これで、完全に第一皇子の派閥を封じる事が出来るよ]
愛おしそうに見上げる女官へ、同じく甘い視線を返す男。
[正妃の女が生んだ皇子より、給仕の女が生んだ皇子が皇太子だなんて、笑えるだろ?]
言って肩を引くと、そこに残った体温を煩わしく手で払った。
[僕はそんな、愚かで浅ましい行為はしない。だって、お前みたいな下民と子供を作るなんて、気持ち悪いだろ?]
[・・・皇太子様、]
女を抱く同じ笑顔でアリアは笑うと、呆然と残された者を振り返ることなくその場を後にした。
**
その日の昼食は、新たに正式な巫女として認証されたメイ・カミナ巫女の祝席だったのだが、主賓の取った品の無い行動により始まる前から場は荒れていた。
天上人と認証された高貴な少女の巫女姫が、皇太子アリアの膳と自分の膳を手ずから取り替えたのだ。これには祝席を共にした巫女と神官、それに控えていた給仕や守護者達までもが驚愕に目を見開く。
未だかつて、この様な暴挙とも呼べる愚行を、冒した者を誰も見た事が無かったからだ。これに堪らず土の巫女が声を上げた。
[何を、何をなさるのですか!信じられない事を、]
震える全身を堪える様に絞り出した言葉だが、言われたメイはそれを普通に見返した。
『・・・・』
特に反応も無い。メイの無反応に逆に怒りが増したスラは、無礼を承知で席を立ち上がってそれを抗議しようとしたが、逆にアリアに抑えられた。
[構わない。この方は僕の正妃となるのだから]
言って隣の少女を笑顔で見下ろしたアリアは、取り替えられた膳に餅が一つ足りないことを発見した。その下らなさに本当に落胆する。だが、取り替えられた膳へ手を伸ばそうとすると、突然厳しい制止がかかった。それは立ち上がったままのスラだ。
[なりません!!]
[どうしたの?スラ]
青ざめ焦る土の巫女を見て、気付いた周囲の守護者達が動き出す。素早く近寄ったトラーがアリアの膳を手に取ると、スラはそれから目を逸らした。明らかに不審、怪しげなスラを余所に即座にアリアの膳は下げられて、代わりの物が用意される。
『ごちそうさまでした』
その騒動の中、トラーは自分が守護する少女を確認すると、彼女は何事も無かった様に膳を全て平らげていた。そしてアリアが食するのを待たずに立ち上がると、焦る女官達に構わずに大広間を後にする。
その行為にアリアは笑い、周囲は天上人の呆れた無礼な行動に非難と戸惑いを隠せないでいたがその中で、スラ・エオト巫女だけは何かを悟り口数少なく佇んでいた。
昼食を終えたアリアは、珍しく女達を侍らせずに席を立つ。巫女メイの行動に動揺を隠せない巫女達は、皇太子アリアを追わないスラに倣って彼を追わずに留まった。スラを抜け駆けに、巫女達はアリアの隣に立つことは出来ない。それは暗黙の了解なのだ。
アリアの離宮への道すがら、少し離れて歩く女官達を残して一人の守護者が前に進み出る。
[アリア様の膳、正しくはメイ様の膳に致死量の毒物が混入していました]
[・・・・]
[命じた者は割り出せました。捕らえましょうか?]
続いた問いに足は止めずに口が開いた。
[構わないよ。どうせ、女共が暇つぶしに遊んでいるんだろう?放っておけば良いよ]
それに神官騎士である守護者は無言で頷いた。
[ただ、実行した者には罰を与えないとね]
その日の深夜、天上の巫女メイの膳に毒を盛ったとされる実行者の料理人、その男の上長である料理長、膳を運んだ女官の数名が命を落とす事となった。




