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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
誓約の地~エスクランザ天王国
87/221

天の上、地の下 01


 〈セウスには渡航停止のお触れが出てるんだって〉

 〈どれくらいの期間なのかな?じゃあ、行き先変更するかい?〉


 ガーランド港町、その飯屋で昼食を取る、二人の若い商人は地図を広げた。一通りガーランド竜王国で情報と商品を仕入れた二人は、北方セウス国で商売をしてから、再びガーランド竜王国へ戻ろうと計画を立てていたのだ。


 〈そーだなぁ、王都から有名な巫女様が攫われたって物騒な話だし、しばらく港は駄目かもね。ファルド国もまだ商売をするには微妙だしなぁ、〉


 〈ねえ、聞いた?僕、ちょっと兵隊さんの遠聞きしたんだけど、巫女様の名前って、メイ様って言うんだって〉


 それに背の低い少年は目を丸くする。


 〈メイ様?まさか、ミギノじゃないよね?ミギノって、メイって砦の人に呼ばれてなかった?〉

 〈まさかね?うふふ、同じ名前なだけだよね!〉


 飯屋の壁際の席、二人の少年は声を潜めながら話す。この国では差別を受けない為、厚い外套は丸めて背もたれに掛けてあった。周囲で食事を食べる客達の喧騒、それに耳を動かして辺りを警戒しながら、知り合いの恩人の少女の名前を呟いた。


 「久しぶりだね」


 気配無く、突然至近距離で掛けられた声に、二人の少年は大仰に肩を揺らす。彼等の驚きに椅子がガタリと音を立て、辺りは一度それに振り返ったが、若者の大袈裟なやり取りだと判断した客と店員は、直ぐに興味を失って食事と給仕を再開した。


 「ひ、久しぶりだね。びっくりしたよ。相変わらず気配が無いんだね、」


 びくびくと耳を揺らしながら、店内で外套を脱がないままの不審な男を見上げたイグは、美しい男の無表情を見た。了承も取らず男は相席に隣へ着席すると、訪れた女給仕に大量の食事を注文する。


 「た、体調は、大丈夫なの?」


 怯える少年達に無表情の男は返事をしない。少年達の知る限り彼は砦の酷い拷問により、おそらく命は無いものと考えていた。程なく数点の大量の食事が運ばれて、無表情の男はそれを端から平らげていく。


 〈〈・・・・〉〉


 二人の少年は本能で何かを察し、下手に動く事をせずに男の行動を見守った。


 「大丈夫だよ、そんな顔、しなくても。今は食べているからね。僕はそれ程、節操なしじゃないんだよ。ミギノ以外の人間は、極力触りたくないんだ」


 会話の主語が分からなかった。イグとヤグは、南大陸ゴウドでも共通語とするガーランド竜王国の言葉は詳しいが、それより東側、ファルド国の言葉は常に勉強を兼ねている。なので自分達の理解の不足を考えたが、そうではなかった。


 彼の〔大丈夫〕は、以前と同じ噛み合わないもの。少年達の質問の返答では無いのだ。


 注文の皿を殆ど食べ尽くした後に、無表情の美しい青年は深く被った外套の中から、氷の様な瞳でイグとヤグを見つめた。


 「本当に、君たちと会ったのは偶然なんだ。良かったよ。これでミギノを探しやすくなるよね」


 「「え?」」


 「魔戦士デルドバルに興味があるって、言ってたよね。僕が拷問されている時も、君たち、見ていたものね」


 「「!!」」


 感情の無い、冷たい無表情から告げられた言葉は事実で、それは少年達にはやましい気持ちのない、純粋な興味の一つだった。そして結論は魔戦士デルドバルの強さは、英雄物語の過剰な演出だったのだ。しかしそれを証明した拷問された青年からは、ただならぬ不穏な空気を感じる。


 「じゃあ、ミギノを探すのは一人居ればいいよね。もう一人で、僕の戦力を試すってことで、良いかな?」


 無表情の青年は、口だけで笑った。その人形の様な笑顔に、二人の少年は息を詰める。初めて出会った時と同じ、気配無く、数字で呼ばれる青年は、外套の中に手を入れた。


 ーー「!」


 出てきた物は、武器ではなく青年の食事代の硬貨が数枚。息を吐いたヤグに、エルヴィーは人の様に笑う。


 「嘘だよ。冗談、冗談。僕ね、冗談は好きだったんだよ。ミギノと居て、妹を思い出したんだ。あの子は冗談が好きだったんだ。じゃあ、食事も終わったし、ミギノを探しに行こうか」


 〈・・・ヤグ、〉

 〈しっ、行こう〉


 「・・・・」


 笑うエルヴィーは、同席者を連れて店を出る。今後の行く先の決定権は、二人の少年にはなくなったのだった。










******










 ガーランド竜王国で長年の神官の勤めを言い渡されていた夫が突然帰って来て、彼の妻であるへリンは喜びよりも困惑した。


 天教院エル・シン・オールより告げられた、夫インクラートのガーランド竜王国の勤めは、あと十年は残っているのだ。しかもインクラートは幼い少女を連れて来た。


 その少女は、メイ・ミギノ。百年に一度現れるか分からない、天上の巫女だと夫は言う。


 粗相があってはならないと、急な来訪にも関わらず持て成し、インクラートが用意した巫女の着物に少女を着せ替えた。天上の巫女の少女は輿に乗せられて、エスクランザ国の王族が住まう王城に向かう。


 へリンは、巫女の輿と共に去る夫の背中を誇らしげに思うが、どこか不安を感じずにはいられなかった。





***


ーーーエスクランザ国、王宮殿。




 第一皇子リーン・エスクランザの元を訪れたのは、彼を皇太子と後押しする派閥の大神官、インクラートだった。ガーランド竜王国に駐留していた大神官が、巫女降臨の知らせを書簡で送って来たのは一月前。

 

 そのインクラート大神官は、幼い黒髪の少女を連れて現れた。





 巫女降臨の書簡が届き、インクラートの推薦する巫女の正体は本物か、認証の儀式を開くかどうかを天教院エル・シン・オールが審議している最中に、東側ファルド国より密使が訪れた。


 [東側の密使の名前はテスリド・メアー・オーラ。公爵位を持つ貴族で、医療に関して名高い地位の者だ。彼は第一皇子リーンと幼少期に交流がある]


 [更にはファルド国で保護した北方セウス人の引き渡しの交渉に来たというわけか。で?、その密使は何処に?]


 [もちろん東海門にて留め置いております]


 本来エスクランザ天王国は、同盟国であるガーランド竜王国以外には門を開かない。だが今回、メアー・オーラは保護した庶民の他に、皇族貴族の者だというミギノ・メイカミナという少女の所在を尋ねてきた。

 

 [その名に該当する者はありませんが、これを]


 [インクラート大神官からの書簡?・・・この名は、]


 [はい。報告にありますガーランドにて現れた天上の巫女様ミスメアリの御名が、密使の伝えてきたこの方と酷似しているのです]


 [メアー・オーラに詳細を聞くとこの方、ミギノ・メイカミナという少女を、ファルド国内で保護し北方セウスの保護した民と引き渡そうと準備をしている最中に、不幸にも賊に襲われガーランド竜王国付近で少女を見失ったということです]


 [賊に襲われただと?] 


 大神官集会はこれでガーランド竜王国に、疑念を募らせた。程なく黒竜騎士オゥストロと、天上の巫女メイ・カミナの婚約の噂が北方セウスに届き、ますますガーランド竜王国が、東側で保護された巫女と関与したという疑惑は深まったのだ。


 [事実であれば、天上の巫女ミスメアリは我がエスクランザ国で、第一位の国の王位を継承する者]


 [だがこれが、我が国とガーランドを引き離すファルドの奸計だったらどうするのだ。過去にも、畏れ多くも巫女様ミスメアリを騙る者が居たではないか]


 [天上の方かどうかは、確実に見極める方法が存在する]

 

 [魔素アルケウスか]


 それは体内に魔素を内在するかしないかを、聖石とご神木に判断してもらうのだ。天から降りて来る聖人は、魔素を全く身体に内在しないと文献に記されていた。


 そしてそれは、エスクランザ国では王位継承の重要な鍵となる。


 エスクランザ王国が建国したのは、遥か古に天から舞い降りた巫女と、後に王となる北方セウスの青年との誓約グランデルーサによるものなのだ。


 天上の使いである巫女姫は、共に旅をした北方の青年に国を治める術を授けたのだという。それにより王となった青年は、魔素アルケウスを持たない希なる天上人を尊ぶようになった。


 天から舞い降りる聖人は、女性ならば巫女、男性ならば神官として国を導く者となる。だがここ百年程は天上人の降臨の鐘は鳴ったことがない。その場合は王族が天上人の代わりに継承権を持ち国を治めるのだが、現在、第一皇子リーンより第二皇子アリアが皇太子権利を有するのは、天上人と同じくアリアに魔素が無い為である。


 しかし正妃の第一皇子リーンを、正統なる継承者として望む声も多く、国内の民衆は王族の跡目争いを興じ、神官派閥は天に仕える身として冷戦を極めていた。


 その中、突如として天から巫女が舞い降りたのである。


 リーン皇子を望む派閥に属するインクラートは、この機を逃したくはなかった。だが仕える天と国の決めた定めに忠実でもあったインクラートは、巫女のメイを私欲でエスクランザ国へ連れ行く事が出来ない。その最中、彼が以前から懸念していた野蛮な国ガーランドで、大切な天の巫女が決闘に出されたのだ。これで迷いはなくなった。





 [先程の方が、天の巫女であらせられるのか?]


 [はい。メイ・カミナ巫女様にございます]


 巫女の少女は北方セウス語が分からないらしく、肝心の精霊はガーランドへ置き去りにされている。だが垣間見た少女の姿は、色白なのに北方セウスの顔立ち。それはメアー・オーラの言った特徴と同じものだった。


 [神意はリーン皇子にこそ、天上人ミスメアリは天よりリーン皇子へ言祝ぎを授けに参られたのです]


 僥倖だと喜ぶ神官達。巫女の少女は長旅の疲れを癒すために早々に部屋へ案内された。神官達はインクラート大神官を労い、急いで認定議会の召集と巫女認定の儀式の準備に取り掛かかる。


 [ファルド国のメアー・オーラの進言もあり、メイ・カミナ巫女様は、本物の天上人である可能性が高い]


 [そうだ。急ぎ認定の儀式を行い、第二皇子に気付かれる前に、リーン皇子と懇意になって頂かなければ]


 老齢な神官達は天教院エル・シン・オールの本殿へ駆け込み、現れた巫女候補の認定議会を強硬に当日開くことになった。もちろんそこには、第二皇子を指示する派閥は一人も居ない。


 規律や礼を重んじる貴族や神官は、皇王より戯れで手を付けられた女官から生まれた第二皇子、アリアを認めてはいない。


 更にアリアは素行が悪く、その事でも敵は多いのだ。しかし魔素を持たずに生まれたアリアは、現皇王に次いで二位の継承権を持つ。天上人の素質を、色濃く受け継ぐ者が王になる仕来り。


 北方セウス人には見られない、白い肌、青い瞳、それだけでも天上人の資質は十分なのだが、更にアリアは魔素が無いという特殊な体質で生まれてきた。


 正妃から生まれ白い肌と青い瞳で継承権を持ったと期待された第一皇子リーンは、アリアの誕生により継承権を三位に落とされたのである。そしてそれにより今年二十九歳になるリーンは、弟のアリアが婚姻し、子を成すまで婚姻が出来ない。


 これも古くからの仕来りなのだ。この事も第一皇子を皇太子に望む者にとっては、彼が不憫でならなかった。


 [インクラート大神官により連れられて来た巫女が、本物の天上人であり、その巫女姫ミスメアリが望んでリーンの手を取り婚姻を結べば、継承権はアリア皇子よりもリーン皇子が上位へ上がる]


 [百年の年月を経て、天より降りてきた巫女姫は、その存在だけでエスクランザ国では、継承第一位の天の上という称号を手にする]


 [人ではない、天上人しか持つことの出来ない〔天の上〕。それは人で在る皇王の〔天の地〕よりも上位の存在なのだ。まさか我が存命中にお目に掛かるとは]


 [だがしかし、それは全て、巫女が本物であればの話だがな]



**



 緊張を持って見守る周囲の中、リーンはメイを連れ天教院エル・シン・オールの本殿へと向かう。穏やかに話す第一皇子を見送り、神官や女官達は息を飲んでそれを見守った。


 [頼むから、怖い顔をするなと皆に伝えてくれ]


 リーンが教会シンシャーの道へ差しかかった折、彼の命を護る為に木陰に控えていた少年騎士に呟いた。

 

 [は、]


 苦笑した少年は〔地の下〕という守護の者だ。王族は生まれた刻より〔天の下〕という称号を授かる。貴族や庶民は等しく〔地の上〕、そして命を絶つ立場に位置する神官騎士、王族の守護者は血の穢れとして〔地の下〕と忌避される。


 天に仕える神官が王の国エスクランザでは、血の穢れを厭うのだ。それを任される者達は、穢れを心に刻んで常に自身を戒める。ガーランド竜王国と同盟国になり、百年を超える前より戦争を経験していないエスクランザ国は、神官騎士はもちろん天弓騎士でさえ戦争で人の血を流した事は無い。


 だが賊や破落戸はエスクランザ国でも存在し、取り締まり制裁に命を絶つ役割の者が必要になる。それを行う者は、国の穢れを一手に引き受ける警邏とする騎士達、王族の穢れを引き受ける守護の騎士達なのだ。


 それ故に、古くは戦争中に兵隊騎士を称した穢れは、近年は神官騎士の彼等の事を、人々は穢れと称し〔地の下〕の者と認識している。


 触れては穢れが移ると、忌み嫌うのだ。


 王族や民を賊から護るのに、血を流した事に戒められる。騎士達はその矛盾を常に孕むのである。だが同等に、戒められる彼らを尊き者として宗教は崇める事もするのだ。なので誇るべき職種、目に見え〔犠牲を背負ってくれた者〕としても認識されている。


 王族は穢れの彼等に直接声を掛ける事は無い。だが第一皇子リーンは幼少期より気さくに声を掛け、長じて彼等の矛盾した立場の改善を父王に進言していた。優しき第一皇子、それも彼の支持者が多い理由でもあるのだ。

 

 リーンに言付けられた少年守護者は、急ぎそれを伝える為に王宮殿の裏口を走った。第一皇子の護衛はその少年だけでなく道々に配備されている。だが使いの少年は、道中にあるものを見つけて立ち止まった。


 [あれは、]


 社殿の庭に巫女や女官を侍らせて、フラフラと歩く第二皇子の姿。表情には出さないが、彼等が向かう先に行った主を思い、守護者の少年は踵を返した。



**



 [報告します、アリア皇子が神社シンシャーに向かっていますが、]


 伝えた上官は、幼少期よりリーンに仕える熟練の守護者だ。しかし、彼は厳しい表情で首を横に振る。見ると自分達と同じように王族を護る守護者、アリア皇子付きのトラー・エグトが既に影に控えていた。


 第二皇子へ、天上巫女姫の情報が漏れたのだ。守護者達は、内心のため息を隠して自分達が護る皇子達を見守った。


 [第一皇子!その方が天の巫女ですか!?]


 教会シンシャー内に大仰な声が響く。少年騎士が見ると、仲睦まじく社殿を歩いていた巫女姫とリーンへ、第二皇子が無粋に間を割ったところだった。


 [僕はこの娘に、子供を生ませればいいの?]


 アリアは尊い巫女に、信じられない無礼な言葉を吐いた。大袈裟に笑い近づき、侍らす巫女達と同じ軽薄な扱いで、天上人の巫女姫に上から手を差し出す。それに天弓騎士である守護者の少年は、我知らず弓を握りしめた。


 [テハ]


 [!!]


 同じく待機した年嵩の上官に名を呼ばれ、少年は平静を装い彼等を見守る事を努力する。軽薄な第二皇子アリアは、今までもそうやってリーンに近づく女性を遠ざけて遊んでいたのだ。若い自分が結婚しなければ、九つも離れた腹違いの兄が女性に触れられない事を笑う為に。


 十五になったテハでさえ気が付く事情に、周囲の守護者達が気付かない訳はない。それぞれがそれを心に思い、その苦々しい光景を想像した。


 『・・・・』


 しかし女達が心を溶かすアリアの微笑みと差し出した手を、天から降りて来たとされる少女は取らなかった。そして憮然と見上げている。


 (え・・・?むしろ、巫女様ミスメアリ怒ってる?)


 自分の腕に積極的に触れてきた、異国からやって来た少女の巫女に、船で戸惑った事のある少年騎士は瞠目する。自分より年下だと思われる少女、好奇心旺盛なつり目気味の黒い瞳は今はアリアを睨んで眇められていた。


 少年騎士テハは、インクラートの指示で天上人の巫女を迎えに行った天弓騎士の一人だ。


 古い歴史のある天弓部隊。弓は放つ者へ返り血を浴びせない武器として、一番穢れないとされている。ガーランド竜王国を警戒しているだけでなく、それ故に天弓騎士の数はとても多いのだ。


 飛竜を遠ざけた騎士として、巫女の下船の手助けを仰せつかったテハは至近距離で少女を見ている。


 ガーランド竜王国との別れの儀式で、指輪を捨てられず縁を切る事を失敗した風変わりな巫女姫メイは、テハが想像していた天上人の仰々しさは全くなく頼りない少女の姿だった。


 大神官に手を引かれ、船上で泣きそうになりながら逃げ回っていた少女。彼女は異国語で第一皇子へ話し掛けている。


 覚えのある天上単語、北方セウスには天上人に関する文献は多くあるが、実際に発音として聞いたことはない。この場に少女の語る言葉を理解できる者はいなかったのだが、しかし意外にも巫女メイは他の言語でも語り出した。



 「無理無理。ムリムリ。私は帰ります」



 [おい、あれ東側の言葉だ、]

 [そうか・・・ではやはり、捕まった者との混血かもしれないな]


 王族には、一人に対して最低五人は守護者が付く。それは表に出ないように木陰や柱、隠し扉の中に控えるのだが、リーン付きの守護者達はまだ正式な巫女の認定をされていない巫女メイへの懸念として、ファルド国で奴隷とされた者達との混血児の可能性を考えていた。


 過去にそういう肌の白い偽者が居たからだ。ところが彼等の落胆を覆す言葉は続いた。


 『えーと、えーと』、

 〈行くぞ、迷子になるなよ〉


 [[!!!]]


 王族は矜持として北方セウス語しか学ばないが、守護者達はガーランド竜王国の言葉は常用語と同じく習得する。少女の突然の皇子に対する俗なガーランド語に、周囲の守護者達は息を飲んだ。しかも彼等が驚いている間に憮然とそれを言い放った少女は、アリアの手を取らずに背を向け立ち去ってしまったのだ。


 [・・・・!]


 これには誰しもが唖然とする。ただ立ち竦むアリアを見て、テハの心にスッと何か爽快なものが過ぎた。


 [なに、今の]


 初めて差し出した手を取られなかった第二皇子は呆然とそれを見送ったが、直ぐに我に返って少女の後を追う。そして振り向き様にリーンへ言葉を放った。


 [第一皇子、ありがとう!天上人の巫女を僕に紹介してくれて]


 [・・・・、]


 もう付いてくるなと釘を刺した。第一皇子へ敬意を表さない女達を侍らせて、アリアは笑いながら物珍しい黒髪の少女の後を追って行った。

 


**



 [大変だねぇ、君たちも。まあ、それも楽しみの一つなのかな?]


 王族の浴室。第二皇子のアリアも〔地の下〕と厭われる彼等に気さくに声を掛ける皇子ではある。だがそれは第一位皇子のものとは違う、明らかに侮蔑やからかいを含んだものが殆どだ。


 [下衣を汚さないように、無くしてしまえば便利だよ。あははっ、]


 [・・・・]


 入浴場へ入った巫女を女官が確認した後、アリアの守護者達は脱衣所に続く間に待機して王族の危険の回避を行う。もちろん彼等は、寝所の襖を隔てた裏にも待機しなければならない。それはアリアと侍る女達の睦言を、夜毎聞かなければならないのだ。アリアはそれを承知で笑う。態と女に嬌声を上げさせて、守護者達に聞かせるのだ。


 それを想定し昼間に自分の手を取らなかった少女を、どう啼かそうか考えながら第二皇子は広い浴室へ入って行った。無言で皇子を見送ったのは、エスクランザ国でも五指に入る神官騎士、トラー・エグトとその部下である。アリアが皇太子となりそれより彼に仕えているが、トラーを始め守護者達は彼から真面な言葉を聞いた事は無かった。


 その皇子は皇太子として、次期玉座に座すのだ。


 この場の誰しもがある思いを秘めていたが〔地の下〕として、血で穢れた自分達を理解している守護者達は、それを表面に出すことなく無に徹して任務だけを遂行する。

 

 ただ、昼間にアリアの手を取らなかった小さな少女が、彼のいいようにされる事に内心ため息を吐いた。



**



 (あれ、大胆だな。この娘、何も着てないや)


 『え、・・・・マジ?』


 香木の香る湯、アリアを待つ少女は全裸で湯に浸かっていた。エスクランザ国では湯に浸る時は、専用の湯着を着て浸かるのが習わしなのだ。数多く女を相手にしてきたが、これは珍しく新鮮だった。少女メイの大胆な行動を、アリアは昼間の無礼の謝罪だと受け取るとにやりと笑う。


 『・・・・本気か?ちょっと、やばくない?』


 [・・・・幼いようにみえて、知ってるね]


 湯をかき分け、近寄るアリアを焦らすように下がる少女に今更を笑う。望み通り追い詰めて、大胆にも曝された胸元を見下ろした。


 (大きくはないけど、形は悪くない)


 そっと触れ、そして柔らかさを確かめる。だが違和感に目を見開いた。


 [柔らか、あれ?ふにゃふにゃなんだけど、まさか、初めてなの?]


 『・・・・・・・・』


 [え?ちょっと、何、この娘。僕の事、また睨んでるの?]


 『・・・・・・・・』


 ーーザバリ。


 [え!?]


 ーーザバシャ。シタ、シタ、シタ。


 [え!?ちょっ・・・]


 ーーガラリ。


 [[[!!!]]]


 女官への誰何も無く、突然開かれた引き扉に守護者達は存在を隠す事も出来ずに立ち竦んだ。しかも、天上人と呼ばれる少女は全裸だった。慌てて目を伏せる男達、トラーは驚愕に身動きが取れなかった。


 『どいて下さい』

 [!!]


 澄んだ少女の厳しい声。躊躇いも無く、地の下とされる自分達に掛かった異国語に、男達は意味も分からず一歩後ろへさがる。後退り割れた男たち。少女は叫ぶでも騒ぐ事も無く、毅然と守護者達の前を通り過ぎた。


 [・・・・]


 [トラー殿、これは、]

 [一体、何が、]


 軽い足音が消えると、誰ともなく漏れた出た言葉に顔を上げる。何が起きたのか、衝撃を反芻している最中に冷たい声色が響いた。



 [見たよね]



 湯けむりを背にした戸口、そこには軽薄な笑顔を消した青年が立っていた。返す言葉もない、巫女の少女の裸を見たという事実に守護者達は身を強張らせる。


 [良かったね。まだ、あの娘、正式に天上人として認定されていないからね]


 凝固した守護者達を見据えて、口の端を吊り上げた黒髪の青年は青い瞳を歪めて笑う。


 [偽りかもしれない、巫女姫の恩情をありがたく受け取っておきなよ。彼女が悲鳴の一つも上げれば、お前達は皆、天へ帰る事になったんだからね]


 笑うアリアは女官を呼ぶと、控える守護者達に一瞥もせず通り過ぎ、風呂場の間を出て行った。 




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