18 喪失 18
天月の起祭当日、第三の砦では留守番の兵士達が各々で年越しの祝杯を挙げる。
故郷に帰郷した者や王都へ行った隊長の班、人数はそれほど減った訳では無いが、砦の中にはどこか寂寥が漂う。それも年明けに任務に付いているのだからだと溜め息を吐き、若い医務官の青年は担当の男の部屋を訪れた。
保護しているのは隊長の婚約者の巫女なのだが、今は王都へ行っているのだ。巫女の付き人らしいこの男は、東側の魔戦士だと疑われ拷問を受けたが間違いだったらしい。
拷問の傷の程度が軽くなり、最近部屋を個室に移された男。彼の居る部屋は精神疾患の兵士用、施錠が出来る特別病棟である。
「食事だぞ」
東側の囚人の患者はとても大人しい。
逆らうことはなくよく食べて、よく眠る。
「・・・・」
(間違いで拷問は、俺ならありえないよな。だが、怪しむべきものがあるから、いまだに放免されないのだろうし、)
多少の同情と共に、室内に入った医務官の青年は部屋の薄暗さに灯りを探した。だが灯り石を手にした瞬間、背後に何かが触れた事を感じる。
〈!?〉
ヒヤリとした何かは突然襟刳りを力強く掴むと、一気に医務服を背中から引き裂いた。咄嗟のことに青年は空の悲鳴を喉から叫ぶが、思うように声にならずに運ばれた食事と盆が、激しい音を立てて辺りに散乱する。
〈何だ!!ヤメロ!!〉
ようやく出た怒号。暴れて身を捩り、蹴り上げる。だが振り上げた足首は強く掴まれ、見上げると至近距離に囚人の男の奇麗な顔があった。
〈なんだ、お前、〉
「・・・・ねえ、」
ーー茫洋とした目線、人とは思えない程に無表情の、人形の様な顔。
「ミギノはまだなの?まだ帰って来ないの?」
〈地へ帰れ!!〉
地の錠の呪文は、嵌めた者に地を這わせる効果がある。だが、錠を嵌めた男は呪文に少し身体が傾いだが無表情のまま、その場に立っていた。
〈なんで、なんで錠が効かないんだ!〉
「ねぇ、ミギノはまだなの?」
繰り返される同じ質問。平坦な声色に恐怖し、医務官は暴れ男に殴りかかるが逆に押さえ付けられる。
「寝るだけじゃ、もう、駄目なんだ。お腹はいつも空いてるし、ねぇ、女の子いないの?お店に行かないと、なんか、ミギノがいないと、やっぱり駄目なんだ、」
背後から耳元で聞こえた感情の無い声に、青年は否定の叫び声を上げた。
「ねぇ、ミギノはまだなの?・・・もう、君でもいいかな」
敗れた背中の医務服を、更に破かれ下肢の長脚衣に冷たい手が掛けられる。だが激しい音と共に長い足が青年に乗り掛かる男の頭部を蹴り飛ばした。
それは寸でで躱されて、身を翻した囚人は侵入者を無表情に見つめる。
「ねぇ、ミギノはまだなの?まだ帰って来ないの?」
再びの同じ質問に医務官は戦慄し、後退りするが飛び込んで来たアラフィアと警務隊は無表情のエルヴィーを睨みつけた。
〈地へ帰れ!〉
〈なんだ?効かないのか!?〉
「貴様。どういうつもりだ!」
「ミギノはまだなの?あの子に会わないと、あの子に触れないと、お腹は空くし、我慢出来ないよ。ミギノはまだなの?僕、頭がおかしくなりそうだよ」
言葉の終わりにエルヴィーに殴りかかる。巨体の竜騎士も昏倒させる一撃だったが、人形の様な表情の男はアラフィアの腕を掴むと、それを簡単にねじり上げた。
(なんだ、こいつ!この体勢で、この力、)
ーーギシギシ。
すかさず身を捻り腕を抜くと、反動で蹴り上げる。だが軽く手の甲で受け流され、逆に片手でアラフィアの首を掴んだ。
〈ぐぅ!!〉
締め上げられるが、至近距離で今度こそ男の腹に蹴りを入れ、更に続けて下から顎を突き上げた。アラフィアに続いた兵士が倒れたエルヴィーに飛び掛かり注射を打ち込み、その場は漸く収まったのだが、突然のエルヴィーの暴挙に倒れたままの男を兵士達は呆然と見つめる。
〈これが、玉狩り?・・・、何なんだ。一体、〉
荒い息、肩で息をするアラフィアは、エルヴィーが無表情に締め上げた自分の首元に手をやった。
〈首を、・・・ねじ切られると思ったぞ、〉
******
午前中の大臣閣僚との座談会、続く天教院の神事を終えたメイは少しの仮眠を取らされた。夕刻より始まる天月の起祭とは翌朝まで夜通し行われる。その為にアピーと共に昼寝をし、起床後に身支度を始めた。
**
(心機一転、リニューアル)
ーー涙活。
涙は全てを洗い流す。
それは心のデトックスなのである。
私は大人の十九。
人前では泣かない、大人の女。
(ぷるりんはノーカウント。奴はスライム。もしくはスライムガチャの中に入っている、ドロドロのあれ。外れはスーパーボール)
スーパーボール?懐かしい。跳ねすぎて大バウンドすると、どこかに飛んでいくゴムボール。持ち主に正確にリバウンドしてこない制御不能ボール。
(スライムは現在アピーちゃんの肩に待機中。それは何故か?私の女神風巫女コスプレには、青い玉を装備するポケットもフードもないからだ)
ーークンクン、ふんふん。
(エレガンスな女神風の私に、青い玉は自分が似合わないと身を引いたのだろう。それでかわゆいアピーちゃんに、子供の玩具として身を委ねているのだ。・・・お似合いだよ。ぷるりん)
プスッ。
(・・・・)
「ミギノ、今の所笑い方、駄目だよ。可愛くないよ。人を馬鹿にしたように笑うことはよくないよ」
「・・・ごめんなさい」
アピーちゃんに怒られた。確かに、言われてみればぷるりんともいえども、他者を馬鹿にする行為は褒められる事では無い。
だが実は、ぷるりんの思惑は知っているのだ。
(トイレに呼び出しての号泣、あれにより奴は私を警戒しているのだろう。無理もない)
だが私の思いは変わらない。
ここが異世界だとしても、ぷるりんは私と約束というグランふふーんさをしたのだから。
ーー私が家に、帰るという約束を。
(そして今更ドローン設定にも変更は無い。こいつを竜ファンタズィーと呼びはしない)
『おい、気軽に私の匂いを嗅ぐな』
ーーふんふん、あーーー・・・。
〈こら!囓るなよ。これから祭典なんだからな、〉
**
豪奢な洋室の大きな窓辺に留まって、部屋の中を覗き込んでいるのはエスフォロスの飛竜フエル。気付けばメイとフエルは窓辺で見つめ合っていた。
『生ものめ。お前が我が星を誇る、最新軍用機器では無かった事に、失望だ』
〈ギャギャギャ、〉
興味あるものを発見すると、飛竜は羽を浮かすように少し上げる。ツンツンと口先で少女を突きだし、慌ててエスフォロスが止めに入ると、メイはフエルから引き離された。
「お前も、あ、メイ殿も、長く刻をかけて化粧してるんだから、迂闊に飛竜にかまって囓られるなよ、」
『ドンドンて押してきた。ちょっと力強かったよ。弟、ドローンのしつけがなってないよ』
不満げに頷きながら見上げるメイは、身支度の者を断り一人で化粧や仕度を済ませていた。それが中々に良い出来映えで、エスフォロスは関心している。
女達が華やかに着るドレスよりも巫女装束は簡素だが、見た目の子供らしさを抑えた装いに、濃すぎない化粧は少女の魅力を引き出している。いつもは纏めている髪を下ろして印象も違う。隣にはメイに身支度を整えて貰ったアピーが、アラフィアの選んだ幼いドレスを可愛らしく着こなしていた。
〈支度は出来たか?〉
扉の合図にオゥストロが部屋にメイを迎えにやって来た。彼は黒い軍服だが、祭礼用に少しだけ生地の素材が硬く、実戦には不向きなものだ。もちろんエスフォロスも同様に祭礼用を着用している。髪の編み込みも、今日は式典に合わせて一つに結ぶ位置が耳の上より少し高い。やって来たオゥストロを見上げたメイは、何かを意識して頬を染めた。
『・・・・』
〈・・・・〉
**
初めは味見かと警戒していたのだが、今は軽めのスキンシップ・キッスだと理解できる。指輪を貰ってから、巨人の偽婚約者に対する態度は明らかに変わった。
出会い頭に額に接吻。
去り際に頬に接吻。
何かと触れ合う機会は多い。
(悪くない・・・)
異世界認識リニューアルによって、巨人に対する見方を変えた。
(私、恋したって、イインジャナイ?)
過度な触れ合いに慣れは無いが、巨人はエルビーや白狐面よりは紳士的なのだ。しかし、熱狂的な彼のファンに何かされないかとの不安はある。
(最近気付いたのだが、人前でデコキッスされると、どこからともなく悲鳴が聞こえる)
女たちの悲鳴。
それは危険なサインである。
この国の女の巨人は肉食系だ。見た目に美しく強そうな猛者ばかりである。少し離れた壁際からこちらをヒソヒソ見つめる女たち。過去の恋愛免罪符クラスメイトを思い出し、恋愛課よりも嫌悪危機管理課が総動員で警報を鳴らしている。
イケてる巨人に手を出したら、お前を頭から食べてやる。
ぎたぎたにされる?
はぶられる?
ノンノン。
ここはクラスという、逃げ場所の無い狭い箱の中ではないのだ。遠くから悲鳴を投げつける彼女たちにはぶられたって、痛くも痒くもない。
イジメの定番、破られる教科書も落書きされる机一式も無い。何かを投げつけられようものなら、低身長の私ではなく確実に巨人が盾となるだろう。
ならば呪いの手紙?
この私が。ドローンの国の言葉を字面でスラスラと読めるわけがない。どんなネガティブ語録が並べられていても、残念ながらスラスラと読めるわけがい。
極めつけはここは異世界、冒険には常に危険はつきものなのだ。異世界という無責任な未知のワードに、いい加減な恋愛課職員が反応し目を覚ました。
異世界?
恋愛したって、イインジャナイ?
旅の恥はかいて捨てたって、イインジャナイ?
休眠していた恋愛課は上長の承認なく精力的に活動し、嫌悪危機管理課を押し退け企画を遂行した。
ーーぴかん!
まずは巨人呼称は改めようと思います。
(灰色の巨人、改め、フィアンセ・二号)
フィアンセ・一号はエルビーである。
(そう、私の巨人捕獲計画。二股ビッチ作戦、始動)
私は自分の中の可愛い角度で、媚び媚びに媚びた目で巨人を見上げた。
(いいじゃん。いいじゃん。心の中だけでも、キープ、キープ。キープだけ!)
恋愛には奥手なのである。
とりあえずキープ派なのである。
要はどうしたらいいのか、分からないのである。
媚び媚びのうるうるの瞳で見上げていると、巨人は私の前に腰を屈めた。
(来る!キッス!くちびるキッス!初キッス!)
ヌルリのキッスはノーカウントである。
(人前?、ギャラリーの前での初キッスで、いいの?私、)
『・・・・、・・・・』
顔が熱い。唇、緊張で震えてきた。
〈・・・・・・・・・・・・〉
(巨人、間違えた、フィアンセ二号、口元に気付いた?)
実は長く掛かった化粧のほとんどは、この国には無いリップグロスの再現の為に要したのだ。数多くある城の化粧品、その中から混ぜに混ぜてテカリを生み出した。
(見て見て!最新作の傑作ぷるぷるリップ☆)
ーーぐり。
『・・・・』
「よし。奇麗だぞ」
**
微笑むオゥストロ、最新作の傑作化粧を親指一つで拭われた、メイの意識は遠のいた。心配そうにアピーが見つめる中、小さな巫女はガーランド国一の非情な竜騎士の片腕に乗せられて、会場へ向かう事となったのだった。
**
カルシーダ王都を見下ろすように建てられた、堅固な城壁を抜けると冷たい石造りの印象は払拭され、広く美しい庭園が迎える。右手に軍事施設とする城、右の翼。左手には天教院の宮殿、左の翼。各城へ続く道の中央に位置する王城は他の城よりも高い位置に横に長く、巨大な城である。
八段に連なる階段状の庭園、その両脇には彫刻の様に美しい灰色の飛竜が居並ぶ。
豪奢に飾られた大広間、天月の起祭に集い、王の謁見を順番に待つ貴族達を横目に、背の高い美丈夫は周囲の自分に向けられる熱い視線を気にせずに中央を歩く。彼が歩くと人垣は割れ、通り過ぎる背を悩ましげな瞳は追った。
ーーざわり。
たが、今年は状況が違う。颯爽と過ぎる竜騎士の腕には、何か見慣れないものが乗っている。理由を知る者、知らない者、それぞれが目を見張り黒竜騎士を追っていた。騎士は中央の階段前で立ち止まると、空席の大きな椅子を見上げる。
「そろそろか、準備はいいか?」
『なんだい?大トロくん?』
〈・・・・?、〉
『・・・・』
竜王への謁見。誰しもが緊張し畏まるこの場に於いて、妙に甲高い声を発したメイをオゥストロは驚いて見つめた。泣く子も黙る強面のガーランド国王を目の前に、初対面の婚約者の緊張を気遣ったが、無用の心配だったらしい。
(私は今、巨人の腕に乗り見せ物になっている気がする。まるで腹話術の人形。じろじろ、ざわざわ、巨人、気付かないの?それともこれが目的で、私にお洒落をさせたの?)
「これから我らが王が現れる。俺に続いて礼をしろ。大丈夫か?」
ーーぐう。
〈・・・?〉
(やばい。腹の虫、鳴いた。巨人の事を、皆で大トロ大トロと連呼するから、パーティーのために少なく食べてきたのが、徒になった)
ーーぐぐう。
『お祝いにはお寿司が食べたいですね。今日は期待、高まる』、
「大丈夫です。大丈夫です」
にっこり満面の笑顔のメイ。それに薄く微笑むオゥストロ。周囲からは、滅多に見られない竜騎士の微笑みに、軽く悲鳴と感嘆が漏れ出す。程なく大きな鐘の音に、辺りは静まり返ると王族が現れた。
(何この静けさ、大トロコールがやんだ。・・・社長、ご出座?、やばい、腹の虫、)
オゥストロの横に降ろされたメイは、改めて彼らの背の高さに首を傾けて見上げる。何故か玉座には座らずに階段を降りてきた竜王は、第三の砦隊長と少女の直ぐ目の前に来た。
全ての者から等しく年越しの礼を受ける王は、玉座に腰掛け頷くだけである。ごく希に言葉を掛けられる者も居るが、その栄誉は数人だけであった。過去の数人にはオゥストロも数えられるが、言葉だけではなく玉座から立ち上がって目の前に降りてきた事に内心息を飲む。
〈空の明け、我が御頭に翼を広げます〉
〈来る空は荒れる。思うがままに、空を舞え〉
〈・・・はっ、〉
〈その者が、天から降りてきた巫女殿か〉
〈はい。天上人、メイ・カミナです〉
『・・・・・・・・・・・・・・』
〈・・・・〉
〈・・・、〉
(デカイ。私の巨人もデカイけど。社長巨人、デカイ)
〈メイ、〉
『はっ!あ、はい!』、
〈空の明け、この地に祝福を〉
間抜けに口は開かなかったが、見上げたままで目を見開いている少女を促したオゥストロに、メイは我に返って教えられた挨拶をした。もちろんセンディオラに教わった、正しい礼儀作法である。エスクに教わった対フロウ挨拶方法は、ファルド国のみで使用しろと釘を刺されていた。
〈感謝する。巫女殿〉
ーーざわり。
異例な事が続いた儀礼的な王族への一通りの挨拶を終了すると、次はオゥストロの知人への挨拶だ。オルディオールが憑いた巫女だと知る者達は、今は社交的に大人しく挨拶を熟す少女を訝しんでいた。
〈これはこれは、国一番の色男、オゥストロ殿ではありませんか!その方が、天教院が天の使いと崇める巫女殿ですか?〉
巫女と呼ばれた少女に、遠くから天教院の祈りの印を胸元で組む者まで現れている。その中、人垣を割って現れ、大仰に近寄って来たのはフランシー・ソート。オゥストロと同じ国境線の北側を守護する、第二砦の隊長であった。
〈フランシー。奥方は、同伴ではないのか〉
〈あれはお前が婚約したと聞いて、夜も眠れずに体調を崩した〉
〈そうか〉
〈冗談だ。臨月なのだ〉
〈おめでとう〉
〈ありがとう。そちらこそ婚約おめでとう〉
彼はオゥストロが師と仰ぐ、エミハール・ゾルデイトの孫である。今年三十になるフランシーは大柄で、性格も見た目の雰囲気のまま寛容な男だ。竜騎士として、隊長としての二人の力は常に拮抗し、上か下かは決着はついていない。そして今まで、これ程親しげにオゥストロに話し掛けてきた事も無かった。
〈空の明け、我が身に祝福を下さい。巫女殿〉
『・・・・』
「メイ、第二砦の隊長殿だ。ご挨拶を」
〈空の明け、この地に祝福を〉
小さな花の様な少女が軽く足を屈めると、白い長衣の裾がふわりと膨らむ。自分を見つめるつり目気味の黒目に、目を弧に笑う大男は嘲るように口を歪めた。
〈おや、もしかして巫女殿は、我が国の言葉を操る事が不得意なのかな?彼の地に攫われた不遇の天の少女〉
〈不敬が無いようにしてもらおう。天教院が見ているぞ〉
「不敬などとんでもない。この地にではなく、我が身個人に祝福を受けたかっただけだ。もう一度、東言葉で構いません。私に空の祝福を頂けませんか?」
『・・・・』
「おや?、如何されましたか?」
二人の砦隊長、間に挟まれた小さな少女は挑むような愛想笑いに身を強張らせる。少し離れた場所から青ざめ様子を見守るエスフォロスと、我が身の事のように身を震わせる獣人の少女アピー。その肩には、震える少女と共にふるふると揺れる青い玉が乗っていた。
「ミギノ、助けにいかないの?」
「俺?、俺に言ってんの?、あの間に挟まったら、あいつ、巫女様じゃなくて、俺の方がヤバいから、」
「でもミギノ、固まってるよ。あれ、アピーたちの中では、怖くて死んだふりする子がよくするよ、」
「・・・フランシー殿、態とやってんだよ。オゥストロ隊長の婚約者だってメイを、試してんだ」
「試す?」
「フランシー殿に怖がるような女が、オゥストロの婚約者でいいのかって、周囲に見せつけてんだよ」
「・・・ミギノ、苛められてるの?」
「いや、苛めっていうか、この場合、隊長がやられてるってゆうか、」
『・・・・』
「これはまさか、東言葉も拙いという噂話は誠であったのか?三の空の覇者オゥストロ、見た目にも幼く、この様に言葉も拙い者が君の婚約者とは。世の女性たちをどうやって納得させるのだ?」
〈・・・・〉
〈まさか、まだ決闘を女性たちに続けさせるつもりなのでは?〉
過去に女たちに無意味な決闘を繰り返させたオゥストロ。そう揶揄した笑うフランシーに、怒りを顕わにしたのは言われた本人ではなく部下たちだ。第二、第三の砦騎士により険呑な空気となった会場。その中で、注目を浴びた渦中の少女は首を傾げた。
(確か乗馬って、重い人が乗ると、馬が苦しいとかなんとか?だから競馬の騎手って軽めの人が多いとか、聞いたことあるような)
オゥストロへの侮辱、不穏なざわめきなどまさか自分には関係がないと思っているメイは、見上げていた大男の体型に疑問を持っていた。
(大きいし、・・・少し、丸すぎじゃないのか?この人。丸、丸って、確か・・・方言でも分かるかも、)
〈ハミアの家は悲しみに包まれている。あの家に雇われていた者たちは、天教院に祝福をもらえるのだろうか〉
決闘で敗れ、オゥストロに攻撃した大貴族のハミア家は、大きな負債を抱えて暗闇の中に居る。年越しの祝福に吐き出された呪い事に、砦隊長を取り囲む部下たちに緊張が走った。
〈ハミアの名を出すとは、〉
〈第二の、!〉
〈やめろ、隊長の傷になる!〉
〈エスフォロス!、止めるなら、俺では無くフランシー殿を止めろ!〉
〈・・・・〉
「どうされた?巫女殿、倒した敵の名も忘れましたか?」
自分を見上げ恐怖で動かない。そんな少女に負けたハミアの娘も情けないが、その程度の少女と婚約した好敵手が情けない。そう悲しげに美丈夫を見つめたフランシーだが、腹の付近から場違いな声がした。
〈丸。丸ですね〉
〈〈!!?〉〉
息を詰めた部下たち、硬直するエスフォロスとメイを見下ろしたオゥストロ。問いかけられたフランシーだけは、少女の言葉を反芻するのに誤差を生じた。
〈丸?〉
〈大、丸〉
小さく短い両腕を、精一杯広げてもフランシーの腹回りには足りない。だが〈大、大〉と言いながら、両腕を広げて〈丸〉と繰り返す少女に、周囲はその意味を理解した。
『通じました?、ここまでくるとアレですよね?、太っていることにコンプレックスではなくて、逆にお相撲的に誇らしい、みたいなアレですよね?』
〈・・・大、丸、〉
緊張し身動きせずに無言で見上げていた少女は、大きな身振り手振りの後に何度も頷いている。
自分の体型が大きく太っている自覚はある。
学生時代より容姿端麗なオゥストロと比べられ、何度となく減量を繰り返した過去のあるフランシーだが、竜騎士となってからは飛竜の為に痩せる事は出来なくなった。痩せるとフランシーの相棒は元気がなくなるのだ。そしてその事を知っている周囲は、精鋭の竜騎士本人に体型の事をとやかく言う者も居なかったのだが。
ーー肥りすぎ。
思ってはいるが、あえて言う事でも無い。気にはなってしまうが、あえて聞かないものなのだが、少女の言葉はあまりにも率直だった。
〈お嬢さん、まさか今、私の事を丸いと表現しましたか?〉
慇懃に尋ねたフランシーに、通じた現地語に満足した少女は大きく頷いた。
〈丸!〉、
『質問なんですが、ドローンは大丈夫なんですか?あー』、
〈飛竜、フエル、大丈夫?〉
激しく頷き、頬を染めて再度はっきりと精鋭騎士の体型を貶す少女は満面の笑みである。
〈フエル?〉
ーーざわざわと動揺する部下たちは、エスフォロスの相棒の名に視線は乗り手に集中する。
〈やめろ、メイ、なんでフエル?、俺を巻き込まないで、〉
「こわいよ、お兄さん、いつの間にミギノを助けてくれたの?、皆こっち見てるよ、」
〈助けてない。助けてないから、巻き込まないで、〉
『・・・?、弟、どうしたの?、なんで皆、弟とアピーちゃん見てるの?』
〈・・・・オゥストロ、これは〉
ーー〈く、〉
見ると非情で冷酷と有名な第三の砦の隊長は横を向き、肩を揺らして笑いを堪えていた。分かってはいたのだがオゥストロも常々フランシーを見ると同じ事が頭を過ぎるのだから、メイの直当たりは我慢出来なかったのだ。
〈・・・・、〉
好敵手の揺れる肩に眇められるフランシーの瞳は、未だ自分の腹に興味津々の少女を見下ろした。
『あ、そうか、あれかな?』、
〈丸、飛竜フエル〉、
「重い物、飛ぶことが出来ます」
〈!?、〉
『なんか今の、違うかな?重いと速く滑り落ちるとか、なんて言ったらいいんだろ』
〈だから、うちのフエル、出すのやめて〉
〈〈〈・・・・〉〉〉
〈これは、上官侮辱罪に問うべきか?〉
周囲の動揺困惑に皮肉を言ったフランシーだが、相棒の飛竜の名を突然出され慌てるエスフォロスを無視してオゥストロは笑い続ける。
だが一応〈これはお前の部下では無い〉と、肩を揺らしながらも、元凶の少女の事は擁護していた。
**
晩餐会が終盤に差し掛かり、王族は退席し無礼講となった。人々が自由に出会いを楽しむ中、アピーは一人大きな出窓から外を見ていた。
「・・・・」
美しく整えられた庭園、大きな青い星が光を落とし影を濃くしている。鼻をひくつかせ、耳を立てて周囲を窺っているが、そわそわと頬を染めて何も言わない。
(・・・・)
アピーと行動を共にしていたオルディオールは、少女の不審な行動に身に覚えがあった。アピーはこの状態になると、必ずファルド帝国の追っ手を察知しているのだ。
だが、今回は何も言わない。もじもじと、同じ事を繰り返しているだけ。
(少し引っ掛かるな・・・注意しとくか)
オルディオールはアピーの肩から飛び降りると、室内で甘味を貪るメイを探し出す。そして少女が焼き菓子を食べる為に、下品にも人前で大口を開けた瞬間に飛び付いた。
ーーパシッ!
『見切った、』
(!?、は?)
右手には菓子、左手には青い球体。メイは菓子を口に入れ、重みと厚みのある硝子の杯をオルディオールに被せる。
(・・・おい。コラ。クソガキ!)
『憐れだな。青い玉め』
杯の幅は丁度オルディオールの体積と同じ。ぴったりと隙間が無く、身動きが一切取れなくなった。
(・・・だから、こら、オイ、)
『少しだけ、待ってて』
跳ねることも転がる事も出来ない。液状化すれば良いだけの事なのだが、初めてのメイの暴挙にオルディオールはそれを失念していた。
「大丈夫。大丈夫。これ、食べる」、
『もう少し、この豪華なデザートビュッフェを堪能させて下さい。ぷるりん様。ぷるりん隊長、ぷるりん閣下』
(クソガキ・・・!)
後半の異国語の羅列に、確実な悪意を感じたオルディオールは教会での少女の涙への感傷と現状に憤る。硝子越しにグニャグニャと動いていたが、満足そうに菓子を口に頬張る少女を見て諦めた。
(まあ、こいつに甘い物を食べさせようと思っていたからな)
オルディオールは待つことにした。オゥストロは貴族達の相手に今は傍には居ない。巫女のメイを見守る周囲の来客は遠巻きで、誰かに何か言われているのか近寄っては来ない。
(呑気なもんだな、)
〈呑気なもんだな、〉
〈エスフォロス!、伝令だ!〉
少女を任されたエスフォロスは、メイが精霊を閉じ込める一部始終を呆れ顔で隣で見ていたが、至急の砦の使いに顔色を変えた。
「メイ、少しだけ離れる」
そう言い残し直ぐそこの壁際に移動した竜騎士。それを横目にぱくりと一口、少女は甘味を食べて目を閉じた。
『まるでガトーショコラ。なのに見た目はママレードプレーン味。不思議』
(なんで食事中に、目を閉じる。頷くな。恥ずかしい。黙って食え、)
食べ散らかす訳では無い。だが学者の様に目を閉じて頷き、頬張る様は大人の女性の行為では無い。少しずつ色々な菓子を堪能中のメイは、未だ壁際のエスフォロスに頷くと次の菓子にも頷いた。
(まだか・・・。ファルド帝国の者がここに入り込んでいれば、必ず問題は起きる。国境を越えて潜入する者は、中央第八師団の潜入に特化した精鋭部隊だった。特に警戒しなければならない)
イライラと透明なグラスの中、幸せそうな少女を見上げていたオルディオールだったが、硝子の割れる大きな音に素早くそちらを振り向いた。広間の中央には人々がざわめき、謝罪する給仕の者たち使用人が数人。
(気を張りすぎか。アピーの行動が気にはなったが、ファルド帝国の者が追ってきている確証はないからな)
人で在った自身の癖に自嘲して、少女の咀嚼見物にそちらを見上げると、そこには在るはずのメイの姿は無かった。




