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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天を制する者~ガーランド竜王国
75/221

16 虚偽 16


 ガーランド王都カルシーダ。冷たい空には雪が舞い、陽も暮れた王城近くの駐竜場には、柔らかい灯籠ラアラが集っている。毎年この季節に王都へやって来る、第三の砦の騎士達を国民が迎え待つ光の群れだ。


 暗闇が覆う様に舞い降りた黒い大きな影に、出迎えた国民は寒さを感じさせない大きな歓声を上げた。


 ーーわぁああぁあ・・・!


 『・・・!』


 自分を取り囲む大歓声に身を固めたメイだったが、それを浴びるオゥストロ、続いて着地していく隊員達は淡々と飛竜から身を翻して地に降り立つ。一人一人の行動に歓声は上がるが、やはりオゥストロが動く度にそれは強まった。


 (なんだなんだ?出待ちだ!どこかにアイドルスターかフィギュアの王子様でも降臨された?・・・まさか、この巨人達を待ち構えているの?皆こっち見てる?、巨人達、スターなの?)


 先に黒竜から降り立ったオゥストロは、まだ竜の背にちょこんと乗ったまま、降りる気配の無い小さな少女に手を差し伸べる。その行動に女達からは悲鳴が上がるが、しかし伸ばされた手の先の影が小さい事に、徐々に嫉妬の悲鳴は混乱のざわつきに変化した。


 「降りろ」


 『え、まさか飛び降りろって言ってるの?』、

 「むりむり」、

 『絶対無理、』


 見下ろすが飛竜の体軀で地面が見えない。飛び降りても確実に骨折しそうな程に距離がある。そこそこ運動神経に自信の無いメイは、群衆の注目する中で不様に落下するつもりは無かった。


 『出来ません!足場を、梯子を、』


 「大丈夫だ。飛び降りろ」


 低い声、オゥストロの伸びた長い手に身を引いたメイの騎乗する飛竜が、突然ぐらりと傾いた。賢い黒竜ドーライアは相棒の意図を汲み、背中の異物を振り落としたのである。


 『っひアアッ!!!』


 流れる様に片手で少女を抱きとめたオゥストロに、更なる歓声が響き渡る。


 (なんなんだ。なんなんだ?ん?)

 

 〈見て!***!あの子供!***!〉


 メイはキョロキョロと辺りを見回しているが、群衆の中、自分に指さす子供を発見し目が合うと、お互いを出会い頭の猫の様に牽制し合う。


 (私を指さしてるの?あの子供、なんかこっちを睨んでない?)


 〈母様アム!あの子供!***!〉

 〈オゥストロ様!ほら、手を***!こっちを見てー!〉

 〈あの子、オゥストロ様に*******!!〉


 (なるほど、私が巨人に抱っこされていることがうらやましいんだ。・・・複雑。女性たちからの嫉妬シチュエーションなのに、私に突き刺さる非難の瞳は子供たちのみ。なんでだ?)



 ーーわぁああぁあ・・・・!



 役目を終えた飛竜が空に羽ばたくと、騎士達は少し離れた群衆へ向かってそれぞれ手を振り始めた。オゥストロは軽く片手を上げると、もう片方の腕に抱いた少女を見せびらかす事は無く、大歓声を送る群衆に背を向けて王城の門を潜って行った。









******









 〈お帰りなさいませ!オゥストロ様!〉


 出迎えられた女使用人達には目もくれず、砦の隊員達は王城敷地内にある軍施設カイアス・センティの城へ向かう。使用人達や王都兵士達の注目の視線、例年には無い光景に通路に人集りが出来ていた。


 それはオゥストロたち砦の隊員にだけではなく、隊長が片手に抱いている少女を見るためだ。


 〈腕の子供は、なに?〉


 〈やめて、まさか、オゥストロ様の隠し子?〉

 〈いや、違うだろ。あれは北方セウスの子供だ〉

 〈本当なのか?あの噂、隊長が婚約したって〉


 囁かれる声や悲鳴を通り過ぎ、ここでも脚を止める事は無くオゥストロと一行は第三の兵士達に与えられた敷地内へと向かう。


 〈婚約者?、あの腕に乗ってる子が?〉


 周囲に関心を示さず通り過ぎた精鋭部隊。その中、先頭の隊長の腕にちょこんと座る少女だけが、物珍しそうに辺りを見回していた。




***


ーーーガーランド王城、カイアスセンティ



 「アピーちゃん、大丈夫?」


 「・・・。・・・・、」


 共に竜騎士と騎乗してきたアピーは飛竜が苦手なのだ。空の高度や飛竜の速さや揺れなどには頓着しないが、ただ飛竜の存在が怖い。一番おとなしい性質の飛竜に乗る隊員に乗せてもらったが、初めて乗った数分間よりも今回は長く騎乗し、地上に降りてしばらく経っても心は折れたままだった。


 「酔ったのかもな。エミュスは飛竜の飛ばし方が一番上手いんだが、それでも駄目な奴は酔うんだよ。これを飲め。パードゥだ、すっきりするぞ」


 「・・・・」


 エスフォロスに温かい飲み物を用意されたが、アピーは毛布に包まって出てこない。差し出された器を代わりに受け取ったメイは、不安げにエスフォロスを振り返った。


 「アピーちゃん・・・、」


 「駄目か。寝かせとこう。一晩寝れば、なんとかなる。隊員達ほかのやつらは今から会議。お前はこれから俺と飯。で、今日は休んでいいからな。明日は神官様と天教院エル・シン・オールへ挨拶行くぞ」


 「飯、」


 〈・・・・〉


 頷く少女にエスフォロスはある不安を感じていた。オゥストロとアラフィアに、巫女であるメイを託されてその守護と彼女への不審な点を監視する役目なのだが、気になる事がもう一つ。


 (インクラートのあの目つき。ちょっと、変じゃないか?)


 信仰する宗教の神官に不審を感じる事は失礼だと思いながらも、どうも少女メイが砦へ来てからの彼の行動、目つきがエスフォロスは気になっていた。


 執着を感じ過ぎるのだ。


 (〔天の巫女〕の稀少性は正直俺にはよく分からない。ただ、大切にした方が良いことは理解出来るし、二ヶ月余り共に過ごしたメイに親しみは持っている)


 何かに利用されているのならば、その悪縁を断ち切って少女の命を救いたいと思う程に。だがそれと巫女としての少女への気持ちは、親しみという同じものなのだ。天の巫女としての神聖性や稀少性を重んじろと言われてもよく分からない。


 ただ、インクラートの視線は危険な気がする。


 (根拠の無い直感など、外れるに越したことはないが、な)


  

 「よし、メイ、行くぞ飯だ飯。今は水の刻か、まだ屋台があるかもしれん」


 「飯!、アピーちゃん?ご飯は?」


 「後で軽食を運ばせる。お前は俺と外で飯」


 『待っててね、おにぎり的なお土産、弟に買ってもらうね』、

 「私は外に出ます」


 「・・・・うん」、

 『いってらっしゃい、ミギノ』



 『!、・・・行ってきます!』 




 蹲り丸まるアピー、それを屈み込んで見ていた少女は立ち上がる。真横に走り寄って自分を見上げた黒い瞳にエスフォロスは、明日の天教院エル・シン・オールへの同行にインクラートを注視することにした。




**



 

 「お買い物。行きたいです。贈り物買いたいです」

 「お、いいな。喜ぶぞ」


 実はここに来る前に、アラフィア姉さんにお小遣いを貰ったのだ。この大都会カルシーダには三泊四日の予定なので、山岳施設にお留守番のエルビーとアラフィア姉さん、くろちゃんにお土産を買おうと思う。それにもう一つ、買いたい物ができた。


 それはシャンプーだ。


 異国に来てから、固形石鹸にお世話になっているのだが、今のところ無臭の石鹸にしか出会った事が無い。


 (贅沢は敵だと理解しているし、無銭飲食無職の女の言える我がままではないとも分かっている。だが、頭の臭いが気になるのだ)


 この地方へ来てからは、固形石鹸で全身を洗った後に香油でお花の香りを頭から全身に塗り込むのだが、ほんのりとナチュラルすぎて物足りない。


 無添加女子のアピーちゃんとは違い、添加物まみれで十九セルドライという年月を熟してきた私としては、ボタニカルな自然派フローラルは理想で留めておき、人工香料を欲してしまうのだ。


 ナチュラルすぎると物足りない。

 アロマオイル一滴では物足りない。


 (というか不安。ナチュラルボーンされた繊細なお花の香料では、なんでも消臭し、更に様々な人工フローラル臭にまみれていた、消臭世代の私にとっては不安でしかない)



 偉大なる、魔法の消臭スプレーよ!

 来たれ!我が手に!!



 〈どうした?〉

 『いや、石鹸屋さんて何処ですか?ドラッグストア的な』

 〈・・・?イヤ・セッティンヤー?それは天上語か?分からん〉

 「石鹸、欲する。私は石鹸を求めます」

 「ああ、石鹸か。確か大通りに数件あったぞ」



 何故急に、臭いが気になり始めたのか?


 ここに来て、巨人のスキンシップが増したのだ。まずはドローンの上で締め上げられ、ほっぺの味見をされた。更に去り際にデコの味見が加えられた。

 

 そして、奴にもあむあむドローン一号のように頭部を認識されたのだ。


 これがとても重要だった。


 巨人にガッチリホールドされ、頭の臭いをくんくん嗅がれるのだ。そこには不安しかない。


 喰われる不安と、嗅がれる不安。


 生っぽいドローンなら、なんてことはない。トカゲに似てる奴からのくんくんはウェルカムなのだが、さすがに巨人は人なのだ。しかも性別は異性で男。好みかどうかは別として、顔の造形は素晴らしい。一般的にイケてるメンズ。そんな男に頭をくんくんされる私。



 自分の、頭皮の、臭いが、気になるのだ!



 香り付き石鹸プリーズ!

 シャンプー、コンディショナー!

 人工香料付きでプリーズ・ミー!!


 ここに来て、多少幼児扱いされることもあるが中身は大人なのだ。


 恋愛必須、年頃妙齢、大人の女性なのだ!


 なので私は大都会カルシーダで、必ず石鹸を探し出そうと思ったのだ。これはこの地で自分に課した使命。

 

 (だって自分でなんか、作れない。ネット検索も出来ないし、姉さんに石鹸の材料聞いても謎の物質の羅列だった)


 既製品最高。

 石鹸職人最高。


 残念ながらアピーちゃんは翌日も体調不良で欠席のため、私は弟と南国アジア風と共に街へ繰り出した。もちろんぷるりんは肩に乗っている。最近よく、こいつは隠れずに肩に乗るようになった。

 

 「ぷるりん、肩に乗ってます」

 (・・・・)ふるふる。

 「隠れません?」

 (・・・・)プルプル。

 「何故ですか?」

 (・・・・)ふるふる。


 理由はおそらく、私の口の中に飛び込むタイミングを狙っているのだろう。奴とはトイレ友達を遥かに超えたトイレ共用体なのだから。


 今更である。

 遠慮なしである。

 いつでもどんと、来いである。


 (・・・・)ぷるり。



**



 (今日の予定はお買い物と教会巡り。我が国にもあるあるの神社仏閣巡りツアーの教会バージョンである)


 『大っきな神社・・・、いや、寺?神殿?』


 やはりどの国でも、神聖な場所は芸術的装飾が素晴らしい。神への畏敬の念が祈りの場で、芸術的建造物となって形造られているのだ。


 「巫女様!ようこそお越し下さいました!」


 「インクラートさん、こんにちは」


 「私などは、どうぞ呼び捨て下さい」


 (・・・うん。出来ないよ。浅い付き合いの年上の人を、呼び捨てなんて、)


 ーー巫女様。


 どうやら私はぷるりんによって、このドローンの国では巫女ポジションを獲得しているようなのだ。山岳施設に居るときから、巫女と呼ばれて拝まれた事もある。それは全て誤解なのだが、ぷるりんの邪魔にならないように、否定せずこの設定を見守っている現状だ。


 (たしかに、青い玉が口から出入りする光景。普通では無い)


 飲み込まれた魚ちゃんを、げっと口から吐き出す芸とは訳が違うのだ。飲み込んだ青い玉、ぷるりん氏を鼻から口からどろりと垂らして居る様を、妖怪ではなく神聖な巫女と間違えて拝まれる事に躊躇いはある。


 だが、私は非情な軍師。


 〔帰る〕という目的のためならば、手段は選ばない。


 ぷるりんはこの国が、私の帰郷までの道のりになると言ったのだ。婚約未遂設定も、そのために必要だと言っていた。巫女これもその一つなのだろう。


 なのでせめて、巫女ポジションに対して拝んでしまう心がピュアな街の皆様には、欺されたと思われない様に演じる事のみだ。


 (ただ、ぼんやりと微笑んでいるだけだけど、)


 そう、今まさに、荘厳なる教会の前で、私は集まって来た人々に拝まれている。


 「巫女様!祝福をお授け下さい!」

 「巫女様、ガーランドに栄光を」

 「竜王様に勝利を!」


 (ごめんなさいごめんなさい。これはオレオレではありません。お金は一切頂きません。ごめんなさい、本当に、ごめんなさい、そして何の御利益もありません・・・!)


 タイム・イズ・マネー。

 タイム・イズ・マネー。


 とある宗教は、お金への煩悩欲望を喜んで捨てれば、のちのち御利益アルカモヨ?などと、大切なお金を放り投げさせる。


 タイム・イズ・マネー?


 (だけど私には、そんな御利益バックボーンなど居ないのだ!どうか私を拝む無駄な時間は、他の用途で消化下さい)



 〈巫女様!、ご加護を!〉

 

 『・・・・、・・・・』


 あなたのタイム・イズ・マネーに、幸アレ。


 表面的ににっこり微笑んだ私は、頷く南国アジア風に手を引かれ、教会の中で何度も同じ事を繰り返した。その度にタイム・イズ・マネーと心は痛んだのだが、仕方が無い。


 非情な軍師は心を鬼に、目的を達成するのみだ。



 〈・・・・・・・・〉


 ーーハッ! 


 何あの目!

 私の非道を弟が見透かしている!


 (蔑んだ目で、私を見ないで!ていうか助けて!そして、早く石鹸屋さんに連れて行って!)




***


ーーーガーランド王都カルシーダ、城下街。



 「良かったな、気に入った石鹸、沢山あったみたいで」


 「はい。石鹸、アピーちゃんとアラフィアさんに贈り物。腕輪と首輪はエルビーとくろちゃんに」


 「〈隊長ライド〉には、石鹸か?」


 「ライド?・・・『まさか巨人のことか?・・・やっぱり、婚約者未遂設定は賄賂が必須か、』買います。ライド、オゥストロ」


 「・・・待て、メイは〈隊長ライド〉って言わなくてもいいぞ。と、いうか言わないでくれ。砦に帰ってアラフィアにられる」


 『ノー・ライド?オーケー』、

 「オゥストロを買います」


 ーー〈!!!〉


 エスフォロスが突然少女の口を片手で覆った事に、買い物を楽しんでいた周囲の視線がざわつく。微かな悲鳴はエスフォロスを追ってきた支援者の女性たちだろうが、今の彼には人目を気にする余裕は一切無い。少女の発言の訂正を、必ずしなくてはならないのだ。


 「オゥストロ様〔に〕、買います。繰り返す」

 「・・・・オゥストロ様、に、買います」

 「もう一度」

 「・・・・オゥストロ様、に、買います」


 頷くエスフォロスは安堵に初めて辺りを見回した。人の目は、彼を見ないようにそっと不自然に逸らされていく。


 〈・・・なんだ?、あ、〉


 留めを刺す勢いで首根を押さえ付けた少女は小さく、端から見ればエスフォロスは覆い被さる状態だ。素早く立ち上がると、襲われた小さな黒髪の少女は憮然と片方の眉毛を上げて見上げていた。


 〈ゴホン、ゴホン、メイ、あの出店を見よう〉


 『・・・・』


 (こいつが冗談でも叫んだり泣いたりしたら、俺、ヤバかった・・・) 


 見ないように突き刺さる周囲の視線。遠巻きに悲しげな瞳で見守る支援者の女たち。それをエスフォロスは、無表情でやり過ごす事に徹した。



**

 


 (良かった。終わった・・・、まさか、ここであの呪いが再生されるとは思っていなかった・・・。やはり、呪いとは恐るべき環状、そして螺旋。油断は出来ない。でも、この呪いをコピペして、ねずみ算式にばらまく事はしない。ヴァルヴォアール召喚魔法の発動は、ここで私が食い止める!)


 エスフォロスの焦燥に気づかないメイは、決意を新たに前を向いた。そして彼に連れられて、オゥストロのお土産探しに残りの刻を全て使う事となる。


 「これ」

 「隊長の雰囲気じゃないな」


 「・・・これ」

 「うーん」


 「・・・・・・これ?」

 「それかー・・・、」


 「・・・・これこれ!」

 「お前、適当じゃねえ?」


 (イーーーーーっ!!!なんなのだ!弟!!) 


 メイが適当に奇妙な形の留め飾りを手にすると、エスフォロスが却下する。結局陽が暮れるまでエスフォロスの許可は下りず、決定は髪飾りの長い黒の紐だった。


 〈イイじゃん。これ、俺も買おうかな〉


 (・・・これ、私が選んだというより、弟が好きなもの選んだ事にならないか?)


 そう疑問は浮かんだが、今更買い直す気は無い。城へ戻るとアピーは元気を取り戻し、土産の石鹸をとても喜んでいた。 




***


ーーーガーランド王城、カイアスセンティ

   指揮官三の間。



 「俺にくれるのか?」


 夕食の前に現れたオゥストロに購入した髪飾りを渡すと、軽く頷いてそれを結べと椅子に座ってメイを引き寄せた。


 (男の人の頭、緊張する、)


 至近距離には慣れないが、エスフォロスとの練習で身に付けた編み込みをオゥストロの艶のある灰色の髪で実践する。手際良く出来ずに刻はかかったが、束になる三つ編みの一つに黒の飾り紐を編み込む事に成功した。


 『出来た、なんとか、』


 手鏡でそれを確認したオゥストロは、隣で一緒に覗き込んでいたメイに鏡越しに黒い瞳を合わせ微笑む。



 どきり。



 初めての胸の高鳴りに、メイは偽りの婚約の事実に心が痛んだ。扉の合図と共に夕食の報せが入ると、オゥストロは立ち上がらずに小さな左手の人差し指に口付ける。


 (・・・これは、味見・・・?)


 緊張に強張るが、頬を染めて訝しむメイ。だが懐裏から取り出した物を、指に嵌められて黒目を見開いた。



 『指輪、』



 水晶の様な透明の石に一連に羽の様な細工堀がされ、一つだけ花の図柄の中央に透明性のある薄い墨の色の石が嵌められている。つなぎに金属は無い。全て石の総彫りで造られた希少で高価な指輪だった。


 「これは婚約指輪。精霊殿が言っていただろう?形ある約束を見せろと」


 オルディオールに言われた、誓約グランデルーサの代わりになる物。婚約には決まり事の風習、代々親から受け継ぐ婚約指輪とするとオゥストロは言ったのだが、それに彼は嘘をついた。


 オゥストロの家には、そんな物は無い。ましてや未婚の母が、オゥストロを私生児として産んだのだ。

 

 〈指輪これは、お前と俺の絆〉


 小さな短い人さし指に嵌められた指輪は、歴史を代々繋げる物では無い。オゥストロから始めるためのこの世に一つだけの指輪。



 〈・・・・ありがとうございます〉 



 これは形だけの物、ただの指輪。


 初めて貰う指輪の嬉しさに、〔帰る〕為の嘘の婚約だという現実が突き刺さる。その悲しい気持ちがぶつかり合って、メイはそれ以上を言葉に出来ずにただ涙を流した。


 〈・・・・〉



 けして嬉しそうに笑い、零れた涙では無い。そんな少女が泣き終わるまで、オゥストロは小さな肩を抱いていた。




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