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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天を制する者~ガーランド竜王国
73/221

ある魂の賞賛 14


 この日ファルド帝国貴族院議会に於いて、大聖堂院カ・ラビ・オール所属、魔戦士デルドバル参戦の懸念について議論がなされた。


 発案者は第一師団騎士団長、フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール将軍である。貴族院を束ねる議員長エールダー公爵家は、ヴァルヴォアール将軍の提出した、数字持ち玉狩ルデアりエルヴィーの暴走による、同、玉狩ルデアり殺しを重く見た。




 「六十六ロウロウ番を殺害後、未だ四十五エルヴィー番を追尾中。西、国境を越えたところで足跡は途絶えた、これについて、大聖堂院カ・ラビ・オールからの意見は?」


 言われた女は銀色の髪を揺らし、壮年の議院長を見て微笑んだ。


 「何も。元より玉狩ルデアりは粗悪品ですの。不具合は想定内なので、大した事ではないのです」


 エールダー議員長、居並ぶ貴族の議員は笑うエミー・オーラに困惑し、質問の内容を大きくずらされた事の修正を、誰が言い出すかお互いを見合う。


 (大聖堂院カ・ラビ・オールの者とは議論が難しい)


 (元より魔法や研究を生業としている者達とは、主題の捉え方が違うのだ)


 彼らは全て結果で物事を判断する。そこに社会性や道徳倫理、責任の追求までは理解に月日を要するのだ。面倒事には関わり合いたくない。議場が沈黙に包まれる中、エミー・オーラとのやり取りを無視し一人の男は高らかに宣言した。



 「騎士団としては、次の大陸統合作戦に於いて、不安定要素は必要無いと考えます」


 「ヴァルヴォアール将軍、しかしそれでは、」


 「四十五エルヴィー番の症状は、最西基地付近で発生する魔物、落人オルの状態と酷似しており、同数字持ちと称される魔戦士デルドバルも同様の症状が表れた場合、我が軍の被害は計り知れません」


 「魔戦士デルドバル玉狩ルデアりは別物よ。彼らには何も欠陥は無いわ。戦争に出さないなんて、それこそあり得ない愚行だわ」


 数字持ちへの研究費用、魔戦士デルドバル育成への投資額は年間の軍事予算費の半分以上になる。それを溝に捨てるのかと、大聖導士はフロウではなく議員達を見回した。


 「ならば、魔戦士デルドバル玉狩ルデアり、そして落人オルとそれに関連するルル、これらの情報を全て騎士団こちらに開示下さい。四十五エルヴィー番暴走の非関連性が確認されれば、こちらも魔戦士デルドバルの編制を許可出来ます」


 「そうだな、四十五エルヴィー番の暴走は見過ごせない。今までの魔戦士デルドバルの実績を考えると、それが暴走によりこちらの陣を破壊する脅威となる」


 エールダー議員長の言葉に、周囲の貴族議員から次々に同意が挙手される。エミーはそれに笑顔を消して議員長を美しい紫石の瞳で見た後、鋭くフロウを見据えた。


 「開示は出来ませんわ」


 同じ様に表情なく見返すフロウは、紫の瞳の奥に苛立ちの色を見て取った。


 「ならば原因が解明そして証明されるまで、魔戦士デルドバルの使用、国内外の外出を禁じる。また、大聖導士オーラの提出にあった、魔戦士デルドバルによるガーランド国境越えの試験潜入は凍結とする」


 「・・・・・」


 会議は終わりそれぞれが席を立つ中、いつもは真っ先に会場を後にするエミーはフロウを見つめていた。それに気付いた騎士団長は、女達が求める微笑みをエミーへ向ける。


 「ヴァルヴォアール将軍、私の邪魔をするの?」


 少女のような問いかけに、フロウは困った風に笑う。


 「いえ、大聖導士様の邪魔を出来る者など、この世には居ないのでは?」


 それにエミーは返事を返さず、長い銀色の髪を揺らして会場を去って行った。女の背を見送るフロウに一人の隊員が歩み寄る。男は第八師団に所属する者で、人相は特徴のないありふれた顔立ちだ。


 「ユベルヴァール中尉、テイオン中尉、無事に入りました」

 「メアーはどうしている。まだ、西基地か?」

 「いえ、昨日、北方の船に」



 フロウの目線は去り行く銀色の髪を追い軽く頷く。女の姿が完全に見えなくなるのを確認すると、それに背を向け歩き出した。





  





******









 〈おはようございます。巫女様はこちらですか?〉


 爽やかな朝、登り始めた陽の光を背に神官インクラートはエスフォロスの兵舎に顔を出した。


 〈おはようございます神官殿、いえ、メイは早朝の訓練からまだ戻っていませんね、そういえば今日は遅いな、〉

 〈訓練?巫女様は朝から訓練させられているのですか?〉


 いつもは優しげなインクラートの鋭く責めるような問いかけに、エスフォロスは慌てて言い方を変えた。


 〈いえ、メイは体力作りに自ら毎朝、走り込みしているだけです。訓練なんて、厳しいものではありません、〉


 〈・・・そうですか、さすがは巫女様。良い心掛けですね〉


 笑顔に戻った神官に安堵し、エスフォロスは彼を運動場へ案内する。その途中、いつもメイと走り込みに付き添っている事務官の一人と出会した。朝の挨拶と少女の行方を尋ねると、いつのも無精髭が無くなって若く見える男は感心したように言った。


 〈あの子、いや、彼女、今日は朝の訓練終わってから、突然掃除し始めて、びっくりしたんですよ。今、他の連中が手伝うって用具探しに行ってて、俺はそこにあったこれで〉


 掃除と聞いて同じ様に感心を頷いていた彼らだが、男の持つ物を見た神官の目つきが変わった。彼の手には厠用の桶に雑巾が入っている。


 〈掃除とは、男女共用の、運動場の隅にある、あれですか?〉


 神官の勢いに気圧され頷く事務官の男。そして急かされてたどり着いた場所には、少女が棒付き束子で床を磨いていた。


 [天樹よ、お許し下さい]


 アラフィアの古い上衣を一枚着ただけのメイは、走り込んだ後の長脚衣を脱いで、あられもない姿に膝から下は素足である。陽の下で少女の白い足を見た神官は軽く目を伏せた。


 〈これは、どういうことでしょうか、〉


 震えながらの一言に、インクラートの怒りの全てを感じ取ったエスフォロスは姿勢を正す。


 〈いや、その、あの、〉


 〈貴方達兵隊が、掃除をサボり続けて汚くなった厠を、心の清い巫女様がお浄めを始めてくれた事には感謝すべきでしょう。ですが、〉


 言い淀んだインクラートは、こちらを不穏そうに見ていた小さな少女に向き合う。


 「どうして、どうして巫女様は、そんな格好で!こんなに人気の無い場所で!一人で掃除をしているのですか!そんな、肌を顕わに、・・・危ないではないですか!いけません!止めて下さい!!今すぐに!!!」


 『!!?』


 強く神官に言い放たれたメイは、ブラスに打たれた様に硬直し手を止めた。普段は心地よい落ち着いたインクラートの声は、腹の底からの怒声に周囲に響き渡る。何事かと駆け寄ってきた兵士達を横目に、今度は隣に呆然と立ち竦む男に目を眇めた。


 〈そして、エスフォロス!貴方とアラフィアは、巫女様を預かる責任があります。何故この様な事態になってしまったのですか!?〉

 〈・・・これに関しては、なんとも申し訳なく〉

 〈貴方たちも!何故、巫女様が、こんな、頼りない姿になることを止めなかったのですか!!〉


 〈いや、あの、俺らが居た時は、まだ脚衣、穿いてましたが、〉

 〈言い訳ですか?貴方、今、私に言い訳という説教を示したのですか?〉

 〈説教!?、誤解です、神官殿、〉


 〈受けて立ちましょう〉


 〈〈・・・・、〉〉

 『・・・・・・・・』


 止むことのない神官の説教が始まると、何故かエスフォロスと事務官の隣に項垂れるメイが連立していた。インクラートは淑女の嗜みと女性に対する男の在り方、そして厠掃除の大切さをくどくどと語ると漸く冷静さを取り戻したのか、俯いた少女の足に慌てて自分の長衣を巻きつける。そして小さな手を引くと男たちを置き去りに背を向けた。




 〈束子持ってきたぞ!・・・あれ?、メイは?〉


 〈〈・・・・・・・・〉〉 


 他の者達が掃除用具を持って現れた運動場には、疲れ果てた男が二人、爽やかな朝陽に照らされて佇んでいるだけだった。




**




 軍に入隊すれば力や実績で貴族の位は手に入るが、元から貴族の者達は血の滲むような努力はなくとも上級士官の位が手に入る。だがやはり、勝ち取られる階級により職務の立場の逆転は生じるので、第三の砦のように庶民出のオゥストロが最上位の隊長になれるのだ。


 〈アラフィア!、外周手当ての書類、隊長の署名をもらってくれ!、提出先は五番な〉

 〈了解ダーラ


 〈了解ダーラじゃねえよ。それ、副隊長の仕事かよ。上士の事務官、お前のこと舐めてんぞ〉

 〈いつものことだ。早く処理が進めば問題ない。隊長の行動範囲の把握は、結局は私が一番知ってるからな〉 


 アラフィアもオゥストロと同じ庶民の出身である。そして同じく力と仕事ぶりで副隊長の座を手にしたが、オゥストロと周囲の態度が違うのは未だ上級士官には頭が上がらない事にある。


 要は上げられないアラフィアの態度がなめられているのだと、同僚は顔を合わすたびに忠告するがどうにもならなかった。誰が嗜める訳でも無く、アラフィア自身が貴族への心のあり方を変えなくてはならないのだから。


 (わかってはいるんだが、)


 生まれながらに貴族や平民だと差別を受けて、身分差別を当たり前に頭を下げ続けていた者が、突然逆の立場になり他者に頭を下げさせる事の切り替えが難しい。


 立場逆転を目的として地位を得る者には喜びになるのだろうが、アラフィアは特に貴族に虐げられて生きてきた訳ではなかった。むしろ親は貴族の家で働いていた使用人だったのだ。貴族の夫婦は両親やアラフィアとエスフォロスにとても良くしてくれ、軍学校への進学資金も都合してもらったのだ。恩はあれど恨みなど無い。


 〈わかんなくはねーけどさ、砦の上級士官達はアラフィアよりも階級が上の奴らも多いしな。だけど事実上、オゥストロ隊長の次に砦で支配権を持つ者は、実働部隊の副隊長のお前だろ?使い走りしてんじゃねえよ。みっともねえ〉


 〈・・・・〉


 〈上士がお前に敬意を示さないのは、お前の態度によるものだ。毅然としろよ。平民同期の出世頭なんだからよ。夢をぶち壊すなよな。下の奴らもお前を見てんぞ〉


 〈・・・・了解ダーラ




 長く身に付いた貴族への低頭。だがその思いに変化をもたらす出来事があった。それは上官の婚約をかけた決闘デートの場で。




**


 


 小柄な少女が床を踏み切り高く飛び上がると、回転と共に剣を避け、肩越しに踵を強く落とすのをアラフィアは口を開けて見ていた。


 〈ぅぐあっ!〉


 小さな少女に肩を強打され、簡単に自分の剣を落とした。情けない王都近衛竜騎士の女を侮蔑の目で見据える。


 (たしかあの貴族の女、エスフォロスと同じ年齢としだったな。しかもあいつ、まだ親の名を名乗っていた。親の権威を振りかざす。これは成人した者には恥ずべき事なのだが、この貴族の女はそれさえも知らないのだろうか?)


 あまつさえ大富豪ハミア家を名乗る娘は、剣を持たない少女を斬りつけた後、更に少女の姿勢が整わないうちに攻撃を仕掛けた。


 (貴族の中にも、こんな愚かな者がいるのか。こんな恥ずべき者でも、貴族に、近衛士官になれるものなのか、)


 愚かな貴族を話に聞く事はあったが、アラフィアの周囲の人々は皆、人間性も行いも優秀な者ばかりである。

  

 (私は、何か考え違いをしていたようだ)


 少女メイが先ほど十九セルドライと知った事には驚いたが、彼女の身体の大きさは変えられない。それを選んだオゥストロの今回の婚約騒ぎも、オゥストロが自分と同じ平民出身の者だからなのだと何処か偏見を持っていた。


 ーー貴族ならば、戯れでもあれほどの体格差のある少女を、婚姻相手には選ばない。


 優秀で常識人の彼らは、今回のオゥストロのメイとの婚約を訝しむ表情か嫌悪する目で見ていた。それにアラフィアも同意を頷いていたのだが。


 (だが、違うのだ。愚かな者でも、生まれで貴族となれる事を知った。そして愚かなまま、成人出来る事も。あの女のように) 

   


 ーー〈貴様。自分が何を仕出かしたか、分かっているな?〉



 上官と少女に無礼を働いた愚かな女を、腹の底から一喝した。この瞬間に貴族への低頭の思いは完全に切り替わったのだ。  


 この日からアラフィアの砦での態度は改まり、それと同事に精霊憑きの巫女、少女メイへの見方もがらりと変わる。メイの戦いを目の辺りにして、神官インクラートの語る精霊憑きの巫女、身体を貸し与える少女の重要さを実感したのだった。




***


ーーー第三の砦、隊長執務室。



 〈ーー以上、報告を終わります〉


 部下の定時報告に、手渡された書類を見つめたオゥストロはぽつりと呟いた。


 〈三デロス、体重だけ増えたと言っていたのか。なのに身長は伸びないものか・・・〉


 〈はい。やはり十九セルドライの年齢ですと、成長期の様には伸びないでしょう。今回の体重の増加も、筋力の増強と考えられます。今後の食べ方によっては体重は下がっていくでしょう〉


 〈それは良くないな。あれ以上小さくなられては色々と不都合だ。既定の量から減らすなよ。増やすことはあってもな、〉


 〈は、〉


 報告終了を確認し、敬礼をして退席しようとしたアラフィアを珍しくオゥストロは見返した。


 〈それとアラフィア、何か心境の変化でもあったか?〉


 〈?〉


 〈最近、お前が良くなったと、ストラが言っていた〉


 〈ストラ尋問官長がですか?いえ、思い当たる事はありませんが、光栄です〉


 そうは言ったが心当たりはある。それは貴族へ対する心境の変化だ。彼らに対する見方を変え、対等の人であったことを思い出し、この数日はそれを態度で表すことを意識している。


 (そうか、ストラ尋問官長は好印象と捉えてくれた)


 副隊長は敬礼に腕を腰に当てると、顔の火照りを隠すように踵を返し、隊長の執務室を後にした。




***


ーーー第三の砦、調理場。



 〈美味いな。良いじゃないか。これ、次から出すか〉


 砦の調理班長の言葉に、エスフォロスも同意を頷く。


 〈日頃から食している焼いたコウラよりも、しっとりしていて弾力がありますね〉

 〈焼く前に茹でるという一手間で、こうも変わるのだな〉


 試食をしている小さな少女達は、幸せそうに焼きたてのコウラを食べて微笑んでいる。


 〈釜の火も熾せない子供なのに。やるじゃねえか。・・・うん、本当に美味いな〉


 〈うまいな、うまいな〉

 〈うまいな?〉

 

 覚えたてのガーランドの拙い言葉。繰り返すそれを二人は温かい目で見ていたのだが、次のメイの何気ない発言で場は凍りついた。


 「これは、お茶にも『コーヒー』にも美味しいです」


 〈〈!!!〉〉


 「・・・?、どうしたの?ミギノ、お手洗いの話?」


 少女の可愛い口からの、突然のあり得ない卑猥な発言に身を固める男二人に対して、アピーは冷静に言葉が拙い少女の間違いを分析した。


 「お手洗い・・・?『あれ、お食事中にアピーちゃんからトイレットのネタ振り、え?私、間違えた?』違います。お茶と『コーヒー』飲み物です」


 「・・・・」 


 無表情になるアピー。何かを考えている。男二人は再びの卑猥発言に身を固めるが、ようやく我に返って耳打ちし出した。


 〈〔あれ〕やばいぞ。かなり。早めに教えておけ〉


 頷くエスフォロス。しかし、男女の性差を乗り越えて、性的事情のあれこれを、少女にどう伝えたらいいのか分からない。


 (どうすんだ、こんな具体的な事、アラフィアとは話したくはない)


 エスフォロスはこの日のほとんどを、出口の見えない自問自答に支配される事となった。



**



 (今日が半日休暇で良かったぜ・・・。メイのコウラ作りの後は、それを周囲に届けるのだけだな)



 だがエスフォロスの安堵を余所に、事態は面倒な方向に進む。



 (何してんだろ。あいつ)



 隊長の執務室から出て来たメイは走り出した様に見えたのだが、ふざけているのかなかなか先へは進まない。彼女の小さな背中を見ていると、先ほどの生々しい言葉が脳内を支配して、危うく見失いそうになった。


 (本当に、半休でよかった・・・)


 上の空で飛竜で巡回していれば、さすがにエスフォロスの優しい相棒飛竜からも落ちてしまうだろう。メイのコウラ配りも、本来はアラフィアが付き添うはずだったのだが、予定は無かったので休暇のエスフォロスが引き受けたのだ。


 (こんなに簡単な任務を、失敗するわけにはいかないだろ、)


 東側の男の病棟、センディオラ尋問官の執務室、メイの朝稽古に付き合っている事務官数名を回って無事に兵舎に戻って来ることが出来たのだが、それで一気に気が抜けた。



**



 〈どうした!?〉

 〈お前、何かしたのか!?〉

 〈俺?してねえよ!アピーの耳、見てただけだし、〉

 〈ハ・ア?、〉

 〈ガキの頃、山に居た小さい動物思い出してたんだよ!!、オメエが苛めて逃げちゃったやつ!〉

 〈ぁアんだと?聞き捨てならねえな。動物なんか、この優しい私が苛めるワケがネエだろ?〉


 〈・・・・・・・・、〉


 「み、ミギノ、どうしたの?どこか痛いの?」


 『すいません、ごめんね、アラフィア姉さんと、エスフォロス、弟見てたら、・・・っく、っ、なんでも、ないっ、っ、』


 〈〈・・・・〉〉


 更に久しぶりに一緒に夕食を皆で食べることになったエスフォロスは、メイが自分を見て泣き出した事に動揺し、彼女に告げるべき卑猥な言葉の使用禁止事項を完全に失念してしまう。


 〈家族か知人に私かお前に似ている奴が居るのかもな。センディオラ殿の話では、メイは秋収月の末頃にグルディ・オーサに捨てられたらしい。攫った奴も目的も不明、その後、あのエルヴィーに基地へ連行されたそうだ〉


 〈攫ったのはファルド国ではないのか?では目的は何だ?人質を取られてガーランドへ来た理由は?〉


 〈それが分かれば苦労はない。犯人はメイにそれを一切伝えていないのかも。だが、身体も全て調べたが、やはりおかしな魔素や術の痕跡は無い。これは推測だが、潜入させられたのではなく、巫女として囚われ逃げ出して来たのではないか?身近な者を置いて〉


 〈なら、あの日の行動は?あれは何かに呼びかけていただろう?〉


 メイは初めてガーランドへ来た日に、一人で林の茂みに踏み込み、暗闇に向かって泣きながら異国語で話し掛けた。


 〈それなんだが、緊張を解いて考えれば、彼女は巫女なんだ。インクラートなんかは、青星ハイラ・メラやら空に向かって祈ったり歌ったりするだろう?あれと同じ事かとも思える。それに、調べても周囲には何も発見出来なかった〉


 メイは南方ゴウドの者ではない。彼らのように遠隔に言葉を飛ばす技術は持っていない。それは言わずともエスフォロスにも分かっていた。


 〈・・・・〉


 〈実はこれは隊長が言っていたんだ。メイが精霊憑きの巫女だという事実から、隊長は初めからメイの事は間諜とは分けて考えていたそうだ。まあ、あの玉狩ルデアりのエルヴィーは別としてな、〉


 エルヴィーには、変わらず地の錠が掛けられたままである。地の錠を付けた者が逃げ出せば、上空で無ければ地を這う事になる。大地と誓約グランデルーサした錠は、とても力が強いのだ。彼が腕輪を外すのは、この国を出られる事があるのならば、その刻になるだろう。


 そして、メイとの接触も極力避けさせている。


 会話は全て記録されているので今のところ内容に不審な点はないが、エルヴィーはメイの王都行きに懸念を示しているようだ。

   

 〈大聖堂院カ・ラビ・オールに関しては、拷問した刻も一切口を割らなかった。あれは誓約グランデルーサに似た強制がかけられていると医務官が言っていた。エルヴィーとメイが出会った頃からは、大体話は符号する。グルディ・オーサ領で軍に囲われていた話だ〉


 〈ヴァルヴォアールがメイに目を付けた話だな。それはハインとの報告内容とも一致している。ただ、東側ではメイの事は巫女ではなく、落人オルという魔物と近い者だと警戒をしていたそうだ〉


 〈ふん、奴等には精霊信仰やその知識が無いからな。精霊殿を魔物として捕まえたり殺したりするそうだぞ〉


 〈信じられんな、あり得ない〉



 (ありえるんだよ、これが) 



 オルディオールは何度もエルヴィーに殺されかけたし、彼の仲間達は森の中で玉狩ルデアりから必死に逃げていた。

 

 本日の基地内の探索を終えたオルディオールは、酒を飲みながら話す姉弟の居る居間で黒猫と共に一部始終を聞いている。


 (俺に酒は無いのか・・・あるわけないか、)


 一ヶ月近く経った滞在期間中に、流暢に話せないまでもガーランド語はある程度は理解出来る様になっていた。


 メイの語学習得には本が山のようにある書庫でそれを行うので、オルディオールは独学でガーランド語を学ぶ。もちろん本は黒猫副隊長に棚から落としてもらうのだ。


 そして昼からはまた黒猫副隊長と共に、ガーランド砦基地を巡察する。この基地はファルド帝国とは違い、地形を利用し崖の上に上手く形造られていた。山を少し下りれば町も有り、息抜きが出来るようにも計算されている。それを推測しながら塀に登った黒猫と眺めた。


 (こんな田舎に飛ばされても、町である程度は息抜き出来る。若い隊員には発散が必要だからな)


 見下ろした町並みを思い出し、目の前で貴族の悪口を言い始めた姉弟から離れて窓辺に移動する。


 (そろそろあの子供ガキ、落ち着いたかな?)


 姉弟を見つめて突然泣き始めた少女は、今は獣人のアピーと寝室に移動している。青星を見てメイが涙を流す姿を見ていたオルディオールは、故郷を思い出して泣いているのだと想像出来た。だが夜にはメイの身体を使い、オゥストロと王都での話をするのだ。飛び降りた木の床板、少し開いた扉の隙間から覗き見た寝室では、二人の少女が笑いながら何かを話し込んでいる。


 (よし。もういいな)


 「あ、玉さん」

 『え?、ああ、もうそんな時間なの?、巨人とのデート、毎日飽きないね。ぷるりん』

 (借りるぞ。除けろよ)

 『ちょっ、わかったから、頭のてっぺんで跳ねないで、ゲリツボ、ゲリツボ!』


 「げりつぼ?」





 〈来たぞ。俺は、今日は酒〉


 〈メイが言っていた。彼女の国では、酒は二十ルスロを過ぎないと飲んではいけないそうだ〉


 「二十ルスロ?マジかよ?どこの田舎だ?何の宗教だよ」


 「タイシカン・ソレトモリョウジカン、だろ?信仰する対象は、フツウノブッキョウだそうだ」


 「・・・・フツウノブッキョ?聞いたことねえな。それはそうと、お前、俺が知らない事までよく知ってるよな」


 「・・・婚約者だからな。メイは精霊殿が苦手とする山茶は、好きだと言っていたぞ。だから今日は山茶それだ」


 「ハア!?、・・・クソガキ。あんな草臭えの、よく飲めるな」


 「身体に良い。特に女性にはな」



 「・・・・チッ、」

 (・・・・ビーエール、ビーエール)



 オゥストロは初めての手合わせでメイの身体を使ったオルディオールに負けた事を、彼の中での屈伏としたらしい。


 ただ、砦での隊長の立場を魔物か精霊かもよく分からない、オルディオールへ易々と渡す訳にもいかず、砦の支配権の委譲とオゥストロ自身の利用価値を交換したのだ。


 同胞には、それをメイとの婚約という形で押し通そうとしている。


 その頭の柔らかさを、オルディオールは感心していた。




***


ーーー第三の砦、隊長執務室、隣応接室。




 「お前達は意外と信心深いのだな、あの姉弟なんか、精霊や巫女に対しての取り扱いが素晴らしいぜ」


 「天教院エル・シン・オール北方セウスからガーランドへ普及されている。俺も目の前に居る精霊殿とメイの事は大切にしているだろう?」


 言われたオルディオールは、メイの身体で身震いした。オゥストロは、たまにこの様な窺うような話し方をするのだ。この男が低い声で話すと、同性でも微妙な色気を感じずにはいられない。それがオルディオールには気分が悪く、意図的に話を逸らした。


 「フツウノブッキョか」

 「そうだ。北方セウスでは、西の奥地にシュウ・フッキョウトという通称の教会シンシャーがある。昔々から信仰対象や天樹の社殿をそう呼ぶらしい」


 「天樹か。でもお前が宗教を信じることにも驚いたぞ。興味は無さそうに見えたがな」


 酒を飲まないメイの身体を気遣い、オゥストロは手ずからお茶を入れている。日中のオゥストロには、慣れない手つきで少女が用意してくれるのだ。少女へのお返しなのか、オルディオールに入れているのかも分からないが、作業の手を止めずにオゥストロは素気なく言った。


 「脅しや税金とは違う方法で金品を搾取し、大衆を掌握し、それを一方向へ導く力には称賛するが、それだけだ。死に行く先は天とは限らないし、そこへ行きたいと願う者が集まるのだろう」


 「・・・・」


 短い足を組み直したオルディオールは、椅子から身を乗り出して少女の顔でにやりと笑う。


 「ならば、お前の行く先は別の場所か?」


 「さあな、俺は帰って眠る場所があればいい。暖かければなお良い。そういう精霊殿は、死んでからもここに居るようだな。それも面白いかもしれない」


 「はは!言うぜ!正に今、酒を飲みたい気分だが、それはまだ飲めないのか、チッ」


 「我が婚約者は『サンガツ』の月になったら飲んでも良いと言っている。だが、それは年を越して三月過ぎた後の話らしい。先は長いな」


 「呑気な話だぜ。・・・まあ死後の事は、俺にもどうにもならない。天にも帰れず、このガキの中だからな。困ったものだ」


 〈・・・・そうか〉


 「・・・・」


 だが、そのお陰で以前の続きが出来るのだ。



 いよいよ年は明け、天月の起祭が始まる。今年はこの巫女のお陰で何かが起こる事は間違いない。笑う少女の前に山茶を置き、オゥストロは口の端を楽しそうに上げた。



 

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