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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天を制する者~ガーランド竜王国
72/221

14 今日も、また、誰か。


 ピンチ。到来。


 『・・・三キロ増、なんで?走ってるのに、』


 私の身体測定にお付き合いのアラフィア姉さんは、温かい目でこちらを見ている。


 身長は変わらず百六十二センチ。

 体重だけ三キロ増。


 (ピンチ。アゴ面積が増えた気がする。気のせい?それとも腹回り増強?)

 




 異国の地に落とされてから、様々な異国の食文化を堪能させて頂いている。


 主にタダメシだ。


 それに気が引け、他より滞在の長いこの山岳救助隊の施設では、掃除、洗濯、デキる秘書。やれることには地味に手を出しているのだが、しかし、それらは途中で必ず妨害にあうのだ。おそらく当番制、もしくは専門の業者さんを頼んでいて、素人が横から手を出したのでただの邪魔にしかならなかったのだろう。


 だから活動先は主に姉さんの家、そして私の勤め先、デキる秘書課、カミナメイコ秘書室のみである。


 実はこの地味な活動範囲には理由があるのだ。


 (運動場のトイレを掃除したら、南国アジア風に発見されて、物凄く怒られたんだよね、)


 そう、あれは前々から気になっていた運動場の水回り事情。共同トイレが近くにあるのだが、残念なことに汚いし臭い。おそらく係のものがサボっているか、ここまで手が回らないのだろうと思い、忙しい彼らに変わって暇な私がお手伝いをしようと行動に出たあの日。


 他の場所で隊員さんが掃除しているのを横目で見学し、特殊な木の実のような洗剤をデッキブラシにつけてゴシゴシ。


 (ゴシゴシ、ゴシゴシ)


 姉さんから貰った古着のワンピースは黒、そして隣にはくろちゃんが私のゴシゴシを見学。鼻と口を覆う臭い避けの大きめのスカーフを巻き、バッチリ清掃スタイルの完せ・・・。


 ワンピース。デッキブラシ・・・?


 しまった。


 ヘッドドレス、頭の装飾を忘れている。


 もともと持ってはいないのだが、ヘアスタイルに凝りに凝った彼らのことだ、帽子やリボンの一つや二つ持っているに違いない。

 

 (ドローンに乗り込む隊員さん達は、編み編み三つ編みにエクステのようにリボンのような物を飾りにしているのだ。絶対持ってるよね。誰か、貸してくれないかな?)


 ユニフォームは大切だ!


 オシャレなユニフォームでモチベーションも作業効率もアップするのだ!


 清掃スタイルの完成のためにめぐんでもらおうか、姉さんの家の方角を見て悩む。


 (遠い。結構距離ある・・・)


 悩む。だが、余所見はしているが、手は動いている。仕事に抜かりはない。ゴシゴシ。ゴシゴシ。


 (どうしようかな・・・やめとく?妥協する?私の気持ち次第だよね)


 ゴシゴシ、ゴシゴシ。


 そうこうしていると、ツインテール親衛隊長が南国アジア風と、エスフォロス君を連れてやって来た。親衛隊長達は、崇め奉る信仰の偶像ツインテールに私が踵落としをしたことを根に持たず、変わらず朝練に付き合ってくれている。


 変わった事といえば、親衛隊長達は奇麗になった。無精髭、飲み歩いた朝帰りのようなダラダラはなくなって、こざっぱりした。髭も無い。


 きっと、彼らは出家してしまったのだ。


 それもそうだろう。偶像ツインテール像を足蹴にした私と共に朝練してくれるのだ。


 まさに信者ファンの鑑。

 

 恨み・つらみを無に帰す、仏の諸行・無常。


 ナムナム。


 そんな妄想はけして神仏を軽視したつもりではないのだが、おそらく仏は私の心の中の所業を足の裏の仏眼でしっかりと見抜き、それに即座に業を科したのだろう。私はやって来た南国アジア風に、突然めっちゃ怒られた。



 本当に、めっちゃ、怒られた。



 取り上げられたデッキブラシ。 

 激おこ南国アジア風。


 何故か連帯責任で、エスフォロス君と親衛隊長まで並ばされて怒られた。


 それにも他人を巻き込み申し訳ないという、良心の呵責がフィードバックして私を嘖む。異国に来て、いや、バイト先で失敗した時でさえ、ここまで怒られはしなかった。


 ーーがみがみ。がみがみがみがみ。


 メガネ講師のお陰で、怒っている内容の半分は理解できた。彼は私が勝手に掃除したことに腹を立てているのだ。


 (余計なことをしてしまった。すいません)


 こういう事には手順があるもの。片手間が本業の私が軽々に手を出して、本当に係の人の仕事を奪ってしまったのだ。反省。





 (なので、今日は違います)



 アラフィア姉さんに許可を貰い、メイの一時間半クッキングを開催します。


 身体測定の終わった後に時間を貰ったのだ。助手はアピーちゃん。そして演出はエスフォロス君。アラフィア姉さんは忙しく仕事へ戻ってしまった。


 「ミギノ、何をするの?」

 『パンを作ります』、

 「アピーちゃん、私はぱんを作る」


 「ぱん?」


 私は今から、厨房の空き時間を利用して彼らに郷土料理を食べてもらおうと思う。もともと我が国発祥のパンではないが、この地で食べたことが無いのでセーフにカウントする。我が国アレンジセーフパン。


 (エルビー、アピーちゃん、姉さん、弟、メガネ講師、あとは予定は未定のオレオレ婚約者、・・・余ったら親衛隊達にもあげよう)


 『小麦粉もどき、塩、水、あとは・・・』


 材料は沢山頂いた。


 と、いうか好きなだけオーケーと弟が言ったので、何か不備があれば対応は演出ディレクターの彼に一任する。ディレクターは腰に手を当て首を傾げ、手伝うことも無く私を見下ろし監督しているのだから。


 (伊達にベーグル屋で働いていたわけではない。食べるものを作って見せよう。お任せあれ)


 元は庶民の味方のパン。使用する材料はそれほど多くは無いが、個数に制限がないのはありがたい。似たような材料で完成するかは不安だが、まずは初回。時間が無いので、試し作りなんてしないで女は度胸の大量生産だ。


 (失敗したら、私とエルビーで全部食べよう。朝昼晩、食べてもらおう)


 エルビーは細身ながらの大食漢。彼という甘える場所があることで、私は伸び伸びと成長出来るのだ。


 計量、混ぜ合わせ、形成。ベンチタイム。茹でる。焼く。


 目まぐるしい工程を、我ながら手際よく熟していく。気付けば演出ディレクターの横に細身のおじさんが腕を組んで立っていた。差し替え用の作り置きが無いので、あっという間に三分で完成披露試写会は出来ないが、おじさんは最後まで無言で工程を見ている。


 (はっ!まさか、彼が本物のディレクター、弟はアシスタントだったのか?)


 だまされた。

 本物に媚びを売ろう。


 できたての焼きたてを試食させてあげるのだ。オーブンの無いこの調理場では、本格石焼き窯だった。きっと上手くいけば相当美味くなる。その準備も手際よく細身のおじさんがしてくれた。演出指導に抜かりはない。失敗は許されない。高まる緊張感。



 さあ、時間だ。石窯、オープン!



**



 『うん、大丈夫かも』


 焦げてはいない。照りを出すためにハチミツの代用に使用した、何かの蜜も効いている。


 (むしろ、なんか、ほんのりお花の香り・・・ジャスミン的な)


 香料は好き嫌いが明確だが、これは鼻につくきつい匂いではない。私は好きなので、あり。ありあり。


 実食!


 ディレクターのおじさん、アシスタント弟、助手のアピーちゃん、私。


 ハフハフ。

 もぐもぐ。もぐもぐ。もぐもぐ。

 ハフハフ。


 表面の照り照りに、中はふんわりモチモチ感。

 我がバイト先の味に近い出来上がりだ。


 (この、鼻から抜けるお花の香り、・・・好き・・・)


 ふんふん。ハフハフ。

 もぐもぐ。モチモチ。


 それを繰り返す私とアピーちゃん。にっこり。


 慣れない作業を頑張って、粉だらけになっている彼女は可愛らしい。無添加女子。そのまま。そのまま。真綿で包んで、包容力のあるそのままキープイケてるメンズ、ゲットだぜ!


 〈美味いな。*******、**、*******〉


 おじさんは私のベーグルを誉めた。

 よし。成功だ。


 〈うまいな。うまいな〉

 〈うまいな、うまいな〉


 おじさんの言葉を繰り返す私とアピーちゃん。私の習っている異国語と、彼らの方言混じりの異国語は少し違うのだ。どうやら数字は同じらしいが。


 数字・・・。


 (そう、そういえば。この前カレンダーらしき物を見た)


 だが少しおかしかったのだ。一年は三百六十五日、十二ヶ月。しかし、十ヶ月しかなかった。そして一ヶ月も三十日以上あったように見えた。メガネ講師はそれをしっかりとは見せてくれず、直ぐにしまってしまったのでそれ以上は見れなかったのだが。


 気のせいだろう。きっと。

 あれがカレンダーかも分からないのだ。


 日にちと聞いて良かった事は、思ったよりも異国滞在日数が経っていなかった事だ。お正月はまだ先らしい。この施設の彼らは、年越しパーティーに都会に繰り出す準備を、これから始めるのだそうだ。


 「ありがとうございます」、

 『お台所、貸して頂いてサンキューです』


 〈オゥ、****〉


 『ではこれで、私はちょっとお見舞いに行ってきます』

 「オラ、何処行く、ちょっと待て」


 「エルビーの場所に行ってきます」


 〈ゲスタ〉


 『げすた?』


 〈エス、ゲスタ〉


 『・・・・たしかゲスタって、この山の方言で駄目ノーって事だよね。なんでげすた?』 


 完成したベーグルをさっそくエルビーに食べてもらおうと、彼の病室へ行こうとしたら、弟に止められた。


 「お前は隊長のところに戻るぞ」

 「隊長・・・。ああ、そうか」


 どうやらベーグル奉納順を間違えたらしい。


 先ずは灰色の巨人。私が秘書課を設立したあの場所だ。オレオレ婚約者の設定は今やとても曖昧なのだが、それはビーエール担当のぷるりん氏に一任している。



 私は所詮、ただの肉の壁なのだ。


 そう、肉。肉の塊の私。



 (だが、今はぷるりん氏はここにはいない)


 

 『・・・・』



 ベーグルを届に行った先、灰色の巨人の居住区で肉の塊である私は今、彼に持ち上げらた。脇を下から掴まれて、子供の様に彼の高い目線まで上げられる。


 (たかい・たかーい?)


 ずしり、ずしり。

 肉付きチェック。

 頷く巨人。

 にっこりした。


 「確かに。少し、重くなったな」

 (何!!)


 こいつ、今、なんて言った?


 なんで太った事を知っているのだ?

 私の個人情報がネタバレ即バレしてるぞ。


 しかも、乙女のピンチ事情をこともなげに。


 「私は下ります。床に」


 肉付きチェックした肉食巨人は、個人情報漏洩に困惑し怒っている私を降ろして微笑んだ。


 (やはり私の食べ頃を見極めていたのだ。巨人こいつは眼が悪くないので、食べかすの骨を触らせて肉付きチェックを回避する、昔々ネグレクトされた兄妹緊急脱出方式は使えない。どうする?)


 アライブを掛けたハラスメントに睨みを利かせて牽制している私を余所に、奴は奉納したベーグルをヒトカジリした。悔しいが、その姿だけはモデルのように様になる。


 (分厚いファッション誌の、高級ブランド差し込み広告の雰囲気)


 「変わった食感だが、悪くない」

 『!、』


 頷く巨人の手が伸びてきたが、頭を掴む前に身を躱す。こいつは私の頭をボールか何かと勘違いしていて、隙を見せれば掴もうとするのだ。なので私はその手を逃れた。


 (バスケのバックロールターンの様に軽やかに。毎日の朝練により、私のオフェンス力はアップグレードしている)


 そのまま扉へ走り去り、秘書課はベーグル屋の試食サンプリングへとジョブチェンジした。


 〈**!***?、〉


 扉前にぼんやり立っていたエスフォロス君は、突然現れた私に驚いたようだ。彼のディフェンスも軽やかに躱し、私はゴールを目指して走る。



 そう、エルビーの病棟に。



 (無事に到着、)


 弟は背後に迫って来たが、目的は達成出来た。エルビー用の量多め袋を手渡すと、予想を裏切らずかなり喜んでくれた。善い人エルビーである。


 「ここのご飯、量が少ないんだよね。うれしいよ。ミギノ、ありがとう。でね、この前言ってた、***移動のことだけど、」

 〈ゴホンッ!****、***〉、

 「行くぞ。メイ」


 「エルビー、またね」

 「うん、またね・・・」


 弟の失礼な咳払いと共に、私とエルビーの逢瀬は幕を閉じた。


 無粋な奴め。


 そんな弟に手を引かれ、私は試食サンプリングを強制終了させられたのだが、秘書課へ逆戻りしたのでお茶を入れる事に専念する。夜にはアラフィアさんにベーグルを誉めてもらい、久しぶりにエスフォロス君も揃って、アピーちゃんとくろちゃんと夕食会をした。   



**



 『・・・・』


 〈**、*****・・・〉

 

 夕食後、エスフォロス君が、ピクピク動くアピーちゃんのお耳を触りたがっていた。 


 (わかるわかる。その気持ち。触りたいし、くんくん匂いたいよね)

 

 だが許可無くそんなことをすれば、変質者のレッテルをピシャリと貼られて、なかなか剥がすことが出来なさそうなのでここはグッと我慢する。


 (弟よ。お前もグッと我慢するのだ)


 エスフォロス君は、見た目は一見クールだが、実は可愛い物が好き。そして彼は優しくてとても姉思いなのだ。


 私の妹のじゅんもそうだった。


 私は三月生まれでメイ。五月生まれでは無い。妹はジュン。イクラを主食とする純朴な北の生まれでは無い。ただの六月ジューン生まれのジュン。人生を左右する大切な命名に、我が両親の適当さが滲み出る。


 妹は二つ下。いつもどこか冷めた目で私を観察している妹。一見クールだが、私がゲームセンターで小さなヒヨコのぬいぐるみを取ってあげた時、喜びとても大事にしていたのを覚えている。


 あいつは可愛い物が大好きなのだ。


 異国での日々、それを繰り返していて仲の良い姉弟を見ていると、あることを思い出した。


 私は今、失踪しているのだろうか。


 居なくなった私を、今、妹はどう思っているのだろうか。


 あいつは意外と泣き虫なのを、お姉ちゃんの私は知っている。



 「どうしたの?ミギノ、どこか痛いの?」


 

 アピーちゃんに言われて気がついた。

 両目から、滝のように涙がこぼれている。

 泣き虫は私も同じなのだ。

 気付いた姉弟も、こちらを心配そうに覗き込んだ。


 「大丈夫。大丈夫、」


 忘れていた。

 そろそろまた、あいつがやって来るのだ。


 この年齢で不可抗力にも半パンを汚してしまったが、大体二十八日周期で腹痛と情緒不安定と共にあいつはやって来るのだ。


 (そう、この涙は情緒不安定)


 これを説明する語学力は、私にはまだ無い。


 なので大丈夫。


 悲しい涙なんかじゃない。


 だって、私はまた、あの子に会えるのだから。




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