08 歪曲 08
ソーラウドがファルド地区を託されて帰国後、新参者が頭の一角どころか、頂点の権利を手に入れた事は既に裏に広がり浸透していた。ファルド帝国に入国後、裏街へ入って直ぐにシオル商会傘下の一部の組織に襲われた。裏街の抗争は既に激化している。
「ぐちゃぐちゃですね」
「これを機に、極東の人形あたりがぶつかって来るぞ。奴ら血の気が多いからな。アミノーサに伝達しとけ」
「じゃあ俺が行ってくる!」
「アルドイド! オメエはそのまま拠点に地下にも走れ」
「了解!」
白狐の台頭を歓迎する者と、しない者。それは綺麗に分かれてぶつかり合っていた。
ファルド帝国の裏側で集まったソーラウドの組織は、若年層が占めている。烏合の衆、無頼の輩、日々を何も考えず生きてきたと思っていた彼等は意外にも、ソーラウドが裏を仕切る大組織の一つ、シオル商会へ入会し、それを率いたことに歓喜して仕事に励んでいた。
(よく見たら、どいつもこいつも真面目に働いてんなあ)
「頭、そこの裏道通れます」
「…その筆頭がお前達だよなー」
「え? なんですか?」
バラバラと活動して、だらだらと日々を過ごして居たはずなのに勝手に組織は出来上がっていたようで、ソーラウドが思っていたよりもそれは強固になっていた。
ソーラウドの組織は、全て親の居ない者、それらから捨てられた子供達の寄り集まりが成長して生き残ったものである。
頭であるソーラウドが寄り集めた訳では無く、彼自身の生い立ちを何処かで知ったのか、同じ環境の者が自然と集まってしまったのだ。彼の奇異な白色が、目印として裏街で広まっていた事もある。身寄りの無い子ども達は、白狐ソーラウドの元へ行けば生きていけるという噂を信じ、ただ単純に集まっただけの烏合の衆。
彼らに、序列を強いた事は無い。
勝手にソーラウドを目印に集まり、そして勝手に抜け出て居なくなる者も多い。全て好きにさせていた。あまり関心が無かったからだ。
(そう思っていたはずなのになあ、何故か俺の管理しない序列は、既に出来上がってるんだよなぁ)
西のグルディ・オーサへ出向した後に、頼みもしないのにファルドの組織を管理していたアミノーサは、今年二十八歳。
二十年前にファルド帝国から侵攻されて統合された、元アミノ公国の没落貴族の捨て子だという。だから名前はアミノの方角を意味するアミノーサ。八つの時に捨てられた彼にはもちろん親の記憶はあり、つけられた貴族風の名前はあったが、ソーラウドに〔アミノの方から来た〕アミノーサと呼ばれて以降それを名前としている。
〔イド国の川〕に投げ捨てられたテルイド。〔イド国への道〕に落ちていたアルドイド。
ソーラウドが適当に呼んだあだ名が名前となった。それを呼んだ本人も〔ラウド付近〕という、ただの場所を示したものだった。
「おう、生きてたのか。派手にやられたなぁ、」
住処としていた南の裏町が襲撃されたが、襲った西の組織へ即座に殴り込んだ仲間達は、傷だらけのぼろぼろだ。だがほとんど生きている。それを見てソーラウドは、彼らに今までとは違う笑顔を見せた。
心から、またお互い会えた事を喜ぶ笑顔。アミノーサは、いやらしく笑って頭のソーラウドを見る。
「聞いたぜ。女ができたって、連れて来いよ」
それに呼応して、周りは冷やかしを騒ぎ立て始めた。
「驚きました! 頭が、第一騎士団長のヴァルヴォアールと女を取り合ったって!」
「はあ? 何その噂。ヴァルヴォアールなんて知らねーし。会ったこともないぜ」
「いや、ほら、西の基地に居たって噂が、英雄伝に? やりましたね。頭、ヴァルヴォアールと肩を並べましたよ」
「フザケンナよ。あいつ、幼児性愛の変態野郎だろ? スズサン言ってたぜ。一緒にすんな」
「「…………」」
ソーラウドと常に行動を共にしていた、テルイドとアルドイドは、何故か顔を見合わせ沈黙する。
「なんだ? その目。お前ら、ミギノ、知ってるだろ? 俺の女は大人の女。十九!」
「はあ。まあ、ですよね。」
(……そして処女……)
余計な何かを思い出し、ソーラウドの白い顔が突然青くなった。そしてどこからともなく「早く見たい」、「なんで連れて来ないの」と文句が漏れ始め、その騒ぎの中、古びた空き家の崩れそうな廊下から傷だらけの少年が飛び入って来た。
「頭、シオルの人が来てます!」
「何言ってんだよ。お前もシオルの人なんだよ!」
言って笑ったソーラウドへ、アルドイドと同じくらいの少年は、はにかんで笑う。少年の背後から顔を出した鋭い目つきの壮年の男は、壊れた空き家の様なソーラウドの拠点を見回し、眉を顰めた。
「随分と派手にやっているようで、結構な事だな。どんどん騒いで、この国の治安を乱してやるがいい。そしてこれを機に、金にならない、使い物にならない無駄な組織は潰してしまえ。やつらはファルドの貴族に飼われている場合が多いからな。…だが、シオル商会を名乗るのならば、塵溜めから本拠地は改めろ」
「身を潜める、名前を隠す事もシオル商会の仕事の内だろ? 塵は塵溜めに居たほうが、自然だしな」
「シファルがお前を指名したことで、それは変わった。これからは潜まず、軍と直接ぶつかる事も増えるだろう。今回はそれで来た」
軍とぶつかるという物騒な話の内容に、辺りは静まり返る。
「クレイオル・オーラを知っているか?」
「大聖堂院の聖導士だろ?」
「そうだ。大聖導士エミー・オーラの息子。それが魔戦士を連れて裏に入ったという情報だ」
「えー…? 魔戦士って、戦争にしか使わない秘密兵器だろ?なんでそんなのが裏街へ?まさか、こんな下層の抗争に出しゃばって来るんじゃあないよな?」
「シオル商会はファルド帝国では貴族院、騎士団にも追われている。長年掛けて遺恨を積み上げてきているからな。今回、シファルから権利を委譲されたお前のことは、即貴族院の耳にも入ったはずだ。お前は悪目立ちするからな」
「それがシオル商会の意向なんだろ?」
「そうだ。西のグルディ・オーサの戦闘準備、ファルドがガーランド国へ粉をかけ始めてから、シオル商会の目的は変化した。裏側からファルドの貴族を腐らせて、じわじわ根元を狙う刻は無いということだ。それがトライド王国で、シファルがお前にファルドを任せた事により加速した」
壮年の男の話に、詳細を初めて聞いたアミノーサ達は、話の大きさに緊張して顔を青ざめる者と、訳も分からず興奮している者と様々だ。もはや、ただの縄張り争いではなく戦争なのだ。
「シオル商会は、表だってファルド帝国をかき乱す為に、お前に権利を委譲した。それはここ数日でも結果が出ている。裏街は抗争の小競り合いが激化して、治安は乱れに乱れて良い状態だ。大きな戦争を視野に入れている、貴族院や軍には相当に目障りだろう。だから、大聖堂院がお出ましになられたのさ」
「塵を兵器で掃討しようって?」
「戦争前の、魔戦士の試し使いに丁度いいんだろう、それが今日ーーバタン!!!
突然無礼に開け放たれた扉に、男は言葉を切られた。扉には先ほど男を案内して来た少年が立っている。
「頭、三の通りに見慣れない男が二人、うろついてるって、報告が。なんか、見た目貴族っぽいって。どうしますか?」
元気の良い少年の身体には、あちこちに傷当て布が貼られている。それはソーラウドの陣地と立場を守った勲章だ。
「三の通り? 直ぐそこじゃねぇか、よく貴族が二人でこんな奥まで入って来れたな」
破落戸は裏街へ迷い込んだ貴族をただで帰しはしない。街の中枢へたどり着く前に、身ぐるみ剥がされるか、攫われて売られるだろう。だがソーラウドの言葉に壮年の男は青ざめた。
「まずいぞ、付けられた!」
「!!」
窓の外、薄暗くみすぼらしい細い道に、外套で姿を隠しもせず、高級な意匠を施した服装の貴族の男が二人立っている。
階下をソーラウドの赤い眼が確認すると、一人の男がこちらを見上げた。少し離れているが確実に目が合っている気がする。無表情の中性的な顔の美しい青年。彼は片手をソーラウドへ向けると、その手のひらにはいつか見た赤い石と同じ物があった。
「逃げろ!!!」
ファルド帝国城下街、それを少し離れた南に位置した貧困層の一角が、その日何者かによって爆破された。破落戸の縄張り争いの抗争によるそれは、白狐ソーラウドの一派が、多数の死傷者を出したことを軍が発表した。
******
ーーパン!
人の頰を叩いたことは、生まれて初めてである。
(色黒馬鹿女に、パンされたことはある)
ドラマや漫画などでは、修羅場や意に添わないキッスシーンの演出にナチュラルに出てくるのであるが、実際、現実問題として、そうは簡単には人の顔をパンする事は難しいのである。
対象を見てためらう、もしくは叩いても上手く頬には当たらずに、距離感を測れずこめかみを強打、更には手のひらジャストフィットではなく、手首がジャストフィットで加害者も手首を負傷する。等々。例を挙げれば切りが無い。
人の頰を叩き慣れた者、もしくは、叩こうと思って日々パン・チャンスを狙っていなければ、そうは簡単に人は殴れないのではないだろうか。
怒りに任せたって、他人なんか殴りたくない。
むしろ、そこまで怒りを覚える対象ならば、積極的に関わり合いたくもない。叩いたって、得する事は何もないのだから。
スッキリ? ダメダメ。そんな一時のスッキリ感、時が経てば叩いた思い出が、モヤモヤとフィードバックするだけだ。
そう、他人を叩こうと狙ってはいなく、暴力行為が常識として頭に入っていない者ならば、モヤモヤフィードバックは良心と呵責を背負ってやって来る。
良心・呵責・カモン・フィードバック。
悪党の思う壷なのだ。
悪党は常にカモネギ・カモンのことを、お鍋にお湯を張って待っている。そしてお鍋に足を踏み入れたカモネギを欺して笑うのだ。本当に嫌な奴だ。悪党は。
……というか。
正直、面倒くさいのだ。打ちのめしたいほど、憎い相手?
そんなものは目の前から消えて、そして何処かで勝手に不幸になっていてくれれば儲けものだが、自分が積極的にパンして関わりあいたくはない。
なので私は、ほっぺパン派に理解は無い。
(だがしかし。)
ーーこれに緊急事態は含まれない。
もがき、よじれ、あばれる。
その過程で手が顔にパンしたとしても、不可抗力だと思うのだ。そう、これは人の頰をパンしてしまった罪悪感。全て私の言い訳である。
よじよじ、よじよじ。
〈……?〉
(外れない。マジ、やばい、男の人の、力、つよ、)
突然のキス。意味不明。暴れる私。
押さえつける悪役。その過程での、パン。
ありあり。不可抗力。正当防衛。
よじよじ。ぐねぐね。よじよじ、よじ。
「おい。何だ。乱暴にされたいのか?」
(何をだ)
**
〈子供でも、巫女でも、異質な者でも、中身はただのメスか。まあ、仕方がないな〉
オゥストロが軽く少女を抑えつけるだけで、小さな身体は簡単に制御できる。少女が望む通りに男は衣服を脱がそうと、頼りない腰の留め具に手を伸ばした。
(おい、バカガキ! さっさと代われ! 想定外に身を捧げてんじゃねぇ! ヴァルヴォアールと白狐が可哀想だろ! 代われ!)
『やばい、まじやばい、』
よじよじぐねぐねと奇妙に身体を捻るメイは、大男からの脱出を試みているようだ。
(だから、嫌なら替われって!!)
オルディオールの叫びは、もちろんメイには聞こえない。
(……ハア。あー、なんか面倒くせぇな。あ、俺、そういえぱ副隊長と今日は会議してねーな。今、行こうかな)
メイの視線越しに黒猫を探すオルディオール。男の冷たい長い指が少女の柔らかい白い肌を伝い下腹へ触れた瞬間、思いは悲鳴となった。
『ぷるりん! ぷるりん! オルディアウォール! 誰か! エルビー! エルビー、助けて!!』
〈……〉
自分から誘っておいて色気なく身を捩り、捕まえた長鼠の様に逃げ出そうとする。そして突然、訳の分からない異国語を叫んで涙を浮かべた少女を、オゥストロは見下ろし考えた。
「なんだ? 呪文か? 巫女はやはり魔法が使えるのか?」
興味がある、そんな顔でオゥストロは少女の顔を至近距離で見下ろしたのだが、両腕で挟まれ顔を覗き込まれメイは自分の鼻毛が気になった。
(異国へ落下してから、一度も鼻毛のお手入れをしていない、私)
〈……〉
(よく見れば、この大男の顔は存外整ってはいるが、私の異性の好みは我が国ではスタンダードな平面顔。目鼻立ちがくっきりとした異国の風味にはときめかない)
〈……〉
(しかしトキメキとは関係なしに、パーソナルスペースへの過剰侵入者には、何故か鼻毛が気になるものだ。鼻毛、ストップ! 見ないで!)
〈…………〉
『やめましょう。落ち着きましょう』、
「大丈夫、大丈夫」
オゥストロは少女の了承に体を起こす。通じた言葉にメイは安堵の息を吐いたが、大きな手はメイの足を掴むと当たると煩わしい小さな半長靴を脱がせて投げ捨てた。
『あれ、これは、』
ーーまだ、終わってはいない。
されるがままにぼんやりと眺め、反対側の靴紐に手をかけられた。絶望と疲労に意識が遠のいた刻、オルディオールの強い支配はメイの無意識を上回った。脱がされる手前で足を引き抜き、目の前の大男を強く蹴りつける。
「やはり、乱暴される方が好きなのか」
蹴り出したはずの左足を、簡単に掴んだオゥストロは細い足を強く握り締めた。
「いや、言ったはずだぞ。お前では役不足なんだ。勉強して出直してこい」
何処か疲れた表情でそれを言った、生意気な少女を見つめたオゥストロは間の抜けた顔で少女を見下ろし笑う。
「やはり、精霊憑きの巫女というのは本当か。今のお前が精霊か? それとも魔法を唱えた方か?」
「?」
意外な男の台詞にオルディオールは眉根を寄せた。聞き慣れない言葉は魔法士や教会の領域だ。
「北方エスクランザの神官、インクラートが言っていた。拷問室でお前が精霊に憑かれるところを目撃したと。神聖な巫女を殺すなと、わざわざ言いに来た」
「なる程、北方の天教院の神官か」
(巫女? いま、この人、巫女って言った)
これはオルディオールにとっては有難い誤算だ。ガーランドの宗教信仰度合いは分からないが、とりあえず目の前の大男はそれを確認するために、行為を止めて話をしたのだ。
(魔物憑きの、落人と追われるよりは、まともに話が出来そうだ。とりあえず、常日頃、馬鹿な行動を取るメイとの区別がつけられる)
一つ頷く生意気な少女。
「俺がそうだ。このガキの中身はただの子供だからな」
それにオゥストロは軽く眉を上げて同意を頷いた。
「そうだな。まだ、色々と若そうだ。では精霊殿、お前がエールダーを名乗った理由は何だ?」
いきなりの核心に、オルディオールはにやりと笑う。
「話が早くて助かるな。それが事実だからだ。お前は俺を精霊と呼んだが、こうなる前はエールダー家の者だった」
「……では、そうだとして、ファルドの大公、エールダー家の者が、このガーランド竜王国へ何をしに来た? 未来に起こるだろう戦争の下調べか?」
「その前に、お前、オルディオールの事はどこまで知っている?」
掴まれたままの足首。オルディオールは少女の掴まれていない片足を胡座にすると、腕を組んで男を見上げる。
「……オルディオール、黒蛇。東ファルド領土拡大に尽力し、グルディ・オーサの悲劇の立役者だな。我が国とトライド国にとっては、目障りな悪役だ」
「そうだろうな。だが、血空の赤蛇はどうだ? 過去の話なんて、生き残った者の印象で、真実は簡単にねじ曲げる事が可能なはずだ」
拷問室で少女が高らかに言い放った、〔血空の赤蛇を忘れてはいない〕。
赤竜騎士はガーランド国土に魔法石をもたらし、国を豊かにした英雄だ。
しかしその魔法石は、それを大量生産出来るオーラ公国からの略奪品。そしてオーラ公国への道すがら、東側の小さな国々を赤い竜で蹂躙し弄んだ空賊が赤竜騎士なのだ。
今それを知る国民は、王族と軍事官僚の一部だけ。お伽話は赤い空賊を英雄とした。
エールダー家は小さなファルド王国の一貴族だった頃、若い王と共に空から襲う恐ろしい竜騎士と果敢に戦った家の一つだ。
勝者による、歴史の歪曲。
「それは、オルディオール・ランダ・エールダーも、そうだと言いたいのか?」
「どう思うかは勝手だが、少なくとも、オルディオールー・ランダ・エールダーは、トライド王国を犠牲にしようとは思っていなかった。まあ、結果としてトライドは犠牲になっているので、ただの役立たずなんだがな」
「……それで、エールダー家の精霊殿は何故、ここに来たのだ?」
「さっきの話を踏まえてもらう。そうでなければ進まないからな。俺は次の戦争の回避を支援する」
男に抑えつけられて、今なお足首を質にとられたままの、ひ弱な少女は、一軍隊の大将に支援してやると言った。オゥストロは哀れな者を見る目で笑う。
「支援? ……精霊殿は魔法か何かで、強大な戦争を回避出来る力があるのか?」
「何もない。俺にはこのガキしかいない」
〈……〉
「ただ〔真実〕を知っている。俺は五十年前の戦争の、全てを誰よりも知っている。そして今回、それを繰り返さない為にここに来た」
目尻が少しつり上がった、黒く大きな少女の瞳は、強くオゥストロを見上げる。
「お前に興味が無ければ、六十年代物の古い奴らを呼んでくれ」
(また言った……)
少女は常にオゥストロの気を引いて、そして簡単に突き放す。そんなありがちな男女の駆け引きに、今まで興味は全くなかったが今回だけはそれが苛立ちに変わる。
「……興味はあるが、利益はない。精霊殿は俺に何を差し出して交渉するつもりだ?」
「そうだな。誓約といきたいところだが、あいにく俺には身体が無い。このガキにそれを負わせたって意味が無いしなあ……」
足首を掴まれたままの頼りない少女の身体を見下ろしたが、何処を探しても何も利益を見出せない。同じように自分を見下ろす黒い頭。どこからどう見ても未発達な子供の少女に、薄く笑ったオゥストロはあることを閃いた。
「誓約は我が国では、人と人では行わないが、そうだな。その娘で手を打ってもいいぞ」
何の話だと、オルディオールは可愛らしい唇を引き結ぶ。目の前の大男の発言の内容が、直ぐには理解出来なかったのだ。
「…どういう意味だ?」
「そういう意味だ。俺はある理由で結婚もしていないし、婚約者もいない。だから、その娘をくれるのならば精霊殿へ、この国の便宜を図るように協力しても構わない」
「……」
(……)
「分かった。良いだろう。その替わり、お前を使わせてもらうぞ。便利そうだからな」
(……)
「構わない。元より精霊殿はその娘に憑いているのだろう? 娘をもらえば俺は縁者だ。望むように使うといい」
(……)
「やっぱりお前、見込みがあったな。案外、頭が柔らかそうで助かるぜ。じゃあ、とりあえず、口約束では頼りないから、誓約とまではいかないが、何か形にしてもらおう」
(……)
「ならば指輪を贈ろう」
(……)
「構わない、じゃあそれで……」
(……)
**
(……)
ーーホワイ?
今の何? まさか、あれ?
まさか、あれ?




