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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天を制する者~ガーランド竜王国
59/221

07 辟易 07

 


 メイは考え無しに、広い拷問室へ飛び込んだ。確認した現状は、オルディオールにとっては、かなり望ましくない状況だった。


 元よりガーランド竜王国、そして南大陸の獣人達は、ファルド帝国よりも物事を力で解決する印象が強い。本能が動物的な獣人、そしてその獣の頂点に位置する竜に騎乗する事で栄えたガーランド竜王国。


 共通点は支配者の力関係が、国家の軸となることだ。


 (支配者は力を極めた者が多い。国を纏める王族、それに使える軍隊は東大陸西側では最強を誇るガーランド。…厄介な奴が現れた)


 目の前の長身の男を見上げたオルディオールは、対峙した緊張感を少女の身体越しに感じた。


 (更に状況の悪化、)


 少女の突き付ける剣先に向かって歩いて来た男は、完全に退路を塞ぐように位置を変えながら進んできた。


 エルヴィーの惨状に取り乱し騒ぎ始めたメイの行動を制し、この拷問室での上官を焚き付けて、逃げる算段を立てていた。


 (昨日今日筋力作りに走り始めたメイの非力な体力で、さすがにこの人数を相手にする事は出来ない。エルヴィーの状況から推測するに、主と疑われているメイへの拷問は必須となるだろう)


 オルディオールの想像通りとはいかないが、やはり力による拷問が進んでいた。


 玉狩り(ルデア)に周囲の注意が向いている状態で逃げようと考えていたが、オルディオールの意志に反して、少女の身体は倒れたエルヴィーへ向かって走り出してしまった。


 無意識のメイによる、身体の支配の交代はたびたびある。


 本物の身体の支配者は魂との定着度合いが違うのか、少女の無意識というものをオルディオールは操作仕切れていない。


 (メイは基本が馬鹿で素直なだけに、強い思いで無意識に作用してしまう。これが実に厄介だな)


 柄を握り直し主導権を確かめる。新たに現れた長身の男は、オルディオールが剣を突き付けた厳つい体格の者よりも、更に上の階級の者。


 (おそらく、ここの指揮官だろう。この男が存在するだけで、部屋の空気が異常に張り詰めた)


「エールダー?」


 ガーランド竜王国の財産を勝手に斬りつけた異質な少女にオゥストロは誰何したが、この砦の絶対的支配者の彼に対して幼い少女は言葉を嘲り遊び続ける。


「エールダー、なる程。東側の大公、エールダー家の者か。だが、お前は名の通った〔黒蛇カラザーラ〕とは違うだろう。小娘」


「そうだな、確かに。〔その〕エールダーとは言い難いな。だが、オルディオール・ランダ・エールダーは、〔血空ベル・ハール赤蛇デウスローダ〕を忘れてはいないぞ」 


 〈〈〈……!?〉〉〉


 東側の者が蔑称として呼ぶ〔血空ベル・ハール赤蛇デウスローダ〕とは、ガーランド竜王国に於いて英雄と崇められる〔伝説の赤竜騎士ロブ・グランダー〕、今や過去の英雄伝は、子供の物語に登場する。


 それが、この緊張に張り詰めた拷問室で、異国の少女の口から出た。周囲を囲む兵士達は困惑するか、またも嘲られたと憤慨するが、尋問官達とオゥストロは別の事を思案する。伝説の赤竜騎士ロブ・グランダーの、国民には語られない真実を。


「ファルドの黒蛇カラザーラに、我が国の英雄か。次は何のお伽話をしたい?」


 女達が聞くだけで大騒ぎし喜ぶ低い男の声は、今は室内に緊張感を張り巡らせる様に静かに響き落ちる。しかし生意気な少女は、重い長剣を揺らぎもせずに突きつけたまま、ひたりとオゥストロを見据えた。



「お前では役不足だ。この国の上の者と話しがしたい」



 周囲の兵士達は、少女の言葉に息を詰める。しかし言われた男は目に見えて口の両端を上げた。


 〈…………〉


 権力を使う事に慣れた、貴族の少女が分をわきまえず、守備隊長への敬称を示さない事はまだいい。少女は目の前の絶対的支配者、オゥストロの存在を無視して、更にその上を望んだのである。この完全な侮辱は、彼の部下となる砦の騎士達全てを否定したことになる。


 (来る、)


 長衣の黒い軍服、その内側の緋色が目に付いた。


 オゥストロは長剣を鞘から引き抜くと、下から少女を確実に切り上げた。振り上げる重たい剣は音を立てて空を裂き、間髪入れずそれを叩き落として上から少女を切り下げる。そして更に下げた剣先を横一線に振り抜いた。


 突然始まった指揮官の流れるような連続斬撃に、それを目にしたことの無い部下達は息を詰める。力強く流れる剣技は少女を切り裂き、鋭い切っ先は空気を断ち、静かな室内に刃鳴りが飛んだ。


 ーーキィィン……。


 高い金属音が響き渡り、翻る黒い長衣の裾からは鮮やかな緋色が見え隠れする。その長衣の先には、真白い剣先だけが薄暗い室内に浮きだった。


 〈!!〉


 そう、少女を切ったはずのオゥストロの強剣の切っ先には、血糊の一滴も付いてはいなかった。横一線に振り抜いた長剣、オゥストロは鋭い黒の瞳を逸らさずに、目の前の少女を見据えている。


 (無傷)


 全力の剣技は全て紙一重で躱されて、猫の様に身体を翻し続けた少女は、逆にオゥストロへ切っ先を突きつけていた。


 〈…………っ、〉


 それを愕然と見ていた者達はただ動けずに立ち竦み、ストラもセンディオラも誰しもが、息も出来ずに目を見開く。


 〈ふ、はははは、〉


 この場には相応しくない笑い声、しかし咎めることが出来る者は居ない。笑い出し肩を揺らす者は、少女に弄ばれ屈辱を受けた最上級士官、隊長オゥストロ本人なのだ。


「おい。ふざけている刻は無い。とっとと、古い奴を呼んで来い。そうだな、六十年代の古狸ならまだ残っているだろう」


 言われたオゥストロは笑いを止め、尋問官達は信じられない少女の台詞に耳を疑った。



 **



 監視対象のメイの失踪後、ようやく拷問室に辿り着いたアラフィアとエスフォロスが室内にたどり着く。だが中の惨状に、二人は目を見開いて立ち竦んだ。



 〈どうなっているんだ、これは、〉



 あろう事か、自分達が管理していた少女が、彼らの絶対的上官へ刃を突き付けている。


 アラフィアはオゥストロへ掛ける言葉も無く呆然とそれを見つめ、エスフォロスは辺りの状況を見回し、近くの者に状況説明を求めたが首を横に振られて話すことを否定された。異様な静けさ、その沈黙を更に破る者は、やはり口の端を上げたオゥストロだ。


「俺では駄目なのか?」


 からかうように少女に問うオゥストロは、突き付けられた剣から身を引かず、それを押し付ける様に前に進み出て少女を見下ろす。見下ろした黒髪の少女は、生意気に片方の眉毛を上げてオゥストロを見上げるが、少女の背丈は彼の腹に届くほどしかない。


 見れば見るほど子供だが、オゥストロの本気の斬り込みを少女は全て躱したのだ。これはオゥストロにとって、騎士となり初めての屈辱だった。更に少女が突き付ける剣先は、脅しではなくオゥストロの心の臓に向けられている。


「残念だな、若造。歴史を学んで出直して来い。お前、見込みはあるぞ」


 〈〈!!〉〉


 〈何を言ったんだ、あいつは、〉

 〈止めろ、喋るな、〉


 これ以上、緊張を張り詰めることが出来ない室内。遅れて来たアラフィアとエスフォロスだけが周囲と隊長を見回している。


「俺にしておけ。話しだけは聞いてやろう」


 オルディオールはメイの顔で睨みを効かせるが、足下に視線をやり逡巡した。倒れたままの玉狩り、そして自分が斬りつけた若い兵士が二人。


「妥協案だな。そろそろ本気で手当てをしてやれ。あと、そこに転がっている者は魔戦士デルドバルでは無い。玉狩り(ルデア)という大聖堂院カ・ラビ・オールの者だか、今はメイの保護者だ。まあ、そうだな。こっちが知り得るものは提供する。替わりに、そいつには手を出すな」


 オゥストロは剣先から身を引くと、周囲の兵に倒れた者達への救護を顎で促した。得体の知れない少女を横目に動き出した兵士達。オルディオールは辺りを見回すと、自分が剣を奪った兵士を見つけて顎を上げてそれを呼ぶ。


「聞いたな。お前達の上官の保護下に入ったぞ。ガーランドの竜騎士の、誠実さが問われるな。客人は丁重に扱えよ」


 生意気な表情、小さな桜色の唇は騎士達の最上官を盾にして、更に彼等を貶める。言った少女は、奪った二本の長剣の柄を返して進み出た兵士に差し出した。


 周囲は少女に斬り伏せられた者の救護に錯綜する。元凶である少女は足下に倒れる四十五エルヴィー番を見下ろしたが一切触れる事はせず、兵士達が救護の姿勢で向き合うと、満足を軽く頷いてオゥストロを見上げた。


「咽が渇いたな。口説いただけの甲斐性を期待する。山茶以外で頼むぞ」


 偉そうな少女の態度に、さすがのオゥストロも鼻で溜め息をつく。周囲を見回しストラを見ると、それに頷いた部下を横目に、オゥストロは第一号拷問室を後にした。その後ろには、見慣れない黒髪の小さな少女を伴って。


 後に残された者達は恐々と現場を見回し、救護に奔走する者達と、驚愕にまだ身を浸す者に分けられた。


 〈なんなんですか、どういう事ですか?〉


 ストラ尋問官長に食い下がった、アラフィアへの返答は〈やはり、よく分からん〉の一言だった。


 〈とりあえず、手順を無視してあの子供をここへ連れて来たお前達には、罰則を科す。この、荒れた現場の収拾を一任する。特に今回負傷した二名の隊員、そして客人の保護者の救命、その管理を優先しろ。アラフィアは副隊長の任務と兼任だ。以上〉


 ストラ尋問官長の横に並んだセンディオラ尋問官は眼鏡を中指で調整し、事もなげにそれを告げると退席した。残されたアラフィアは、突然の過剰任務に呆然とする。


 〈なんなんだ、だから、どうなってんだ? オゥストロ隊長ライドが、まさか、ヴァルヴォアールの轍を踏んだのか?〉


 〈わかんねえ〉


 それぞれが違う方向を見て、姉弟は深い溜め息を吐いた。



 ***


 ーーー第三の砦、隊長執務室。



 (さて、とりあえずはここまで来たが、)


 窮地は脱した。


 だがそれは一先ず程度の危ういもので、少女メイに対する砦の騎士達の見方は危ないほどに転換した。容易く拷問を掛ける対象ではなくなった。つまり、本格的に一切の抜かりなく、危険分子対応される対象へ変わってしまったのだ。


 その立ち位置は、第三の砦に留まらず、既にガーランド軍全体に通達されただろう。


 (まあ、進んだものは仕方が無い。あのデカ男が思ったよりも、頭は柔らかかったって事ならば問題ない。にしても、さっきのは、マジで危なかった)


 拷問室で三太刀浴びせられた。間一髪を繰り返し見極めたが、少しでも気を抜けばメイの小さな身体は両断されていただろう。


 それを凌いだオルディオールは、内心安堵でメイの身体から分離しそうになった。踏みとどまりその場を軽口で挑発し続け、隊長格の男の気を逸らし、退路を確保しようと思ったのだが、男は逆にオルディオールの話に乗り掛かってきたのだ。


 これを使おうか逡巡した刻、足下に転がるエルヴィーを見つけた。


 (四十五番エルヴィー


 エルヴィーをこの状態で失えば、オルディオールの保護者の少女の精神に、負担が掛かるのは目に見えている。試しに譲歩の取り引きを持ちかけると、これも意外なことにオゥストロは了承したのだ。


 (恐らくは裏がある。しかし、これを利用しない手はないので、のうのうと後に付いて、ここまでやって来たが)


 途中、北方大陸の者が二人を足止めをし、先に中に入るように促されたオルディオールは執務室内を粗方物色した後に、続き部屋の来客用に整えられた応接室を発見した。


 殺風景な応接室の長椅子に、どかりと腰掛けたオルディオールは、自分の足が床から浮いた事に眉根を寄せる。少女の短い足は、椅子の脚に合わずにぶらぶらとぶら下がった。


  そしてしばらく辺りを見回していると、砦の隊長が手ずから入れた花茶を少女の目の前に置いた。


  〈……〉

  「……」


 対面の座席に腰掛けるはずの長身の男は、何故か少女の隣に恋人の様に肘を掛けて座り込む。その至近距離に、オルディオールにはある考えが浮かんだ。


 (やめてくれ。白狐レイシシンの次はデカい灰色狼ハイカーンとか、これ以上動物の部下を増やさせないでくれ)


 オルディオールには、既に優秀な副隊長がいる。黒猫の立ち位置は、簡単にはゆるがない。


 眉間に皺を寄せた少女は、部屋の主を可愛らしい黒い瞳で睨みつけた。


「では話をしよう。お互いの話を」


 低く甘い声。しかしそれを言われた少女の中身は、騎士団長経験のある擦れた二十九の男。その声は不快、不愉快、茶番としか耳には入らない。


「互いの話?」


 いつもは無意識にでも、真面目な話の最中に茶々を入れてくる少女メイは、エルヴィーの姿の衝撃が強すぎたのか一切の干渉を感じることが無い。


 (……まだか)


 このまま少女が自閉すれば、自由に身体を使えるオルディオールにとっては都合が良いが、しかしそれを考える事は無い。メイとのくだらないやり取りの再開を、オルディオールはただ待っていた。


  想像以上に取り乱した彼女の為に、捨てるはずのエルヴィーを生かしたのだ。


 (まあ、こんな危機管理の薄いガキが、あんな現場に耐えられるとは思わなかったが。しかし、この野郎は野郎で、なんだか面倒そうだな)


 距離感の分からない男に溜め息をついたオルディオールは、人肌の感じる距離を避けようと腰を浮かすが引き寄せられた。不快を顕わに大柄な男を見上げると、少女と同じ黒色の眼で見下ろしてくる。そして回した腕に黒髪を囲うと、耳元で低く囁いた。


「包み隠さず、全てを話せ。分かったな」


 甘い声は、女ならば腹の奥が痺れるだろう。しかし、メイは相当に怒っていた。


 (……ん? あれ?)


 『……』


 メイはモヤモヤと燻り続けながら、オルディオールと目の前の男を冷静に眺めていたのだが、そろそろ限界は近い。


 (あぁ? やべぇな。今は待て。今はマズい、)


 これから進退の全てを左右する、大事な交渉があるのだが、しかし、メイは怒り心頭なのだ。彼女にとってこの先を話し合う言葉は要らない。


 (待て、今は待て!)



 **



 (罵詈雑言を、習得するのを忘れたので、どうせ言いたい事は何一つ言えない。残念。趣味の悪い子供服の家での、後悔がフラッシュバック。いや、あの後はそれどころではなく、監禁の上、脱走、そしてホラーな展開に体調不良。薬臭いオカマに、更にはヒヨコ……は、やめよう)


 自虐。ダメ。絶対。


 今、自虐ネタは、メンタルがバーストしてしまう。ティー・ピー・オーは大切である。


 (目の前には、エルビーに対する理不尽の親玉)


 しかし、大人としては、理不尽にもさらりと挨拶をして、速やかに立ち去るのみだ。


「こんにちは『そして』食・べ・ちゃ・う?」


 〈……?〉


 (止めろ! 止めてくれ! 何、言ってんだよお前! 今、それは笑えない。状況を見極めろ! バカガキ!)


「食べてほしいのか?」

 (違う!!)


 違わない。私の中ではこれは、郷に入っては郷に従う〔さようなら〕の敬語。


 (エルビーを理不尽に傷つけた、この場所に用は無い。早々に、速やかに立ち去るのだ。そして、エルビーを別の病院へ連れて行こう)


 目を眇めると、何度も練習して修得した人を馬鹿にする表情。片方の眉を上げ、今はここには居ないクールな医者を思い出し、真似をする。


 強固な意志は変わらない。強く頷くと、巨人は私を嘲るように笑った。


 〈****、****、******、*********。まあ、******〉


 何かを言った巨人は顎をつかむと、突然前のめりにぶつかってきた。 



 

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