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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天を制する者~ガーランド竜王国
55/221

姉弟の受難 04

 


 駐竜場に一番近い厠に、少女を案内したアラフィアは驚いた。



 肌理の細かい手入れの届いた肌、艶やかな黒髪は北方国エスクランザの貴族の特徴だ。ただエスクランザの国民は、王族貴族の肌色は褐色である。


 (噂では、限られた少数の王族は白い肌だというが、どうなんだろうな。高貴な家の子供には間違いないだろう)


 ガーランド竜王国、第三の砦副隊長のアラフィアは、北方国エスクランザの貴族達が苦手だ。王族貴族、彼らの鼻持ちならない性格態度、気取った所作が気に入らない。


 国交がある為、ガーランドの王族達との交流の場で警護として関わりがあったのだが、そこでアラフィアは貴族の態度に辟易し嫌悪していた。


 目の前の少女は、その辟易の対象。


 (しかし、彼女は子供で崖から滑落しかけて粗相をしたのだ。そんなか弱い者に、大人として毛嫌いを表す事はしない)


 その少女を厠に案内したのだが、彼女は自分が汚した衣類を洗おうとした。


 (意外だな…。貴族の子供は甘やかされていると思ったが、これは偏見だったようだ)


 汚れた部分を水で洗い流し、揉み込み擦る。初めて洗濯をしたとは思えない手際。横で見ていたアラフィアは、洗濯場から衣類用の石鹸を持ってきて少女に渡した。


 「これを使いなさい」


 『石鹸?』


 アラフィアを見上げた大きな黒い瞳は、少し目尻が上がっている。小さな白い手は冷たい水で赤くかじかんでいたが、大きな石鹸を両手を開いてしっかりと受け取った。


 にこり。


 「ありがとうございます」


 アラフィアは何故か赤面した。軽く頷くと洗濯を促す。貴族に礼を言われた事など、自国のガーランドでさえ無い事だ。彼らはアラフィア達軍人が王族貴族を護る事を当たり前だと思っている。


 (北方セウスの貴族も、いろんな家があるのだな。あの国は少し変わっているが、毛嫌いを改めなければ)


 少女が熱心に洗濯している横でアラフィアは一人感慨に耽っていたが、ゴシゴシと動く手に違和感をもった。


 (ん……? 全然、泡が立ってないぞ)


 少女は懸命に石鹸を衣類に擦りつけ、それを揉み込んでいるが使用方法はそうでは無い。石鹸は洗面台の横に必ず備え付けてある網布で、一度泡立てから使うのだ。


 (やはり貴族の子だ。いつもは使用人にやってもらい、方法が分からないのだな。だが、やろうと思う、心がけは悪くない)


 「貸しなさい。こうやるんだ」


 アラフィアは、少女の洗濯を手伝ってやることにした。



**

 


 洗濯が終わり廊下に出ると、エスフォロスが東側の男を連れてやって来た。


 〈なんだ、尋問部屋はこっちでは無いだろう〉

 〈この男が、どうしてもその子供に会いたいと煩いんだ。近くに居たから黙らせる為に連れて来た〉


 見ると無表情な東側の男は少女を見て微笑んだ。国境で少女の身を案じていた事から、仕える者か何かだろう。少女も男に安心したように微笑んでいる。そこでアラフィアは、あることに気がついた。


 〈お前、男がこの子に会わせろと言ったんじゃなくて、お前がこの子を安心させるために連れて来たんだろ?〉

 〈…違う。で、なんでお前はいつも声がでかいんだ〉


 図星に弟は小声になって否定したが、これは照れ隠しの症状だ。姉であるアラフィアにはお見通しだった。


 〈どうせこちらの言葉は分からないだろう? 東側フランの言語もこの子は拙いしな〉

 〈そうだ、気になってたんだよ。この子、北方大陸セウス語も分からないみたいだし、聞いたことの無い言葉を話すんだ〉


 二人の姉弟は訝しんで少女を見下ろす。彼ら国境守備隊は母国語を含めて北方大陸語、南大陸語、東側言語と四カ国語は操れるのだが、少女がたまに話す長い言葉は、そのどれにも当てはまらなかった。


 〈まさか西方レレント大陸か?〉

 〈まさか。島が沈んでるってあれだろ? この前の偵察隊、北西は行けども行けども海だったって言ってたぞ。それに南方ゴウドの海の奴らだって、海中でも西方は石壁しか無いって話だったじゃないか〉

 〈まあな。そもそも人がいないか。ならどこの田舎だよ〉

 〈あの子は北方セウスの西側出身だろ? あの辺の年寄りは何言ってるか全く分からん〉


 「エルビー、大丈夫?」

 「僕は全然大丈夫だよ。ミギノは変なことされていない?」

 「大丈夫大丈夫、私」


 お互いの安否確認、にこにこと東側の男を見上げて嬉しそうに笑っていた少女。それを微笑ましく見ていたアラフィアだが、かわいい口は突然本性をはき出した。



 「お金、下さい、私」



 「……なに買うの?」


 〈〈…………〉〉


 (やはり貴族)


 使用人を使う事に慣れている様子だ。だがしかし、求めた金銭は手に入らず、次に少女はエスフォロスを見つめ出した。黒の瞳が不満に座っていくのを、微妙な気持ちで姉弟は見つめ返す。


 〈え? なんなんだ?〉

 〈お前の事を、下僕として使えるか、見定めてんじゃないか?〉

 

 そして異国語で何かを呟き、高貴な出自にも関わらず、幼い少女は下品にも鼻笑いをした。


 〈あいつ今、俺を笑ったのか? なんで?〉


 (貴族……? よく分からん子だな)



**



 〈終わりましたか?〉


 〈〈…………〉〉



 黒髪の少女メイの尋問はすぐに終わり、部屋から出される。担当尋問官はストラとセンディオラ、いずれもアラフィアよりも上官の竜騎士だ。


 アラフィアは第三の砦で、隊長のオゥストロの副隊長として任務についているが、それは実動部隊での位。尋問や事務官などは別に存在していて、階級は上級士官が殆どである。国境線砦に配置される上級士官は全て竜騎士で、それぞれに相棒の竜がいる。


 ストラは壮年の男で体格も大きく、センディオラは二十八のアラフィアよりも年若い二十五になる頭の切れる怜悧な男だ。この二人は、子供であろうが怪しい者には一切の手加減などしない。


 二人を相手に一人で尋問を受ける事になった少女が怯え、何も話せなくなるのではと考えていたのだが、出しゃばるわけにもいかずアラフィアは廊下で待機していた。


 『……』

 〈……〉


 想像よりも早く終わった尋問。アラフィアは思わず怪訝を表情に出してしまったが、何故か部屋の中の二人の男は微妙な表情でメイを見送っていた。


 (……?何かあったのか? ……しかし、あの二人には聞けないな)


 尋問官の仕事には、彼らの報告が提出されるまで内容に立ち入ることは出来ない。アラフィアはすまし顔で歩く隣の少女を見下ろしたが、拙い言語を思い出し、あえて聞くことはしなかった。


 

**



 吹き抜けの中庭でメイを待っていたのは南大陸の少女と猫だった。南大陸の血の者だが、アピーという少女は、東側で奴隷被害で生まれた子供なのだと、印持ちのイグが言っていた。 


 その痛ましい生い立ちにアラフィアは唇を噛む。人を人だと思わないのが、ファルドの者達だ。


 ガーランド竜王国も、五十年前に多くの騎士を戦争で失ったのだ。


 (南大陸ゴウド北方大陸セウスの民を捕らえて、奴隷制度など、野蛮な行為を未だに続けているとは)


 個人行動の多い南大陸の者達は、弱い種族が捕らえられ奴隷にされたという。恐ろしい現実は、目の前のアピーとして証明されている。アラフィアは首を軽く横に振り、嫌な思いを切り替えた。


 「ここで少し待て。外にはまだ出せないが、暗い室内よりましだろう」


 吹き抜けになった中庭は、四方の窓から監視が出来る。通路奥の出入り口には、衛兵がいるので外にも出られる心配は無い。少女達の息抜きにこの場所を選んで、アラフィアは他の用事を片付けに行った。




***


ーーー第一尋問室。



 一度尋問が終わったエルヴィーだが、イグが「彼は魔戦士デルドバルなんだ」と言ったことにより、二度目の尋問を受ける事になった。しかし、魔戦士について語る内容を持ち合わせていないエルヴィーは、無言を貫き通している。


 (長考になるな……)


 尋問官がため息に部屋を出て、待機するエスフォロスに伝える為に廊下を見渡した。するとエスフォロスの背後、中庭に面した窓に飛竜の姿が見える。


 〈おい、あれ、お前のとこのフエルじゃないか?〉

 〈え?〉


 中庭は狭い。飛竜は羽が広げられない狭い場所を好まないので、この庭には入って来た事は今まで一度も無い。ただ、好奇心旺盛なエスフォロスの相棒フエルが、中庭の屋根から窓の中を覗き見ている事はよくある光景だ。


 しかし、今そのフエルは羽を使わずに爪で窓枠を掴んで降りてきている。


 〈なんでまた……あ!〉


 フエルの目指す場所中庭の中央に、黒髪の小さな少女が佇んで上を見上げている。


 〈おい、ヤバくないか、あれ〉


 上級士官の問いかけに応える事無く、エスフォロスは廊下を走り出した。ここは五階、階段を跳ぶように駆け抜けると中庭へ急行する。


 〈なにやってんだ、あのガキ、〉



**



 その頃アラフィアが、中庭から一番近い事務室へ入って間もなくだった。突然廊下から、少女の悲鳴の様な叫びが聞こえて今閉じたばかりの扉を開ける。

 

 〈なんだ!〉

 〈何の騒ぎだ!?〉


 同じ様に次々と確認の扉は開かれて、兵士が走るアピーを怪訝に見ていたが、少女は猫と共にアラフィアを見つけると、中庭の方角を指さして更に大きく叫んだ。



 「ミギノ! 食べられちゃうよ! 大きな怖いのに!!!」



 大きな怖いもの?


獣人の少女がこの砦で、極端に怖がっていたものは竜しかいない。


 〈まさか、〉


 〈おい、何だ?〉


 アラフィアは事務官から受け取る書類を放り出し、中庭へ向かって廊下を走る。人が集まって来た廊下には、先ほど顔を見たばかりの二人の尋問官までいた。


 〈飛竜シーダが居るぞ!〉


 誰かの叫びに全員が中庭を見る。


 いつも冷静な事務官達、そしてストラとセンディオラの二人の尋問官も息を飲んでその場を見た。


 薄暗い砦の室内、そこだけに陽が当たる狭い中庭に飛竜の姿は陰になり、いつもよりも大きく騎士たちの目に映る。そして大きな黒い陰は、小さな少女の頭を口に入れてしまった。 


 ーー〈っ!!、〉


 誰かの息が詰まる音があちらこちらから聞こえる。その中、兵士達をかき分けて走り込んだ一人の騎士は大声を張った。


 〈フエル!! 駄目だ! ぺっしなさい! ぺっ!〉


 的確だが、なんとも間抜けなエスフォロスの叫び声。笛無き騎士の命令に、相棒であるフエルは目線だけエスフォロスに向けたが、味わうように少女の頭を口にしたまま動かない。


 〈……〉

 『チクチク、ベタベタする、』


 飛竜は人を食べないが、食べられない訳ではない。


 普段は動物の血肉や葉物を主食にしている。フエルは人は食べた事は今までに無いだけで、機会があれば食べられるのだ。


 その機会を与えてはならない。それに竜騎士は細心の注意を払っている。


 エスフォロスは相棒のフエルの前に立ち、その目を強く睨みつけた。


 〈……〉


 息を飲む周囲。万が一に備えて飛竜を気絶させる匂い玉を手にする者もいる。ここで少女の味を知ってしまえば、フエルを処分しなくてはならないのだ。


 少女の命、人命はもちろん一番大事だが、国の財産、竜騎士の飛竜を殺すことは絶対に避けたい。


 〈……〉


 エスフォロスとフエルは暫く見合っていたが、程なくフエルは口を開き少女の頭を解放した。べろりべろりと口を舐めたが、また少女の頭の匂いを嗅ぐと窓枠を伝って登って行く。


 〈良かった、〉


 〈……あれは遊んだだけだな……〉

 〈ああ、玩具を口に入れる、あれだ〉


 食欲では無い。


 周囲から安堵の溜息が漏れ始め、残された少女は恐ろしい経験をしたにも関わらず、きょとんと惚けた顔をしていた。


 〈お前、何やってんだ、飛竜シーダに近寄るなよ…〉

 〈怖さを知らねえって、コエー〉


 「ミギノ! 大丈夫? こっちに、早く、」

 『アピーちゃん、大丈夫だよ。あれは誰かが操作しているの。きっとこの見物客の誰かが、してやったりって笑ってるから。騙されないで』

 「こっちに来て!!」


 獣人の少女に叱られ中庭から連れ出される北方の少女。足下を彷徨く黒猫もどこかそわそわしたままだ。


 〈エスフォロス、お前、〉

 〈俺か? 今の問題、俺か?〉

 〈ああオメエだよ。フエルはオメエの相棒だろ? 良かったな。制御笛や匂い玉、使われてたら一年は飛竜に関わり持てねえからな。あのガキに感謝しろよ〉

 〈ハア? だから、俺の所為じゃねえし!〉

 

 〈それにしても、あの止め方はないだろう〉


 〈ストラ殿……センディオラ殿も、見ていましたか〉

 

 〈飛竜シーダが山で拾い食いした場合の、お前の情けない指示の仕方がここの皆に知れ渡ったな〉

  

 ーー〈ぺっしなさい!ぺっ!〉


 〈……〉

 〈ちっ、恥ずかしい野郎だぜ〉

 〈お前に言われたくねえし、〉


 〈姉弟喧嘩は他所でしろ〉 

 〈オゥストロ隊長ライドが居ない今、子供を飛竜に食わせたとなったら前代未聞だったぞ。アラフィア、管理が甘い〉


 〈……はい〉


 〈しかしそれにしてもあの子供、本当に無事で良かったな〉


 慣れ親しんだ竜騎士でさえ、飛竜の口元や正面に立つ事には注意を払う。地元の子供が頭を咥えられたとしたら、恐らく気絶をするだろう。


 〈……やっぱり、よく分からんな〉

 〈…………〉


 呟いたのはストラ上級士官。それに相槌を打つのは隣にいたセンディオラ上級士官。二人の視線は、少し離れた廊下で戯れる黒髪の少女を見ている。


 (マジで、腰が抜けるかと思ったぜ)


 息を吐くアラフィアの隣には、青ざめて一気に老け込んだエスフォロスが立っている。二人は尋問官の視線の先、フエルに舐め回された小さな少女を目で追った。


 ベタつく頭皮に手をやって、匂いを確かめるメイ。その横には少女の不思議な匂いを確かめるアピーと猫。


 〈呑気なもんだな…〉


 生死の境を彷徨った、そんな緊張感はまるでない。その様子を呆れて眺めていた兵士達だが、状況を振り返ったストラが副隊長のアラフィアを見据えた。


 〈逆に隊長ライドが不在で良かったか?〉

 〈……〉

 〈まあ、隠しては置けないが、その子供。お前達が責任を持って管理しろ〉


 いつも氷のような二人の尋問官の上官は、何故か少しだけ温かく感じる笑顔を姉弟に向けた。


 〈俺たち?〉

 〈お前が拾ってきたんだからな。あのガキ〉


 〈……ハア、〉


 鬼の最上官への報告を考えると、頭も腹も痛くなりそうだがとりあえず、姉弟は飛竜の唾液まみれの少女を宿舎へ連れて行く事にした。



 

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