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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天を制する者~ガーランド竜王国
51/221

03 私。大人の、女。

 

 滑落、そして軽やかに岩棚にスタッと着地。


 我が国古来のハイスペック・マスターニンジャでは無い。そんなこと出来るはずも無く、どこかに何かが引っかかって、かろうじて生存。


 おそらくジャケットの袖、脇口に下から突き出した岩が嵌まっている。運が良い。左腕の布だけで崖から滑り落ちることを防いでいる、そんなラッキーかつ危機的な状態だ。


 「ミギノ! 大丈夫か!」


 エルビーの声がする。どうやら大して落ちなかったみたいだ。


 (しかし、下は見れない。私は岩肌にへばりついているが、足が地に着いていないのだから…)


 イコール?

 そう、この左袖口がビリリといけばおしまいだ。


 呼吸は最弱。自力で支えている手は汗ばんで滑る。左袖口の引っかかりが無ければ、右手は滑って意味が無くなるだろう。ここには、クライマーの為の手に付ける滑り止めの粉粉は無いのだ。


 (助けて……)


 なんて思っているが、大声は出せない。


 空から落ちて、どうにもならなかった時とは違う、助かりそうで助からなさそうなこの恐怖感。


 (やっぱり、気絶無理。都合よく気絶無理。せめて小声でエルビーに生存を、)


 ーー伝えなければ。


 『た、たすけ……』


 [*****! *********!]


 突然、騒音と共に声がした。思ったよりも近くで声が。しかし、振り返ることなど出来ない。私には今、落下した時の悲鳴と情景しか頭には浮かばないのだから。


 (消しても消してもネガティブな、シミュレーションだけは何度も何度も現れる、)


 ネガティブに対抗できるのはポジティブしかいないのだが、ポジティブ恋愛ゲームで培った脳内のステキな彼氏が肉体を持って実体化し、何処に持っていたのか長いテグス紐でくるっと助けてくれる、そんな奇跡は訪れはしないと、最終的にはネガティブとなって返ってきてしまう。


 ーーだから、妄想している場合では無いのだ!!


 (ピンチ、ピンチ。絶体絶命)


 焦れば焦るほど、くだらない事ばかりが浮かんでくる。


 これはけして、テストや仕事の時に、注意力散漫、集中力が途切れる駄目な子ね、の、あれとは違う。


 だって、死にそうなのに、それに対する恐怖だけに、集中力を持続したくはないじゃないか!


 (待てよ、声?)


 そうだそうだ。ここ、ファンタジーワールドでは無かった。そうだよ、ケモミミ様は、異郷地域アナザーワールドの結界の中に存在したって、さっき結論づけたじゃないか。


 現実、現実。

 リアルレスキュー隊が存在するのだ。

 ドローンが空を滑空する時代。

 山に引っかかる私をピンポイントで発見。

 優秀な山岳救助隊が救助に来てくれたのだ。


 「動くな!」


 「分かります。私、動くな」


 背後から鋭い注意を受けた。これを言われたら、本当に動くなとフロウ・チャラソウ様が真面目な顔で何回も言っていた。


 (というか動く気は無い。むしろ動けない)


 バサリ、バサリと騒音が聞こえる。


 ヘリ? ドローン?


 ちらり、首をずらし、目線を壁から横へ、慎重に。


 何か、黒い物が上下に。

 最新式の救助ヘリ?


 (音が遠ざかっていく…。待って、今の、確認だけだったなんて、ヤメテ……)


 ドローンだけでした。

 音声機能装備してました、なんて。

 これから救助チームを組んで、登山を開始します、とか。


 ぬか喜びは、ヤ・メ・テーーーー!!!



 ーーーーゴォウ!!!!


 『ウギャ!!!』


 〈******、******〉


 (た、…助かった…?)


 男性救助隊が、まさかのすり抜けながらのかっ攫いを実践。


 きゅん。


 これはきゅんとする。男らしい腕に巻きつかれてきゅん。しかし、荷物のように担ぎ上げられていることは仕方が無い。お姫様だっこなどの要求は厚かまし過ぎる。が……。


 最新式の救助ヘリ?


 肩に担ぎ上げられている私は正面が見えない。ヘリの後部座席が見えるはずなのだが、座席?


 (あれ、何だ? ……鳥のシッポ? いや、ウナギのシッポ?)


 黒い物が、青い空にふりふりしている。


 「ミギノ!!!」


 (あ、エルビーだ! ……はぁ、よかった……)


 本当に、助かったのだ。


 地上にエルビーとイグくんの姿が見えた。安心すると高低差に意識は遠のくが、やはり気絶なんて繊細なスキルは発動しない。


 他にも数名……? なんだ、あれ。大きな黒い塊が、三つ。


 (最新式のヘリ……生っぽい……)


 私を救助した山岳救助隊員は、なんと私を憧れのお姫様だっこへ持ち直す。


 顔を見る。


 おお、やはり顔の彫りは深い。日に焼けた肌、赤茶髪、金色の瞳、涼しげな顔立ちの美青年。


 (しかも、赤道国民の様な長いギチギチの三つ編みが、カッコイイ!)


 目が合う。どきん!


 〈***********、*******?〉


 「ミギノを離せ!」


 はっ、そうだ、そうだ、エルビー居たんだ。大丈夫、大丈夫。私は無事に生還致しました…って、おい。そうだよ。元はお前の所為じゃないか。


 まあ、いい。彼には返しきれないほどの恩がある。私は過ぎたことは蒸し返さない、大人の女である。


 「エルビー、大丈夫、私、大丈夫」


 にこり。


 (あれ、)


 気が抜けた。

 力が抜けた。

 涙出た……待てよ。


 「……」


 ヤバイ。マジヤバイ。


 足の力が入らない、きっと腰が抜けているのだ。きっと。


 (気のせいかな? お尻が、温かい)


 〈……〉


 お姫様だっこ。憧れのシチュエーション。

 

 オシャレメンズの顔を見上げるワタシ。

 オシャレメンズがワタシを見下ろす。


 彼は両腕に抱いた、ワタシのお尻の下を支えていた腕を、おもむろに掲げた。


 (高い)


 そう、やはり彼も背が高い。持ち上げられた私は、山岳救助隊員の目線まで上げられた。そして、屈辱にも下から尻を覗き込まれたのである。


 十九の女性にする行為では無い。


 通常であれば、断固抗議すべきことなのだが、今は通常では無い。何故ならば。


 (何故ならば……?)


 乳幼児が社会へ出る為の一つに上げられる、重要なトレーニング。大人としては不可抗力。体調不良が主な原因に上げられる。


 (そう、これは不可抗力)


 山岳救助隊員は私をそっと降ろしてくれた。意外にも腰は抜けてはいなかった。走り寄るエルビー。しかし、私はそれを片手で制する。そして彼の袋から数点着替えを取り出し、心配したままのエルビーを見上げる。


 『大丈夫。本当に大丈夫。』


 黒くて大きな生っぽいヘリの事など、どうでもよくなった。


 私は他の救助隊員を横目に、クールに最寄りの藪の中へと歩み進む。そして人目が無い事を確認し、半パンツと下着を素早く履き替えた。替えは一枚ずつだが持ち歩いていたのだ。もちろん山に登る前に、エルビーが揃えてくれた。


 ありがとう。エルビー。


 藪から出て来た私は、何事も無かった様にエルビーとイグくんの隣に立つ。右手には小さくコンパクトにたたみ込まれた洗濯物。もちろんスキニータイツとパンツは、厳重に内側に巻き込んである。それらの被害は特に大きかった。

 

 救助隊員の皆さんは、顔を見合わせてこそこそ何かを話している。


 分かっている。

 やってしまったのは私だ。


 それを否定するような事はしない。

 潔く認めているのだ。

 それ以上、非難の目を向けるのは止めてほしい。


 程なく私が粗相をしてしまった隊員が、エルビーに何かを話しかけた。


 構わない。

 彼は私の保護者なのだ。


 今さら、粗相の一つや二つ、保護者に報告されることに反論は無い。


 その後私達は、救助隊員の皆さんに連れられて山を降りた。途中、木の実摘みに出かけていたアピーちゃんとヤグくんも無事合流。何故か私達と一緒に居たはずの、くろちゃんとぷるりんも彼らが連れていたが、まあ、合流出来たのだから良しとしよう。


 そう、私は大人の女である。


 過ぎたことは気にしないのである。

 

 


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