11 疑心 11
この欧風屋敷にぷるりんが乗り込んで、私には分からない話しを紳士としていたのだが、その間エルヴィーとケモミミ様達は別室に案内された。
もちろんここはスタッフオンリーの、裏社会。
ヴァイオレンスな展開も、あることにはあった。
だが、よくは分からないが和解したようである。
クレーム申請代表者の私ぷるりんと、テーマパークの責任者の紳士のやり取りは、言葉は理解出来たが内容は全然頭に入ってこなかったのだが、ここで私は閃いた。
ぷるりんが表に出ていると、会話は全てクリアに分かるのだ。
(これが噂のチート…、いや、何かが違う。私に入れ代わるとチートは消える。意味ない。チート違う。納得出来ない)
会話の内容も分からないまま、しばらくすると白狐面の医師が連れられて来たのだが、彼はとてもぼろぼろだった。
任侠、戦争、不良の抗争、様々な創作映像を見たことはあるのだが、目の前のリアルにどうする事も出来ない。
(傷だらけ。この人アルビノだからより痛々しい。白っぽい服も血だらけだ。大丈夫なのか、あれ……)
やっぱりここは、マフィアの巣。
(ぷるりん、マジ、ぷるりん。何であの時、挙手したんだ。お前)
*
皆で廃屋テーマパークを歩き回り、高級住宅街コーナーへ踏み込んだ時だった。突然、横合いから出て来た人達に、白狐面の医師御一行様が攫われたのだ。
屈強な覆面の男達が、見事な手際で攫って行った。頭に袋を被せて、あっという間に縄で腕を縛り上げた。しかし、奴らが簡単に攫われる訳は無い。これはアトラクションの一環だろう。
だって、あいつら、抵抗を全くしていなかった。
ただ何かを話していたが、袋でくぐもり余り聞こえなかった。きっとこれは事件や何かでは無い。
これで彼らは退場だろう。
(ありがとう。何やかにやで、ご飯や治療もしてくれていたし)
喉元過ぎれば何とかだ。今となっては、彼らはもしや、迷子支援のボランティアの方達だったと思うほどだ。おや?何か忘れている気がする……。
ーーヒヨコ……?
(ナシナシ! ナシナシ!)
話しを戻すが食事は多少油が多く、私の向かったホテルはスタッフが職務怠慢で探すのに一苦労。運悪く異国の地で二度も出会ってしまった、感じの悪い女主催のコスプレ大会で暴行され、またもや黒豹に助けられたのだが、横合いから白狐面の医師が流れる様に再登場。
私の出荷先、間違えた?
それでは納品ミスで、慌てるわけだ。
荷物である私を、慌てて窓から回収し、正規の流通ラインに戻そうとした訳だ。
(この間にエルヴィー主導の、『ここだよ、こっちこっち』我が国ホラーも体験させられたが、あれは本当に笑えなかったので無かったことにする)
しかも最後に私の市場出荷タグを、投げてドカンと爆発させた。びっくりしたが、その後は私の座る場所をぷるりんが占領してしまっていたので余り実感がわいていない。
そう。
実はさっきのキッスも、余り実感が無いのだ。
ぷるりんが身体の中に入ると、ぶい・あーるゲームみたいな感じ?
いや、そのゲームをしたことが無いので詳しくは分からないけれど、なんか、見てる、聞いてる、みたいな感じ。
触れた感覚はある。温かい気がする。でも何となーくな感覚のみ。自分で操作していない、ヴァーチャルな世界に侵入した感覚だった。なのでドカンもヌルリも、実感が余り無い。
だってなんとなく、見てるだけ。
それよりも私には、鈴木さんに会えないショックが強すぎた。
(まあ、でも、鈴木医師は、また一から探しだそう。この国に居たことは居たのだし)
さようなら、白狐面の医師とその仲間達。
まさかとは思うけど、その人達がキャストでは無くて、本物のマフィア様では無いことを祈っているよ。
私の出荷間違いが連れ去りの原因だなんて、後々クレームを付けに来ないでね。私はただの、商品なのだから。
小さなミスは命取り。
それはどんな職種にも共通する。
そんな私の本日の内観の最中に、ヴァーチャルリアリティーなプレイヤーのぷるりんさんが、アトラクションにケチをつけた。
白狐面の医師達を担ぎ上げ去り行く出演者達。その中で、何もせずに監督し、時間を計っていたスタッフを呼び止めたのだ。
「おい! 一緒に連れていけ!」
え?
何その主催者の元へ連れていけ?
みたいなクレーマー感。
おいおいおい。ムリムリムリ。
挙手するな!
ほら、乱暴な言葉遣いに私の保護者、エルビーが驚いてるよ!
お母さんは、いや、エルビーはお父さんだった。
お父さんは、お前をそんな子に育てた覚えは無い!
(そうだよ、育てられたよね、)
エルビーとは夜寝る前に言葉の勉強をしたのだ。
そうだった。
彼は私の国の、言葉を覚えていてくれたのだ。
(そうだった。……ごめんね。エルビー。鈴木さんへの期待度が大きすぎて、エルビーに会えてうれしかったのに、空気ぶち壊して半泣きになっちゃったんだ私、)
これは大人の女のする行為では無い。
私はまだ、お子様だった。反省。
(エルビー、こんな所まで、迎えに来てくれたんだ)
初めて出会った人。その責任感なのかは分からないが、こんなに善い人って、この世に居るんだろうか。
(ありがとう、エルビー)
その、善い人エルビーの顔を無表情に変える、私ウィズぷるりんの愚かな行動。エルビーの無表情は、急にグレ始めた思春期のお子様を、クールに見つめる親の表情。
*
そしてマフィアの巣へ、走り出す私を止める者は誰一人としておらず、今、ここに。
「違った者には天が落ち、死で二人を引き離す」
紳士と白狐面の医師が、それぞれの右腕を下に向けたまま腕を交差させる。
ーー誓約。
(また来た! ファンタズィー王道儀式、第二弾)
前回、この台詞を聞いた時に、頭に流れていたのだが、怒れるぷるりんが、何をしでかすか分からなかったので封印していた。
「ドゥトゥトゥーるっるっるっ、ゲハン!! ゴフォン!」
定番ウェディングソングが、いつの間にか口からこぼれてしまったらしい。腕を組んだままの私ことぷるりんが、突然咳払いをしてそれは中断された。
私の無意識が、奴の支配から解放された瞬間である。
後からオラツイタぷるりんが怖いのである。
(だって、喧嘩相手の白狐面と紳士が仲良く手を繋ぎ? 現場のピリピリが穏やかムードに一転し、ゆるみと共に零れ出てしまったんだよね)
******
彼らは簡単な仕事に失敗した。
(頭のソーラウドを始め、幹部を数人始末しすげ替えるだけだ。どうせ結束力も忠義立ても何も無い連中だ。自分が上に立つ好機がきたと、喜ぶに違いない)
ファルド国内でシオル商会の手足となる、子飼いの破落戸組織は多い。その中でも、ソーラウドはかなり使い勝手は良かった。
シファルの父親が目をかけた珍しい白狐。
だが、役に立たなければ仕方が無い。
「珍しく、お怒りですね」
会議中、苛立つと顎を触れて考え込む。昔からの癖を部下に見抜かれた、シファルと呼ばれる男はその手を宙に流して卓に置いた。
「そうだな。やはり失敗というものは好きでは無い。全てが無駄になるからな」
傍に仕える壮年の男は無言で頷いたが、居並ぶ男たちはシファルの怒りの先がそこに無い事を知っている。先代と同様に目をかけた白髪の破落戸。彼への期待が大きすぎたのだ。
切っ掛けは、情の無いただの破落戸だったソーラウドが、自分の女だとシファルに少女を紹介した事だった。
(ソーラウドの好みの意外性を感じたが、良く成長出来るかと期待してしまった。結果がこれでは、意味が無い。成長どころか、まさかただ女に浮ついて失敗するとは、失望だ)
「会長、使いが」
扉の合図に案内の男が一人、渦中の少女を連れてやって来た。ソーラウドの女とされる少女一行には、危険な玉狩りが付いているのでとりあえず放置しようとしたのだが、シファルの部下を呼びつけてここまで乗り込んで来たらしい。
「身のほど知らずの愚か者だな。シファル様、どうされますか?」
「気まぐれにシオル商会を名指しして、会長に会わせろと息巻くガキを見てみましょうや!」
「白狐も躾がなってねえ。なら俺たちが、躾てやりますか」
「でもあいつ、こーんな小せえガキを連れてましたよね? 俺、その手の趣味は無いんですが」
下卑た笑い声、人相の悪い男たちから少女への野次が飛び交う。
「そうだな。躾はなっていないが、主の命乞いをしに来たのなら、奴隷としては一流だ。いいだろう。客間に通しなさい。もちろん玉狩りの同行は許可出来ないけどね」
**
何故か少女に言いなりの玉狩りは別室で隔離して、シファルは黒髪の少女と対峙した。
ここは貴族の屋敷。調度品は最高級の物ばかり。貴族以外の者にとっては絨毯の感触でさえ、雲の上を歩く様な踏み心地だろう。
「…………」
下町の古びた雑貨屋で見た、おどおどとソーラウドに隠れていた小さな少女は、今は一人で広い客間を進む。案内の男に指定されて、居並ぶ男たちの中央、部屋の真ん中に見世物の様に立ち止まった。
(おそらく、ここが何処なのか判断出来ずに来たのだろう。ただ私に命乞いをするために)
見た目が優しげに見えるシファルと呼ばれる自分。それを勘違いして言い寄る人々は多い。そして大抵は驚愕に身を震わせるのだ。
(なんだ?)
だがシファルが部屋に入ると、室内は異様な空気に包まれている。その原因である少女は、まるで貴族の当主の様に毅然と胸を張りそこに佇んでいた。
挨拶などしない。
遅く到着したシファルを、逆に咎めるように下から上まで軽く目線をずらすと、首を少し傾げてこの屋敷の当主を見上げた。
「大掃上、魔物、落人、これでお前が連想するものは何だ?」
無礼な突然の質問に少女を案内した男が身を揺らしたが、それをシファルは目で止める。
「何の謎かけかな? 子供の言葉遊びに付き合うほど、私は暇ではないのだが」
「ならば追加だ」
「いいかげんに、「イエール・トル・アレ、ミルリー・プラーム」……?」
控えていた男が少女を止めようと前に出たが、シファルはそれを今度は片手を上げて制した。
(イエール・トル・アレと、ミルリー・プラーム)
そう、少女は生意気な表情で言った。
「これを聞いて、連想するものは?」
イエール・トル・アレ、悲劇の騎士団長。
ミルリー・プラーム、黒蛇の情婦。
シファルは少し考えた。目の前の少女が、ただのふざけた頭の緩い子供なのか、それともとても危険な者なのか。
「それは英雄、オルディオール・ランダ・エールダー公爵のことかな?」
あくまで子供に聞かせるように、微笑んでそう答えをやる。その答えに、少女は軽く二度頷いた。
「なるほど。やはりお前はトライド王族の関係者か」
周囲の男たちが一斉に剣を抜き少女を取り囲む。しかし、突き付けられる長剣に、小さな少女は顔色一つ変えずにシファルを見つめていた。
(このガキは、)
笑顔を崩さないままに、内心戦慄した。シオル商会とは各地に拠点が存在する。ファルド国内裏社会の全域に顔が利き、殆どを仕切っているのだ。その拠点の一つがこのトライド国の城下町だ。
トライドは拠点の一つであり、本拠地とは公開していない。
(ただの偶然か、)
今シファルはこれを警戒して、態と〔英雄、オルディオール・ランダ・エールダー公爵〕と言った。この国の者ならば、オルディオールを黒蛇や禍とは呼ぶが英雄とは口が避けても言わないだろう。
〔英雄〕はファルド帝国内でのあだ名だからだ。
トライド国民は皆そう思っている。
(それを気取られない様にしたはずだ)
無論、動揺など微塵も表面に表してもいない。なのに少女はシファルを見据えたまま、更にそれ以上の核心をついた。
「であれば、シオル商会の雇い主はトライド王だな」
この場の者しか知らない真実。
少女を取り囲む屈強な男達は息を飲み、得たいのしれない娘を奇異の目で見た。この真実を外部に漏らさない為に、息の根を止めなければならない。
じり、と誰かの一歩が進み出る前に「止めろ!」と、シファルの聞き慣れない怒鳴り声がそれを止めた。男達の動揺が、これを真実だと肯定したようなものなのだ。
「止めなさい。情けない」
その一声に少女の囲みは解ける。シファルは笑顔を戻して、貴族然とした表情で少女に向き合った。
殺すことはいつでも出来る。
(どこで、それを知り得たかが重要だ。おそらくこの娘、一人の考えでは無いはずだ)
無論、ソーラウドでも無い。それには確信がある。シファルの思案を想定し、少女は頷くと更に生意気な口を開いた。
「根拠を上げてやる」
腕を組むと、小首を傾げる。
人を馬鹿にしたような生意気な姿。
「まず、トライドには奴隷となった女子供を、助けて保護している場所があるな」
ぴくり、と、周囲の男の一人が動揺した。
「戦後から、城下町に住み着いている者以外に、新しく来たような地元慣れしていない患者が、診療施設の周りに目に付いた。多すぎだ。あれは奴隷被害者が次々に城下へ移送されていると考える」
誰かの息を飲む音に、少女は少しの間を開ける。
「それを手助けしている者と、それに資金提供をしている者がいる。この国には金が無い。五十年経ってもそれは変わってはいない。しかも見る限り、ファルドからは軍人の姿しか見えない。公的施設が無いということは、ファルドからの援助も来ていないだろう」
扉から少女を囲む男達は十数人ほど、この人数ならばあっという間に小さな口を封じられる。
しかし誰も動かない。
いや、動けなかった。
「グルディ・オーサで、第九師団がシオル商会という賊を探していた。ファルドの為にならない、取るに足らないただの賊だ。それを騎士団長である者が追っている事に違和感を覚えた。シオル商会には何かあると睨んではいた」
少女はまるで講師が出来の悪い生徒に聞かせるように、両手を腰にあてる。
「今回、白狐は奴隷を貴族から横取りする依頼を受けた。お前にだ」
貴族、目上の者にとる態度では無い。しかも相手をお前呼ばわりする少女は、シファルを正面から強く瞳を見据えたまま。
「奴隷〔被害者〕を横取りすると、破落戸達を使っている者はお前ということになるな」
シファルは初めて少女を鋭く睨みつける。
これが、誰に使われている者かを見極める為に。
(グルディ・オーサに居たといったな。ならば軍か。しかし壊れた玉狩りを連れている理由が分からない)
大聖堂院の手を離れて、聖導士以外の者のいいなりになる数字持ちは壊れている。その認識は誰しもが持っているのだが、そんなものに出会う事が無いだけだ。
(壊れた玉狩り、それを従えるこの子供はおそらく貴族の教育を受けている。だが、こんな不安定なものを、軍が野放しにするだろうか。何のために、)
そのシファルの思案を見透かした様に、目の前の猫の様な黒い瞳は笑った。
「俺の〔背後〕を考えているのか? 誰も居ない。この身は一つだ」
ーー表情を、読まれている。
こんな年端もいかない少女が、表面に出さないことを処世術としている貴族の男の表情を読んだ。
「理解出来たか? 一番の根拠は、お前の目の揺らぎだ」
少女の中の魔物は、長年軍隊に居たのだ。拷問の際の敵の間者とのやり取りは粋狂でしていたのでは無い。シファルは驚愕に目を見開き、そして改めて貴族然として身を但して少女を見据えた。
「お名前を、お聞きしても宜しいでしょうか?」
(いつか何処かで聞いた台詞だ)
少女は意地悪く目の前の男を睨みつけると、にやりと笑う。
「名前を言ったら、どうなるんだろうなぁー…」
その曖昧で人を馬鹿にしたような態度に、シファルの臣下がいきり立った。少女はそれにも振り返り笑い返すと、再びシファルに向き合う。
「名前はメイ。俺のことはメイ・ミギノって呼んでくれ」
「ならばミギノ殿。当方を訪ねて来た、要件を伺おう」
慇懃に態とらしく礼を取った青年に、小さな少女は大仰に頷き返した。
「大聖堂院を解体しようと思っている。それに手を貸す気はないか?」
「……どういう意味ですか?」
余りの突飛な内容に、シファルを始めシオル商会の面々は訝しみ顔を見合わす。
「これ以上は、誓約がなければ話せない」
話にならないと、シファルは今度こそ鼻で笑った。
「あなたは誓約に、何を差し出すのかな? 見たところ幼い体つきだが、私の組織と同等の価値があると考えているのか」
周囲からも笑いが零れる。
しかし少女は大真面目に憮然と言った。
「それが、最終的にトライド国の救いとなる」
その一言で、辺りは静まり返る。シファルは灰色の瞳を困惑させて少女を見つめた。
「あなたは何者ですか?」
「俺は、全ての関係者だと言ったら、お前は信じるか?」




