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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
属国~トライド王国
42/221

10 思惑 10


 トライドの東地区。その日、フォーベルト伯爵邸は異様な光景だった。枯れ草色のファルド帝国の軍人が、我が物顔で邸内を出入りしている。町の人々は遠巻きにそれを眺めていた。



 「ミギノを逃したってな」



 背後からかかる不躾な問いに、エスクは無表情で振り返る。悠然と門から侵入してきた者はステル・テイオンだった。エスクと同じ階級の同僚。今は第三班の班長としてエルヴィーを追っていたが、同じくそれを追っていた第一班より少し遅れて合流した。


 平然と歩いているが、エルヴィーに踵でやられた肋骨は今も完治してはいない。


 「失策だった。まさか白狐レイシシンが、確保したミギノを奪いに来るとは予想していなかった」


 珍しく苦虫をかみつぶしているエスクの背後には、塊になって兵に簡易毛布を支給されている少年少女達が踞る。


 「まあ、彼等の救出に間に合って、よかったじゃないか」


 「奴隷保護法の限界を感じる。これは氷山の一角だろう。一軒一軒馬鹿な貴族の屋敷に踏み込む、暇も労力も無い。これは偶然の産物だからな」


 それにファルドで貴族院の判決が下るまで、フォーベルトは現状伯爵のままなのだ。グルディ・オーサのリマのように、今回は即爵位の剥奪では無い。


 現行犯ということで、大聖堂院の介入を防ぎはしたが、即剥奪の権限を持っている者は公爵位を持つ団長以上が、貴族院の承認を得ている場合のみなのだ。


 この間に、ファルド帝国内のフォーベルト一族は財産を何処かに隠したり逃亡を図っているだろう。犯罪者の莫大な財産の、国庫への回収分が減ってしまうのだ。金銭を大切にしているエスクには、それも憤る理由の一つではあった。


 (内情を軍が掴んでいれば、ファルド帝国のフォーベルト一族と一斉に抑える事が出来たのにな…)


 逃した金銭の概算をエスクが脳内でしていると、遠くで爆発音がした。


 「なんだ、」


 程なく各方面から不審者の知らせが入る。それは、黒髪の少女が連れ去られる内容を含んでいた。




******




 ーーぬるり。



 ーーホワイ?



 少女の手刀が瞬時にソーラウドのこめかみを叩き付けたが、それは男の大きな白い手に阻まれた。


 色気の無い少女の抵抗に、ソーラウドはこれが処女かと初めて納得すると、いやらしく見せつけるように離した白い唇を赤い舌で舐め上げる。


 そして少年のように笑った。


 (くそ。)


 オルディオールは、ぐいぐいと袖で何度も桜色の唇を拭う。そして、自分の中に内在する黙したままのメイの出現を願ったのだが、少女の反応は全く無い。むしろ初めて強靱な精神力で、入れ代わりの拒絶をされた気がした。


 (おまえの身体のことだってのに。なんで表に出て来ないんだってんだ! 気色の悪い!)


 メイは黙したまま考える。


 (スキル〔自己逃避〕発動。そして流れるように自己防御システム〔妄想〕連鎖発動。成功)



**



 (なんか、あんまり……)


 漫画やドラマでは、キッスってもっとぶちゅっとなったその時から、すぐにいやらしくアハンウフンな雰囲気なのに、なんか、あんまり……。


 エロスと恋愛は奥深い。


 それをたった一コマで気まずいエロさを表現し、その後の性的描写まで連想させる漫画は、我が国における最大級の精神破壊兵器と呼ぶに相応しい。


 江戸時代における浮世絵、そして漫画。

 ある意味世界遺産である……。


 そう、つまり何が言いたいかというと。


 キッス。


 ムードとやる気が無いと、ただなんか、ぬるっとしただけだった……。


 おい、待てよ。


 これ、私の初キッス?


 イヤイヤイヤイヤ。


 『…………』


 いやいやいやいや! ノー・カウンッ!


 これは絶対にノー・カウント!!


 (ムリムリムリムリ。しかも何故、初めてがビーエルの狭間で、本人の意思とは無関係のままに終了されなければならないの?)


 私は男同士でのアハンウフンな状況に、涎を垂らすことが出来るほど、熟成発酵した女性の人格形成には至っていないのである。

 

 (あれ? 身体は私だよね? ならばこれって、ティー・エール?)


 今や神聖なるキッスがべろちゅーなのはマストである。

 ディープ、フレンチとはあえて口にはしないのである。


 (口内キッス……十九の冬……)


 だが、私の意思とは無関係である。



**



 唇が赤くなるまで拭うと、オルディオールはソーラウドを睨みつける。いや、情けないが睨み上げた。身長が足りないのだ。オルディオールが騎士団に居た頃にも、軍の中には同性同士での付き合いのある者はいたが、それは少数派だった。


 (改めて新境地を切り拓こうとは思わない。否定もしないが、肯定もしない)


 何故かテルイドは温かい目でこちらを見守り、アルドイドはホわぁと口を開いたままだ。


 「!」


 (まずい、)


 オルディオールは辺りを素早く見回す。少年のようなソーラウドを放置し、エルヴィーが居た付近に目をやった。


 (危なかった)


 壊れた塀の隙間から覗き込むと、エルヴィーは獣人達と猫に餌をやっている。


 (今の事故現場を覗き込まれて、ソーラウドを殺されてはここまで来た事が無駄になる)


 オルディオールはソーラウドを振り返り、再度袖口で口を拭うと静かに言った。


 「シオル商会へ連れていけ」




***


ーーートライド南。とある貴族の屋敷。




 くちづけをした後の少女は、可愛かった。


 (まさか、これも初めてなのか?)


 少女は飛び下がると、辺りを見回してきょろきょろしている。そして恥ずかしがって何度も口を拭い、擦れて赤くなる。


 傷になるかもしれない。


 それはソーラウドが残した痕になるのだ。


 傍で見ていたアルドイドが「やっぱり仔猫ピノルみたい」と、笑って馬鹿にしたが、それさえも何だかくすぐったい気持ちになった。


 死ぬ前に、新しい感情が手に入った。


 そう思った。



 「だから忠告したんだよ」



 シファルとの約束の場所に着く間際、突然男達に拉致された。もちろん大切な少女とも引き離された。これはシファルの使いだと理解して、情けないが連れの者の解放を願い口にする。


 意識がなくなると戻される。何度も何度も酷く暴行を加えられたが、それは何故か突然終わった。引きずられて部屋を移動し、膝裏を蹴られて足をつく。目立つように伸ばしていた白い髪を掴まれて首を上げ、腫れた目を開くとシファルが立っていた。


 「大切な者が出来ることは良いことだ。たが、それを弱点とするような弱い者では何も成せない」


 シファルは相変わらず優しい笑顔でソーラウドを見ている。彼の父親も、同じ様な顔、同じ様な表情で初めて出会った幼いソーラウドを眺めていた。


 (…………)


 確かに、軍の予定外の介入以前に、ソーラウド自身に大きな油断があったのだ。

 

 珍しい玩具が手に入ったばかりの浮ついた気持ち。それが仕事に対する周到さを欠いた。


 「だけどね。大切な者が居ない者には、何を成せても信用が無い。信用が無い者は仲間には出来ない」


 両脇に立っていた男達が、二の腕を掴むと上に引き上げる。ソーラウドはふらつく足に力を入れ、正面のシファルに身を正した。


 (……え? なんで?)


 シファルの横には、何故かミギノが居てこちらを見ている。その表情は相変わらず生意気で、散々に痛めつけられたソーラウドを見ても、悲鳴を上げて心配するどころか顔色一つ変えなかった。


 だが、無事だった。


 シファルに会いたがっていた少女は、ソーラウドの願いが届いたのか傷一つ付いてはいない。


 「今回の失敗、君の命一つで済むとは思っていないだろうが、生憎、私には死体を収集する趣味はないんだよ。大聖堂院カ・ラビ・オールとは違ってね」


 それは理解していると、ソーラウドはシファルに頷く。


 「それに、君が彼女や部下の命乞いをするとは思わなかった」


 最大級の侮辱だが、発言を撤回する気は無い。それを見てとったシファルは軽く顎を上げた。


 「新しい依頼を受ける気持ちはあるかい?」


 足りない命を差し出していたソーラウドは、シファルの意外な一言に目を張る。


 「この依頼を受けると、今までの様にはいかなくなる。それでも受ける?」


 「別に何であろうと構いません。俺は流れに乗る」


 シファルは頷き微笑んだ。


 「では私が持っているファルド国内の権利を、君にあげるよ。使えないとは言わないよね」


 ソーラウドは赤い目を見開いた。

 そして息を飲んで呼吸を整える。


 「もちろんです」


 力強く答えを返す。


 「それによって、シオル商会へ正式に入会してもらう。辞める日は、もちろん死ぬ日だ。そして同じ日に、君が手にした大事なものを全て失う」


 「惜しくはありません」


 「惜しくなるものを得たから、この会に入れるんだよソーラウド。惜しむ柵みの無い者は、シオル商会には入れない」


 「……?」


 「金、地位、名誉、こんな当たり前の柵みではないよ。今さっき、君が命乞いしたものが力となり、本物の枷となる」


 「命乞い、」


 「部下の命、恋しいもの、大切な家族、君がシオル商会を辞める日は、その全てを不幸にし、失うという事だ。誓約グランデルーサしてくれるかい?」

 


**



 この日ソーラウドは、ファルド帝国内におけるシオル商会の全権を任された。文字通りの昇格である。つい最近、物珍しさから頭が一つ出たばかりの新参者が、一気にファルド国での裏の頂点の座を委譲されたのである。



 シファルとソーラウドの誓約グランデルーサの場を、黒髪の少女は腕を組んで見つめていた。

 

 

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