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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
属国~トライド王国
40/221

09 相違 09

 


 狭い部屋には沢山の子供達。


 定期的に食事は与えられ、たまに外に出されると、怖い顔の男と女が子供達を叩きながら言葉を教え、身の回りの世話をする。 



 部屋から出て、生まれて初めての長い外出。



 そこで待ち構えていたのは、臭い男と女と、その子供達だった。彼らは少女を乱暴に扱った。彼女を暗くてとても汚い、今までの部屋よりも更に狭い部屋に閉じこめると、早く子供を産めと怒鳴り始める。


 その狭すぎる部屋には他に二人の男が居たが、匂いから同じ部屋で暮らした子供達では無い事がわかる。



 何日も何日も、少女は独り、狭い部屋の中で蹲っていた。



 ーーガチャン!


 ギギギ、カツカツカツカツ。



「生きているのか?」



 騒音と共に大勢の男が部屋に入って来た。


 男は狭い部屋から少女を連れ出すと目に布を巻く。とても怖くて耳を伏せ怯え続けていたのだが、柔らかく柔らかく頭に触れられた事が気になって、徐々に恐怖が薄まってきた。



 初めての優しい感覚。


 穏やかな声。


 この匂いを忘れない。




 ******




 アピーの忠告に、真っ先に反応したのはエルヴィーだった。


 (あの子の言う〔黒い人〕とは、エスク・ユベルヴァールのことだ)


 彼女はこの国に入る前、同じ内容を忠告してくれたのだ。エルヴィーは今、フロウの率いる第九師団に追われている。何故ここに向かっているのか訝しんでいたが、意外にもその答えを黒髪の少女が冷静に言った。


「さっきの爆音か」


「そうだよね、ミギノ。よく分かったね」


 あれだけの大きな音だ。周辺の住民が騒いだのだろう。少女の成長に、頭をぽんぽんと褒めるエルヴィー。


 (ここで軍には関わりたくないな、)


 突然ミギノが破落戸の白狐レイシシンソーラウドを、好きだと言い出した。これは脅されて言わされているのだと分かっている。それ以外に、ミギノが白狐レイシシンと関わり合う理由が無いからだ。


 ソーラウドはミギノを俺の女と喚いていた。


 (何かの企みだろうとは思うけど、本気であるのなら許しはしないけどね。ミギノは僕のものだから) 



 ーー『よかった、よかった』


 異国語で喜びを繰り返した。エルヴィーとの再会を喜んでくれた少女に、彼は言い様のない喜びを感じていた。


 エルヴィーはグルディ・オーサ基地内で言葉の勉強をしていたのだ。ミギノはエルヴィーの言葉を、エルヴィーはミギノの国の言葉を。フロウが居ないメアーの医療室に戻ると、エルヴィーは少女の言葉を覚えようと毎晩会話をしていた。


 『あそこにあるよ。ありがとう』

 『こっち、こっち、ダメダメ』

 『ここだよ、ここに居るよ』


 少女がたまに発する言葉を聞いて繰り返し、ミギノが簡単な言葉を理解してくると、それと意味を照らし合わせた。そうすれば、いつも緊張で気を張っているミギノが、とても柔らかく笑うから。



 だから今回それを利用した。



 *



 東に位置した貴族の屋敷は広く、周囲は軍人が隙間無く固めていた。身一つで何かをし完了させるなら突入も可能だが、そこからミギノを傷つけずに連れ出す方法が浮かばない。思案していると、遅れてやって来た獣人達がいい手があると言い出した。


「音を遠くに飛ばして連絡できるよ」


 獣人達は遠くに居る者への連絡方法として、音を飛ばして連絡し合うらしい。しかもそれは個人に飛ばす事も可能なようだ。


「あの子の場合、僕たちみたいに個人的に特定の〔音〕を持っていないから周囲にも聞こえるだろうけど、君たちにも似たものがあったよね、暗号だっけ?」


「暗号は似てるのかな? でも直ぐに使えて遠くに音を飛ばせるって、便利だね」


 エルヴィーが誉めると少年イグは、喜んで茶色の尻尾をブンブンと振り回す。


「仲間の悲鳴が聞こえたら、何かしら警戒か行動するだろう?それと同じだよ。あ、そういえば…」


 イグが後学の為と、目を輝かせて聞いてくる。エルヴィーは彼等の便利な能力に頼るため、それに了承して質問を受け付けた。


「ハグ、あ、あなた達って、相手に悲鳴を上げさせたり、それを聞いて笑ったりって、普通なのかな?」


「…どうかな。普通なのかな」


「え……」


 実に曖昧な表現だ。質問を質問で返されて、イグは疑問を深めてしまう。それをヤグが引き継いだ。


「俺達が会った者達は、そういう者達が多くてね、捕まっていた家のハグは、皆そうだったんだ。子供までだよ」


 驚いたよね。うん。とイグとヤグは頷きあう。


「初めは意味があるのかと警戒してたんだ。もっと強い奴が出て来るとか。でも、違ったんだ。なんだか、俺達が大声を上げるほど喜ぶんだよ。それだけなんだ」


 それは拷問や実験でよくある光景だ。


 エルヴィーは大聖堂院の研究室でよく見ていた。だが肯定を頷くだけのエルヴィーに、イグの尻尾がへたりと下がる。


「普通なのか? ……そうなんだ。難しいな」


 学者の様に顔をしかめるイグに、話を聞いていたヤグは同じ様に頷いた。


「俺達の所では、大声や遠鳴き、悲鳴は伝達手段なんだ。呼ぶためや危険を知らせるためのね」


 理解は出来る。大抵の人もその解釈だろう。


「でもさ、策略とかで態と悲鳴を使う事もあるけど、それを聞いて笑う者は居ないんだ」


 イグ達が囚われていた屋敷の連中は皆、イグやヤグが悲鳴を上げることを聞いて喜んでいた。彼らの子供まで。


「それをする者は、頭が病んでる。正常な判断が出来ない病気の発生として、療養島へ移動させられて治療されるんだよ。……文化や種族の違いって、難しいね。ありがとう。勉強になったよ。……そうか、無人ハグはずいぶんと寛容なんだね」


「寛容って言うのかな? あんなの、普通子供に見せたくないよね。可哀想で」


 エルヴィーは、彼らの言葉にただ頷いていた。



 *



 獣人の伝達方法〔遠鳴き〕。


 更に少女だけに分かる言葉を使用しておびき寄せ、無事に確保することが出来たのだ。



  (もっともっと抱きしめて、これ以上抱きしめたい。でもミギノ、どうしたんだろう、) 



 喜びもつかの間、彼女は突然泣きそうに口を噤んでしまった。



「すごく近く! 曲がり角の向こう側に居るよ!」



 アピーから兵士達との距離が更に縮まったと知らせが入る。エルヴィーは黒髪の少女を見つめた。



「分かった。じゃあ行こう。でも僕からは離れないでね」



 **



 (何の理解わかっただ? お前もこのガキと同類か? 頭に何が咲いてるんだ?)


 話の通じない玉狩りに、オルディオールは少女の顔で眉間に皺をよせる。迫る軍隊、エルヴィーの妥協案に、ソーラウド達は相当に不満を吐き出したが、なんとかこの場から移動することに成功した。




 ***


 ーーートライド、表参道北。


 廃屋の貴族の敷地が多い地区。


 不審者の玉狩りを連れてシオル商会へ行くはずもないソーラウドは、あえて逆の北へ入った。この地は廃屋が多く、警邏や軍に見つかれば悪目立ちする土地柄だ。


 (鬱陶しいな玉狩ルデアりめ)


 オルディオールはこの廃屋地帯に玉狩りを捨てて、シオル商会の所へ急ぎたいと考えた。しかし、エルヴィーという男はなかなか黒髪の少女から離れない。


 (離れないでとは言われても、お前が離れないんだから、離れようが無いくらい鬱陶しい奴だな)


 オルディオールは離れたいのだ。そしてソーラウド達は役には立たない。


 (こいつらも、もう少し使えると思ったんだがな)


 ソーラウドは何故かぎくしゃくと挙動が不審だ。初めはエルヴィーの提案に新たに怒りを噴出したソーラウドだったが、煩いから少し黙れの意味合いを込めてメイの姿のオルディオールが無言で軽く頷いただけで、あっさりとエルヴィーの同行を許してしまった。


 尻に敷かれている。


 (こんな胸も尻もペラッペラのガキの尻に、敷かれてお前はどうするつもりだ)


 このまま無駄な軍との追いかけっこを続けるつもりは無い。エルヴィーは予定が狂ったが、他の軌道修正は可能だ。先にシオル商会と会えばいいだけなのである。


 オルディオールは、ずうずうしく自分によじ登り始めた黒猫を担いで歩いていたが、それをエルヴィーに渡すと「エサ、エサ、腹減った。私はお手洗い、お手洗い」と、言って少女の真似をし、その場を離れることに成功する。



「……」



 物陰から玉狩りを窺う。今のところエルヴィーは追って来る様子は無い。獣人達に話し掛けているので本当に猫に食事を考えているようだ。


 (この隙に)


 出来ることならば、玉狩りとはあくまでも穏便に、自然に道を別ちたい。オルディオールは少女メイの身体のままに、ソーラウド達に話しをつけに行った。


 (奴らはシオル商会へ行く話しをしているはずだ。途切れ途切れに聞こえたが、仕事の失敗の責任を追求されるのだろう。シファルという男に依頼された内容、奴隷横取りは完全に失敗しているからな)



 エルヴィー達を横目に、少し離れた街路樹の傍にたむろしている破落戸に近寄る。


「おい、シオル商会へは一緒に行く。例の男に会わせろ」


 突然の少女の変貌に、振り返った三人は破落戸には見えない間抜けな表情をした。しかし彼らの前で、オルディオールは自身を偽ることは不要なのだ。


 (もう既に、殺し合おうとした仲だ)


 ポカンと口を開いたソーラウドの、頭を後ろからパシッと突っ込む。もちろんメイには身長が足りないので、オルディオールは軽く跳び上がり叩き付けた。


 (やってやった…。この達成感。何度この間抜けな白い後頭部に、衝撃を与えたかったことか。騎士団の駄目な後輩よりも先に、何かを血迷って見た目幼女に勘違いの期待をしている白狐おまえが、今は可哀想に思えるがな)


 それを利用はしているのだが。


「ぼんやりとしているなよ。お前。しっかり周りを見ろ」


 ーーそしてメイをよくよく見ろ!


 白狐おまえ黒仔猫オウピノルと呼ばれているこいつじゃ、ある意味ただの獣人のじゃれ合いなんだよ!


 本物の親猫ルピノルまで増えてんじゃねえか、野生に隙を見せてんじゃねえ!


 ほのぼのとしてんじゃねえ。破落戸!


 非道を忘れてんじゃねえ!!!


 (とは、あえて口には出さないが。なんか、新人隊員を教育していた頃を思い出すなぁ……)



 **



 (……ノリツッコミ?)



 自分の身体による、自分の暴走を止められはしない。今は無になり存在を消している。そして。


 私は空気の読める、大人の女。


 (ぷるりんの恋路の邪魔はしない)


 ビー・クール、ビー・クール……。


 びー・えーるー……。



 **



 後頭部を突然少女に叩かれたソーラウド。それを見ていた部下の二人は硬直した。


 過去に気軽にそれをした、ソーラウドの嘗ての友人が酷い殺され方をしたことがあるからだ。機嫌によるのか、その男が本当は友人ではなかったのかは二人には分からない。ただ、ソーラウドが頭部に触られる事が大嫌いなことは知っていた。


 吊り上がった赤い目は、生意気で得意気に彼を見上げる力強い黒い瞳を見下ろす。


 今テルイドとアルドイドに、ミギノをシオル商会へは連れて行かないと決めたばかりだった。先の見えないソーラウドとは、ここで縁を切ってもらおうと思っていたのだ。


 (腸は煮えくり返るが、彼女の保護者も現れた。ミギノの先を考えるなら、ここで別れた方がいい。自分を好きだと言ってくれた。惚れた女には、幸せになってもらいたい)


 それなのに少女は、生意気にも彼の憐れな行く末を見に来ると言ったのだ。


 やはり、なんて残酷な女。


 自分を簡単に殺せる女。


 ソーラウドは、そんな女に惚れたのだ。


 (そして、処女。……どうしたらいいんだ。なんか、わかんねぇ。この気持ち……。初めてだ)



 自分の死に様を、見届けると言った惚れた女に、ソーラウドは熱く口吻をした。



 

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