表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
属国~トライド王国
37/221

07 来る。きっと来る。

 


 私は悪だ。


 ある宗教では、人間とは原罪を持ち、生まれた時から罪を背負うということらしい。


 私はその宗派の者ではない。そして盆暮れ正月メリークリスマスを企業戦略として乗りこなすことを、海外の人々からは無宗教と揶揄されるのだが、土地神様の御守りを毎年新調して身に付けている、一般的かつ立派な宗教信者だと自負している。


 しかし、宗教は違えど、我が国にも悪はもちろん存在する。



 その悪の一人が私。



 ケガレ・ハラエ・タマエ。



 つぶらな瞳、可愛い声で「にゃん」と鳴き、傷つく私を癒してくれたこの猫を、悪党の私は生贄に差しだそうとしたのだ。


 今思うと、胸が張り裂けそうだ。


 私に両手を広げ、首筋に顔を寄せてくれた可愛い黒猫。実は私、白狐面の医師達のテンションがただ下がりなのを良いことに、この黒猫で、奴らの注意を引こうとした。


 野良でもたまにいる、警戒心の薄い猫。


 餌を与える人間は、良い人か悪い人かは人間から見ても判断が難しいのだが、猫はそんなことお構いなしでニャンしてしまう。



 無防備な野良猫を見ると不安になる。



 そして残念なことにこの黒猫は、ニャン判断を間違え私という悪人に出会ってしまったのだ。


 ーー人懐っこいこのこなら、奴らの気を引いてくれるのでは?


 そんな邪な考えで、白狐面の医師にこの子を差し出してしまった。その単純な目論見は、悪の道百戦錬磨の悪党どもには簡単に見透かされ、露と消えたのだが。


 残ったものは罪悪感のみ。


 幸せのおすそ分け!

 猫って可愛いよね!

 皆で抱っこ抱っこ作戦は失敗した。


 (私の想定では、奴らは三人共、猫にノックダウンされていた。完全なる失敗だ。甘かった)


 そしてその生贄にしようとした黒猫に、私は酷く罪悪感を背負ったのだが、天使黒猫はそんな私の首筋に寄り添って、今も「にゃん」と、甘えてくれるのだ。


 (ごめんね、黒猫ちゃん。あなたが飽きるまで、旅の仲間として共に居ようね)


 所詮は野良猫。おそらくこの旅の仲間ごっこも、にゃんこテリトリーから抜け出してしまえば、居なくなることはわかっている。だが、それまで私はこの子への罪を償おう。


 そういう訳で、多少、いや、結構重いこの猫を、私は腕が痺れることに耐え忍び運んでいる。


 (でも、野良ってあれだよな。何処を歩き回っているか分からないから、不用意に撫で回して、テルチャンぼこぼこに腫れてたな…大丈夫かな。私)


 何かのアレルギーで、かゆいかゆいと大騒ぎした猫好きの友人を思い出す。


 (……カユミ、ナシ)


 今のところは大丈夫そうである。


 やはり、私は悪である。


 心が狭いのである。


 しかし、現実問題として、私には早急に片付けなければならない問題がある。そう。


 鈴木医師に会うことだ。


 こんなところで輩に絡まれている場合でも、猫と遊んでいる場合でもない。鈴木医師は確実に存在した。この異国の地で、懐かしい母国語を聞いたのだから。

 

 (さっきのホテルに居たんだ)


 もう少しで会えたのに、こいつらが邪魔しやがった。


 私から金品回収は出来ないと思ったのか、それともこいつらが、別の誰かに私を譲渡しようとしたのかは分からない。


 臓器? 買春? カンガエタクナイ。


 病院で治療してくれたりもしたが、怖い市場へ行かずに、やけにあっさり居なくなったと、実は疑ってはいたのだ。


 だが、あのタイミングでの再登場はあり得ない。


 テンションは、私の方がだだ下がりだ。しかし、ほとんど言葉も通じないこの連中に、何を言って何をしようとかは思わない。


 私はただ、隙を突いて逃げるのみ。


 (絶対、あのホテルに逃げ込むんだ)


 腕の痺れに耐えて、薄暗い道をしたくもないドナドナリベンジしている時だった。



 ーー『こっち、こっち、』



 『!、』


 (来た。また、聞こえた)


 待って待って、絶対聞こえた!


 慎重に耳を澄ます私。辺りは静かで薄暗い。雑音は砂を掃く足音と水滴の音だけだが、それすら邪魔だ。白面達が何か言ったが、今は喋らないでほしい。


 ビー・クワイエット、ビー・クワイエット。


 (…………)



 『ここだよ』



 こっちだ!


 私は走りだした。

 後ろから声が聞こえる。

 今は何も恐くない。輩なんて、まいてやんよ!

 

 これを逃すわけにはいかない。


 薄暗い猫の小径にダイブ! 全力疾走だ。だが、その猫が重い。しかし、先ほどの償いに、私は重たい黒猫を抱え直す。放り出したりはしない。ずり下がるたびに抱え直す。

 

 でも、ホント、重いな!


 息が切れる。


 ペースダウン。


 自慢ではないが、長距離走は苦手である。私の中で、五十メートル以上は全て長距離走である。


 『ここに居るよ』


 聞こえた。はっきりと。耳元で。


 (え? …耳元?)


 私の周りに人は居ない。


薄暗い猫の小径。その横に更に暗闇に続く細い道。その暗闇から、二本の腕が伸びてきた。


 これって、心、霊……?


 『!!!』


 腕は私に巻きついた。


 反動で、ここまで大事に抱えていた、黒猫を落としてしまった。


 (……速い、)


 私を拉致した二本の腕は、片方の腕で荷物の様に抱え直す。それも走りながら。なすがままに振り回されて走り去るこの体勢。


 (二度目……)


 先ほどの白狐面の医師を思い出す。しかし、今はさっきより速い気がする。家とかに飛び込んでないからかな? 速すぎてアトラクション感が満載である。


 流れ過ぎる道しか見えない。ぶら下がる足は、振り子のように右、左。ぜひこの滑稽な姿を、外野席から見てみたい。


 いや、それどころでは無い。冗談では無い。


 (この人誰? ……鈴木さん?)


 人通りの少ない通りに連れ込まれる。


 なんとか顔を上げて辺りを見回すと、そこにはマント姿の三人組。怪しい。だが、一人が片手を上げて言った。


 『こっちこっち』


 (鈴木さん?)


 まさか、鈴木さんが私を助けてくれたの?


 いつの間にか私は地面に降ろされていた。マント姿の人達。鈴木さんに近寄る私。それを邪魔する無粋な腕が、後ろから私を引っ張った。

 

 落ち着いて、落ち着いて。

 この人はここまで私を運んでくれた人。

 感動の再会は、後からとっておくもの。


 慎重に私を抱えていた人物を見上げる。


 あ。


 『エルビー!』


 エルビーだ!生きていた!


 彼は相変わらず綺麗なお顔だち。怪我も見当たらない。エルビーは優しい灰色の瞳で、私に笑いかける。


 『よかった、よかった。生きてたね。よかった』


 私に巻きついていた、細いが逞しい腕をぽんぽんすると、未だ慣れない強烈ハグで返された。


 苦しい。でも。


 「まってまって、」


 私には、更に鈴木医師との感動の対面が待ち構えているのだ。しかしエルビーの力強い腕は解かれない。仕方なく、身体をよじよじ捩って脱出を計ろうとする。 


 『ここにいるよ?』


 『え?』


 私は目を見開いた。

 

 なんて言った。今。


 声は頭上、優しく笑うエルビーから聞こえた気がした。そして、マントを外した三人組はケモミミ様達だった。


 (………)


 にっこり。エルビー。


 (………)


 ああ、そうか。




 なぁーーーーんだぁー……。




 そして遅れて現れたのは、鈴木医師では無く白狐面の医師だった。ハゲテルとヤセテルの助手を伴っている。


 おや?助手がもう一人、いや、もう一匹増えた。先ほど私が不義理を働いた、黒猫さんも足元に。



 あああ。



 がっかり。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ