06 新メンバー☆加入!
呆然。
私を叩いたはずの、色黒女の方が涙目で、被害者ぶっている。
言ってあげましょうか? あのセリフ。
パパにも殴られたこと無いのにっ!
でもそれは心の中でだけ…。
今は言える状況ではない。
実際、私は生まれてこのかた、父親に叩かれたことは一度も無い。母親だって私が子供の時に、命に関わる悪戯をしようとして、本気で怒られゲンコツを頭にくらった事が一度きり。妹に関しては、私の目の前で叩かれたところを見たことは無い。
クールな妹は、姉の失態を悉に観察し、自らの成功に変えているからだ。
冗談はさておき、色黒女の馬鹿力に私は踏ん張り耐えて、よろめき転ぶことはなかった。
『何なんですか?』
大人に、冷静に対応しようとしたが、二発目のパンが逆頬に来た。
(この女、ナニ?)
さすがに私もブチ切れる。睨み返すと、女はヒステリックにまた人を指さして何かを叫んだ。
私は突然、大男に引き倒される。手を縛っていた縄を解かれたと思ったが、そのまま男に腕を押さえつけられ、手を床に伏せて指を無理やり開かれた。
やな予感。
私、ピンチ。
大男の膝が腕を踏んでいるみたいで、全く身体が動かせない。見上げると、色黒女は気色の悪い笑顔で大笑い、その後ろには、あの青いボールが転がっている。
(あいつ、裏切りやがったな、)
そもそも「カモン」が通じていたのかどうかも分からないが、私は今、絶体絶命の大ピンチだ。
男の手に、ナイフが見えた。指を一本、掴まれた感触がする。
(マズイ、マズイ、これは絶対にマズイ!)
ヤメテ、ヤメテ!
冗談じゃない!
歯医者のキーンの音にさえ、被害妄想の痛みを感じる私なのに!
絶対マズイ!!!
目を閉じ、歯を食いしばった。その時。
「**、動くな」
静かだが、力強い男の声がした。ほどなく私に乗り掛かっていた大男の、気持ち悪い体温が消える。
「***? …大丈夫か?」
私を起こし、大ピンチから救ってくれたのは。
(黒豹、またお前か)
大変失礼な私である。
何故吊り橋効果で、胸がきゅん、とならないのかが不思議である。別に生理的に嫌いとか、好みの問題以前の問題で、彼は一般的に格好いいのではないかと思われる。顔のホリは深め、肌は黒めだが、黒髪、黒目。わが国の見慣れた色合いは、とても心が落ち着くのだ。
本当に感謝している。言葉にも出来ないくらい。実際上手く言い表せないが、本当に感謝している。しかし、彼の黒い姿を見て、感謝の前に脳裏に浮かんでしまったのは、『また?』などという失礼な思いが先だった。
「ありがとうございます。大丈夫。私」
最大の感謝の思いだが、それしか伝えられない自分が情けない。黒豹は頷くと、私を見知らぬ兵隊さんに預けて去って行った。
力が抜ける。
人生で初めて、理不尽な暴力的行為を受けた。
学校などで、男子が友達同士ふざけてやっていた暴行未遂。友達同士なのかもわからないが、若気の至りなのかもわからないが、これは絶対やめた方がいい。
脅しでも、未遂でも関係ない。
人に故意に危害を加えれば、これは立派な犯罪だと思う。
いじめも、やったほうはすぐ忘れるというが、やられたほうは心に傷を負うのだ。
そう。実際に手を下していなくとも、私は色黒女を許しはしない。イラつく相手の事が頭に入る時間は無駄だし、忘れたり許したりが自分への救いになることも、理解は出来るが仏様では無い。
イジメ、ダメ、ゼッタイ。
イジメ・ネガティブキャンペーン。始動。
そもそも、イジメをするというその行為。
金持ちでも貧乏でも〔本当〕の愛情を親もしくは親の代わりになる周囲から受ければ、イジメの善し悪しが分かるものではないのか?
ある学者のように、むりむり、人はイジメルものだから、仕方ないよと簡単には割り切れない。
別のある学者は、人の脳は、相手が喜ぶことを見て自分の脳も喜ぶと言っていた。
プレゼント・フォー・ユゥー。
だがしかし、イジメを楽しむ事を見て、自分も喜ぶって、……異常じゃね?
これって、ビョウ・イン・レベルじゃね?
動物的に周囲から全てを学習している幼児幼少期ではなく、ある程度の成長が出来ていれば、その〔本当〕の経験がストッパーになって、イジメを嫌悪したり罪悪したりするものではないのだろうか。参加してしまっても、次は無い、と悔い止み病む。
しかし一部、一定数、毅然とイジメを正当化し、公然と標的をイジメて笑う、異常な行為は止まらない。
それって、イジメは本能仕方ない説を唱える人達みたいに、自分にも経験があって、やったにせよやられたにせよ本能だから仕方ないよって、イイワケ?
みんなヤルヤルー!経験だよ、やっちまいなよ!
水疱瘡的なアレ?
それとも大人になってからヤリハジメルト、コジレルカラ若いうちにやっちまいなよ的なアレ?
ーーでもその限度って、自分で学べるのかな?
やっぱりイジメル側って〔自分は本当のあれを知らないよ〕って、公表しているみたいで逆に哀れで格好悪くはないのだろうか。
皆、内心、哀れんで、笑って見ているのだ。
被害者ではなく、加害者を。
加害者が将来失うものを想像して、笑う。
恒例エンターテイメント、イ・ジ・メ。
集団になると、イジメの行為は相乗効果するらしい。皆でやれば怖くない。ふんふん。しかし、いずれ的は誰かに絞り込まれ、魔女狩りのように加害者は一人に限定される。
そうしなければ、幕引き出来ないからだ。
集団というものは見せかけ。実際は顔バレ。顔認証システムは、がっちりマークしているものだ。ただし〔人の目〕という顔認証システムは、自分が助かるために冤罪を作り出す機能も装備している。
大変危険だ。
草食動物が群れを成し、肉食動物から逃げるために弱者を犠牲にして、その他大勢が逃げるあれと似ている……実際、人の場合は犠牲者ではなく、加害者である。
集団とは守られているようで、非情なもの。
常に村八分にならないように怯え、社会を形成していくもの…ご静聴ありがとう御座いました…。
イジメからなる人間ネガティブキャンペーンを絶賛開催してみたが、辺りを見回すと、コスプレ大会は強制終了されていた。
空気の読めない色黒女。わが国の古の都で「お茶漬けを御用意いたしましょうか?」イコール、帰れコールという、驚きのおもてなしを受けるがいい。
その意味をマスター出来なければ、入国した後の出国は許可出来ない。我が国固有の正しい文化を学んでいただく。
おや? どうやら色黒女は、黒豹と共に何処かへ行ったようだ。
……ほっ。
しかし。
(本当に怖かった……)
今更ながら、身体が震える。
兵隊さん達に連れられて会場を出る前に、気づけばぷるりんが肩に登って来た。
私は青いスライムを睨みつける。
『この、裏切り者…』
呟いたが、ゼリーはかわいくぷるりと震えるだけ。中身はあれだが、見た目はかわゆい。
それに、ゼリーの魔物に今さら人のなんたるかを語ろうと、話がコジレテ長くなるだけだ。
ご静聴に耐え忍んだ方々に、これ以上の長く無駄な校長の話は、貧血を助長させるだけの悪循環。私は空気の読める大人の女である。
とりあえず、こいつが生きていて安心した。
私はこの場所で、初めて出会ったぷるりんは、中身が横柄な魔物でも見れば安心してしまうのだ。
だって、こいつ、
初めての旅の仲間なのだから・・・。
フロウ福祉施設の皆さんと出会え、緊張が解けたのか一気に疲れた。
その時だった。
ーーーーーー『ここだよ、』
『……え?』
今、なんか聞こえた。
慎重に辺りに耳を澄ます。遠くでは、何か騒いでいる音がするが、もう一度。もう一度。
『ここだよ』
聞こえた!
これは、絶対に私の国の言葉。辺りを見回す。が、該当者は見当たらない。
(どこだよ! 私は、)
『ここだよ! ここです! 何処ですか!!!』
(あなたは何処ですか!?)
突然大声を出した私に驚いて、兵隊さん達が驚き身構えた。あ、すいません。でも、それどころじゃないんで。広い通路を振り返り、声の主を探す。
(何処、何処ですか……)
兵隊達が邪魔でよく見えない。もしかすると、兵隊か?
『私はここ、あなたは、』
皆まで言えず、突然腕を引っ張られた。そのまま人形のように抱えられ、窓の外に飛び出す私。
『フギャアーー!!!』
浮遊感に胃の腑が浮いた。オエッ。
着地。
あれよあれよと走り去る、私を抱えた黒い人。横にも同じような黒い人。
気になる声の主、屋敷は遠ざかってゆく。
兵隊達が後を追って後ろに居たが、健脚な黒い人達は、人の家やら店やらをくぐり抜け、誰かのシュミーズを私の顔から取り去った後には、兵隊達の姿は無かった。
(……誰、こいつ)
全てが台無し…。
顔を半分覆うフード付黒マント。長距離走に息を切らし、何処かの店裏で黒マントを脱ぎ捨てた。中から現れたのは白狐。
(……何故、こいつ)
嫌な奴にほどよく会う説、再び。
白狐、いや、違う。白狐面の医師。そして入れ墨スキンヘッドと痩せた少年。
この状況、私に逆らう余地は無い。
不機嫌に、何かをブツクサ語る三人に、私は連れられ光の射さない裏道をとぼとぼ進む。
うつむく私。
がっかり。
さっき、絶対居たのだ。あの会場の何処かに。
(鈴木医師だ。絶対)
落ち込む私は下ばかり見て歩く。少年が何かを言っているが、今はそっとしておいてほしい。
裏路地を抜けると、そこには陽だまりに猫の集会を発見する。我々の存在に気づいて、集会は飛び散った。
おや? 一匹残っている。
『黒猫だ…』
こんなに落ち込んでいるのに…黒猫。
黒猫が、私だけを見ている…。凝視だ。
黒猫に罪は無い。むしろかわいい。しかし、今のネガティブな気分的には、
『横切らないで、横切らないで』
そう。そんなのは迷信だって、わかっている。でも、幼い頃より魂に刻み込まれた迷信に、何故か脳が『横切らないで!』と訴えてしまうのだ。
ごめんなさい。黒猫さん。
私のネガティブは、けしてあなたのせいでは無い。
今日はキャンペーンを頑張りすぎて、その反動で疲労している。主に精神が。ダメージ…………大。
黒猫は「ナーン」と、かわいく鳴くと足下にすり寄って来た。
かわいい。
温かい。
そして両手を差し出した。子供のように、抱っこ! 抱っこ! してやるよぅっ!
様々なネガティブに傷ついた私を、まさか貴方が癒してくれるとは。
「オウルピノル! 見て! *!」
入れ墨スキンヘッドが黒猫を抱き上げた私を見て笑う。その笑顔には、嫌みを感じなかったので許してやろう。そして、ネガティブな奴らにも、幸せを少し分けてあげよう。
黒猫を抱かせてあげようとしたが、三人には何故か丁重にお断りされる。遠慮しなくてイイのに。その後、この黒猫は私に懐き離れなくなったので、連れ歩くことにした。
(新しい旅の仲間)
「ナァン!」




