05 カミッテル?
夢の中で追われた時。
思うように足が動かせないことって、
ありませんか?
私はよくあります。
でも、夢の中では、
悪者は追いついては来ないのです。
(これは現実)
大男に押さえ込まれた私。そして私の目の前には、私を笑って見下ろす感じの悪い色黒女。後ろ手に縛られた私は、まるで罪人のようにその女の前で頭をたれる。
「*******。***オル**? ******子供*******?」
女は常に私を見て笑う。
やっぱり嫌いだ。
そして何故か、嫌いな奴に限って、目に付く以前に遭遇率も高い気がする。
いや、やはり目に付くからこそ、他の関心が低い人たちよりも、自分自身のサーチ能力の焦点が当たってしまうのかもしれない。嫌な奴対応課のスキルアップは諸刃の剣だったのだ。
(でも、こんな遠い異国まで来て、偶然の再会が嫌な人って、なんか悲しい…)
そして冗談では無い、今の窮地。
(嫌いとかの問題ではなくて、これはちょっと大袈裟すぎる。私、この人にここまでされる、何かした?)
…………。
ああ、あれか。
ぷるりんが、廊下に飛び出した時に、たしかこの人突き飛ばしていたような…。
私のせいでは無いが、今はそれどころでは無い。
残念ながら、この場において、流暢にクレーム対応が出来るほどの異国語会話スキルは持っていないのだから。
クレームといえぱ、我が国でも蔓延している理不尽なクレーム、なんでもかんでも訴えてやる! に関して思うところはあるのだが、これも時代の流れなのだろう。昔は売り手も買い手も、商品とお金の交換が平等だった時代もあったのかな?
今はとにかく、何でもペコペコすることが当たり前になっていて、ちょっとストレスに感じる。
横柄な店員は論外だが、横柄がヒドイ客も得より損をしている気がする。店側は確実にその客をブラック指定するであろうし。
良いお客様に出会えた時は、それは確かに神様のように良い人だ……と、勝手に思ってた私。
いつも普通にベーグルを買いに来てくれるお客様とか。
笑顔がステキなお兄さんとか。
店長ではなく、私オススメのイチオシを買ってくれたお姉さんとか。
美味しかったよって言ってくれた子供とか。
単純に、店側が故意に粗相をしなければ、何も言わず利用してくれるお客様は、皆様普通に神様でした…。
何故こんな話をつらつらと?
それは現実逃避したいから。
驚いたよ。
ドラマとかで、よくある。
悪漢や犯人に追われた女性が、
そこで、何故、転ぶのだ!
そこでは転ばないだろう。わざとらプスス。
と、心無いツッコミをドラマにしていた私。
(はい実際ありました。大男に追われ恐怖で足が絡んで転がりました)
業が、ここにきて跳ね返ってきたのだ。
業、畏るべし。
(コスプレ参加者の人数が、心なしか減っている)
そして先ほどから色黒女が何かを言っているが、分かる訳は無い。それよりも、中途半端に飛び込み参加した私にクレームをつけたいのは分かったから、貴女ではなくてこの会場のスタッフを呼んでほしい。
いくら文化の違いが有るとはいえ、この拘束は、やり過ぎだと思うのだ。
逆に文句を言いたいのは私だ。
それは確かに、突き飛ばした事は悪かったと思う。
しかし不審者扱いで突然の拘束もやり過ぎだよね。
私はフロントを尋ねたかっただけなのだ。
(あれ?)
立食ケーキビュッフェのテーブル。その下に青いボールが落ちている。
あれは、そう。
この色黒女を突き飛ばし、私に濡れ衣を着せた張本人。
(ぷるりん発見。…でもあいつの呼び方、なんだっけオルデオール? オルビスオール? オルタナティブ……)
忘れた。
この国の名前は皆、長すぎるのだ。
しかしうかつに間違えた名前を呼ぶと、とんでもない目にあわされる可能性がある。
あいつは問題大有りのスライムだった。
性格も優しい感じでは無かった。
しかし、ここで会ったからには入れ替わって、色黒女にクレーム対応をして貰おう。
(ぷるりん。…いや、オル…オルタナティブが思い浮かぶと、それ以外が霞んでいく。オル、オル……)
「オルビスウォール……」
試しに小声で呼んでみた。
反応が無い。
「オルビアウォール……」
ウォール?
これこそまさに、何かの呪文。壁? 火とか土とかで使用されるあの壁?
青いボールは、ぶるぶる震え、跳ね出した。
(ぴょんぴょん跳ねてるよ。違ったな。あれは怒ってるんだ。ヤバイ)
ゼレイス・フロウ・ルイン・ヴァルヴォアールを思い出す。この国で名前を間違える事は、何が起きるか分からない。飛び回るぷるりんに気づいた周囲がざわめきだした。色黒女は私を見て震えている。
(なんかメンドーだなぁ、おい。跳ねてないで、早く来い。元はお前が元凶だ)
しかし、奴の呼び方が分からない。ここは万国共通の、あの魔法の言語に頼るしかない。使い慣れていない私には少し抵抗があるのだが、ここは異国。
旅の恥はかいて捨てるものだ。
「ぷるりん! カモン!」
カモンに付属の「ヘイ!」と、いう小粋な掛け声は、羞恥心が邪魔をして使えなかった。
おや……?
辺りの様子がおかしい。
シーンと静まり返っている。
ーーパン!
『いっ…た、』
え、何今の。
私、色黒女にほっぺをパンされたの?




