表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
属国~トライド王国
30/221

それぞれの価値観 04

 


  「第四班は全ての入り口を、第二班は少女の監視を継続」


  玉狩ルデアりエルヴィーの捜索、それに深く関係する少女ミギノ。


  少女の捜索指揮を取るエスク・ユベルヴァールは、トライドの街中、古びた空き家の一室で城下町の地図を見る。エルヴィーが彼と同じ玉狩りのロウロウを殺め、少女ミギノが失踪してから二日。 


  ミギノがトライド国内に居るとの知らせが入った。


  少女は大怪我を負っており、城下街の診療所に身を寄せているという。トライド国内には第八師団の隊士が複数人、常に潜伏している。この国はファルド帝国の英雄、誉れある第一師団の先代騎士団長に対して深い遺恨を持っているからだ。


  ファルド帝国に対して、武力や金銭流通での反旗を示すとは思えないが、英雄オルディオール個人への根深い恨みに騎士団は警戒を怠らない。


  エルヴィー逃亡の報せは速駆けにより、事件の当日に西の田舎グルディ・オーサ基地から、ファルド帝国に伝わっていた。


  「白狐レイシシンソーラウドか。あのガキ、大したもんだな…」


  ミギノは賊の白狐レイシシンに囲われている。エスクはサザス家で顔を見たが、全身白色の不気味な男だった。情報によると、帝国内での罪は殺人、奴隷売買容疑が挙げられている。


  そのサザス家で、ミギノがソーラウドに目をつけられていた事を思い出した。


 (しかしこれで手間は省けた。玉狩ルデアりエルヴィーの情報は、今のところ一切無い。元々人数も情報も少ない玉狩ルデアりを追うことは、とても至難だった)


  玉狩りが犯罪者となった事例は、過去に無い。


  謎が多い彼等の事は、大聖堂院しか分からない。そして本当の情報も、開示される事はないだろう。


  そんなエルヴィーがミギノの前にのこのこと現れれば、ソーラウドと一挙両得になるのだ。エスクは暫くミギノの様子を窺う事とした。




 ******




  「こんにちは」


   灰色の髪、灰色の瞳、目元は優しげに少し垂れている。若い紳士の身形の男は、背の低い黒髪の少女に笑いかけた。それに応えた少女も、男と同じ様に挨拶を交わす。


  「ミギノです。こんにちは」



 *



   飯屋を出て二軒隣の飲み屋に入る、席には座らずに手洗い場から店内を覗くと、物騒な客の人数が増えている。そこでソーラウドは、他の手下を連れて直ぐに店を出た。


 軍人の尾行を撹乱するために。


  ミギノとテルイドとアルドイドは裏通りの雑貨屋に入り、その裏口から店を出る。細い道、数軒の店屋の出入りを何度も繰り返す。その内の何軒目かの店に、紳士とソーラウドが待っていた。


  紳士はミギノの首に赤い石を見つけると、それに目を細めて笑う。首を傾げて俯いたソーラウドの白い頬は、少し赤く染まっていた。


  「大切なものが出来るのは、とても良いことだよ。だが、それが弱点とならないように、備えなくてはならない」

  「はい。こいつは、その辺の女とは違うので大丈夫です」


 ソーラウドの答えに紳士はまた笑った。


  「君が今回、この仕事に手を抜かないって証、受け取ったよ」


  笑う紳士にソーラウドは畏まり、それを黒髪の少女はただ無言で見つめていた。



 *



  ミギノと合流したソーラウドは、今度は屋敷の前に来た。大きな門を通り抜け、広い庭を過ぎ玄関広間へ、その間も、屋敷の警護はソーラウドに恐怖して、誰一人姿を現さない。


  少女を屋敷内に連れ込むと、怯える使用人を捕まえる。そして執事を連れて来させた。


  「商品を出品したい」


  代理人として来たソーラウドは、シファルから預かった貴族の紹介状と少女ミギノを執事に差し出す。壮年の男は、無言で頷きそれを受け取った。


  「種別は?」

  「剣闘士だ。二刀流。高値を期待している」

  「こんな少女がですか? 驚きです。シファル様の出品はいつも皆様が喜ばれます」


  二人の会話を少女ミギノは黙して聞いている。そして執事の驚愕に、目を眇めて腕を組んだ。ソーラウドの紹介にも文句を一切言わず、どうやら対戦に自信があるようだ。


  「本日は客層が違いますが、珍しいものには寛容な皆様です。競売にご参加なされますか?」

  「いや、また改める。買い手がついてから交渉だ」

  「畏まりました。よい一日を」


  背を向けて立ち去るソーラウド。ミギノは執事に連れられて、屋敷の更に奥へと入って行った。


 **


  「頭、整いました」


  ソーラウドが屋敷の門を出ると、坊主頭のテルイドが現れた。


  「黒仔猫オウピノル、大丈夫だったんですか?」

  「あー、多分な。剣闘士として売るって言ったが、自信満々だったぞ。楽しみだな」


  シファルに紹介状を貰い、目の前で彼女自身を売ると言っても動じなかった。この生業に経験があるのだろう。ミギノの職種に驚いた執事に、少女は腕を組んで威嚇をしていたのだから。


  「でも、なんか心配ですね」


  テルイドの意外な弱気に、ソーラウドは「何がだ」と先を促す。


  「ちゃんと話聞いてましたか? 黒仔猫オウピノル。なんか、飯食ってる時から思ってたんですけど、…いや、なんか」


  「歯切れが悪いな。はっきり言え」


  テルイドは羽の意匠の入れ墨を、手持ち無沙汰にポリポリ掻くと、ぼそりと呟いた。


  「言葉、通じてんのかなぁーって、思ってたんですよね。ずっと」

  「ハァ?」


  ソーラウドは長年の部下の信じられない一言に、ポカンとした。


  「なんだお前。なんか食ったか? 逆に大丈夫かよ」


  「いやいや、あはは」と、笑ってごまかしたテルイドだが、いつの間にか合流していたアルドイドが、隣で神妙に同意を頷く。


  「オレより文字、読めなかった」


  「ハァ?」


  「なんだって?」


  ソーラウドは、テルイドの意外な援軍に目を見開いた。アルドイドは十二歳、ソーラウドと同じ様に親に捨てられた子供だ。幼い頃からテルイドについて回りソーラウドの部下となったのだが、もちろん真面な教育は受けてはいない。文字は簡単なものと、食べ物だけは分かる程度だ。


  「さっき飯食うとき、料理名が壁に書いてたんだけど、オレより読めてなかったよ」


  少し得意気なアルドイド。少年はミギノに、焼鳥グランガレルの文字を教えてやったと胸を張る。少女は「私、分かります。ありがとう」と何度も言っていた。新情報に、ソーラウドとテルイドは顔を見合わせた。


  「いやいや、待て待て。文字が分かんなくたって、あんなにペラペラ喋ってただろうが。サザスんとこで」


  ミギノがソーラウドを殺そうとしたサザス家で、少女は男達を全員射程に入れて数え歌をしたのだ。


  「…デスよね。いや、でもなんか、さっきまでの黒仔猫オウピノルと、サザスんとこと、なんか全然違うみたいで、気のせいっすよね!」


  「…………」


 *


  昔の軍の名を騙り、第九師団のエスク・ユベルヴァールと知り合いだった。


  直ぐに捕縛されてはいなかったが、後から拷問を受けたのだろう。サザス家で少し子供に殴られてはいたが、これほど悪化する傷では無かったはずだ。そして少女は軍から逃げ出し、ソーラウドに付いてきた。


  当たり前だが、軍に居た詳細は聞いても答えない。だがおそらく剣術に関わりがあるとみている。サザス家で堂々と軍の名を騙る事も大した物だが、ソーラウドに躊躇いなく剣を向け、さらに軍を一人で脱走しようとする気概もある。


 (そして十九で処女)


  完全に曰く付き、もしくは触れてはいけないモノ。


  面白いと、純粋にソーラウドは思っていた。


  白狐レイシシンと畏れられ、裏で名の通る自分を殺そうとし、更に鼻で笑った少女。今もなお、彼を馬鹿にし幼児のふりをして遊んでいる。


  だからこちらも意趣返しに、見た目が幼い少女を嘲り、態と十九歳という女性扱いをして、ソーラウドの女だという首飾しるしりを贈った。


  三日前、トライドに居るソーラウドの女の一人に、たまたま赤い石の首飾りをもらった。それを迷子札のような気分も兼ねて、嘲りとからかい半分にミギノの首に飾ってみる。


  きっと気持ち悪いと叩き返されるだろう。


 少女は相変わらず生意気に片眉を上げて男を睨み返す。だがそれを外さずに、すんなりと受け取った。


  ソーラウドの瞳と同じ、赤い石。


  相手に自分の身体の色を贈る。それは身体の一部を預ける行為。べたべたな態とらしい古来の愛情表現だ。今は流行ってはいないが、指輪や腕輪の裏に石をはめ込んで交換し、結婚式などで形式的に行う地方もある。


   少女は睨み返した後、慎重に頷いて大切そうに赤い石を握りしめた。


  その行為に、何故かソーラウドは胸を掴まれた。


  色落ち、呪い子と、忌み嫌われた自分の身体の一部が、少女の小さな手の平に握りしめられている。


  「捨てないのか」


  そう言うと、ソーラウドは少女に笑いかけた。諦めたような、嬉しそうな、そんな顔で。そして何を思ったのか、突然ソーラウドは少女を仲間に引き入れると言い出した。


  ミギノもソーラウドの下につくことに異論は無いようで、彼女は全ての話に慎重に頷いている。


  こんな生業だ。何が切っ掛けでソーラウドの部下となり、何が縁になるかは分からない。


  だがしかし部下のテルイドは、ミギノの行動を不審に見ていた。


 *


  道すがら、今回の仕事の内容を少女に伝える。トライドにあるフォーベルト伯爵邸、そこで開催される奴隷を根こそぎ横取りする事だ。これはシファルからの大きな依頼。サザス家の上納金回収失敗の挽回にもなる。絶対に失敗は許されない。


  少女の剣士は珍しい。剣闘士用の見世物に高値がつく。ソーラウドは初め、ミギノをこの会に枷を嵌めて出品しようと言っていたのだが、仲間となった今、それを逆手にとる作戦に変わった。会場でミギノを囮とし暴れさせ、その隙に商品を頂くのだ。


  元々、剣士を生業にしている少女は、荒事に経験があるのだろう。質問もなく話に軽く頷いていたのだが、テルイドは、再びあることを思い出した。


 (……いや、頭の女だし、失礼だよな、疑うなんて。……女?)


  脳裏に蘇るのは、食事の場での、あのカタコトの拙い言葉…。



 ***


 ーートライド王国、フォーベルト伯爵邸。



  「お手洗い、お手洗い」


  拙い幼児言葉が聞こえた。執事は、黒髪の少女剣士を振り返って、愕然と口を開いた。


 *


  この日ファルド貴族のフォーベルトは、トライドの別邸で競売を開いていた。いずれの客も、都会の趣向に飽き飽きしている者達ばかり。今日のお披露目は、トライドで育成した貴族出身の若い少年少女となっていた。


  ファルド帝国の流行に被れる前の、純粋な田舎の子供達。田舎とはいえ、貴族出身なので必要な教養も身についていて、扱いが楽で良い。


  飼ってみて、気に入れば妾に。

  飽きれば娼館に売ればいい。


  年齢は十四、五の少年少女達が十人。煙草の烟る広い室内に、彼らは全裸のままで引き出された。


  鎖で繋ぐ無粋な行為はしていない。

  所詮、彼等は逃げられない。


  フォーベルト伯爵は、この日の為に彼等に教育と資金援助をしてきた。トライドに残る、土臭い田舎貴族の家格を守る為に、家を潰したくないと彼等の親はフォーベルトに出資を頼む。伯爵は将来に希望を持った若者たちに出資すると、優しい笑顔で彼等に手を差し伸べた。


  その結果がこれだ。


  等価交換の価値観が大きく違うと悲劇は増す。家のため、家族のため、将来のために勉強し、厳しい社交訓練を受けた彼等は、突然この場に引き出された。


  彼等の親は、この事実を知らない。今日は少年少女達のファルド貴族達への社交お披露目の会。親は子供の成長を喜んで送り出し、彼等もそれに応えるようにここへ来た。


  裸にされ、絶望に打ち震える姿を笑う。


  その価値観の違いを楽しむ事も、趣旨の一つとなっている。


  ファルド貴族達は紳士の正装を身に纏い、裸の子供達との落差を見せつける。貧困層や普通奴隷では持ち合わせない、貴族としての自尊心の大きさ。それを叩き潰された未来ある少年少女の表情を楽しみ、身体の良し悪しを煙草を吹かしながら吟味する。 


  主催したフォーベルトは、三日前に突然来訪した、大聖堂院のオルヴィア聖導士に舞い上がっていた。


  大聖導士エミー・オーラの息女、期待の美しき聖導士。グルディ・オーサで供の者が居なくなり、御者と侍女の三人だけで、知り合いのフォーベルトを頼って急に訪れた。そして新しく迎えが来るまで、彼女はこの屋敷に滞在してくれると言ったのだ。


  伯爵はオルヴィアを持て成すことに全力を注いだ。その持て成しの一つがこの奴隷品評会だ。自信を持って彼女を案内し、特等席で商品を鑑賞する。


  しかしオルヴィアは、奴隷に落とされる少女達を少しだけ眺め、飽きたと婦人達が集う談話室へ行ってしまった。


  フォーベルトはがっくりと肩を落とすと、先程まで自信に充ちて紹介していた商品達から、塵を見るように目を逸らした。


  「目障りだ。適当に売り捌いて、早く終わらせてくれ」

  「畏まりました。ご主人様、たった今、執事頭よりシファル様から、新しい商品の知らせが入りましたが」


「なに!」


  フォーベルトは詳しく内容を聞いて気色ばんだ。田舎貴族の子供より、剣闘士の少女の方がオルヴィアの気を引けるかもしれない。そして手を叩き、少年少女の品定めをしていた会場の視線を集めると、剣闘士の少女の新たな入荷を高らかに発表した。


  だが。


  「どういうことだ!」


   待てど暮らせど、その少女は会場に現れない。やがて執事頭が現れて、懸命に弁解を始めた。


  「それが、控えの間に案内しようとお連れしたのですが」


  シファル推薦の剣闘士の少女は、案内の途中で姿を暗ませたという。長年仕えた執事頭の失態に、フォーベルトは狂ったように激怒して鞭を打つ。だが刻を同じくして、婦人達が集まる談話室から複数の悲鳴が上がった。


  「今度は何だ!」


  駆け込んで来た従者が大声で叫ぶ。



  「落人オルです! 落人オルが出ました!!」


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ