04 キャットファイト?
小洒落たカフェのガラス窓。それで首輪の種類を確認。
黒革のチョーカーに、大きな赤い半透明の石が付いている。光の反射で映りが悪い。
(よく見えないな…)
ホテルカフェの窓の横には大きな木がある。その日陰を利用してより鏡効果の大きい場所を探していると、ガラス越しに、中世ドレスお衣装の女性と目が合った。
彼女達は中でアフタヌーンティーを楽しんでいる。アフタヌーンティー…?
(いや、結婚式か? 披露宴? …まさか、コスプレイヤーか?)
盛りに盛ったその衣装。ゴスロチックなのか完全中世タイプなのか、どこかの物語の世界観なのか、かなり完成度が高い。
(だけど残念ながら、このクォリティーなのに、肝心のケモミミ様や妖精シリーズ、アニメキャラが見当たらない)
ドレスコードは盛り盛りドレス女子会?
我が国の文化が、まさか大使館もすぐに見つからない、ネットも普及してない辺境の大陸に浸透しているとは。
(クール・ビジネス、恐るべし…? まてよ、)
実はどこかにワイファイが飛んでるのでは?
お店の窓ガラスの隅っこに、よく見ると貼られているフリーワイファイの表示を探す。
(ないな、無い。ここ、正面入り口じゃないからかも)
今はスマホが無いので確認出来ないが、私には分からないだけで、彼らはSNSとしっかり繋がっているのかもしれない。そうでなければ、あれほどクォリティーの高いコスプレ大会の召集はあり得ない。
(どこだ?)
きょろきょろとした不審者感が満載の私だが、ガラス越しのプレイヤーなど完全無視で辺りを慎重に確認する。
(そうだ。ここはホテルの中なのだ。フロントに聞けば一発オッケーだよ!)
…フロント?
そういえばこのホテルの入り口、エントランスには案内スタッフは数人居たが、フロントを見ていない気がする。ホテルによっては一階にフロントが無い場合もある。おそらくそのタイプかも…。
たたたた。
たたたた、たた。
右へ左へ右往左往。
このホテルは広すぎて、ここがどこだか分からない。
現在位置、ポイントマーカープリーズミー!
そもそもなぜ私がここに一人で放置されているかというと、市場へ出品されたからでは無い。キズ品扱いで買い取り不可でも、店頭に並んだが売れ残って廃棄されている訳でも無い。
白面の医師に連れられてやって来たのが、このホテルだった。しかも奴は私を案内スタッフに託し、何処かへ去ってしまった。監視無し。入れ墨スキンヘッドと痩せた少年の二人も共にフレームアウト。
その後、案内スタッフは私を何処かの部屋に案内しようとしたが、もちろん丁重に断った。
当たり前だ。白面の医師に連れられて来たホテルで、何処かの密室へご招待なんて危険すぎる。「お手洗い、お手洗い」と言いながら、私はさり気なくスタッフの案内から姿を消した。
それからとりあえず玄関フロアを探したのだが、ショートカットで噴水のある庭を横切ったのがいけなかった。
似たような通路ばかりを歩いて、方向感覚が鈍っていたらしい。なので現在は、完全に迷ってしまっているのである。
しかし危険な白面の医師からあっさりお別れすることが出来た私は、今は極度の緊張状態には無い。なので噴水のある庭の側にあったカフェスペースの窓ガラスで、暫くぶりに自分の姿を確認していた。
私のコスプレコンセプトは軍服女子。
(市場出荷用首輪タグ付き、外し方がわからないのでそのまま放置)
枯草色の半パンとフード付きジャケット。黒ティー、本格革仕様ショートブーツ、百二十デニールよりも厚地の黒タイツはもはやスキニーパンツ。額横には、臭い薬草付きの色が染みたガーゼがアクセント。本物軍人の臨場感が漂う。
(というか、軍服は黒豹エスクが用意してくれた本物だから)
これってコスプレじゃなくね?
丸っと本物って、企画違反にならなくね?
コスプレ大会には、参加する機会がなかったのでその本格ルールは分からない。
セクハラ後、素っ裸でうち震える私に用意されたのはこの一式。産婦人科医オカマは、綺麗に洗濯してくれていた。
(残念ながら、…残念? …まあ残念ながら、ぷるりんは衣服の何処にも隠れていなかったけれど)
お手洗いを言い訳に案内スタッフから逃れたその後、本当のお手洗いの場所なんて分からない。トイレット案内表示がわからない異国のホテルは非常に困るのだ。
(まだ行きたくないけど、本当に行きたい時は非常に困る)
そして広すぎる高級ホテル内のフロントも一向に現れないし、通りすがりの親切なスタッフすら居ない。
(…どうしようかな…とりあえず人が居たコスプレ会場で、誰かに聞いてみようかな)
この本格軍人クオリティで、ルール違反を指摘されないかは心配だが。初めてのコスプレ会場にどきどき。
何度となく彷徨いた庭はすぐに見つかった。今やこの庭は私の拠点になっている。
そして庭に隣接するのは、ホテル敷地内のお洒落なカフェテラス。
(しかしお金が無いので、ケーキビュッフェには参加不可。…本当に、お金が無いって悲しい)
ーー早く我が国へ帰ろう。
正直なところ、産婦人科医オカマの所で目覚めてから、疲労が身体から完全に抜けていないのだ。
(ぷるりんに連れられて、森の中に駆け込んで、何処かで盛大にくしゃみをした記憶はあるけど、)
大量に鼻水が出て、止まらなくて苦しかった。それからばか野郎に叩かれたところが、後からガンガンに腫れてきたのだ。熱いし、痛いし、寒いし、臭いしとても苦しかった。
目が覚めてから、産婦人科医オカマが包帯からガーゼに取り替えてくれたので、少しは腫れが引いたのだろう。
森の中、フロウ福祉施設からいつの間にか移動して、治安の悪い裏町診療所、セクシャルハラスメント、不衛生な唐揚げの会、市場へ移動。
ゆっくり考える時間も、心休まる一時も無かった。
そういえばプルリン・オルタナティブが色々言っていたが、何だったっけ? フロウ福祉施設の皆さんは、実は私を悪用しようとしていたとか、そうだ、エルビー。エルビーも一緒に逃げようとしてくれていた。
(エルビー、置いてきちゃったんだ、)
最後に見た時、彼はは三つ編み男に衝突されて、倒れ込んでいた。男が手に凶器を持っていたので、思わず倒れたエルビーの前に飛び出したのだが、結局私は彼を置いて来てしまった。
(ぷるりんがあの後、三つ編み男を突き飛ばしたんだよね。大丈夫だったかな、エルビー…)
エルビーを置いて逃げた直後、脳の機能が強制終了してしまうホラーな展開が起きたため、エルビーの大事な部分が抜け落ちていた。
(あれ?)
エルビーの事を考えていて、いつの間にかぼんやりしていた。
気づけばコスプレ会場の入場付近に来ていたのだが、何故か皆はこちらを見ている。
私は後ろを振り返る。
誰も居ない。
注目の的は私のようだ。
(やばい。場違い? ドレスコード間違いの指摘?)
大丈夫大丈夫。別に私は悪目立ちして、コスプレ大賞を横取りしに来た訳では無い。ただフロントを聞きに来たのだ。この場からはすぐに居なくなる。
エクスキューズ、エクスキューズミー?
おや? ホテルのスタッフは一人も居ないのか? イベント係のスタッフでもいいのだが。
(…やだなあ。あの盛り盛りキャッキャうふふの中に割り込んで、声をかけなければならないのかな?)
この時私は気がついた。
群衆の中で、好きな人ってすぐに分かる。そして目が合うと運命を感じて、きゅんとする。
しかし、同じように作用する機能がある。
嫌な奴ほど目につくのだ。
これってきっと、五感の中の同じ部署が仕事をしていると思う。
私の場合、学生時代からの恋愛に対応するクール&弱腰姿勢の恋愛課は、かなり実働経験値が低いのでマンネリ課。職員は早退、欠席は当たり前のやる気の無いダメな職場なのである。
一方、嫌な奴対応課は課長をはじめ毎日フル出勤でスキルを磨く。部長への報連相もきりきりピリピリと欠かさない。
これって好きな人より、嫌な人が多いマイナス思考?
ノンノン。
これは生存本能。危機管理能力に直結しているからだ。
嫌な奴イコール、危険な奴に対する判断と対応。ここを磨いておくと、自分の中で危険に近寄らずに過ごす判断がしやすくなる。
希にこの嫌な奴対応課は、恋愛課と情報共有し仕事をするそうだが、ストーカーという恋愛変質の来訪が、今のところ私には無縁である。
恋愛課が休眠課……。
カナシイ…………。
なぜ突然に、この話題?
だって居るのだ。見つけてしまったあの女。エルビーに失礼な態度をとった、高慢チッキーな色黒女。
おそらく向こうも、私と同じ気持ちだろう。目が合った途端に睨みつけてきた。
対人関係は鏡と同じとは、よく言ったものだ。嫌いな相手は、お互い様さま。無礼にも、女は私を指さした。そして。
「オル*!」
と、叫んだのだ。
芝居がかる色黒女と、その取り巻き達を冷たい目で見返す私。やり過ぎだ。
空気読め。恥ずかしい。
私は再度、色黒空気読めない嫌いな女を睥睨した。ほら見て、突然始まったノリの悪い小芝居に、周囲が引いてざわつきだしたのだ。
ドン引きだよ。巻き込まないでよ、私を。
いくら日常と違う開放感に、この場所が包まれているからって空気くらい読め。いや待てよ、このスキルは我が出身国によって研ぎ澄まされた技術でもあるのかも。
反省しよう。
郷に入っては郷に従う。ここの郷がどこだか何かはさっぱり分からないが、異邦人は私なのだから。
(しかしおかしいな。周囲は私からどんどん離れて行く。そして何故か、無頼の輩が集まって来た。あれ? なに。ヤバくない? これ、)
無頼の輩というより、よく見ると身形はホテルのスタッフなのだが、彼らの手には刃物、棒、武器携帯?
囲まれる。その前に私は傍のコスプレ女達の中に飛び込んだ。
悲鳴。悲鳴。怒号、悲鳴。
必死で走る中、笑う色黒女と目が合ってしまう。
(やっぱり嫌いだ。正解、)
私は走る。
良くない状況の回避のために、必死で長い廊下を走った。




