02 夢から覚めたら
オネーサンはオニーサン、いや、そのどちらでもない。
生きとし生ける物の、最終進化形態。
人はそれを新人類と呼ぶ。
『目を開けると…そこは二丁目だった』
「お、******。*******?」
低い声。喉仏。やはり声は男のようだ。長い黒髪を片方に緩く結び、ルーズ感満載に毛先はゆるふわだ。黒目がちで睫毛は長く、泣きぼくろ。口紅なんか付けていないのに、グロスのようなテカったやらしいぷるぷるリップ。
だが大きく開いたシャツの胸元からは、えーともなんとも形容し難い真っ平らな胸板が見えてしまった。
ごめんなさい。別に故意に見ようと思ったわけではないの。別に悪いことはしていない。たが彼女の平らな胸板に、気づいてしまった私がごめんなさい。そうだよ、別に隠されていない。むしろ全てがフルオープンなんだよね。これは気にすることではないはず…。
(………)
なんてね。
彼女の胸板に注目することで、私、また現場逃避をしていました。だってこの人が喋った時に、確定してしまったから。
夢じゃなかった第二弾。
カミングスーンが早すぎる…。
とりあえず、未知との遭遇とコンタクトを試みる。
「おはようございます」
「おお****。言葉が通じない***!*******、*******」
はい。少し前まで全てクリアに理解できたはずでした。現地のヒアリングはたった約二週間。本場の発音は聞いているだけでこの成果だと、突然のスキルアップに多少の疑惑も沈んでおりました。
疑惑完全浮上。そしてもう、沈む事などない。
ゼレイス、フロウ・ルイン・ヴァルヴォアールの召喚呪文は私の通常攻撃呪文として脳内に刻み込まれているが、あれほど淀みなく聞こえたはずのこの国の現地語が、夢から覚めると退化していた。そして。
『誰? あなた、誰? メアーさんは?』
過剰な薬の臭い。顔半分に過剰に巻かれた包帯。うつ伏せ寝の私。起こされて辺りを見ても、雑然と薬草やら雑草やら本やら紙やらナニヤラ。
え? 今、宙を舞ってるのはアレ? 世界最小最強生物? モノによっては人類を死滅へ導きしモノの代表選手? 互いを醸し醸されるあれ?
「メアー? 今、メアー**言った*? ****」
「はい。私、メアーさん。メアーさんわかります」
私のメアーさん発言に、汚部屋の主のきれいなお顔がオラツイタ。しかし、オネイサンはお顔が可愛いのでフロウ・チャラソウや悪漢の巣穴で育った私にダメージは無い。
というか、本当にあなた誰? この汚部屋は何処? の、前にそもそもどうして重傷なのか、それを考えさせてほしい。頭も身体も意外としっかりしている。むしろ質の良い睡眠をとれたかのようにすっきりだ。巻かれた包帯の下は温かい。背中部分は肩に掛けて包帯が巻かれているが、動きに不自由は無かった。
(これって、あのばか野郎に棒で叩かれた場所だ)
おかしいな。叩かれた直後はヤバイと思ったが、あの後何時間も何ともなかったのに。メアーさんに診てみて貰った時も、少し熱はあったが痛くも何ともなかった。
それから?たしか、部屋移動されて監禁…。
『あ、ぷるりん!』
ぷるりんが何処にも居ない。
あいつは色々問題ありのシロモノだった。私の中で、今やぷるりんはフロウ・チャラソウを超える取扱い危険物。
(分かる。今、ぷるりんは私の身体の中に居ない)
今思うと、あの幼児虐待変態馬鹿野郎の家から、フロウチャラソウ福祉施設、監禁部屋に居る間中ずっとどこかフワフワしてた。叩かれた影響かと思ったが、きっとあれはぷるりん某が、私に取り憑いていた間の感覚だったのだ。
空から落下した時の状態は、残念ながら覚えていないけれど。
汚部屋を見回す。汚すぎてどこに何がとか、ぷるりんがどこにというレベルではないので諦めた。
ここは汚海の中枢だ。
私が寝ているベッド、そしてオネイサンが座る黒い菌に侵された椅子。その他、足の踏み場もないほどに、雑草と紙と液体が落ちている。ここに野生に帰化したぷるりんが隠れていたとしても、探すのは砂に紛れた食品添加物調味料を一粒探すようなもの。
(絶対ムリムリ)
悪しき菌が肺に届く前に、マスクプリーズ。
しかし綺麗なオネイサンは無言で腕を組み、学者のような顔で私を見聞しているだけ。やはり美人は汚海の中に居ても美人。オネイサンの周囲を醸す細菌兵器でさえ、美人が中央に配置されることで、まるでサンピラーのように輝いて見えるから不思議だ。
(※サンピラー、寒い雪国で発生する光のキラキラ)
ここでおもてなし大国出身の私にクエスチョン。
部屋の主がマスクを着用していないのに、客分の私がマスクを主張して、主は傷つくのか傷つかないのか?
アンサー。
空気が読める民族には、答えの出せない難問です。相手の気持ちを思いやり、考えれば考えるほど迷宮入りは要必須。
おもてなしされる側も難しいものだ。
だがしかし。現実問題として。
(私はこの部屋の中で、乳酸菌と納豆菌以外の菌に勝てる気がしない)
繊細胃腸国民としては、この場での生存率は*パーセント。それでも無駄なあがきをする私は、部屋の主に悟られないように、呼吸は鼻から最弱で。
ここで、汚海の封印を外から破る救世主が現れた。
しかしそれは、陸にいながら窒息寸前の私の、呼吸を完全に止めることとなる。
救世主の名は〔代表〕。幼児虐待変態馬鹿野郎の保護者の一人。白髪赤目のマフィアチャラソウの抗争相手代表だった。
「スズさん、ミギノ****ましたか?」
「おう、******、*****?」
「いいんですか?」
『……』
ヤバイ。マジヤバイ。
何故、代表が私の受け取りにサインをしているのか?
そうだ。何でいないんだ。私の保護者。
『エルビー何処行った?』
代表とオネイサンが同時に私を振り返った。怖い。穴が開くほど見られている。
「数字持ち****? おう、聞いて***」
「はぁー、**ですか?」
え? 質問? 回答権はワ・タ・シ?
「ムリムリ、エルビー、メアーさん何処?オルディオール・フロウチャラソウ・ヴァルヴォアール団長」、
『プリーズ、ヘルプミー、本当に助けてエルビー…』
どうやら、私はここぞという時に闇雲な名前の羅列で、召喚を完全に失敗したらしい。代わりにみるみる二人の表情が曇っていく。
(ドレスは着ていないので、今回も気絶無理。ヤカラ、マジ、震える、怖い)
しばらく私に凄んでいた二人は、途端に興味をなくしたように話しはじめた。若干震えながら私の今後をリスニングしていたが、はっきり言ってよくわからなかった。
その後代表にセクシャルハラスメントを受けたのだが、犬に噛まれた、または奴を医者だと思う事にしてやり過ごすことにする。
人生山あり谷あり。
私は大人の女である。
(…にしてもさ、)
……助けて!エルビー!!!
私の保護者様、一体何処行ったんだ?




