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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天へ帰る歌~オーラ公国
218/221

27 出発 27


 その家の長女が失踪してから、消息は掴めないまま月日は流れた。


 家族は連日失踪現場や駅でビラを配り、夜は遅くまで毎日ネットで長女を検索し続ける。真っ先に駆け込んだ警察には誘拐よりも、同日に失踪した見知らぬ青年との駆け落ちの可能性が高いと筋書きされて、情報を問い合わせても同じ返答しか返ってこなかった。


 妹は姉の友人達や姉のバイト先の人達と共に立ち上げた捜索サイトで、全国全世界を対象に長女の行方を探し呼びかけ続けていたが、ネットでの返答に本物の情報は一つも無い。


 それでも家族は諦めず探し回り、毎日ニュースやネットを見ていたが、数年経ち、国内外で取り扱われる事件のニュースは、多くが悲惨で悲しい結果だと気付いて次第に検索回数が減っていった。




**




 「墓石?、誰の?」



  

 長女よりも冗談が苦手で性格の真面目な次女は、年齢よりも年老いた両親に厳しい声を放つ。長女に似たつり目気味の黒眼を眇めた次女に、早めに墓石を購入するのは自分達の為だと両親は笑ったが、妹は広告の墓石の写真に姉の名が刻まれる事を想像した。


 「私、子供産まないから。二人に孫の顔を見せるのは、お姉ちゃんの担当だから」


 表情の乏しい次女の宣言に、両親は困った顔で笑う。そして「じゃあ、孫の顔、見れるかわからないわね、」と自虐に微笑んだ母親は悲しげに溜め息を吐いた。口数少なく早めに仕事に出掛ける準備に椅子から立ち上がった次女を見て、父親はふとあることを思い出し朝食を食べる手を止めると、引き留めるように次女の名を呼んだ。


 「そういえば、中大通りの街路樹、昨日奇麗に切り取られていたぞ」


 「中大通り?、・・・今さら?」


 失踪した長女がバイト先に行くために利用していた歩道。見知らぬ会社員との駆け落ちだと警察には想定されたが、家族はその男に連れ去られたのではと怪しんでいた。だが共に失踪したとされる男性の情報を、警察は個人情報だと長女の家族には伝える事は一切無い。二人が通勤にすれ違う昼間でも薄暗い歩道を独自に調べる事になった家族だが、その過程で別の可能性に辿り着いた。


 昔々から中大通りの街路樹の通りでは、不自然に数人が失踪していたという事件。


 街の詳細な地図を求めて訪れた図書館。古い新聞やネットで街路樹の通りを調べると、数百年前から数度〔神隠し〕と呼ばれる事件があったという事が分かったのだ。


 それも直ぐに警察には相談したが、今から百年以上も前の事柄と、現在の長女の失踪を同一には出来ないと素気なく言われたのみで終了するかに思えた。だが落胆する家族を余所に、数日後に海外から訪れた観光客が問題の通りで失踪した事をきっかけに、警察はようやく大きく動き始める。


 長女と共に失踪した会社員の青年との接点が通勤時にすれ違う以外に丸でない事から、失踪した海外旅行者の女性と共に、駆け落ちだと決め付けられた二人も誘拐事件の被害者だと断定されて捜査が始まったのだ。だがその後、捜索の進展も行方の手掛かりも一向に無いまま、更に時は流れた。



 十五年間、長女は未だに帰って来ない。



 目に見えて変わったのは、大きな街路樹が夜道に危険だと市が撤去すると決めて一ヶ月、ようやく古い木から新しい木まで全ての街路樹が切り倒され、車道の灯りで歩道の見通しが良くなった事だけ。


 (遅すぎでしょう?)


 怒りを静かに飲み込んだ次女は、十五年前、長女が事件に巻き込まれる前にそれをして欲しかったとの思いを、憔悴している両親には告げなかった。残された三人は、言葉に出さなくても長女の帰宅を毎日願い、新たな幸せに遭遇しても、何故ここに理不尽に長女が共に居ないのかと、大切な家族が失われた事が頭から離れないまま過ごしているのだ。




 彼らは、失われた長女を探し続けている。


 








******


 







 [これで本当に、良かったのでしょうか?]


 [何、女官長]


 [トライドでの三日間、天に帰れると知ったあの方の、嬉しそうな顔が頭から離れません]


 [・・・・あの異典ラ・フォクリフを思い出すね]


 [・・・異典ラ・フォクリフ?、!?、]


 [とある男が、美しい天上人エ・ローハの天に帰る為の翼を奪い、隠し、彼女をこの地に精霊セーレの錠で縛り付けたという、あの章だよ]


 [おやめ下さい、]


 [本来、経典カオンの始まりに記されていたその章節は、黒く塗りつぶされ黒の章と呼ばれたが、今は国主様と天上人エ・ローハ巫女ミスメアリの稚拙な恋物語に差し替えられている]


 [・・・、]


 [過去に黒の章を我が国の本当の始まりだと主張し、声を上げた神官や学者は地の下と蔑まれ、精霊セーレ殺しの罪科を背負う魔具生成の場に移された。その子孫も精霊セーレ殺しの穢れから出られないまま、今も地の下と呼ばれて蔑まれている]


 [・・・・]


 [あれ?、・・・そうだ、精霊セーレ殺しと言えば、メイ様が命を助けたインクラート・エハ、彼も確かそこに送られたよね]


 [・・・・はい]


 面会は可能で、命があるだけ幸せだと、彼の家族は恩赦に泣いて喜んでいた。だがエハの子供達の将来も、精霊殺しの神官となることが確定している。


 [僕もそこに、送られるのかな?]


 [おやめ下さい、どうか、それ以上は、]


 声を潜め、主の不吉な言葉を遮るために、膝をついた女官は祈りを捧げる様に手を組み頭を下げる。それを目に留めない皇子アリアは、温かい岩場で青い魂が陽の光に溶け込むのを、どこか羨ましそうに見つめ続けていた。

 

 [メイ様には一週間とお伝えしたが、青星イッキは既に遠ざかってしまった。あのツキが昼日中にも目に見えて大きく近付く明刻が過ぎれば、道は繋がらないだろう。経典カオンでは、天上人エ・ローハは常に青星イッキと共にやって来ると記されているのだから]


 「・・・・皇子ガ・ドール、」 


 [天上人エ・ローハが天に帰る機会を奪い、我が元に縛り付けようとしているんだ。きっと僕も、初代様である精霊セーレ使いと同じ罪科の穢れを背負うね。まあ、その子孫であるのだから、これが道理か]

 

 [その咎は、ここに居る我々も同等に背負うのです]


 居並ぶ神官達から陰のように進み出た一人の神官騎士に、アリアの背後に控えていた巫女達は一斉に道を空ける。


 [この慰霊祭コゥホーンが終われば、他国には悟られぬように、巫女ミスメアリ様をお連れする手筈は完了致しました]


 初めて聞く作戦内容に息を飲む神官達、その中ただ一人、彼らの前に進み出た少年騎士テハは、異国の地でも主に逆らい布で顔を覆ったままの神官騎士に歩み寄る。上官の光を一切宿さない薄い茶色の瞳に畏縮したが、勇気を振り絞って声を上げた。

 

 [ですが!、今のお話は、皇子ガ・ドールはどうなさるのですか?、今はガーランドとの交渉により、あの地から帰る事が出来ません!、巫女ミスメアリ様だけを本国に戻すことは、その、]


 かつて少年が仕えていた第一皇子を支持する派閥、その懸念を口篭もる事で封じる。稀なる巫女ミスメアリを護るという派閥を超えた任務により、今は職務に忠実に第二皇子に仕えているが、祖国に帰れば第一皇子の派閥へ戻らなければならない。


 [テハ、]


 アリアにとって意外な少年の行動に瞠目し、目を眇めた神官騎士へ顔を伏せずに見つめ返す。だが震えながら進み出た少年騎士を目で制した神官騎士は、皇子の背後に聳える大きな古い木を眺め見た。泉を挟んで対面に設けられたエスクランザ国の天幕からは、神樹ハハキと小さな教会シンシャーがよく見える。それを背にアリアは、自分の身を案じ必死で守護する少年騎士に微笑んだ。


 [僕の任期はもう終了するのさ。メイ様を天へ送る、まさに今。ガーランドからは、慰霊祭コゥホーンが終われば、僕の代わりに別の大神官を置くようにと、帰国を促された」


 「それでは、・・・なる程、インクラート・エハの罪は、巫女ミスメアリ様が天に帰られる事の恩赦に、皇子の在留任期も終了とするのですね。お喜び申し上げます!]


 主の言葉に深く頭を下げた少年騎士は列に下がるが、未だ下がらず皇子の前に立つ神官騎士は、改めて大樹を背にした皇子へ叩頭礼を示した。


 [離れる不敬をお許し下さい]


 [許す。神官騎士シャムラ・ナーギトラーよ、お前は異国から、我が聖なる北の地へ、天上人エ・ローハ巫女ミスメアリメイ様のご無事を祈り捧げ続けよ]  


 深々と頭を下げる神官騎士は、立ち上がると木々の陰に消えていく。それを陰からひっそりと見つめる者には、誰も気付く事は無い。




 (・・・・)




 厳重な警戒を易々と潜り抜け、彼らのやり取りの一部始終を草むらで聞いていた小さな陰は、音もなく泉の中に滑り込む。そして小さな波紋を残して水面に沈んでいった。

  




***


ーーーグルディ・オーサ、魂の眠る森。

   天上エ・ローハへの教会シンシャー、境内横。




 「もう秋収月も終わるね。ミギノと出会って一年過ぎたのかぁ、月日の流れって早いよね。・・・それに皆、慰霊祭コゥホーンが始まって、陽が昇ると無事に帰れたみたいだし、良かったよね」



 (・・・・)



 「欲や後悔や未練が強いと、アリアさんは天に帰れないかもって言ってたけど、僕たちは多分、欲深いんだね」


 (・・・・)

 

 青い星が遠離り、白の朝日が世界を包み込む。歌声に導かれ森から集まっていた青い魂たち、そしてトライドから竜騎士に運ばれてきた魂たちは、朝日を浴びるとキラキラと輝きだし、流れる優しい歌声や、高い旋律の歌声、それぞれが好みの調子が流れると薄くなり陽の光に溶けて消えていった。


 「でもやっぱり、ミギノの帰りたい天と、僕たちが死んだ後に帰る天とは、違うのかもね。だってほら、この歌なんだよ」


 (・・・・)


 新しい歌が始まり、それを聞き慣れた青い玉は泉で歌う神官たちを覗き込み見下ろした。


 「この歌は、ファルドの教会シンシャーでもよく聞く歌だよね」


 (・・・・)


 「今思えば、月例祭でこれが流れた後に、落人オルは発見されていたかも」


 (・・・・)


 「でもさ、ほら、今回この歌が、途中で別の北方セウスの歌に重なるように遮られるでしょう?聴いていて気持ち悪くて何でかなって、歌い終わった交替の巫女シストに聞いてみたんだ。そしたら、ここで新しい楽譜を渡されて、この歌に別の歌を五節も煩く重ねるようにって、上からのお達しがあったって。それって、アリアさんの指示って事だよね?」


 (・・・・)


 「でね、僕は思ったんだけど、この歌が流れると落人オルの道が天に開くのに、皇子はそれを遮ってるんじゃないかな?、だって証拠に、こんなにあの歌が連続で流れ続けているのに、一人も落人オルが落ちて来ないでしょう?」


 ーーチャポン、ぺしゃり!


 「!?」


 会話の途中、泉の中から突然に境内に転がり込む青い玉。空から落ちてる落人オルを話題にしていたエルヴィーは、目の前に都合良く落ちてきた落下物に目を丸くする。そしてそれを驚愕に見つめたが、自分が話し掛け続けていた横に転がる青い玉を素早く見下ろした。


 「え?、あれ?、他の皆は帰ったよね?、君、オルディオールじゃなかったの?、え?、あれは誰?、君は誰?」


 必死に木をよじ登る青い玉を見送ると、エルヴィーは自分の隣で話しを聞いていた青い玉を再び見下ろす。そして首を傾げると、思い当たるもう一人に気が付いた。


 「・・・まさか、君は十九セルドライかい?」


 (・・・・)


 「・・・ならそうだって、言ってよ。・・・まあ、言えないか。・・・身体はどうしたの?あの目障りなオルディオールの身体は、」


 (・・・・)


 「でもさ、君、エミーのことは置き去りにしたのに、なんでミギノに執着するの?・・・・まあ、これは僕も同じかな?僕もエミーにさよならしたものね」


 (・・・・)


 「じゃあ今、木を登ったのがオルディオールなの?、よく分からないけど、まあ、君たちの事はどうでもいいか。それより、問題なのはミギノが帰れたかって事なんだよ。あの中途半端な慰霊歌ウールシャトゥで」


 (・・・・)


 「帰れないといいな、なんて思ったらいけないけど、帰れなくて泣いてないといいな。帰っても、直ぐに戻って来てくれるって、僕には約束してくれたけど・・・」


 悲しげに顔を歪めて、教会シンシャーの中に走り去った少女の姿。エルヴィーは彼女の堪えた涙に、自分と離れることを惜しんでいると確信していた。


 「誓約グランデルーサしとけば良かった。戻って来ないと、絶対に駄目って内容で。駄目か。誓約グランデルーサの相手が天なら、そこに行けなくて片想いが強すぎで終わるよね」


 (・・・・)


 「むしろミギノは優しい子だから、ミギノが帰ってこないと、他の落人オルを呼んで空から落とし続けるよとか、その脅迫ほうが早く戻ってくるかも」


 (・・・・・・・・・)


 「それと十九セルドライ、早くオルディオールに戻りなよ。あんまり長く放置してると、身体、腐るよ」


 (!?)


 〈ミギノと一緒の天へ行こうと、ルルになってても無駄。君程度の繋がりで一緒に行けるなら、僕の方が一緒に行く。絶対に〉


 (・・・・・・・)


 目鼻は無いのに、青い塊に睨まれた気がしたエルヴィーだが、それを鼻で笑って嘲ると神社シンシャーの壁に寄りかかる。そして改めて雲一つない青い空を見上げた。刻が経ち再び横を見下ろすと、隣に転がる青い玉が無くなっている事に気付くが、再び自分の瞳の色よりも濃い青い空を見上げてぽつりと呟いた。



 「ミギノ、本当に、泣いていないといいな・・・」



 〈四十五エルヴィー、お前程度で共に天へ行けるなら、それこそ俺の方が行ける。メイとの絆は、俺の方が強いからな。絶対に〉


 思ったよりも近くに身体を隠していたようだ。エルヴィーにとっての目障りな褐色の肌の男の顔が、不機嫌にガーランド言葉で悪態を吐いた。腰掛けたまましげしげと嘗ての英雄を見上げた青年は、遥か昔に苦手だった男とは、別人の人相に皮肉な笑みを浮かべる。


 〈腐るのやめたの?〉


 〈うるせえぞ。お前、性格、気持ち悪いよな〉


 「そうだね。大体の人とは会話が噛み合わないし、僕の性格を褒めてくれるのは、ミギノだけだからね。きっとあまり善くないんだなって、自覚はあるよ」


 〈もう既に噛み合ってねえし。悪いじゃねえし。気持ち悪いって意味が伝わってねえし〉


 疲れたようにエルヴィーを見下ろしたセルドライは、少し離れてどかりと胡座に座り込む。そして慌てて木によじ登って姿を消した、英霊オルディオールだと決め付けたルルに首を傾げた。


 〈あいつも、まだ居たな〉


 「・・・そうだね。でも当たり前だよね。ミギノよりもオルディオールが先に天に帰る方が、僕には気持ち悪いよ」


 〈そこは気持ち悪いのか?〉


 「ミギノの身体にあれだけ纏わり付いて、彼女との誓約グランデルーサ破棄アスタラ・ビスタして先に帰るなんて、英霊のする事ではないでしょう?」





***


ーーーグルディ・オーサ、魂の眠る森。 

   天上への教会、神樹の間。




 「まあなんだ。ただ、暇だろうと思ってな、様子を見に来てやったんだよ」


 (・・・・)


 「なんとか言え」


 (・・・と言われても、)


 「・・・・いつもは余計な場所で出て来るくせに、俺が呼んで出て来ないとは、これでは会話が成り立たないな」


 苛立ちにうろうろと歩き回る黒髪の少女は、ふと木の傍に置いてある鏡に気付いた。丸い形の美しく磨かれた鏡を台から外すと床に立て掛ける。そして胡座に腕を組むと、鏡の中を見下ろした少女は自分に向かって話し始めた。


 (・・・これ、我が国では神社の一番重要そうな、真ん中のポジションに置かれている、あの丸い鏡に似てるけど、こんな感じで使って良いのかな?バチがあたりそう・・・。え?、当たるのはどっち?ぷるりん?私?、とばっちりじゃない?)


 「まだ、半週あるからな。今更だが、お前の話しを聞いてやるぞ」


 (・・・どうしたの、ぷるりん、なんか、その不自然な気遣いに、かなりの違和感)、

 『ていうかぷるりん、なんで成仏してな・・・あ、出た』


 (・・・・)


 「オルディオール、ここに何で居るのですか?」


 (・・・それはお前、その、)

 

 無言で鏡を見つめる、だが進まない会話に、今度はメイの片方の眉毛が自然と上がり始めた。


 「ああ、そういえば、メアーの奴、あいつは釈放されるらしいぞ」

 (え、メアーさんが!)

 「まあ、出て来たところで、軍に一生飼い殺されるのは決まった事だろうがな」


 (・・・・メアーさん、)


 「それはそうと、お前、天に帰る道が分からない以前は、何かこの場で、やろうと思っていた事はなかったか?」


 (・・・え?)


 「まあ、落人オルという立場上、天上人エ・ローハだの巫女ミスメアリだのは置いておいて、他にやってみたかった職種とか、食ってみたい物とか、欲しかった物とか、」


 (職種、それはやはりパン職人かな?、まあ、心に余裕があれば各地のパン屋の食べ比べなど、この異世界でしてみたかったかもしれない。だがしかし、何故そんなことを聞くの?)


 黒目が眇められ片方の眉毛が再び上がった事に、オルディオールは話を逸らすように豆菓子を掴むと口に放り投げた。


 「ああ、これは美味いな。あまり甘過ぎず、非常食としての栄養価も高い」


 頷きながらもぐもぐと咀嚼する自分の顔、メイは無駄な行動を嫌うオルディオールの意外な一面に更に何かを怪しむ。東ファルドに入ってからは減った彼の口癖、「刻が惜しい」と急かす言葉は今は全く聞くことは無い。


 (不自然・・・「そうだ、お前、求婚者の中に、好みの男は居たのか?」

 『はあ!?、あ、』

 

 不様に驚き間抜けに大口を開ける。咀嚼した豆の欠片が口の端からこぼれ落ち、慌てて手で拭うとメイは顔を赤らめもじもじと鏡から目を逸らした。


 『何なのだ、それを今更何なのだ?・・・・・まあ、でも、今更だから、いいのかな?』


 鏡の前で独り言、端から見れば淋しい光景だがここには自分しか居ないのだ。メイは鏡に向かってもごもごと話し始める。


 「顔が好きなのはメガ、センディオラさん」

 (あ?、今、センディオラって言ったのか?マジか?あいつ、一部から女への扱いが、鬼畜変態だと噂されていたぞ?)


 黒猫の背に乗って、オルディオールはガーランド第三の砦を隈無く探索している。そしてそれには関わる者達の情報収集も兼ねていた。


 (メイ・・・あいつは止めてお「性格が好きなのは十九セルドライ。話しやすい」、

 『かっこエルビーも含める』


 (え?、性格?ああ、そうか、顔がどうとか前置きがあったか。で?、こいつ今、性格の好みに数字持ち並べなかったか?)


 正直、十九セルドライという者の性格はオルディオールにはよく分からない。だが自分の身体を持ち逃げされたことへの、蟠りが無いとは言えない。そしてもう一人の四十五エルヴィーに関しては、人の話を聞かない楽観派、そして底意地の悪い陰湿な面を持ち、反社会的な意識を持つ面倒な者としか思えなかった。


 (それも止めておけ、頼む、)

 「エスフォロスさん、良いお兄さん」


 「それだ。そいつが一番真面だな。ようやく意見が合ったぜ・・・じゃなくて、お前、肝心の婚約者候補が誰一人、居ないじゃないか」 


 (・・・・)

 「・・・・」


 「セブンのベクト、私をお肉と同じに見ている」

 (同意だ)

 「チカン、アリア皇子ガ・ドール、性格が嫌いです」 

 (・・・まあ、確かに、良くはない)

 「フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール、分かりません。全部」

 (そうだな。奴の頭でお前の事は、国家戦略としかないだろう)

 

 「オゥストロさん、」

 (・・・、)


 「一番、好き・・・」


 (・・・・・・・・だな。お前に人を見る目があって、本当に、良かった。俺も同意だ。安心しろよ、現状、お前は奴とは相思相愛って事になっているからな)


 「・・・でも、」


 (?)


 「彼は、ぷるりんオルディオールに。どうぞ」


 (?、なんだ?、どうぞ?、言葉の使い方を間違っているが、分かってるぞ、俺に全てを任せておけ。いざとなったら、奴を使ってお前の安全圏を確保する) 


 自分では無く、オルディオールの不敵な笑いが顔に零れ出た。それにメイは片方の眉を上げたが、慎重に鏡を見つめ直す。


 「オルディオール、ぷるりんは、私の事を好きですか?結婚したくなりますか?」


 普段であれば聞くことは無い。もう会えない事を前提に、メイは本人に聞いてみた。


 「それは無い」


 身体の即答に中身のメイも同意を頷く。だが心は、冷たく突き放された言葉でズキリと傷が付いた。


 「お前は絶対に恋や伴侶の対象ではない」


 (分かってる分かってる。念押しに何回も言わなくても大丈夫。私は相当に繊細な心の持ち主だから。罰ゲームで嘘の告白をする奴らも最低のゴミクズだけど、オブラートにも包まれない鋭利な本音をそれ以上言われると、それもまた人を傷付ける凶器となるのである。恋愛を絡める言葉のやり取りは、慎重にお願いしたいのである)


 「お前は俺と同じもの」


 (?)



 「血族や恋しい者とも違う、

  言葉には表せない、とても大切なものだ」



 



 

 『・・・・ありがとう・・・・』


 




**





 天井付近の明かり取りから射し込む朝日、独りで過ごしていた刻とは異なり、教会シンシャーにオルディオールが訪れてからの半週は、あっという間に過ぎ去った。日を重ねるごとにメイは口数かすくなくなり、そして十日目になる眠れない朝、少女は夜通し木の幹を見つめていたが、終わりを思わせる小さくなる歌声を耳にしながら、毛織り布に包まったままぼんやりと口を開く。



 「ねえ、ぷるりんの国には、神樹ハハキはありますが、『カミサマ』は居ますか?」


 「・・・・お前の言う『カミサマ』が、我々にとっての神樹ハハキ天上エ・ローハの未知なるものを指すのは分かる。異教徒が、過去にただの人物を盲信的に信奉し祭り上げ、暴徒と化し討伐された例もある」


 『・・・・』


 「目に見える種族としての天上人エ・ローハ飛竜シーダ真存在ゴウド。目に見えない種族として、精霊セーレよりも強力な上位の何かが、この世には存在しているのかもしれない」


 『・・・・』


 「だが神樹ハハキも同じ事だが、見えない〔それ〕にしがみつき、畏れ崇拝し、全ての己の意思を委ねるというのなら、俺はこの世で生きている実感が湧かないと思った。だから権力の最たる国家の象徴、国旗を破いて主張したが、それで三年塔に幽閉された」


 『・・・・』


 「イー子供ガキよりも少し毛の生えた年頃だった。無知であったガキが粋がって強がった結果が幽閉だったが、その主張があって今が在る」


 『・・・・』


 「要は、生きてる意味は、自分ではない〔もの〕が決める事ではないという話だ。自分が天に帰る、いや、死ぬ刻に、どう思うかが重要だろう」


 『・・・・』


 「食って美味かった物、友人と出会えた事、好きな女と思い合えた事、一度目はそれを振り返り考える余裕無く身体を失ったが、・・・今、もう一度言おう」


 『・・・・』


 「お前に出会えたお陰で、俺には今が在った」

 

 『・・・ふふ。私もぷるりんに出会えたお陰で、今生きてるね。絶対に、』

  

 (メイ、)


 『でも、今だけ今だけ、〔だれか〕の所為にさせて。ここには居ない、私の国の、見えない神様の所為にさせて』


 ぽろぽろと涙がこぼれ落ち、それは滔々と流れ続ける。歯を食いしばるように嗚咽を飲み込む。声を殺すように肩を震わす。そうやって独りで泣くのがメイの癖だと知っているオルディオールは、少女の両腕で強く身体を抱き締めた。



 「泣け、声に出して、『カミサマ』に届くように、」


 『うぅぐ、ふうぅぐ、ううっ、・・・・うっ、なんで、うっ、なんで私だったの?、神様、仏様、なんで、私だったの?』


 (・・・・)


 『帰りたいよ、皆に会いたいよ、お父さんお母さん、純、マキちゃん、レオレオ・・・っ、』


 (・・・・)





 『なんで神様、なんで私だったのっ!!!』





 (・・・・)




 『助けて、っう、本当に居るなら助けてよ!、ここだよ!!私はここに居るよ!!!お願いだよっ!!、神様だれか!!!誰か、誰でもいいよう、』


 (・・・・)



 『助けてぇっ・・・、

  私、家に、帰りたいよぅ・・・』ーーー






**





 ーーーーーーーーー〈!?〉



 遠く、グルディ・オーサから少し離れた海沿いの森、大獅子セブンは少女の裂かれる様な悲鳴を耳にした。その場所とは別の、飛竜の山脈の上空を舞う鳥族の男も、遠くの森の一点を見つめて肩を竦める。


 朝の身支度に少し離れた小川に下りていたアピーは、振り返り大きな耳を森の奥深くに向けると、全速力で小さな教会シンシャーを目指して走り出した。






***


ーーーグルディ・オーサ、魂の眠る森。

   天上への教会境内裏の森林。



 「・・・分かった。情報ありがとう。でも物になり、陰日向から見守るって大変だね。君が直接ミギノに伝えればいいんじゃないの?きっと褒めてくれるよ」


 「今の私の穢れを、巫女様ミスメアリに移すわけにはいかないので。それに、初めから〔この位置〕の私を、あの方はお褒め下さいました。これ以上は、この身には過分」


 北方で過ごした僅かな日々に、高貴なる黒髪の少女はトラー達〔地の下〕の総称を聞いて嬉しそうに喜び「良い名、私は好きです」と何度も会う度に繰り返していた。


 「我がエスクランザでは、隠されし物という意味の[サクラ]は、あの方の国、天では美しい花の名なのだと、そうおっしゃって頂いた。私は、この心の穢れが消えるまで〔陰の位置サクラ〕のままお守りする」


 「そう・・・。相変わらず大変だね」


 「そういえば、我が国の言葉では、神殿への貢ぎ物を〔オラ〕と呼ぶのですが、」


 「貢ぎ物?なんだか、物騒な言葉だね」


 その言葉を誰かに当てはめて、エルヴィーの硬くなった表情にトラーは顔当て布の中で薄く笑う。


 「それがこの東側では言葉が訛り、落人オルとなったと初めは思っていました。ですがエミー・オーラにより、オルディオール殿の名を利用して落人オルと称したとの言葉で、私の思い違いであったと分かりました」


 「そうだったね。エミーはそんなこと、言ってたかもね」

 

 「ですがもう一つ、我が国でも〔オル〕という言葉があります。それはどうにも、東側の天上人エ・ローハである落人オルとは当てはまらないので、あえて今までは口に出しませんでしたが、」


 「なんなのトラー?、謎かけは刻が無いよ」  


 貢ぎ物という物騒な言葉から始まったが興味の薄れた話題。だが直ぐに終わらず、もったいぶるように続いた苛立ちにエルヴィーは眉根を寄せた。そのエルヴィーに陰のように近寄る神官は去り際に、耳元にエスクランザ言葉の意味を落とす。短い言葉に「え?」と、振り返ったエルヴィーは、珍しく目だけでも笑っていると分かるトラーを瞬間に見た。


 「確かに、それは落人オルには当てはまらないね」


 木々の間に滑り込む神官騎士の背中、それを見送ったエルヴィーは、見上げた教会シンシャーに微笑んだ。 


 「でもあの子には、なんだか当てはまる意味かも」





**


 



 外れない強い力の両腕は自分の身体を抱きしめて、それがオルディオールなのだと理解出来ると、少しずつ嗚咽の回数が減ってくる。自分では動かせない両腕に、流れ続ける涙と鼻水を拭えない。そんな顔と鏡で目が合い、メイは突然ブフッと吹き出した。


 「おい、」


 ブフッ、ブスッと笑う度に鼻水が出てしまう。それを止められないジレンマに、笑うことを我慢した憐れな自分の顔で更に笑い吹き出した。肩を揺らし、涙も鼻水もそのままに一頻り笑うといつの間にか解かれていた両腕で顔を拭う。


 『うける、私。鼻水、プフッ、』


 泣きはらしたつり目の黒い瞳たが、すっきりとしたメイの表情は、鏡の中のオルディオールに向かう。


 

 『帰れなかったね。そして、ぷるりんも、ここに居るって事は、成仏出来なかったのかな?』

 (・・・・メイ、)

 『まさか、帰れなかった私のせいじゃないよね?』

 (・・・・落ち着いたか?)


 『ねえぷるりん、誓約グランふふーんさ、しようか』


 (ん?・・・誓約グランデルーサって言わなかったか?今、)


 「ぷるりん、私、欲しい物があります」


 (誓約グランデルーサの話が飛んだが、まあいい。何だ?言って見ろ) 


 「帰る場所が欲しいです、この世界で」


 「帰る場所・・・、」


 五十年前に、オルディオールはミルリーの待つ温かいトライドの家に帰りたかった。それは叶わなかったが、彼女の眠る場所に帰り祈ることは出来た。そう考えると、空から落ちてきた芽依には、この世に帰る場所が定まっていない事に気付く。


 「家か、」


 「旅行にも行きたいです」、

 『どうせなら本当の旅行。言葉も大体覚えたし。せっかくだからバケイション。争いのない気楽な旅路。お金が足りなくなれば道中バイトもしながらで』


 頬は紅潮し、強く頷いた少女の泣き笑いの顔。それにオルディオールも強く頷き返した。叶わなかった最大の願い事を、届きそうな目標にメイは前向きに切り替えたのだ。この世界で生きていく為に。


 「お前が行きたい旅か。確かに、今までは全て俺の都合だったからな。いいぞ。付き合ってやる。それに帰る場所が定まらない旅は、彷徨う様で不安だというのも同意だ。ならばまずは、定住先を探す旅にでもするか?」


 『イイね!』


 「それがお前の国の了解シエルか?、たまに突然口走るよな。それ、」


 『シエル?了解?ダンケシェール?あ、なんか違った。何だっけ?まざるまざる』


 「それはエスクランザの[了解ダンケ]だろ、」


 『確かに我が国の了解は、ある意味〔イイね!〕かもしれません。イイね!、プラス的に話しを受け流すのに丁度良いさじ加減イイね。そしてイイね!してしまえば、それ以外の余計なコメントは差し控えられる手軽さもイイね』


 「イイネ・・・」


 『イイね!』、〈了解ダーラ!〉、

 『あ、ダーラって言えば、思い出した』、

 「私は十九セルドライと、旅行の約束をしています」


 「あ?、十九セルドライ?」


 眉間に皺が寄り声が低くなった。そんな自分を見つめる黒目は、十九セルドライに身体を奪われ逃げられたのは、目の前のオルディオールだったと今更ながら思い出す。


 『空気読み間違えた?ミス・テイクしたの私?』


 「・・・まあ、そうだな。結局は、あいつは俺の身体を使っているわけだ。もしかするともう天に帰ったかもしれないし、残っていても、それは俺の身体だから、お前は俺の身体とは行動しなくていい。お前は俺と旅をしているので、問題ない」


 『・・・え?、ごめん、よく分からなかった。意味が。翻訳出来なかったよ。もう一度、ぷるりんリピート・プリーズ・ミー?、あ、違うな今のも。リピートのプリーズは私じゃなくて「それはそうと、さっきの誓約グランデルーサの話は何な「ねえ、そろそろ出発しないと、なんか外が動き始めたみたいだよ」


 「『!?』」  


 いつの間にか背後に、朝日を逆行に浴びた青年が立っている。自分達以外に人が居ないと思っていた黒髪の少女は、跳ね上がって壁際まで後退した。


 「お前、エルヴィー!?、勝手に入って来るんじゃねえよ!!ここを何処だと思ってんだ!!」


 「オルディオール、君には話してないんだよ。」

 「何だと?そもそもお前「なんかね、ファルドの方からもいっぱい人が来るよ!」

 

 エルヴィーの背後、薄暗い室内に転がり込む獣族の少女。遮られ続ける言葉に苛立ったが、聞き逃せない内容に目を見開く。


 「アピー?、待て、今何て言った?ファルド?」


 (二人とも、ここ神社の中だから。土足厳禁だから、靴、靴、テイクオフ、テイクオフ、シューズ・プリーズ!・・・関係ないけど、テイク出現率高くない?我が星共通魔法の言葉、そもそもテイクって、なんて動詞だったっけ?あれ?、そもそも動詞だったっけ?ビーに依存してテイキングになっちゃうのって、このテイクだったっけ?・・・待てよ、その前に、ミステイクのテイクって、ミスとテイクじゃなくて、ミステイクという独立タイプなんじゃないの?)


 雰囲気的に最奥の神樹ハハキの周辺だけは、床を拭いて靴を脱いで過ごしていたのはメイだけである。だが少女の身の内の願いも虚しく、アピーの身形は乱れていて足には泥土まで付いていた。


 (テイクに話を逸らされたけど、アピーちゃんが、しばらく見ない間に、野生に帰化している、)


 「トラーさんがね、北西が抜け道だよって、さっき教えてくれたの。じゃないとね、ミギノが捕まっちゃうよって、」


 (え?、ミギノって私だよ?何で捕まるの?)


 中身のメイはアピーの言葉に焦り注目するが、身体は冷静に顎に手を当て想定内だと呟いた。


 「慰霊祭コゥホーンが終わる夜まで動かないと思ったが、意外に早かったな」

 「エスクランザは秘密裏にミギノを運ぶつもりだったみたいだけどね。さっき泣いちゃった声が帰れなかったんだって、各地の耳の良い人達に拾われたみたいだよ。僕もそれ、トラーから聞いたんだ」

 (・・・泣いちゃった・・・?私の、え!?)

 「ガーランドのハインと、ファルドの第八師団か」

 「天に帰れなかった巫女ミスメアリ、平和の象徴であるミギノを欲する各国は、それぞれが我が国の巫女ものだと迎えに来るって」

 「迎えに来て、そして国に連れ帰ったら、自国の奥に連れ込んで、自由に外に出る事も禁ずるだろう」

 「そしたらまた、戦争もめるかな」

 「確実に、こいつの願う、旅行どころではなくなるな」

 (泣いちゃったの、聞かれちゃったの?恥ずかしいんだけど)、

 『ケモミミ盗聴器アピーシリーズが、この辺を彷徨いていたの?よく考えなくても、ここ森じゃん。いっぱいそうじゃん、え?』


 「・・・・」

 「ケモミミトウチョウキ、アピーシリーズ?」


 いつの間にか入れ替わり、口を手で塞いで慌てるメイを、エルヴィーとアピーが但ならぬ雰囲気で見下ろしている。それに動揺したメイだが、不穏な表情とは違うエルヴィーの緊張感の無い質問に肩の力を抜いた。

  

 「ミギノ、旅行に行きたいの?」 


 メイと旅行に行くのだと、十九セルドライに自慢されたばかりのエルヴィーは、冷めた心で小さな少女を見下ろしているが本人は胸をなで下ろし肯定に何度も何度も頷いている。


 「旅行」、

 『フウテンのフリー・スピリット・タイガーの称号には、レベルが足りないし現実問題としてリスクが大きすぎる。でも次の挑戦チャンスで我が国に帰ったら、異世界旅行自慢をしたいので、そのために、まずは地味な食べ歩き異世界旅行を計画中です』


 何を言っているかは分からないが、強いメイの意思を感じたエルヴィーは、そこに十九セルドライの名が出なかった事に軽く頷く。そしてその横では、遠くから聞こえる不穏な足音に耳を澄ませていたアピーが、急かすようにメイに飛び付いた。


 「ミギノ、準備を早くして、森への足音が増えてるよ、持っていく物はどれ?アピーが用意してあげる」

 

 「よし、じゃあ、急いでください。誓約グランふふーんさしますよ!」

 

 「「え?」」


 少女を狙う者達が迫る中、緊張感無くにんまりと笑うメイに首を傾げるアピー。それを訝しむエルヴィーは、中身のオルディオールに文句を言おうと思ったが、素早く長くもない腕が差し出された。


 「こうですか?誓約グランふふーんさ?」、

 『確か腕を交差させて、あのウェディング的な言葉を言うだけだよね?』


 「ミギノ、駄目だよ、誓約グランデルーサなんて、」


 「大丈夫です。これは新しい誓約グランふふーんさ。仕切り直しに皆でやりましょう。腕を出して下さい」


 (・・・このガキ、何を言い出すと思ったら)


 「これは約束です。皆で幸せになるために、新しい誓約グランふふーんさです」


 「皆で幸せになる・・・?」


 「アピーもする!!」

 

 「違っても天は落ちない。死で皆を別れない」


 (・・・・)


 「・・・そうか、幸せに、か。良いね。その誓い」


 メイの腕に重ねられたアピーの腕、そしてその上にエルヴィーの腕が交差する。



 「アピーちゃん、エルビー、ぷるオルディオール」、

 『健やかなる時も、病める時も、皆が自分の家に帰るその時まで、共に楽しく明るく傍に居ることを、誓いますか?』


 (((・・・・)))


 まるで子供が夕暮れまで、仲良く遊ぶ事を保護者に誓わされた様な約束事。すらすらと流れ出る異世界言葉に、少女を注目して見つめるアピーとエルヴィーは「繰り返す」と言われた言葉を素直に復唱した。


 『チ・カ・イ・マ・ス』


 「ちかいます!」


 「チカイ・マ・ス?」


 『誓います』


 最後に意味を捉えた言葉が、メイの口から零れ出た。だがそれは、メイでは無く彼女に取り憑く英霊の誓い。


 ーーー『!?』


 騒がしく気温が上がった室内に、突然涼しげな風がどこからともなく舞い込んだ。清涼感のある風は、メイ達を通過して神樹ハハキを巡り駆け昇る。葉を散らして隙間から吹き抜けた風を見送ったメイは、十日間祈り続けても、何も変化の無かった大木を見上げて口を強く引き結んだ。目線を下げると、木の幹に立て掛けた丸い鏡に映る自分と目が合う。そして『そうだ』と呟き、涙を誤魔化して急いで鏡を覗き込んだ。

 

 『ぷるりんとの、最初の誓約グランふふーんさは、まあいいか、なのかな?いいのかな?あ、そうか、帰り道、見つからなかったから契約継続更新?それとも、今の新しいプランにお乗りかえしたことになったの?』

 

 (・・・・)


 『分かった。お乗りかえ契約更新、完了しちゃうからね。満期にならないと、解約手数料、高いんだからね』


 「もう充分、言いたいことは言ったか?お前の走り方は実益を伴わないから、ここから森を脱けるまで、漏れ出て来るなよ」


 (・・・了解ダーラ


 急ぎ走り外に向かうが、正面の扉から出ることをエルヴィーに止められる。小さく鳴いたアピーを振り返ると、左手の水場の隅に穴が空いていた。


 「お前が壊したのか?神殿なのに、相変わらず最低だな」

 「違うよ。君が壊したんだよ。最低なのは、いつでも君だよ黒蛇オウ・ローダオルディオール」

 「はあ?、あ?・・・まさか、奴が来てるのか?」

 「そうだよ。彼はファルドの足止めに刻を稼いでくれるって。ガーランドの方は、鳥族の彼と大獅子セブンの彼が相手をするみたい」


 「・・・ちょっとした、戦争にならないか?、」


 「エスクランザはトラーに任せてある。だから急ぐよ」

 


 


***


ーーーグルディ・オーサ、魂の眠る森。

   南方、聖なる泉の畔。




 [ガーランドのハインとファルドのテノに、気付かれました。巫女ミスメアリ様を迎えると、皇帝アレウス自身が第一師団を動かしたようです]


 [第一師団?、まるで戦争でもする勢いだね。まだ聖なる慰霊祭コゥホーンは終わっていないのにね]


 森に建てられた天幕の中、表情も声色も平常のままの女官長テララの報告に、笑うアリアは神官服の正装に身を包んで優雅にお茶を飲む。


 [ではガーランドがファルドと揉めている間に、僕たちは役目が終わったと帰国すればいい。彼らが到着する頃には、メイ様はもうこの森には居ないのだし、ガーランドには巫女ミスメアリ様は、無事に天に帰ったと押し通せ]


 神聖なグルディ・オーサの森、そしてファルドは軍を動かしても、独立したトライド国が武装した騎士団を易々とは領土に入れる事は無い。更に森に到着しても、そこから先はガーランド竜王国が同盟国を護るため、竜騎士を森に配置している。天上への教会シンシャーまでは、急いでも夕刻を過ぎるだろう。


 [ファルド軍よりも、森に駐留している竜騎士は、大丈夫でしょうか?]


 [諜報ハインが何を言おうと、ガーランドには天に関する知識が無い。メイ様を連れ出した後に、教会シンシャー内部を公開すれば、証拠は無いで済むだろう]


 アリアに拝礼したテララ女官長が、新しいお茶を用意しようと天幕を退出しようと下がると、入れ替わりに慌ただしく少年騎士が飛び込んで来た。 


 [皇子ガ・ドール巫女ミスメアリ様の姿がありません!!]


 [どういうこと?トラーが付いているだろう?]


 [それが、神官長ナーギの姿も見当たりません、]

 

 蒼白になったテハの顔。物とされ、居並ぶ護衛神官達も、気配を殺さず動揺に揺らぎ蠢く。だが少年の報告を聞いたアリアは、ある言葉を思い出した。


 [・・・・、そう、そういう事か]


 永き別れを告げに来たトラーの真意。それはエスクランザに向かうメイとの別れではなく、アリアとエスクランザへの別れの挨拶だったのだ。部下の離反をため息に額を抑えたアリアは、深く腰掛けた椅子の背にもたれて、もう誰も居ない泉の向こう側の教会シンシャーを眺めた。


 [いかがなさいますか?]


 [・・・予定通り、戻るよ。ただし行き先はガーランド、第三の砦だけどね]


 [ガーランドへ?、本国ではなくですか?]


 [お前たちならわかるだろう?、メイ様と共にの帰郷でなければ、今の僕の力では兄上の派閥に勝てないよ。・・・はあ。もう暫く、僕はガーランドで遊んでいるから、その間に、早くメイ様を見つけてきてね]


 [!?、皇子ガ・ドール、?、]


 [・・・はぁ。ガーランドかぁ、竜臭いんだよね。はぁ。]


 [・・・・皇子ガ・ドール、]


 溜め息を続け様に吐きながら、小さな美しい教会シンシャーを眺めていたアリアは、ふと思い出した内容に口の端を上げる。テハは恐る恐る顔を見上げ、同じく困った表情で立ち竦んだままのテララを振り返った。


 [天から我々に下賜されし贈答品オラ。その言葉を罪人エトゥがこの東側に広めた。それがいつしか落人オルへと変化したのかと思って聞き流していたが、エミー・オーラの造語だった]


 [東側の落人オルとは、確かオルディオール殿の名が由来だと。天上人エ・ローハを落人などと、初めて意味を聞いた刻は、東側の愚かさに心が裂かれる思いでしたが、]


 [けれど我が国の〔オル〕の意味は違う。別の国で言葉が重なる不思議な縁。それもメイ様とオルディオール殿が、初めから関わる縁のようで面白いと思わないかい?、だから〔オル〕と呼ばれるメイ様に、関わった僕も縁がある。きっと、直ぐにこの手に戻ってくるよ]


 [・・・・はい。必ず]



 [彼女は、我が国では、オルだからね]




***


ーーーグルディ・オーサ領、

   西海岸に向かう森の小路。




 「ナーン!」


 『やっぱりね。君は玉を持っていると、直ぐに分かるんだね』


 ガーランド竜騎士が集うグルディ・オーサの森の中。早朝に小さな神殿から抜け出した三人は、獣族の少女の案内で誰にも見つからず無事にグルディ・オーサの森を出る事が出来た。その道中に、いつの間にか現れていた黒猫は、メイの衣服の不自然な丸みを見上げて頭を足に擦り付けてくる。それにメイは黒目を眇めた。


 「ぷるりん、良かったですね」

 (・・・俺の副隊長だからな)

 『・・・そういえばね、ぷるりん、仕切り直したから、やっぱりぷるりんの事はぷるりんて、呼ぶことにしたからね、ぷるりん』

 (・・・ところどころ分からんが、)

 『オルディオール、長いからね。ぷるりん。いいよね?虐めじゃないよね。ぷるりん。呼びやすいんだよ。愛称だよ。愛嬌だよね、ぷるりん』

 (どうでもいい。好きに呼べ、)


 その少女の背後で世界地図を片手に歩くエルヴィーは、各地で仕入れた地図を見比べ頭を捻る。


 「ミギノが安心して暮らせる場所かぁ・・・。今のところ、僕には南方の港町しか思い浮かばないなぁ。あそこなら、ファルドもエスクランザも簡単には軍を入れられないからね。もちろんガーランドも。竜だって普通は入れないんだから」


 「アピーも行ってみたいな。この前は、エスフォロスさんに行くなって言われたけど、アピーはもう、つがいを決めているから行ってもいいよね」


 「・・・つがい?、アピー、君って、意外と大人だったんだね・・・」


 「じゃあ南方に出っぱフガッ!」

 「ナーン!!!」


 行き先は決定したと、勢いよく片腕を上げたメイの口元に、飛び出た青い玉はべちりとぶつかる。目聡く全てを見ていた黒猫は目を輝かせたが、既に玉は原型無く口に飲み込まれてしまった。 


 「はぁ。能無しエルヴィーだな。危険な真存在ゴウドが彷徨く南方大陸に、無力なガキどもを二匹連れて、のこのこ餌を与えに行くのか?少しは、頭を使え」


 「・・・オルディオール。前にも言ったけど、本当に、ミギノの身体から出てってくれないかな。ぷるりん」


 「二度と〔それ〕を口にするな。そしてお前とトラーだけでは、絶対にメイもアピーも護れない。早々に、新しい誓約グランデルーサ破棄アスタラ・ビスタしてんじゃねえぞ。破棄アスタラ・ビスタ常習者が」


 「・・・ミギノ、それを吐き出して。今すぐ」


 (え、無理だけど、なんだかエルビーが怖い顔をしてるけど)、

 『ていうか、今、トラーさんて言わなかった?』


 きょろきょろと辺りを見回しても周囲は森に囲まれて、トラーの姿は何処にも見当たらない。


 「そうだ。そういえば、エスクランザより西は未開となっているな」

 「西方レレントかあ・・・。僕も興味あるよ。東側の戦争の気配を嫌って、永く永く他の大陸との交流を避けているみたいだよね」

 「北方セウスよりも遠く、人が居るかも謎とされているが、柵が無いには違いない」

 

 「アピーはいいの?東側、ファルドから離れても」


 外套を浅く被ったアピーの前髪は、花形の髪飾りが輝いている。道中に目聡いメイに見つけられ、「可愛い」と褒められたアピーは、顔が見える位置まで外套をずらす勇気を持った。


 「大丈夫!つがいってね、心が繋がっているのよ!ね!ミギノ」


 『!?』、

 「そうだよ。大丈夫・・・」


 経験の無い恋心を、自分よりも幼い少女に諭された。メイは流れで相づちを打つが、エルヴィーの薄青色の瞳から逃げるように目を逸らす。


 「ならば目指すは西方レレント、メイ、ここからはお前の旅の始まりだ」


 口から抜け出た青いものは、メイの肩でくるりと丸まる。それを見た黒猫は、甘えるように目を輝かせて一声鳴いた。


 『西に行くには、私を黒い猿ポジションだとしても河童が足りず、好色な豚に当てはめる人が居ない。そしてアピーちゃんを犬だとすると鬼退治感が増すけど、残念ながら鳥男もここには居ない。難しい。黒猫がチームに居るので、やっぱりチーム名は魔女のアレにしとく?』


 「ミギノ、何言ってるの?今、クァモンの事とスアハの事と、フェオの事言ったよね?」


 誰にも気付かれないはずの母国語の独り言の指摘にドキリと見上げると、青年の穏やかな顔に陰が射し威圧感が宿っている。


 「エミーへの愛と僕の数字はもう消えたし、ここから先は、保護者じゃないからね」


 (え・・・、エルビーの独立宣言?じゃなかった、私が自立を促されたのか?)


 不穏な青年の美しい笑顔。それを真摯に受け止めて、自分の自立を決意にメイは仕切り直して前を向く。ちょうど森の終わりに、故郷よりも更に碧い海が現れた。


 「先ずはガーランドで、西大陸の情報を集めよう」

 「ドキドキするね、アピー、なんか、楽しい」

 (浮かれているな。俺たちは手配されてるぞ)

 「ナーン!」


 同じ様で全てが違う世界の風景。メイは、今までは見なかった事にしていた異世界を、ようやく受け入れて大地を踏みしめた。




 「行こう!」




 異世界旅行は今日から始まる。




本編完結いたしました。

長くなりましたが、ここまでのお付き合い有難うございます!

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