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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天へ帰る歌~オーラ公国
213/221

24 明暗 24


 オーラ城から北東の中には教会シンシャーがある。古びた木の小屋に見えるその建物の床には、不気味な赤い円陣が描かれていた。そこに散らばる肉塊の横には青い玉が一つ転がっている。手入れの行き届いていない木の小屋の屋根には穴が空き、青黒い空には大きな星が浮かんでいた。


 刻が過ぎて青い星の光が玉を照らすと、ふるりと震えて動き始める。てんてんと肉塊の置かれた円陣の周りを飛び回った青い玉は、空に聞こえた大きな羽音に驚いて物影に身を潜めた。



 〈あったぞ、本当に、〉

 〈運び出せ〉



 (・・・・)


 慌ただしく踏み込んできた大きな足音は、同じ様に慌ただしく去っていく。静まり返った小屋の中、青い光に照らされた青い玉は円陣の周りをてんてんと跳ねていたが、朝日が昇る前に森の中に転がり込むと、もう何も無い小屋には戻っては来なかった。









******









 ぽとりと通路に落ちた青い玉の一つが、私を見上げて傾いた様な気がした。


 『ぷるりん?』


 ぴょんと飛びつかれて口元ににじり寄る。だがそれを大きな手が掴んで廊下の奥に放り投げた。ペチャリと窓ガラスに当たり、割れた卵のように広がるが、くるくる丸まり丸い玉にもどっていく。


 [ちょっと、今の、英霊殿かもしれなかっただろ?]


 〈絶対違います。オルディオール殿はもう少し、中身の光ってるヤツが多いです〉


 [よく見てるね。なら君が探してきてよ]

 〈無理ですよ。量的に〉


 仮定ぷるりんを投げた弟はチカンと言い争いをしていたが、彼の口には私の手作りマスクが巻かれている。


 「これ、役に立つわ。あいつら、身体欲しがって、すぐに口に入って来ようとするからな。アラフィアと俺しか持ってないから、皆羨ましがってる」


 ひらひらと黒い布を指で煽る弟は、マスクの利便性を語り私の頭をポンと叩いて歩き去った。


 「身体、欲しがる?」


 意味深なワードに首を傾げる私だが、それにチカンがこくりと頷く。


 「大丈夫。このルルはもう殆ど魔素アルケウスが無いからね。身体を探して纏わり付くけれど、人に取り憑く程の力は無いんだ」


 「これ、何で多いんですか?」


 「天竜、飛竜の身体に入れられた大量のルルだよ。袋に詰めてトライドまで竜騎士が運んでくれたんだ。血に塗れた彼等を、そのまま天に帰すのはよくないって、オゥストロ殿が言ってくれてね。それには僕も賛成だよ。彼はたまに真面な事を言うよね」

 

 「で、洗ったルルを儀式までこの最上階に放してあるんだ。窓が多くて陽当たりが良いからね。そしたら皆同じ色でしょう、どこに『ぷるりん』が居るのか、僕達には分かんないんだよね」


 「え?今、エルビー、『ぷるりん』と言いますか?あれはオルディオールです」


 「だってミギノはあいつのこと『ぷるりん』て呼ぶよね。僕もそうすることにしたんだ」

 

 『・・・やばいコレ、私のせい?そしてなんか、エルビーから強い主張を感じる。でも〔ぷるりん〕を普及させるのはヤバいな』


 まさかここに来て、我が国のあだ名セーフティーガードに綻びが生じるとは思っていなかった。本人が嫌がるあだ名は善くないのである。


 (言われた本人が嫌がれば、それは虐めと同じなのだから、)


 ぷるりんオルディオールには、実は『ぷるりん』呼びについてクレームを貰ったのだ。それに配慮して『ぷるりん』を控えようと思っていた矢先に、まさかのエルビーによる『ぷるりん』推奨宣言。


 マズイ。イジメ・ダメ・・・。

 虐めてないと思っても、受取手が虐め領収書にハンコを押してしまったら、それは受領されてしまうのだ。


 (何故ここで、何故ここに来て、今さら『ぷるりん』)


 〈やっぱり、寝てるミギノの頭の上に乗っていたやつ、捕まえて箱に入れておけばよかったね〉


 『それは、・・・虫と同じ扱いだね・・・』


 本人が、嫌がるあだ名呼びに加えて、影で虫扱い。第三者委員会から見れば、これは間違いなく『黒』である。



 『イジメとアダナは匙加減が難しい・・・いや、また、匙加減の話に戻るの?駄目だよ駄目。本人が嫌がるなら〔ぷるりん〕は、もう駄目、』




***


ーーートライド王国、新診療所、特別室。



 

 (全治二ヵ月か・・・。生きていて良かったぞ)


 寝台の横に水杯が置かれた棚の上。精悍な顔や身体に傷当て布を巻かれたフロウを見下ろしていたオルディオールは、軍医の診断書を確認して再び顔を覗き込む。すると真っ青な瞳が薄く開き、棚からこぼれ落ちそうな青い塊を緩やかに追った。


 「・・・・英霊殿か」


 (・・・・)


 「イエール・トル・アレとは、嘗てのトライドの将軍の名だと、部下から聞いた」


 (・・・・)


 「エミー・オーラは甘かった。炎に焼かれても動ける魔戦士デルドバルを、造ったと言いたかったのだろうが、切り刻まれれば動けない」


 気怠げに話し始めたが、フロウの瞳はオルディオールを見つめ視線は揺れる事は無い。


 「例えそれが友人であろうと、躊躇う事はしなかった。そうでなければ、騎士団長などという、人を背負う立場を受け入れはしない」


 (・・・・)


 アリアに魔石で炎を投じられた。エミー・オーラの目論見は失敗し、既に手足を切り落とされた魔戦士デルドバルは灼かれても戦う事は叶わなかった。そしてトライド王国の英霊を封じた紫の魔石、それと共に炎に浄化された身体だが、解剖しても砕けた魔石からもルルは出ては来なかったという。その報告を受けたフロウは、共闘したオルディオールに告げる言葉を途中から、まるで自分に言い聞かせる様に呟いていた。


 「数字持ち、彼のルルは天へ帰れるのだろうか、」


 思いを全て吐き出した、フロウの瞳は閉じている。開いた窓から心地よい風が室内に流れ込み、眠りに落ちた男の金の髪を揺らした。


 (・・・・)


 オルディオールの知る友人のイエールは、戦闘で他人に助けを求める人物ではない。その男が苦しみ藻掻いた叫びが今も耳に残っている。友人を苦しめた元凶である女は腕だけ残して消えたのだが、彼女の死を聞かされてもオルディオールの心に落とされた鉛が消える事は今もなかった。

  




 

***


ーーートライド王国、新診療所、最上階。





 〈ねえー、メイってー、誰が一番先に見つけたの?、無表情のお兄さん?〉


 「・・・僕じゃ無いよ。僕より先に、トラーがミギノの後ろに居たもの」


 〈え、やっぱりフンドシか・・・、でもフンドシのお兄さんは決闘デートに参加してないからな、でもでも食べておいた方がいいかな・・・どうしよう〉


 「あれ?、一番がトラーかと言われると、それより先にミギノはあいつと一緒に居たんだよね」


 〈あいつと?あいつって、誰?ヴェクトじゃないよね、フェオでもないし、黒いブサイクの友達?〉

 

 「え?今、黒い不細工って言った?聞いたことあるような無いような、何だっけ?聞き間違いかな、ブサイク?」


 「黒竜の事だよ。そのイーの子供、口が悪いからね」


 〈性格の悪いお兄さんには言われたくないよ!〉


 「ほらね。僕のこと、性格が悪いなんて言うのは、イーだけだから」


 ヴヴヴヴヴヴヴ・・・・〈で、誰?〉


 「僕の嫌いな、オルディオール。」


 〈え?、オルディオール?、オルディオールが一番だったの?〉


 「そうだね。ミギノはオルディオールと一緒にオーラ城に来たって、他の皆も騒いでた。邪魔だよね、オルディオール。過去の遺物のくせに」


 自分もその一人であるのだが、エルヴィーは苛立ちを隠さずに表情にも表した。それを訝しみ見つめていたアリアだが、魚族の少年は納得にうんうんと頷く。


 〈なんだ、オルディオールかぁ。なら、意味ないよね。メイの保護者が出て来たのなら、中断だよね。この競争はやり直しだね〉

 

 嬉しそうに微笑み、少女がルルと戯れる廊下の奥に走って行く。魚族の少年をため息で見送ったアリアは、少女を見守る影に気付いてエルヴィーを見た。

  


 「トラーから、君に世話になったと聞いたよ」



 「世話なんかしていないよ。オーラでの事なら、僕が動けなくなった後に、ミギノを宜しくねって彼にお願いしただけだよ?」





 叩かれた肩に揺らいだトラーは、いつの間にか背後に佇んでいたエルヴィーを振り返る。


 「どうしたの?、なんだか顔色が悪いね」


 少女を追って単独行動をしていたトラーだが、以前の落ち着いた神官騎士の面影は無く、破落戸よりも殺伐とした近寄りがたい雰囲気を身に纏っている。それを「顔色が悪いね」と表現したエルヴィーは、上等な聖衣に古い血糊が飛んだままの神官の目線の先を追った。


 [・・・・]


 「ああ、あれ?、確かに、気分が悪いね。ミギノが無事で良かったけど、隣に立つオルディオールは必要無いよね」


 「オルディオール?、・・・そうか、そうですね、クレイオルではありません、姿が違います。彼は、英霊殿だったのですか?」


 「英霊かと言われると、中身は違うよ。ほら、前にファルドで死んだ魔戦士デルドバルが居たよね、痩せた彼。あの十九セルドライだよ。・・・君、本当に少し休んだ方がいいんじゃない?」


 「お気遣いは無用です。私は物として接して下さい」


 「物、ねえ。でも物が、誰を殺したがってるの?」


 「・・・害となるもの、全てです」


 誰の害になるかを言わなかった。トラーの唯ならぬ様子にそこを深読みしたエルヴィーは、今の彼を危険だと判断する。


 「そう、まあでも、そんな顔をしていたらミギノは怖がるよ。君、物だとは到底思えない、殺気が漏れすぎているからね」


 [!]


 「もう行くよ。落ち着いてからミギノに会いなよ。そうだトラー、この先、僕が動けなくなったら、護衛頭の君がミギノを連れて城から逃げてね。頼んだよ」



 [・・・・・・・・]





 「そういえば、彼、あれから見てないけど」


 「常に傍に居るよ。でもきっと、君に言われた指摘、まだ〔物〕と成りきれないんだろうね。だからメイ様に会う事が出来ないんだって」


 「・・・エスクランザは大変だね。そんな重たい内容で言ったんじゃなかったんだけど」


 「そうだね。物としては君も以前は素質があったけど、今は少し変わってしまったみたいだ。残念だよ」


 話を逸らされ〔物〕に向いてると言われたエルヴィーは、無意識に無表情にアリアを見つめたが、直ぐ爽やかに笑って見せた。



 「僕は今、生きてここに居るからね」  



 そう言い残してエルヴィーは歩き去る。黒髪の少女とスアハが屈み込んでいるのは、青い玉を並べている陽の当たる窓辺。それを見て微笑んだ青年は、覗き込んだ青い玉の整列に首を傾げて階段を降りていった。対称的な表情で離れた物影から見守る男に目を移したアリアは、自分と同じものを見ていた少年騎士を振り返る。


 [トラーに対する罰が重すぎるか?]


 [いえ]


 ーー天上人の巫女様の生涯の護りとなり生きよ。


 ーー自らの意思で北方の地を踏むことを禁じる。



 少女を攫われ失った罪により、その身の穢れが晴れるまで、エスクランザの地を踏むことは許さない。それをメイを救えなかった罰とする、とアリアは言った。


 [この上なく、温情かと思います]


 そう言ったが悲しむ表情のテハに、アリアは元々トラーを東に置くつもりだったと告げた。


 [エトゥの巫女シストを、追うなと言ったはずなのにね]


 [それは、どういう意味かと、お聞きしても、]

 

 [構わないよ。エトゥとは、遥か以前の天上エ・ローハ巫女様ミスメアリを傷付けた巫女シストの事だよ]


 [はい、そして巫女様ミスメアリを惑わせた、白兎アルスニークルスと共に、東へ流刑になったと学びました。それとトラー神官に関わる事が?]

 

 [・・・・兄上に仕えていたお前より、あれとは付き合いが長い。長年見てきて思ったけど、あの者は自分の内面と向き合う事に不器用で、本来感情を圧し殺す事に向いていない性質だと思う]

 

 [っ、・・・・]


 エスクランザ神官騎士の中では、誰しもが認めるトラーの実力。それを簡単に否定したアリアに、背後に控えるテハは身動ぎ狼狽える。


 [エスクランザに居た頃、罪人を積極的に処罰する事で、情無く穢れを受け王宮守護長の上位に居たけれど、僕は罪人への苛烈な罰は、トラーの本性なのだと思っていた]


 [本性、ですか?]


 誰しもが人の処刑、血に穢れる事を忌避する。それを情無く行えたトラーは、他の神官が躊躇う中、代わりに身が汚れる事を引き受けていた。それを尊い自己犠牲と思うテハは、主の言葉に訝しむ。


 [それを本人も理解して、物たる事を忘れぬ様に聖布を異国でも顔から外したくないのだと、そう思ったから下らない理由の申し出を許可したんだ。けどメイ様と共に居るトラーは、お前に心配されるほど、頼り無く不安定な〔人〕に見えたみたいだよね]


 [!!、申し訳、ありません!!!]


 尊敬している上官トラーを、いつの間にか心配していた。エスクランザではあり得ない自分の思いを指摘され、行き過ぎたと膝を折り許しを請う少年騎士をアリアは流し見る。


 [良いんだよ。それが僕が、お前達神官騎士に、この異国で顔当てで隠すなと言った理由の一つなのだから。・・・立ちなさい。高位の神官であるお前が、無闇に異国で膝をつくな]


 [・・・?、も、申し訳ありません、]


 〔物〕として主に尽くす矜持と、それを異国では否定する主。混乱にまた悲しげな顔をしたテハを見てアリアは笑ったが、離れた場所に佇む男を再び見るとため息を吐いた。


 [・・・トラーに関しては、メイ様へ募るだろう思いを、封じ込めるのにも役立つと思ったのにね]


 [?、?、]


 エルヴィーに指摘されて制御出来ない自分に気付いたトラーは、未だ少女の前に姿を現してはいない。それは堪えられない殺気を、抑えることが出来ていない証なのだ。


 [経典カオンに語られる歴史、エトゥの巫女シストの様に情に流され天上人エ・ローハを傷付けてはいけない]


 アリアを目の前にしても、仄暗い陰鬱な気を放つトラーは、今は別の視線で少女を見つめている。



 [あまり効果は無かったようだ]

  

 


***


ーーートライド王国、王領地内の教会シンシャー





 「ティルオー伯爵、再興おめでとう」


 「やめてくれ。・・・・・・・・本来なら、あんたが継いでたものだろうが」


 子供が走り回る教会シンシャー内、その中央に飾られた花飾りを見下ろしていたイスト・クラインベールは、礼拝者に驚き頭を掻いた。


 「上の兄が王城勤務希望で、下の僕が田舎の領地を押し付けられていただけだよ。それに昔の話しだからね、もう僕には関係ない称号だ。でも、年上の子孫が居るって、不思議な気持ちだよ」


 柄悪く睨み返してきた可愛い顔の男に、エルヴィーは肩をすくめて降り注ぐ光を見つめる。子供達に飾り立てられた花の墓を見下ろしたエルヴィーに、隣に立つイストも同じものを見て軽く息を吐いた。


 「俺の婆さん、トライド教会の一番良い場所に眠ってる。ブスガキが、花を千切って遊んだみたいでな。今もガキ共が賑やかにやってるぜ」


 「・・・え?ここ、ミルリー・プラームのお墓だよね?」


 「爺さんは、クラインベール兄弟の何番目かで、病弱だから戦争に行けなかったってさ。で、黒蛇オウローダの縁者で責められた婆さんを家で匿ってたらしい。まあ、匿ってたが、結局は爺さんも、昔から婆さんに気があったみたいでな、」


 「・・・・、」


 アラフィアからミルリーについての悲しい過去を聞いていた。エルヴィーは思い人の悲惨な末路に、オルディオールと同じ苦しみを味わっている。だがそれを、子孫である者が否定を口にした。


 「どの弟だろう、身体が弱かったのは確か、・・・まあ、そうか、そう、君は、ミルリーと弟の孫なんだ、」


 「・・・・・おい、泣くなよ」


 「・・・嬉しくて涙が出るのは、この身体では、初めてかも。これもミギノとここまで来たからだね」、

 『イスト、ありがとう』


 ーー生まれてきてくれて。 


 それを口にすることが恥ずかしくて、少女の天上言葉で誤魔化し礼に変えた。過去に恋した女性に別れを告げて、教会シンシャーの入り口を潜るエルヴィーを何故かイストは強く引き留める。


 「あのよ、その、変な音、『アリガトウ』って、落人オル語だろ?」  


 「・・・そうだよ。よく分かったね」


 「なんて意味?」


 「・・・・嬉しすぎて、感謝するって感じかな」


 「・・・・・・・そうか、感謝ね」 


 イストの幼少期、尊敬する医者が何度も患者に言っていた。この世に残った事に、この世から天へ帰った後に。


 ーー『ありがとう、がんばったな』


 自分も言われ続けた言葉に、それを引き継いだ男は「想像通りだぜ」と、鼻で笑ったが直ぐにくるりと背を向ける。そして肩越しに、自分が引き留めたエルヴィーを手で追い払って強引に別れを告げた。




***


ーーートライド王国、新診療所、最上階。




 「ミギノ!!」


 「アピーちゃん!」


 階段を駆け上がってきた大犬ロウ族の少女は、ふさりとした尾を大きく何度も振りメイに飛び付いた。


 〈ちょっと、あんた、〉


 少女が嫌いな蛇魚メアハ族の少年。だが彼の制止もきかない程に、喜ぶアピーはメイの顔に頭を擦り付けている。フガフガと呻くメイが大きなくしゃみをして、その唾液を躱したアピーの頭から帽子が外れると素早く布を被り治した。


 (頭隠してる・・・ショート、アピーちゃん可愛いから似合うけど、可愛い可愛いって、しつこく文化の違いを押し付けられないよね)


 未だ短いアピーの髪の毛、それを気にして外套に付いた帽子を深く被った姿を見て、メイは不自然に口を噤む。だがそんなメイにアピーはもじもじと微笑み呟いた。


 『おかえりなさい』


 『!』


 メイと共に過ごしていた刻の中、耳にしていた天上言葉で出迎えようと思っていたアピーはこの言葉を選んだ。メイが外出した誰かが戻ると口にする、不思議な音の響きを気に入っていたのだ。


 『・・・・・・ただいま、』


 微笑み合うメイとアピー。それを不機嫌に見ていた碧い瞳は、メイの返事に虹色の耳鰭をぴくりと動かす。


 〈何ナニ?今の、スアハの事?〉


 メイに自分が言われた事がある。そう主張する少年を無視したアピーは、廊下に整然と並べられた青い玉を見て首を傾げた。


 「ミギノ、玉さんどうしたの?」


 『あ、そうか!』、

 「アピーちゃんになら、ぷる、オルディオールが分かりますか?」

 

 「オルディオール玉さん、?」


 並ぶ玉を一つ掴んで臭いを嗅ぐ。目を瞑り両手に持つ玉を、暫く隅々確かめたアピーだが「やっぱり分からない」と、列に玉をそっと戻した。


 「そうだね。ありがとうアピーちゃん」、

 『あの玉、何処行ったのかなぁ・・・』


 「でもミギノ、良かったね、間に合って」


 「?、間に合って?何ですか?」


 「玉さん達の〔ケガレ〕を洗い流したら、皆で天に帰す儀式をするんだって。それは三日後の青い星の日にやるんだよ。でね、すごく大きなお祭りになるって、アルドイドが騒いでたよ」


 「なるほど、お祭り・・・」、

 『盆踊りみたいなやつかな?』


 「それから一週間は、戦争で亡くなった人が天へ帰れる様に、天教院エル・シン・オール慰霊祭コゥホーン鎮魂歌ウールシャトゥを歌い続けるの。これはね、王子様の国の厳しいお姉さんが教えてくれたよ」


 厳しいお姉さんと言われて浮かぶ顔に、夢の中に度々現れた、エスクランザ国でお世話になった女官を思い浮かべる。アピーの話でその女性は、眠るメイの世話を仕切って行っていたそうだ。


 (ノーコミュニケーション女性代表、夢の中ではとても心配そうな顔をしていた。あれ、夢じゃ無かったんだ。会ったらお礼言っておこう)


 頷いたメイに頷き返したアピーは「そうなんだよ。だから間に合って良かったね」と繰り返す。神妙な雰囲気のアピーに首を傾げたメイは、少女の話しを聞き飛ばしていたのだと我に返った。


 「お姉さん言ってたの。その歌で、玉さん達が天に帰る刻、オルディオール玉さんと、エルヴィーさんも帰っちゃうかもしれないんだって」


 ーー『え!?』


 「可能性の話しだけれど、本当だよ」


 屈むメイの頭上から落ちたのはアリアの声、見上げたエスクランザ皇子はどこか真面目な表情で少女を見下ろす。


 「ぷるりんが、天に帰るんですか?」


 「失われた古い経典カオンがオーラ領で見つかった。今回の儀式では、正式な歌が奏でられる。おそらく、とても強い力となって天への道が開けるだろう」


 「天への道が開けるだろう、?」


 「仮定だけれどね。僕たち神官と神子は、グルディ・オーサの森で神樹ハハキに祈りを捧げる。古い神樹ハハキは大地に繋がり、この世界全ての生命の源となっている。そこに遥か昔に歌われていた正式な鎮魂歌ウールシャトゥを歌えば、全ての迷える魂を天に帰す事が出来るだろう」


 ところどころ聞き取れてはいないが、アリアの帰るという言葉に反応してメイは神妙に頷きを繰り返す。その少女に、アリアは両膝を付いて目線を近くに合わせると、両手を握って顔を覗き込んだ。


 「メアー・オーラは言っていた。個人の力では無理だと。人の身体を転移させるほどの大きな力は、大地と繋がる神樹ハハキであれば、可能なのではないかと、僕は考えた」


 「神樹ハハキ


 「空が裂かれる程の力は、天上人エ・ローハを呼び寄せる。その逆も、有り得るのではないのかな?」


 「その逆も、?」


 「メイ様は、天上に帰りたい?」




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