22 未来 22
空から落ちてきたとされる少女は、世間では魔物か聖なる巫女だと噂される。その少女と旅をする青年は、上官の婚約者だという立場に表向きは敬意を示していたが、風変わりな子供だと思う気持ちは初対面の印象とそのまま変わらなかった。
少女は度々おかしな質問をしてくるが、青年は拙い言葉を辛抱強く聞いて彼なりの考えを返していく。母国から北方、更に南方大陸から東大陸に移動して数日経ち、敵国への潜入を果たした頃、少女の不思議な質問は旅の道中で再開された。
〈子供や女の仕事?、・・・?、例えばそこの、大きな緑水実箱を重ねて持てるのが俺だとしたら、それはお前には出来ない〉
〈緑水実〉、
『見た目は緑レモン、中身は梨。ぎっしり詰まったレモン梨、重すぎて、確かに。一箱も担げません』
〈で、お前がこの破れたフンドシの穴を繕うことができても、俺には縫い物の才能は無い〉
『褌・・・、私の手作り黒マスク、弟はけっこう使ってくれている。でも弟が黒マスクを着けると、見た目に暴走系の犯罪組織かヴィジュアル系の音楽隊を思い出します。そして高身長に威圧感・大』
〈お互い出来ることをやる。それが生活ってやつだ。大きな範囲では仕事、国となる。男女や体の大きさの違いは、お互いさまだろ?〉
うんうんと頷く少女だが、次に軍隊での男女の数の差に頭を傾げた。
〈軍人が必然的に男が多いのは、身体の作り的にそれが向いているからだ。竜騎士で女は数が少ないし、隊長格では殆どいない。たまに居る女騎士やアラフィアは特別頑丈なんだ。まあ、あいつは更に目端が利くから隊長の隣までいったけどな〉
〈女の、仕事は・・・少ない?弱い?〉
〈女の人、な。軍ではな。王政府の役所の長官は女が多い。やっぱり金?男は大きく金を動かして博打的な金融政策をとるが、国庫の半分以上は代々婆さん長官が握ってる。保守的、ケチ、いつも若い役人が金を出せと懇願して禿げていく〉
〈禿げ〉、
『そこはかとない、ハラリとした落下音。音により、異世界と我が国との共通点を感じます』
〈禿げだけを復唱するな。そしてニヤつくな。まあでも、国に大事が起これば、その蓄えが必要になるってことは国民も分かってる。でもなんで、お前、体格とか男女の職種とか聞いてくんの?〉
〈気になるぜ、そこが〉、
『この異世界では文化の違いをやり過ごすのに、様々な妄想をしていたけど、いつも何かの違和感がもやもやしてて、』
〈気になります、だぞ。で?、何が気になる?、やっぱり微妙に会話がずれるなー・・・。え!?、まさかお前の国、天上では男女の性差や体格での、そんな小せえ差別なんて無いよな。変な事言うなよ、まじでそうなら、奴隷差別や獣人差別のファルド以下だし。な、わけねーよな!〉
『!?、』
〈明らかに出来ない仕事を振るヤツは、性格じゃなくて頭が悪い能無しだ。小せえ子供や女に重たい果実箱を乗せて歩けって、普通なら言わねえだろ?子供が強がってやりたがっても、やってみて出来ねえならやらせねえし。・・・てか、びっくりさせんな〉
〈差別〉
〈お前見てたら大体分かるから。天上って、何にもしなくても、無知な子供がすくすく大きくなれちゃう場所なんだろ?、夢の国だぜ。差別なんて無いよな?〉
『・・・・』
〈スゲエ理想。とりあえず、お前はもっとスラスラ言葉を話せるようになろうな。俺だから良かったけど、その話し方してたら、天上が誤解されるぞ〉
『・・・ダーラ。・・・、』
******
魔戦士には痛覚が無い。それは魂と肉体のズレにより生じる。魂が身体を認識しておらず、肉体も魂を認識していないからなのだ。
[真名を封じ、数字を与える事で、この世に存在している事を認識させる]
〈どういう事ですか?〉
[更にエミー・オーラは、それをあの紫石で肉体に捕縛すると言った。つまり、あの石は、魔戦士という兵器を真名で落人化させた場合に、火に焼かれても魂を外に出さないためのものなんだ]
〈・・・グルディ・オーサではファルド軍の落人の対処方法に、火事を誘発するから火は使用しないとありましたが、〉
[落人と数字持ちを全く性質違いのものだと捉えるなら、軍が火を避けるのは当然だよね。ただ結果として、この二つは同じ様に魂を内在する。そして大聖堂院では数字持ちを処分する場合に四肢を断ち、炎で魂を取り除くんだ]
[・・・つまり、えーと、?]
[やはりガーランドは、脳が筋肉に被われて、理解力が遅いんだね。炎である程度焼けば天に帰る魂が出ない。つまり紫石を持った魔戦士は、骨皮になっても炎を身に纏い、動き回れる存在だということさ]
〈ヴォッ、・・・マジですか?〉
相棒の飛竜に跨がったエスフォロスは、瓦礫から庭に飛び降りたアリアの後ろにつく。そして這い蹲り悲鳴を上げた魔戦士が立ち上がり、小さな黒髪の少女に振り上げられた剣に身構えた。
倍加の剣は容赦なく少女を何度も打ち据える。寸でで躱すを繰り返し両手の剣で受け流すが、少女の身体を操るオルディオール自身も、失われる魔素の疲労に何度か八の蹴りを脇腹に掠めた。
「っ、・・・、」
連続して繰り出される斬撃を受け流し、身を反転させて全力で急所を斬り付けるが、魔戦士には切り傷程度では効果は無い。刻としては半刻に満たないが激しい剣での戦いに、オルディオールは少女の身体の変化を感じとった。
(鼓動、呼吸、体温の低下、冷や汗、)
オルディオール自身にも操られるメイにも、痛みは殆ど感じない。だが目の焦点の合わない魔戦士八の絶え間ない斬撃と足攻撃に、直撃は免れたものの掠めただけで受けた痛手が表面化し始めた。
(脇腹に、微かだが熱を感じる。俺に感じたということは、内臓か骨をやられたかもしれない)
黒の瞳、目線はかつての友、落人と化してしまった魔戦士を見つめたまま、オルディオールは浅い呼吸を繰り返す。手応えはあるが致命傷を与えられない両手の剣を再び構え直したが、横合いから鋭い風切り音に身を翻して床を受け身に転がり込む。そして素早く立ち膝に剣を構えると、新たな敵に目を眇めた。
「俺の身体で、この戦いの邪魔をするな!」
冷や汗が咽に流れ落ちる。睨み上げても凄味の無い小さな少女を見下ろした十九は、首を傾げて抜いた剣を突き付けた。
〈お前がメイの身体を使うように、俺が何を使おうと自由だな、!?、おい!!〉
現れた十九に、何故か味方である八は斬りかかる。それを躱した十九は連撃に大きく後ろに飛び下がった。
「だから言ったろ、こいつと戦っているのは俺、っ?」
鼻から流れ落ちる温かいものに、オルディオールはとっさにそれを剣を持つ手の甲で拭う。十九の参戦を見て駆け寄ったフロウは、肩で息をする蒼白な顔色の少女が鼻血に赤く染めた袖を見下ろした。
「鼻を打たれましたか?」
「いや。おそらく、活動限界を超えている。実際に、騎士とやり合った事は無いから分からんが、少し打撲しただけで中は潰れる可能性が高い」
本来は、死者である魂が抜けた肢体に取り憑く魂。だが黒髪の少女メイは生きてオルディオールに身体を貸し与えている。ぶれた魂の共存により使用される身体は、魔戦士と同じ様に痛みを感じる事が鈍い。
「それはつまり、」
「このままいけば、過度の疲労により自然に死ぬだろう。心臓が止まっても、俺が居ることにより身体は動き続ける。だが、心臓が止まれば、本人の魂がどうなるかは分からない」
「・・・・・・・・」
メイの死の想定。それを口に出したくなかったオルディオールは、あえて少女の名前を表に出さなかった。そして幸か不幸か本人は、この話を自分ではない他人の心配に置き換える。
(・・・・このままいけば、誰かが自然に死んじゃうの?誰かって、まさか、十九?)
*
「興味深いわ。あの落人の子供でも、魔戦士と同じ様に痛覚が鈍っている。やはり成功は、玉狩りの貴方達だけだった」
女が見上げる先には、美しい顔の青年が困惑した表情で踊り場を眺めている。そして彼らを総称する玉狩りに何かを思い出し、腕を絡めて笑い始めた。
「言葉遊びは好きではないのだけれど、皮肉にも、廃棄物と呼んだ貴方達の、本来の意味に返ったみたいね」
「本来の意味?」
「昔のオーラ言葉では、ルデアは〔見えた〕という意味で、王の為の紫色の精霊を指したそうよ」
「我が北方では、イディアという言葉が〔発見〕とされています。その言葉も、エトゥがオーラ国に持ち込んだのではないですか?」
東屋の近く、花壇の植え込みに立ち尽くすアリアはエルヴィーにしな垂れかかる女へ目を眇める。だが東屋に踏み込んでは来れない皇子に微笑んだエミーは、自分を護る魔方陣を見て目を細めた。
「そうかもしれないわね。言葉など、昔の誰かが綴った記の一つでしかない。だけど今回は、廃棄物が昔の王族に従っていた紫色の精霊に返ったようで面白いでしょう?私達オーラ王族を見捨てた紫の守護精霊が、こうして手元に返ってきたところまで似ているわ」
「精霊が、オーラ王族を見捨てたの?」
「そうよ。エトゥの巫女に嫉妬して、紫精霊が王族を見捨てたから、ファルドに侵略されたと記されていたわ。それより行きましょう。成功例の貴方が居れば、私の研究は完成する」
「エミーの完成って、なに?」
「私はね、数字持ちで魂と魔素と身体の、三つの関係を研究していたの。魂を取り出し、魔素との分配率と整合性までは計算出来た。けれど身体との接合が上手く行かなかったの」
「それを四十五、貴方たち玉狩りは、失敗ではなくて成功だったのよ!」
「でも僕たちルデアは、魔戦士みたいに長く戦えないよ」
「そうね。戦士としては失敗だった。でも魂がぶれている魔戦士は戦士としては愛おしいけれど、痛みや疲労を感じない事で生命としては不完全なの。死への危険性が測れないのだから。人として不死を維持する者としては、貴方たち痛みを感じる玉狩りの方が完璧なのよ」
「僕たち、年々老いていくし、死ぬよ?」
「そう、それが成功なのよ。人としての痛みもある、魂を入れ替えた身体も成長して老いる。そして、ある程度の加齢が進めば、また魂だけを新しい身体に入れ替えればいいのよ!、何でこんなことに気が付かなかったのかしら。玉狩りは初期の実験で痛みで即死する者が殆どだったから、使えないと遠ざけた事がよくなかったのよね」
「・・・・・・・・」
「オルヴィアとクレイオルの情報から、私の遺伝子の配合は計算出来る。ああ、待ち遠しいわ」
「数字持ちは、エミーの愛が無いと、お腹が空くし酷く眠くなる事があったよ。紫石の首飾りを持つ、愛されてる魔戦士にはそれが無い。だから、やっぱり僕たちは完璧じゃないよね?」
「そんなこと?」
笑うエミーはエルヴィーの青い星の光に染まる金の髪を撫でた。
「生命の欲望が過剰になるのはね、自己認識の欠乏なのよ。数字や石を与える事は、この世に繋ぎ止めた私への愛を、数字持ち達が意識しやすくするためのただの暗示」
「暗示・・・?」
「名を棄てさせて、数字を与える。貴方たちを造り出した私は、世の母親と同じ役目を担う。人はね、生まれた瞬間から親に依存をする生き物だから、個人の根幹として愛という暗示を与えやすいのよ。そして我がままな事にね、他者からの、それも親しい者からの承認欲求が満たされないと、生命を維持する欲望への依存が偏ってくる。だから私はそれを補うものを与えたの」
「よく分からないけど・・・それが、首飾りなの?」
「首飾りは魂を固定するための魔具。真名を思い出すと、魂の本来の魔素が強くなって、肉の記憶を持つ脳が混乱するの。それを数字で縛ると魂の記憶を抑えようとして、多くは落人の様に自我を失うのよ」
「・・・じゃあ落人は、数字持ちと同じもの?」
「そうね、原理は同じ様なもの。でも落人は、高所から落ちて肉塊になっているか、たくさんの魂が入りすぎて初めから自我が保てないものが多いわね。醜いあれを、私の大切な数字持ちと同じとは呼びたくないわ。・・・まあそれにより、紫石の使用を思いついたのだけど」
「でも皆、エミーの愛は、首飾りだと思っているよ。あれを身に付けることで、エミーが傍に居るって」
「ふふふ、本来の首飾りの役目はね、紫石の魔素が結界の役割を持っているで、魂を外に弾かずに留め護ることなの」
「魔戦士を、護ってくれるの?」
「やきもちをやいているの?四十五。紫石は大切な兵器のための二重の鍵。あの石は魂を身体から外に出さないように、護り閉じ込めるもの。本来は守護結界石として優れている紫石だけど、国や城を護るには数が少ないし、原料が無いからもう生産できない。ならば兵器利用として、魔戦士に与えることにしたの。残念なのは、装飾としてしか身につけられない事ね。身体に埋め込むと、石の魔素が漏れ出るのか、すぐに落人するのよ」
「・・・・・・・・」
「ね?、分かってきた?私の愛が。無痛の魔戦士は、落人になっても長く兵士として使えるから、炎で焼かれても最後まで使えるように紫石を与えただけ。私の貴方たちへの本当の愛は一つ目の鍵。首に記された刻印の数字なのよ」
「数字が、本当の愛・・・、」
禁忌の数字で何度も首を焼かれ、今は数字が読めない場所が痛みの記憶でちりちりと燻る。
「玉狩りは、私から離れた事で愛が欠乏したと思い込んでいるだけなの。欠乏を補おうと欲が増す事は、魂と身体のぶれからなる自己認識の衝動」
「数字がエミーの、愛」
「そうよ四十五、愛はもともとただの暗示。目に見える物だけが、愛ではないのよ」
その愛を与えた多くの人々を、まさに塵を棄てるかのように使う女は微笑んだ。
(・・・・愛・・・?)
鼻から流れた血、汚れた自分の手を見つめたまま、メイはところどころ聞こえる東屋の二人の会話に集中する。そして十九の胸に揺れる、紫色の首飾りを訝しむ瞳で見つめた。
(確かに、よく分からないけど。あのネックレスが、やばそうだということは分かった)
*
「そこで提案がある。お前の身体を貸してくれ」
「私の、身体ですか?」
強い黒い瞳に射抜かれたフロウは、言葉の意味に戸惑い逡巡する。だが空を斬る金属音に気付いて、素早く少女を押し倒し身を伏せた。
〈ならば今すぐに!!、
メイの身体から出て行け!!!〉
「魔戦士、」
怒りを伴う十九の攻撃と共に、意識が混濁としたイエールが剣を振り回す。それと対峙したフロウもまた満身創痍で、一人で三十一と戦い、魔素への干渉以前に疲弊しきっていて頭が上手く回らない。少女と背中合わせに敵と向かい合うフロウは、再び言葉の意味を問い掛けた。
「それはどういう事ですか?私の身体を?、まさかオルディオール殿を、私の体内に取り込めと、落人の様に?」
「そうだ。魔素の属性が、体内に二つ以上重なると、人は落人化するのではと前に皇子が言っていた。だが、」
「そうだよ!その説は確証に至った。だからやめた方がいい。僕の目の前での自殺行為は、神官として許可出来ないね」
広く長い庭園の踊り場は、緩やかな数段の階段に挟まれる。竜騎士と飛竜を背にアリアは、東屋の階下に両手で剣を構える少女を見下ろした。
「北方の皇子様はよく勉強してるわね。でもその話を、今確信したようでは遅いのよ」
エルビーに支えられ転移魔方陣を確かめるエミーは、男達のやり取りに耳を傾けほくそ笑む。
ーーギィンッ!!!
〈決定したな、ならば疾く、出て行け!!!、俺が弾き出してくれる!!〉
小さな少女に畳み掛ける十九の攻撃は、手に取るように分かるオルディオール自身の身体の動き。だが確実に読める次の手も、軽く鞘で弾かれた剣は握力の差で手から空中に舞った。しかしその弾かれたはずの頼りない空の手は、目の前に迫る十九の首に掛けられた長い鎖、紫色の首飾りを掴むと勢いよく下に引き千切る。
〈な!?、〉
想定外の行動に、金朱の瞳を見開いた十九は、小さな手の平が放り投げた大切な首飾りを床に見た。突然の少女の行動に注目したエルヴィーも、床に投げられた紫石の首飾りを目で追い、そして戦いの最中に現れた少女を見る。
『取った!これ、危ないやつ・・・はぁ、はぁ、』
肩で息をする蒼白の顔の少女の肺からは、ゼエゼエと空気の抜ける音が苦しげに響く。そして脚から腰の力が抜けたように、へなりとその場に崩れ落ちた。
〈何故だ、メイ、?〉
呆然と呟いた十九は、鋭い切れ長の瞳を間抜けに見開き少女を見下ろしている。大切な首飾りを引き千切られた魔戦士は眉を顰めたが、途切れ途切れの少女の言葉を耳にして立ち止まった。
『だって、それ、ゼーラされたらヤバイやつ』
〈・・・真名、!?〉
殺気に剣を振り上げると、背後には目の焦点の定まらない八が、何故か十九に剣を向け背を両断しようと斬り付けた。
〈てめえ、ファルドの奴をなんとかしろよ。俺じゃねえだろ?〉
口から泡を吹いた魔戦士は、血走った瞳をぴたりと正面に合わせて男を見据える。
「お前、オルディオール、オルディオールじゃないか、そこに居たんだな、なんだか、苦しいんだ、」
*
「天上人とはいえ、身体の造りはただの軟弱な子供だったからな。あのガキ、そろそろやばいかもしれねえな」
「どういうこと?」
「考えてみろよ。あの体格差で騎士の本気の剣を受ければ骨が直ぐにイカレる。十九とされるあの英雄は遊んでるみたいだが、八は床が砕けるほど撃ち込んでんだ。それを半刻。身に不相応な動きは良くねえ」
片方の眉を上げて髭の無い顎に手を当てる。エミーと共に魔方陣を確認していたメアーだが、踊り場を見下ろした呟きにエルヴィーは改めて少女の全体を注視した。
「ミギノ・・・」
メイの体力の温存、更にできるだけ身体に傷を受けないように攻撃を躱す事で無駄な動きが蓄積される。それを計算に入れて魔戦士と対峙したオルディオールだが、想定より早く少女の身体は休みの無い連続の死闘に悲鳴を上げた。更に大きすぎる剣の柄を落とさないように握り締めた右手の平は、弾き飛ばされて柄は無いのに強張って、指がぎしぎしと固まってしまっている。
(まずい、)
『なんか、身体が動かな・・・うっ、?』
八と戦い始めた十九の顔を見ようとメイは上を見上げたが、苦しみ無く嘔吐いて込み上げた胃から中身を全て吐き出した。
「「ミギノ!」」
一歩前に出たフロウにエルヴィーの声は重なるが、絡められたエミーの腕に足は前に進まない。自分が愛を欲した女が腕に纏わり付いている。それを見下ろしたエルヴィーは、再び小さな少女へ目線を戻した。
「フロウ、頼む!、俺に、あいつとやらせてくれ、メイはもう、限界だ、」
散々に吐ききった汚れた口元を拭い、肩で息をする小さな少女は、見当違いに仲間を攻撃する哀れな魔戦士を見つめていたが、背に置かれたフロウの手を悲痛な面持ちで振り返った。
「オルディオール殿、・・・・・・確かに、ここはファルド領。この戦争はファルドの責でもある。いいでしょう。私の身体をお貸しします」
「感謝する」
「連れ添う者として、ミギノに出来る事は私も出来なければならないでしょう」
さらりと告げられた口説き文句に、騎士の顔色から色香は全く感じられなかったが、少女は晴れやかに笑いそれに頷き応える。呆れた表情でそれを見ていたアリアだが、死地へ赴く騎士へ声を張り上げた。
「どうしてもやるのなら!、〔自分〕を忘れない事だ!、あとは、お互いの精霊とのぶつかり合いに、死ぬ気で耐えるんだね!」
頷いたのは傷が付く精悍なフロウの顔。アリアの諦めを含んだ助言。それを確認したオルディオールは、小さな手を胸元に軽く握り、そして身の内に呟いた。
「メイ、俺に〔刻〕を与えてくれて感謝する」、
『ありがとう』
(・・・・)
「思い起こせば、お前とはあまり話しをしなかった。だがこの世では、大切な存在となった。ミルリーの次にな」
(・・・・)
「俺が身体から出たら、全ての負担がお前にかかる。あと少し、お前の未来に向かう為に、この身体の力で耐えてくれ」
オルディオールからの『ありがとう』。
十九に言われた『知ってるよ』。
エルヴィーに言われた『ここに居るよ』。
その言葉を優しさと受け取り、異世界に生じた自分の存在の肯定だと感じたメイは強く頷いた。
『ぷるりんが、ここに居るって私も知ってるよ。
・・・・・・・こちらこそ、ありがとう』
僅かに続いた言葉のやり取りに、お互いの本音が零れ出た。オルディオールの思いを感じ取ったメイが沈黙すると、ずるりと青い液体が少女から抜け出る。襲い掛かる全身の気怠さに少女が倒れて肘をつくと、顔の目の前に青い塊がぷるりと揺れた。
(・・・・)
目鼻は無いが、少女を心配する様に纏わり付いた青い玉は、浅い呼吸を胸に確認すると離れていく。それを目で追ったメイは、感じた別れに不安を吐き出した。
「ぷるりん、オルディオール、私と誓約、破棄しますか?」
(!!)
くるりと回転した青い玉は少し留まり少女を見つめると、ぴょんと軽く一度だけ跳ね、そして左右に転がった。
『え?、どっち?』
青い玉は滑るように床を進むと、ファルド騎士団長に飛び付く。球を拾うようにそれを掴んだフロウは、眉間に皺を寄せた後に意を決して呑み込んだ。
ー「うぅ、「ヴ、うぅぐ、グ、」ぐ、ア、」
耐え難い苦痛が襲う。
漏れ聞こえるのはフロウ一人の呻き声なのだが、声色は二重になり、庭園を這うように響き渡る。愚かな行為を興味深げに見つめるエミー・オーラは逃げるための足を止め、メアーと共に研究者の目線で苦痛に藻掻くファルド騎士団長を観察し始めた。
「苦しそうね」
〈まさか、本当に!?、ヴァルヴォアール殿が、オルディオール殿を呑み込んだのですか!?〉
「フロウ・ルイン・ヴァルヴォアール!、オルディオール・ランダ・エールダー!、身の内の魔素となる精霊に、支配されるな!!」
アリアの叫びに呻き声を上げ続ける男は、頭を胸を掻きむしるように掴んでは離すを繰り返す。
ー「俺には名が在る。俺達は精霊では無い」
ー「俺の名前はオルディオール、らんだ・えールダー、お前は誰だ?」
フロウに尋ねる。オルディオールに尋ねる。体内で爆ぜる精霊とのせめぎ合い。そして過剰な負荷に、耳や目から血が流れ出た。未だ立ち上がれないメイは、肘で支えて漸く身を起こすと苦しみ藻掻く男の全体を目にする。そして這い蹲るように前に進み出した。
『ぷるりん、チャラソウ、大丈夫?、』
懐かしい少女の異世界語。生意気な天上人の子供はいつも名前を間違える。
ー「俺は、「だからその、
『チャラソウ』とは誰なんだ!!!」
『ぷるりん』、じゃ、無えし!!!」
『え、?、・・・今のまさか、私へのクレーム?』
**
「落人化しないこともあるのね」
獣の様に咆哮し、フロウは初めて二振りの剣を手に走り出す。そしてかつての英雄の身体を持つ男と、狂った魔戦士を一太刀ずつ斬り流した。それを平静に見つめたエミーは、傍らの花壇に立つエスクランザ皇子に目を向ける。
彼の持つ銀鈴、それによりファルド騎士団長の中の魔素は減りが遅く、魂になったオルディオールの魔素は結界により減り続けている。
「ヴァルヴォアール殿の魔素が、オルディオール殿の魔素を抑え込めれば、確かに落人化を防ぐことは可能かもしれないわね」
「彼らの精神力の賜物ですよ」
「そう。・・・でもそろそろ本当に移動するわ。さようなら、北方の王子様。テスリド、後はお願いね。四十五、行きましょう。あら?、四十五?」
椅子に座らされやんわりと腕を外されていた。気付けば周囲に青年は居なく、階下へ向かって走る背が見える。
「四十五、何処へ行くの?」
『・・・・・・・・』
半身を起こしたが、再び怠さにふらつき身を丸めた少女を包み込む手がある。額に触れる冷たい男の手の平に、込み上げる吐き気を堪えて薄目を開いたメイの前には、見慣れた美しい男の優しい顔が覗き込んでいた。
『エルビー・・・、』
「大丈夫だよ、ミギノ。メアー!ミギノを診てあげてよ!」
「こっちに連れて来い」
〈メイに触るな!、裏切り者め!!〉
エルヴィーを掠めて突き刺さる長槍、だが腕から流れ出た血をそのままに抱え込んだ少女を離さない。振り返ったエルヴィーは猛然と剣を抜き放ち走り寄る竜騎士の姿に身構えたが、鋭い声がその場を制した。
[エスフォロス殿!、罠を踏んだよ!]
〈はあっ!?〉
エスフォロスが踊り場に飛び降り走り始めると、エミー・オーラを守護する魔方陣の一つが反応する。階段の段差に仕掛けられていた小さな魔方陣は波紋のように広がって、階上の植え込みに立つアリアの足下まで広がり足を床に縫い止めた。
〈何ですか!これ、〉
[この銀鈴と同じ種類の束縛陣だよ。ただ力は強いが持続性が無い。踏まなければ問題ない子供騙しの捕縛陣だ。だから僕、さっきから前に進まなかっただろう]
〈え、・・・ヴォルッ、俺か!?〉
エスフォロスの動かない右足から広がった魔方陣は、アリアの両足も抑えて離さない。それを眺めたエミー・オーラは階下で戦う魔戦士を流し見ると、上空に浮かぶ竜騎士達に串刺しにされた飛竜の亡骸を見上げた。
「四十五、早く行くわよ。私に続いて来て」
「エミー、僕、ミギノを放って行けないよ、」
エルヴィーの両腕に抱え上げられた小さな少女は、青ざめてぐったりとしている。無表情にそれを見つめた女は、軽く許可を頷いた。
「そうね、その落人の身体は何かと役に立つかもね。・・・まあ、その子の見た目は私の好みではないけれど。十九!貴男の相手は八ではないわ!そこの竜騎士と皇子の足止めは直ぐに消えるから、そちらをお相手してあげて」
魔戦士八は、オルディオールの名を呼び続けている。そしてしつこく十九の身体に縋り付く様に攻撃を仕掛けていた。
〈エミー、でも、俺はオルディオールを、〉
「早くして十九。オルヴィアに与えた肢体の名簿、あれは複写なの。原本はそこにある本。そして私は数少ない竜騎士の個体名は、全て記憶しているのよ」
〈エミー?〉
「貴男の名前は、ガーランドでも墓石に刻まれていなくて、探るのに第八師団は苦労したみたい」
〈・・・・〉
「首飾りが無くても、真名だけで貴男はいつでも落人になれるのよ。言うことを聞いて、今は急いでいるの」
命令違反には個人を喪失させる対価を支払わせる。そう言い放ったエミー・オーラに、庭木の花壇に足止めされたアリアは皮肉と侮蔑を込めて微笑んだ。
「貴女は先ほど、魔戦士を子供の様だと表現したが、やはり何処の国も、親にとっては子はただの道具でしかありませんか?」
「どう利用するかは造り出した側によるでしょう?廃棄する方法を知っているのなら、無駄にしない方法があるというだけのことよ。それに、私は親のようなものだと言っただけで、実際に子供を産んだ事など無いから、本当の親の気持ちは分からないわ」
[え?]
驚きに沈黙したアリアとエスフォロスだが、それは少女を抱え連れて来たエルヴィーも同じだった。
「でもエミー、オルヴィアさんとクレイオルさんが、」
『クレイオルさんて、パン女の、兄弟?』
「ミギノ?、クレイオルさんを知ってるの?彼はエミーの息子だよ」
「確かに、あの子達は私の遺伝子を組み合わせた血族的には息子と呼べる子供達だけど、それは数字持ちと同じよ」
「でもエミーの子供でしょう?、名前を貰った数字持ちなんて、他に居ないもの」
「名前?、ああ、あの子達は英雄オルディオールと私の遺伝子を組み合わせた個体だから、数字ではない徴を付けたのよ」
「・・・徴、」
「オルディオールという遺伝子の略称、〔オル〕を付けて識別しただけのことよ」
「子供、じゃないの?」
「ヴィアリーナとクレイシスという奴隷の子宮を借りて造り出したの。私、自分の身体に他人を入れる、動物的な性交渉による生命の誕生には興味が無いの」
メイはクレイオルの死に心を痛めたオルディオールと、エミーを「お母様」と呼んでいた死んだ青年を思い出した。
「でも子供です。クレイオルさん、『ぱん女』オルビアさん、ここには居ません。お母さん、不安、心配ではありませんか?」
「そうね、そういえば遅すぎるわねクレイオル。・・・でも愛しくても子供は無数にあるのだから、出来が悪いものから、早く壊れるのはしょうがないの。執着は無いわ」
(・・・・・・・・)
*
(・・・・・・・・)
ここにきて、色々と疲れた私は頭の中で、魔女の爆弾発言を整理したいと思っていた。
いや、冷静に考えたいと思っていたのだが、魔女は実は処女仲間だったの?だとか、そこを追求したくもあるのだが。それよりも心にぐさりと突き刺さったのは私がまだ我が国に居た頃、テレビやネットニュースで、様々な親族間の虐待殺人が見出しになっていたなどなどの・・・もやもやの。
この異世界で、その悲しい問題に直面したことに、私の疲れた身体と頭はバーストした。
『あんたみたいな、わけわかんない奴が、いるからなんだよ!、一部の少数派が、わけわかんない事をして、この異世界の、世の中のお母さんや女の人が、おかしな目で見られ始めたら、どうすんの?』
『この世界は、奇跡的に、男女の差別が無い、世の中なんだよ?そんな世界で、お母さんを、女の人を、魔女にしないでよ!』
『私の国のお母さんは、休み無し、時給にしたら、とんでもない働き方をさせられてるの!それを当たり前って言葉で、みんな見ないふりして、甘えてるの!親孝行、恩返しなんて、何処まですれば、いいかわからないくらいの、愛情を子供にくれて、自分を犠牲にしているの!』
『造り出した?自分の遺伝子?だから何?』
『あんたみたいな!愛情の無い虐待人間が、世の中の、普通のお母さんと同じ、母親って言葉を使う、資格なんか絶対に無い!!』
『普通の母親、バカにすんな、バカやろー!!』
野郎では無いと分かってはいたが、思いの丈が零れ出た。
興奮して次から次に文句を言った私だが、通じない罵詈雑言に驚くだけの魔女を目の前に、ウェッとなって胃液をエルビーの懐にゲーしてしまう。ごめんね、エルビー。
そしてまた思い出したのだが、何度もゲーして息をすることも苦しい謎の怠さにも、私は気を失う事は無かったのである。




