持ち出されたもの 14
身体の機能は完全に停止し、微かに身に内在されていた魔素は既に消えていた。そして胸の鼓動が聞こえなくなった頃から、目や耳、鼻からズルリと自分の意識がこぼれ落ちるようになり始める。慌てて再び身体に戻るが、何もすることの無い退屈な毎日、エミーから貰った美しい紫色の石を眺めて過ごしていた。
退屈な毎日に、小さな侵入者はやって来た。
そして少女は、久しぶりに自分の名を呼んでくれたのだ。
「十九、」
*
引っ張り出した荷物ごと爆風で飛ばされた十九は、瓦礫と共に地面に叩き付けられた自分の身体を必至に探した。だが小さな青い塊になった自分では、視界は低く辺りを見回しても大きな石壁の破片にすぐに遮られる。
よじよじと破片の一つによじ登り、砂煙が舞う辺りを見回すが自分の身体が何処にあるのか全く見えなかった。
(まずいな、)
想定外は、爆風でルルになった自分が外に飛び出てしまった事だった。暗闇の部屋の中では、たまに抜け出て珍しい丸い球体で転がり回りもしたが、瓦礫が散乱するこの場では自分の身体を探す事にも手間取ってしまう。
「おい!何だ!?」
「爆発したぞ!誰か下に居なかったか!?」
遠くから聞こえる人々の声に焦り、十九は辺りを飛び回り身体を探す。走り寄る大勢の足音、ぴょんぴょんと砂煙の中を飛び回っていた青い玉は、ようやく目的のものを見つけて口の中に飛び込んだ。
むくりと起き上がり何かが手に当たり下を見下ろすと、痩せて骨のようになった見慣れた男が転がっていた。
〈あれ、これ、俺か?〉
骨と皮の首元から転がり落ちているのは、少し前に少女から預かった美しい指輪。それを手に取り確認してから指輪を摘まんだ自分の指の肌の色が褐色である事に気が付いた。
「おーい!!誰か居るかー!?」
集まり始める人々の声、十九は敵である者たちから逃げるように、素早く立ち上がり砂煙の中を走り去った。
*
爆破騒ぎで手薄になった王城裏門、その一つから抜け出した十九は王都裏通りの雑貨屋の硝子窓に映った自分の姿に立ち止まった。
〈・・・・やっぱり、間違えたな〉
黒髪、褐色の肌、クレイオルで見慣れた金色の瞳には朱色が混ざっている。
〈・・・・ま、いいか。動くしな〉
ふと横を見ると、露店の商人がこちらをじろじろと見つめている。目が合うと頭を下げられ、自分の身形に気が付いた。
(貴族の服じゃ、悪目立ちするかもな)
〈おいオヤジ。この一式とそこにある一式、交換してくれ。それと、・・・他の色は無いのか?〉
******
《ファルド帝国英雄、名をオルディオール・ランダ・エールダー、その名に縛られしもの、肉の枷から解放する。天へ帰れ!》
「!!!」
「オルディオール殿!!これは解呪の言葉です!魔石から離れて下さい!、何か仕掛けがあるかも!」
(なんだ!?、身体が、・・・・、)
背後からトラーの大きな声、オルヴィアの呪文を耳にしたオルディオールは、ズルリと強制的にメイの身体から抜け落ちる。
「ミギノ、!」
真横でそれを目にしたエルヴィーは、メイの身体からズルリと抜け出した青い塊に手を伸ばした。
「「!!!?」」
ビリビリと全身が震え硬直したエルヴィーと、少女の足下に青色の塊はぽとりと落ちる。
(なんだ、動けない、痺れ・、これ、前に・・・)
ガーランド竜王国に行く途中、険しい山道でエルヴィーの持つ魔法具を投げつけられた状態と酷似している。オルディオールは身動きが出来ないが、なんとか煙が満ちた辺りを見回すとすぐ隣には硬直して動けないエルヴィーの姿が分かった。
(そうか、ルルに触れないって、言ってやがったのは、この、事か?、でも、こいつに、藪の中に放られたが、なんとも、)
雷に打たれたように硬直したエルヴィーは、水蒸気が益々満ちて見えなくなる。痺れる青い球体、ズルズルと少女の足下に近寄ろうとしたオルディオールは、すぐ目の前にあるはずのメイの足が見えない事に気が付いた。
(メイ、何処だ、・・・・?)
「ミギノ、動か・・・・ない・・・で、」
オルディオールの思いと重なるように呟いたエルヴィーの頼りない声、それに素早く反応したトラーは主の少女の身体を保護する為にエルヴィーを押し退けて前に進み出た。
「巫女様!?、巫女様は何処ですか!オルディオール殿!?エルヴィー殿!」
霧で視界の悪い蒸した地下道、トラーに押されたエルヴィーは、そのまま床に崩れ落ち身動き出来ずに周囲を見回す。
〈スアハ!巫女様をお守りしろ!地上へ連れ出せ!〉
トラーの声に蛇魚の少年は、碧い瞳を半目に耳鰭を弱々しく動かしたが、冷や汗と悪寒に身を震わせた。
〈メイ、どこ?・・・スアハは、熱くて息が苦しいよ、あの箱の中より、熱くて苦しいよ、〉
[そうか水蒸気、この熱気は蛇魚の呼吸に害がある]、
〈スアハ、先に行け!アピーを呼んで来い!〉
〈でもメイは、メイは何処?、なんか、気配が無いよ、〉
ーー〈早く行け!!〉
トラーの怒声によろよろと、呼吸を求めて銀髪の少年は後退る。跪いたまま辺りを確認していたエルヴィーは、黒髪の影を目に捉えた。
「そこに、」
エルヴィーの呟きに目標を確認したトラーは、白霧で視界が遮られた中、地下道の隅による黒髪の少女の肩を捉えて捕まえた。
「巫女様!!」
「きゃあ!」
[!?]
濃い霧の中、隣に近寄って初めて相手の顔が認識出来る、間近で見下ろした少女は黒髪だが褐色の肌だった。
「触らないで!、テリスタ!何処なの!」
テリスタと殆ど名など呼んだことの無い、物と同じ価値の男。従者の青年を探していたオルヴィアは、予想以上に霧が満ちた地下道に戸惑い、壁伝いに逃げ道を探していた。
「巫女様は何処ですか?」
顔を口当て布で半分以上隠した神官騎士は、鋭い薄茶色の瞳でオルヴィアを見下ろす。捕らえた腕を力を込めて握り上げられ、女は悲鳴と共に再び従者の名前を叫び始めた。
ーーギリリ!
「ヒイッ!痛い!離して!」
「巫女様は何処だ。天上の者に危害を加えれば、お前を生きたまま天の錠で地中に封じるぞ」
ゾッとするような低い声、天の錠という聞き慣れない言葉にオルヴィアは目を見開いた。
「白兎とエトゥの巫女、彼らがこの地に持ち込んだ呪術と組織は、我がエスクランザが開祖である。目眩ましに水の魔石と火の魔石を合わせたのだろうが、それ以上の攻撃呪文は使わぬのか?」
挑発にオルヴィアは頰を紅潮させて怒りを顕わにしたが、手にした赤の魔石で炎の爆発を地下道で起こせば自分も無事ではいられない。それに歯がみトラーを睨みつけるだけとなった。
徐々に霧は薄まるが、未だ視界は不透明なままだ。今まで見えなかった三歩先が見え始め、トラーはオルヴィアを拘束したまま蹲るエルヴィーに声をかけた。
「オルヴィアを捕らえましたが、巫女様のお姿が見当たりません!、エルヴィー殿、動けますか?」
「ミギノ、オルヴィアさんと・・・、一緒じゃないの?」
よろりと立ち上がったが、その場に立ち尽くしたままのエルヴィーを不審にトラーは見た。そして再び掴む細い腕に力を入れる。
「痛いわ!!」
「何をした?目眩ましの他に、エルヴィー殿に術をかけたのか?」
厳しいトラーの声に、霞む視界の中オルヴィアはエルヴィーの状態を見て眉根を寄せた。
「知らないわ。あれはもともと欠陥品なのよ。勝手に壊れたのではないの?」
「・・・・オルヴィアさん、ミギノは何処?」
トラーは、オルヴィアに話し掛けているのに的外れな前方を眺めたままのエルヴィーを訝しむ。その数字持ちの目線の先に、青い玉が剥き出しの土の上に転がるのを発見し愕然と口を開いた。
「オルディオール殿!?、何故ここに!?何故、巫女様と、ご一緒ではないのですか!?」
(・・・・・・・・、)
「あら、まだあるの?、やはり大聖堂院で製作した数字持ちではないから、あの呪では消えなかったのね。残念だわ」
(・・・・)
「でも全く無駄ではなかったみたい。あの貧相な落人から、取り出すことくらいには効いたのね。でもその落人が居ないわね」
笑い出した黒髪の女を見下ろしたトラーは、未だ茫洋と焦点が合わず立ち尽くすエルヴィーと、石のように転がるだけの英霊に目を向ける。
「エルヴィー、馬鹿ね。お前、まさかあの落人から出て来たルルに触ったのではないの?お母様の言いつけを守らないからそうなるのよ」
「ルルに触る?」
「そうよ。数字持ちは直にルルを触ると、たまにああしてしばらく使えなくなるの。面倒でしょう?、だから魔戦士ではなくて、もともと塵の廃棄物にルルを集めさせるのよ。まさか、天教院の神官騎士は、開祖と威張っていても、こんな事もご存じ無いのね」
笑い続けるオルヴィアを放置し、ぷるぷると震える青い玉を呆然と見下ろしすトラー。蒸し暑く未だ視界が晴れない地下道は、何処が出口なのかも分からない。そんな中、少女の高い声が響いた。
「トラーさん!ミギノはここには居ないよ!」
「アピーか!頼む!巫女様を探し出してくれ!、見知らぬ男がもう一人居たが、それも気配が無い!」
オンッ!と了承の声が響くと、アピーは視界の悪い中、辺りの匂いを嗅ぎ始めた。滑稽だと笑い続けるオルヴィアは、未だ動けないエルヴィーと床に転がる青い塊を見下ろす。焦りと苛立ちに地下道を見回すトラーは、新たな侵入者の騒がしい足音を聞いた。
「なんだ!?なんで霧が出てんだ?」
「そこに居るのは落人の巫女の守護者、お前達、これはどうしたのだ?」
バタバタと先頭は全身が白色の男。その後には数人の部下を伴い第四師団の団長が確認出来た。
「トラーさん!ミギノの匂い、こっちだよ!」
アピーの声に振り向いたトラーは、捕らえたオルヴィアをソーラウドに押し付けると大犬族の少女を追って走り出す。訳も分からずオルヴィアを押し付けられたソーラウドは、先の見えない霧の中に消えた神官騎士の背に大声で問いかけた。
「おい!!今、ミギノって言わなかったか?」
**
オルヴィアの従者であるテリスタは、手にした希望を見てほくそ笑んだ。あの絶対的に危険な場で、オルヴィアの呪文により視界が遮られた。本来ならばオルヴィアを逃げ道に引き込んで連れ去るはずが、テリスタは青いルルがこぼれ落ちた小さな少女に目を留めたのだ。
エミー・オーラ大聖導士が気にかけていた、珍しい落人の少女。
騎士団長であるヴァルヴォアールが婚約者だと噂を流して庇護し、自我を保ちながらルルを内在する不思議な少女。嘘か本当か、ルルは英霊オルディオールを名乗っているという。
その少女は今、目の前にぼんやり立っている。テリスタには、それが自分にとっての幸運に見えた。
二人の子供の内では、エミーには相手にされていない長女オルヴィア。我が侭なオルヴィアの従者に命じられた刻は外れクジを引いたように思っていたがそうではなかった。
(これを大聖導士様に届ければ、俺の事を覚えていただける)
腕を掴んで抱え込む。小さくて軽い少女は、いつもオルヴィアがテリスタに持たせて運ばせる魔石の入った鞄よりも軽かった。
見えない霧の中、オルヴィアの声がする前にテリスタは背後の横穴に身を滑り込ませた。横穴への霧はこぼれ漏れる程度で道がよく見える。その地下道を全力疾走で駆け抜けた。そして更に小道の一つを駆け上がると、まだ軍の手つかずの空き家の室に繋がっている。外に出ると乗ってきた箱車が待っていた。
薄汚い街並みに似合わない箱車は、オーラ公家の紋章を消して偽装にメルビウスの紋章を貼り付けてある。大貴族の箱車は、下級兵士は検問に止める事も出来ないからだ。
順調に箱車まで辿り着いたテリスタは辺りを見回し、大人しい落人の少女を荷台の空き箱の中に詰め込んだ。すると初めて少女は抵抗して逃げ出そうとする。
不安げに男を見上げる黒髪の少女は、見た目は北方の奴隷のようだった。なおも逃げ出そうとする少女、飼い犬以下の奴隷に逆らわれたような気分になったテリスタは、白く丸い頰を二度三度、力を込めて叩き付けた。
『っつ、ううっ、』
「声を出すなよ。お前には、話す権利を与えない」
柔らかい白い頰はすぐに腫れ上がり、口の端に血が滲む。ぐったりと大人しくなった少女に満足したテリスタは、箱に蓋をして食糧袋を重石に乗せた。
(この落人が幸運となれば、俺は正規の魔法士になれる)
置き去りにしたオルヴィアは、きっと助からないだろう。助けようとしたが無理だったと伝えればいいのだ。
荷台から飛び降りたテリスタは、中からは出られないように厳重に幌の結び縄を括り付けた。そして御者台に乗り込むと、上級騎士を避けるように裏通りを箱車で駆け抜けた。
**
「トラーさん、ここからミギノの匂い、消えちゃった」
しょんぼりと耳も尾も垂れ下がるアピーは、後から追いついた神官騎士に振り返り涙目を浮かべた。少女の立つ位置には馬犬の足跡と箱車の車輪の後があり、その跡は通りの石畳から途切れて消えていた。トラーはそれを見て舌打ちし、通りを眺めるが右も左も箱車の陰は既に無い。周囲には人影も全く無かった。
「ヴァルヴォアール殿に連れ攫われた刻のようにはいかないか?」
「前はミギノの匂い、あちらこちらに落ちてたの。でも今は、ここで消えちゃったの、」
(濃霧を闇雲に探すよりはと、アピーの嗅覚に頼り切った私が愚かだった)
「おい!ミギノはどうした!?」
オルヴィアを騎士団に押し付けすぐにトラーの後を追ったソーラウドは、迷うことなく空き家の出口に辿り着いた。地上に項垂れる獣人の少女と、辺りを見回す神官騎士を発見し近寄ると厳しい瞳が振り返る。
「白狐、トライドの使者殿か。何者かが巫女様を攫い逃げたのだ」
「っんだってえ?、ざけんじゃねえよ!何処だ!?何処のどいつだ!?」
ソーラウドの剣幕にアピーはじりじりと離れて後退するが、微かに残る少女の匂いを追い求め、未だ残り香を探し続けている。だがその匂いもすぐに風に吹かれて消えて無くなった。
「ここから箱車で連れ去られた。犯人はオーラの者だ」
「クソッ!ここを仕切ってた赤い馬犬の奴らも姿が見えねえ。多分オーラにヤラレちまってるな」
寂れた裏通りに人影が全く無いのは不自然だ。ソーラウドは異様な街の状況に赤い瞳を眇めてトラーを見た。
「この界隈で箱車を見た奴を集める」
走り去るソーラウドを見ずに、道路の石畳では消えてしまう車輪と足跡を睨みつけていたトラーは、何かに気付いてアピーを振り返る。
「アピー、この馬犬の足跡の匂いは追えるか?」
「やってみる!」
***
ーーーファルド帝国、王都東門。
オーラ家に繋がる北口は軍に封じられ、一般人の侵入が禁じられている。そのため、北の集落に向かう者たちも東門を使用する事になり、商人や旅人で混雑していた。
門に続く長い行列に、ふらふらと一人の男が近寄っていく。ファルドの貴族に詳しくない太った商人は、近寄ってくる褐色の肌の男に気さくに笑いかけた。
*
新しい身体を手に入れた十九は、交換した貴族の衣服を金に換金し、庶民の衣服と所持金を手に入れた。以前着用していた黒い隊服に似た物を探したが、ファルドの衣服屋に黒色は無いと言われて諦め、違う色で妥協した。
市場や裏通りの露店で散々食べ歩き、目に付いた娼館に入る。人の顔を見て恐々と震える女たちは面白くなかったが、用は済ませたのでまた露店で食べ歩きをしていた。
不思議な事に、散々食べたり娼館を利用してみたが、金を要求される事が無い。衣服を交換換金した衣服屋も、服代を差し引かれた様子が無かった。
(クレイオルと、間違われてんな・・・俺。まあ、色的に?似てなくもないか)
あとは他の者には見られない、この特殊な瞳の色だろう。金の髪、肌は色白の住民が多いファルド国内でも黒髪や褐色の肌の者は他にも居るが、この目の色だけはクレイオルとオルヴィア以外に遭遇した事が無い。
瞳の色を改めて見ていると、鏡越しに寝台に横になっていた女と目が合う。帝国一の美しい女は気が強くて気難しいと店の売り込みだったが、終始言いなりに従順で他の娼妓より扱いやすかった。
「私を、オーラへ連れて行ってくれませんか?クレイオル様のためになら、なんでもいたします」
甘い声で背後から抱き付く女に、十九は腹が減ったとファルド語で呟いた。帝国一の娼妓の稼ぎで用意された様々な豪華な食事。それをペロリと平らげると、当たり前のように金を払わず店を去る。それでも背後からは「今晩もお待ちしています」との甘い声が掛かるが振り向かず、十九は露店通りへ足を運んだ。
「やっぱりね。この辺に居ると思った」
娼館が並ぶ通りは、今は内乱により出歩く者が限られている。日々の糧を露店の収入に頼る者たち、それを買いに来る職人たち、軍の統制を気にしない貴族の若者たちが娼館にやって来るくらいだ。
人気の少ない通りの真ん中、貴族の一人かと思われた美しい青年は薄青色の瞳を真っ直ぐ十九に向けていた。
〈・・・お前、四十五番だな?〉
「噂になってるよ。クレイオルさんが市場や下町を彷徨いているって。作戦で立ち寄る事はあっても、こんな汚いところ彷徨く事はしないよね。クレイオルさんなら」
〈・・・・〉
「十九、これを君に返しておくよ」
〈!〉
差し出されたエルヴィーの手、流れ落ちた鎖の先には紫色の石が輝いていた。
「これ、エミーの愛だよね」
〈なんでお前が、?〉
「だってそれ、君には必要でしょう?僕には分かるよ」
**
皇帝がアレウスに代替わりしてから、ファルド帝国は揺らいでいる。更にガーランド竜王国との和平条約により貴族院は真っ二つに割れ、オーラ公家とエールダー公家が離反した事により下位貴族もどっちつかずの中途半端な状態だった。
本来それを治めるはずの大貴族、ヴァルヴォアール公家やメルビウス公家も情勢を見定めているのか沈黙したままで、騎士団の警備にもところどころ穴が大きく開いている。知り尽くした王城の抜け道、貴族の女しか利用しない皇宮庭園から忍び込んだ十九は、目的の者がうろちょろと庭を歩いて居るのを発見した。
(明るい所で見るとあのガキ、ますます小せえな)
獣人の少年と少女と共に、草木を見て何が面白いのか臭いを嗅いでいる。そして人形のように少年に掴まれると、頼りない細い木の枝を昇り始めた。
〈・・・・バカなガキども、〉
想像通りにボキリと折れた細い枝。早足で落下地点に先回りし落ちてきた少女を受け止めると、以前と同じ柔らかさにドキリとする。何処を掴めば痛がらないかと、小動物を触るように慎重に抱きかかえた十九は、きょとんと自分を見上げた少女がおかしくて吹き出した。
四十五を通して戻ってきた紫色の石、その事をを少女に言いたくて、それだけの為に忍び込んだ。陽の光の下で見る少女の顔は、つり目気味の黒目がきらきらと輝き色白で健康的に頰が赤くなっている。
もう少し何かを話そうと思ったが、近寄る物騒な足音にその場をすぐに立ち去った。
(そういや、オーラはファルドを出たけど、大魔法の始動を止めるために軍が動いてるよな。なら誰かまだ残ってるのか?クレイオルあたり?)
城を出た十九は、ふと大魔法陣騒ぎで荒れるファルド国内を見回した。
(いま発動されたら、あのガキも危ないのかな?・・・まあ、魔法陣適用の範囲だけでも調べとくか)
いくつかのオーラ公家の子飼いの貴族の家を巡り、その一つにオルヴィアと玉狩りの出入りを確認する。新しい身体で乗り込む訳にもいかず、少し様子を見ているとオルヴィアが箱車で出かけて行った。
それを走り追い掛けた事により、急激に空腹感が増した十九は、箱車の停車した空き家を横目に通り過ぎる。
(とりあえず場所は分かったから、飯を食ってからにしよう)
その後だった。爆発音に食事を中断して飯屋から飛び出た十九は、空き家より少し離れた別の場所から煙が立ち上るのを確認する。オルヴィアが関係していると現場に駆け寄るが、既にそこは軍隊が占拠していた。そして少し考えたが、揉め事を起こさず、再び箱車の停車した空き家へ戻ることにする。
途中、馬犬に引かれて勢いよく走り去る箱車とすれ違う。それを見送った十九は、オルヴィアが急いで逃げ出したと推測した。
(一足遅かったか・・・。まあでも、逃げ出したんなら大掃上の資料、残ってるかな)
空き家を探ってみるかと近寄ると、建て付けの悪い扉が勢いよく開く。中からは獣人の少女が飛び出て来た。それから身を隠すため、素早く廃屋の戸口の影に身を潜める。
「アピー!巫女様は!?」
「トラーさん、ここからミギノの匂い、消えちゃった」
(巫女様?、ミギノ?、って、あのガキの呼び名じゃなかったか?)
再び柄の悪い白髪の男が現れて、彼らの話で落人の少女が攫われた事を知った。
(さっきの車か・・・)
勢いよく走り去った箱車、その方向を見定めた十九は、東門に向かい走り出した。
*
横から現れた褐色の肌の男は、太った商人に長い列をうんざりだねと眺めながら話し掛けた。
珍しいガーランド語、理解できる言葉に反応した商人は笑い頷く。そして商人は、朝から並ぶ自分たちの荷馬車を素通りして、並ぶことなく最前列に進んだ金持ちの箱車が門を通って行ったと、ガーランド言葉で愚痴をこぼした。それに頷く褐色の肌の男は、貴族は我が侭だからなと、同じように愚痴をこぼして去って行く。
再び長い行列を見つめて溜め息を吐いた商人は、大きな荷物を積んだ荷台が崩れていないか後ろを振り返る。荷を結んだ紐が緩んでいないか確認するために荷馬車を降りると、後方から土埃を舞い立たせ駆け抜ける黒い馬犬を目にした。
「なんだ?」
「軍か?」
ざわざわと行列は横切る馬犬を見送るが、騎乗した褐色の肌の男に太った商人は目を見開いた。
「あ、あの兄さん、!」
軍の検問所、馬犬止めの柵を飛び越え、更に検問所に立ちはだかる兵士達の頭の上を、黒い馬犬は軽やかに飛び越える。唖然とそれを見た兵士たちを置き去りに、褐色の肌の男は東へ向かって走り去って行った。




