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ぷるりんと異世界旅行  作者: wawa
天へ帰る歌~オーラ公国
199/221

15 きっと、すぐに戻って来るよ!


 (自称)十九セルドライに連れられて宿屋を後にした。よく考えると、空腹と熱中症に苦しむ私の治療費や旅館滞在費、食事などを彼に負担させている。


 巫女として役割を与えられていた時は、何をしている訳でも無いが無銭飲食という負い目をそれほど感じなかった。だが今は違うのだ。見せかけの巫女称号など通じない。見知らぬ冴えない男にほっぺをパンされた時に、巫女属性は吹き飛んでしまったのだ。


 なので再び、無銭飲食無職という厳しい現実が私に突き付けられている。お金の手持ちの無い私は、旅館を出てから訪れた町のお食事処で意を決してあれを差し出した。


 今の私の財産と呼べる唯一の物。返ってきたばかりのオゥストロさんの指輪である。





 運ばれてきた葉野菜と肉料理、見慣れない木造の店の中でぼんやり座るだけの私に(自称)十九セルドライはセルフドリンクの木の実の飲み物を持ってきてくれた。


 〈エミーの愛を返してもらった****、腹が減るのは変わりないんだよね。眠くなるし、この前なんか、久しぶりに女に声*****、あ、ウォル、ゴホン、これは止めとくか〉


 おそらく下ネタを話し始めたと察するが、私はこれ見よがしに彼の目の前に指輪を置いた。不審にそれを見つめる(自称)十九セルドライ。深く頷く私。


 〈なんだ?〉


 〈ありがとうございます。これは、お前の取り分だから〉


 〈・・・・・・・・・。〉


 への字口。久しぶりに片方の眉毛が上がる表情を見た。しかし懐かしいメアーさんは、今は美魔女エミーと逃亡中である。


 〈取り分か、・・・なるほど。お前の愛はこの肉の値段と等しい***?〉


 明らかなる侮蔑。お肉の値段と指輪の交換だと思われたらしい。私の誠意が空回り、命を助けてもらえた総合的な謝礼だと伝わらなかった。


 〈肉は違う。私、助ける、それはお前の取り分だから〉


 必死で思い起こすのは、姉さんや弟が食事中によく言っていたドローン語である。再び無言になった色黒の十九セルドライは目を細めたまま馬鹿にしたように鼻で笑った。


 〈なるほど、それがお前の*****言うのなら、やはり落人オルってやつは無知で無学習なのは本当なんだな〉


 過去に眼鏡の講師の授業で何度か聞いた。無知と無学習というドローン語は、言われた後に既に弟に検索済みなのである。他国の言葉を習得し異文化に触れ合えるプラス面。だがそれは、知らなくても良い他国の罵詈雑言も同時に吸収してしまう諸刃の剣でもあるのだとは、既に了承済みである。


 (むしろ汚い言葉や悪口とは、学ばなくても自然に理解できるようになってしまったのが不思議である) 


 命の恩人に意を決して差し出した大切な指輪。なのに無知と無学習と揶揄られた私だが、罵詈雑言を仏のスキルでヤリス・ゴス。


 本当は、オゥストロさんの指輪をこんなオバサン達の『イイからイイから、貰っときな』的な状況で渡したくはなかった。でも私には今は差し出せる物が他には無いのだ。


 ヤリス・ゴスの発動で『イイからイイから』と頷く私。だがそれに目を眇めた色黒の十九セルドライは〈いらん〉と指輪を押し戻し低い声で唸った。

  

 ビクリ。(怒った。何故、)


 私は消したい火に油を注ぐ天然派ではない。むしろ現場の空気はいち早く察して空気に溶け込める上級スキルを装備している。


 (なので、なけなしの財産を差し出す作戦は、変更したいと思います)


 戻った指輪を首にかけて衣服の中にしまい込む。今の私の服装は、すれ違う町の子供達が身に着ける丈長チュニックと長パンツ。麻のような素材でとても涼しい。そして紐でくくる皮サンダルに万能大判ストールが一枚だ。


 〈いいから、とっとと食え〉


 私の決意のやり取りを何事も無かったかのように、目の前のお肉に齧り付いた十九セルドライ。ダークグリーンの詰め襟のジャケットに黒パンツを長ブーツにインしている。お食事処の他のお客さんも似たような薄汚れたジャケットを着ているのだが、(自称)十九セルドライのスタイルが良いためか、同じ様な服装でもオシャレに着こなしている。


 〈足りねーな。もう少し食っとくか〉


 もりもり食べて、次の皿をオーダーしに席を立つ十九セルドライ。彼を見ていると、何でも残さずもりもり食べるエルビー、姉さんと弟の家に居候した懐かしい日々を思い出す。


 〈ウォル!お前はその皿、・・・それはお前の取り分だから!〉


 指さし確認、お皿の中のお肉。ニコリとまた少年の様に笑った十九セルドライの背中を見送り、私は目の前に置かれた大量の肉料理と向き合うことにした。

 


 

**




 何のお肉かは分からない。でも一度口に入るとやみつきな塩加減。病み上がりなはずの私だが、大量に肉を消費する十九セルドライに負けずに黙々と自分の取り分は食べ続けた。



 『食べ過ぎた・・・、口から出る、』


 〈おー、食ったなー!さ、次の町までは馬犬ドーラでも借りるか〉


 〈町、次は何処?〉


 〈次はエリドート。海が見えるぜ。まあ、****でいうと、****の町だな〉


 彼の話は飛竜ネタが多い。むしろほぼ飛竜の良さを語っているのだと思うのだが、やはりところどころ聞き流し・・・失礼。聞き逃してしまっている。だが私は、自分が居なくなった後のあのもくもくとした現場の状況を確認しなければならないのだ。飛竜ネタの隙間に、これに関する質問をねじ込まなければならない。


 (だけどエミー魔女の関係者。命の恩人なのだけど、ぷるりん達の事をこの人にどこまで聞いて良いか・・・微妙。)


 何処へ?と聞けば今のように答えてくれるのだが、彼と進む道のりはおそらく今まで通ったことの無い町の名前ばかり。そして大都会のファルドに向かっているとは思えない。田舎感が増す住民たち、どことなく見たことの無い民族衣装も増えてきた。


 〈エリドート、海が見えるぜ?〉


 〈そうだ。お前、海は見たことあんの?〉


 〈あるぞ。海、奇麗フローとてもとても〉


 微笑む十九セルドライ。この人の笑顔は何故かほっとする。猫のように目尻がツンとしているところも、大人の男性への表現としては失礼かもしれないが、なんだかとても可愛らしい。


 〈俺も海は見たことあるけどな。仕事だったからなー。・・・でもなんか、外の国でこーいうの、初めてなんだ〉


 〈旅行?〉


 〈そうだ。ガーランドから外へ出たのは、第三に移動して、グルディ・オーサに飛んだのが初めてだった〉


 『・・・・』


 〈なんか新鮮ラオルトだな。こうやって、いろんな国の飯を食い歩くのも〉


 〈なんかラオルトだな?〉、

 『食べ歩き、楽しいですね。のちのち、あなたへのこのご恩は、返せるタイミングで返しますね。いつか』



**



 借りてきた馬鹿うましかは、店主が色黒の十九セルドライに合わせたのかつやつやの黒い毛並みをしていた。馬鹿うましかには豹のように点々と斑点模様がついている。


 〈強いぞ?〉


 〈そうだな。良い馬犬ドーラだ。まあ、プライラには勝てないけどな〉


 (馬鹿うましかの二人乗り。なんか、旅行気分?)


 調べなければいけない事はたくさんあるのだが、今はどうにもならないのだ。焦ったってスマホもネットも公衆電話も何も無い。通信手段が断たれた状況では、まずは情報収集が基本だろう。この異世界では、手紙のやり取りでさえ神社か軍施設を利用するのだ。民間の伝達方法は商人で、もちろん日付指定なんて出来ない。年内に届けば良し。半年以内の到着は相当運が良いそうだ。


 一番早い緊急連絡は、やはり軍施設が一番だという。だが軍に追われているオーラの人々の縁者である、この十九セルドライがそこに行くことが無いことくらい、私にも分かるのだ。


 (彼から危害を加えられる事は無い。むしろ命の恩人である。ここは焦らす騒がず慎重に状況を見極めよう)


 〈ウォル!見えたぞ!海だ!〉


 『ほわぁっ!!』


 真っ青な海は、カッパちゃん達の国へ行ったとき以来だが、なんだか色が少し違う。カッパちゃん達の国を賑やかな南海リゾート海岸だというのなら、いま目の前に広がる海は静謐で穏やかな北海リゾート風だ。


 『マイナスイオン、潮香る!』


 打ち寄せては引いて去る、青紺の海に白い波の線。何故か白いワンピースの女性が思い浮かぶ。


 〈まいなすいおん、シオカオル!〉


 『むむ?』


 真似された!しかもわざと声は高めに馬鹿にされた風。私もよくリピート発音学習をしているが、馬鹿にした事など無い。むしろ必死で発音を覚えている。だが今の妙に高い裏声、確実にリピート学習では無い。馬鹿うましかの上で身動ぎ上を見上げると、深く被った埃避けのマントの中、清ました精悍な顔、榛色の瞳と目が合う。そしてブッと私の顔に唾を噴き出すと、褐色の肌に並びの良い白い歯を全開に笑われた。


 〈お前の落人オル語、なんか、音が笑える。シオカオル!、なにそれ、どーいう意味?〉


 侮辱されると自然に片方の眉毛は上がってしまうのだが、まあ、これくらいは聞き流してやろう。私は十九セルドライを過ぎた二十ルスローの女なのだ。


 〈なあ、シオカオル!?、はしゃいだって事は、喜ぶ意味なんだろ?〉


 『潮香る?私がそんな情緒豊かで繊細な我が国の言葉を、ドローン語で説明出来る語学レベルだと思うのですか?』、

 「ムリムリ!」


 〈シオカ・落人オル?〉


 『・・・しつこいなぁ、この人やっぱり見た目より、中身は子供だな。・・・二人目?ドローンの国。エスフォロス弟も、中身は子供様だったよな。確か、まだ中身がお子様が居たような?』


 〈おい、怒るなよ。シオカ落人オル


 『名前じゃないし!名前っぽいけど!しかもなんか、落人オルにかけて笑われてる気がする、』


 小学生の絡みのようにしつこいシオカオル・リピーター。対応できずにスキル無視を発動し海を眺める私だが、背中を包み込む男の腹は小刻みに揺れている。まさかのシオカオルが彼の笑いの壷となったようだが、笑われるのみの私には不愉快なだけなのである。


 シタシタシタと土の道路を走る馬鹿うましかの足音。


 潮風が吹き付ける中、時折すれ違うのはゆっくり走る荷馬車のみ。そして私たちは他愛ない言い合いをし、意味の無いドローン語の掛け合いをする。


 (なんか、ほっとする・・・)


 実は私は、十九セルドライに助けられてから今まで、積極的にぷるりん達の情報収集をしていなかった。


 現状、攫われてこの場に居るのだが、北方や南方、そしてドローンの国のガーランドを訪れた時よりも今は不安が少ない。この異世界に落ちてきて、ぷるりんと出会えた。エルビーやチャラソウに助けられて流されるままにここまでやって来たのだが、今が一番、穏やかに海を眺めている気がする。


 今回のように攫われたり、空から投げ出されたり、動物的な者に囓られたりなど様々な経験をしてきたが、ぷるりんを始め心優しい人々に出会いたくさん助けられてきた私。


 自分発信などほとんど無く、ぷるりんに身体を貸すことで流れに流されここまで辿り着いた。


 特技も特になし。魔法のアイテムスマホ様も、電波は届かずワイファイさえ見あたらない。更に充電はすぐに消費して時計さえ使えなくなった。もちろん勇者希望など未だに夢にも思わない。だけど異世界に落とされた私は、私なりに精一杯周囲の空気に流されて、ここまでやって来たのだ。


 何故ここで、異世界の過去を振り返る?


 異世界の思い出を海を見ながら総決算?


 

 (このまま、この(自称)十九セルドライと、遠くに行ったらどうなるのかな、)



 ぷるりんとエルビーを始めとする仲間たち。可愛いアピーちゃんやくろちゃん。そしてヒヤリと肌が冷たいカッパちゃん。性犯罪者と同じくくりにしたくないギリギリのトラーさんに、頼もしい姉さんと役に立つ弟。居なくなってほっとしたのは大きな肉食獣と笑う鳥男。そして、


 (俺の名前を呼べって、言ってくれたあの人)


 実際に、攫われても彼の名前を犯罪者に告げる余裕など無かったが、あったとしてもきっと言わなかっただろう。胸元を握りしめると、私の元に戻ってきてくれた大切な指輪の形が手の中にある。



 (私がこのまま居なくなったら、いや、居なくなっても、何も変わらないよね)



 いつか私は、私の本当の家に帰るのだ。


 そのために、私はぷるりんと誓約グランフフーンサしたのだ。今となっては曖昧契約のグランフフーンサの信用性は期待などしていないが、ぷるりん達やボンボン若社長は先祖の誓約グランフフーンサに悩まされているようだった。


 誓約グランフフーンサは魔法ではないようだ。化学的な役割を持つ魔法よりたちの悪い、呪い的な何かだと私は想像する。


 だが結局は、それも想像や妄想に終わるだけで、私が呪いを解く事に貢献出来る訳では無い。きっとこの手の難題は、医師オカマかチカンの領域となるのだろう。研究熱心な彼らの事だ、もう既に対策を講じているかもしれない。私がこの異世界に来て大きく貢献出来たのは、天上の巫女様巡業よりも、ぷるりんに身体を貸してあげた事だけである。 

 

 だけどそれも、もう、役目は終わりかもしれない。ぷるりんは、きっと間抜けな私に愛想をつかせているはずだ。パン女が私を馬鹿にしていたように、ぷるりんだって本当はもっと運動部で身体をムキムキに鍛えた、少年か青年に取り憑きたかったに違いない。


 ぷるりんは、少し走っただけで息苦しくなり、剣を握れば手の平の皮がズルリと剥けてしまう、軟弱な私より他の落人オルの方が良かったはずなのだ。


 そんなこと、けっこう前から空気を読んで知っていたが、私は自分がぷるりんに見捨てられないために、あえてここはふんわりとやり過ごしていた。あ、ヤリス・ゴシ・・・、ゴスにならない、違うな。


 (そうだよ。初めから、皆とは、離れる前提のお付き合いだったのだ。それが少し、いや、今になっただけだよね)


 〈見ろ。エリドートだ〉


 背後から伸びた長い腕は、私を過ぎて遠くを指し示す。海には大きな船が並び、海岸沿いから建物が増えていく。


 〈魔戦士おれたちがエミーの***、港町はエリドートの*********壊さないで*******、第四のディルオートの**********に破壊***たんだ。でももうほぼ元通りだろ?〉


 自分の異世界での存在感を振り返り、うわの空で海を眺めていたが町がどんどん近づいていた。無造作に大木が二本突き立てられた門。開けっぴろげに見渡せる町並み。背の高い建物は無く、平屋の木の家がズラリと並んでいた。


 十九セルドライ馬鹿うましかからスタッと華麗に飛び降りて、町の入り口の馬鹿うましかレンタル屋さんに、ここまで乗せてくれた強そうなこの子を返しに行く。台が無いと自力で降りられない私は、未だ馬上に乗ったままだった。



 「ウォラ?珍しいな、北方セウスの奴隷じゃねーか」



 物騒な野太い声に振り返ると、大柄な男達が徒党を組んでやって来る。オラオラと凄味ながら歩く姿は絵に描いたような悪役である。


 (怖い。北方セウスの奴隷?・・・って、私のことか!?) 


 いつもならば背の低い私は町の子供達と紛れるが、今は凛々しく馬上に座り大きな彼らよりも目線が高い。 

  

 (いや、むしろ馬上なのに少しだけ目線が高い程度。こいつら、巨人達並にデカイ、)

 

 オラオラに冷や汗に焦る私を余所に、鹿馬しかうま屋さんと話をしてきた十九セルドライが帰ってきた。五六人でオラオラ囲むヤカラ達。それに怯みもせずに彼らをチラ見した十九セルドライは、私の両脇をガシリと掴んでさっと地上に降ろしてくれた。


 (子供がパパンに、牧場体験で馬から降ろされるが如く)


 そしてパパン十九セルドライはヤカラに因縁を付けられていたが、彼らとは大きく揉めることなくここでお別れ出来た。きっとパパン十九セルドライは、ヤカラも一目置く威圧的雰囲気を醸し出していたのかもしれない。


 (もしくは言葉をドローン語で押し通したパパン。言葉が通じず諦めたのか、パパンの眼力が勝ったのか)


 ヤカラと言えばトライド名物白狐面の医師達なのだが、今通り過ぎた浜のヤカラ達とどちらがヤカラなのだろう。いや、ヤカラに甲乙は付けがたいのだが、オラオラと寄り付く彼らを見ていて思い出してしまった。


 (アピーちゃんとヤセテル少年の恋物語は、見ていて微笑ましかったけど)


 去り行く浜のヤカラ達の中に、やはり若そうな少年ヤカラも混ざっている。オラツカレタが特に害は無かったので、私達は浜町を食べ歩きすることになった。


 〈こっちだぞ!〉


 旅館に荷物を置いてからのおトイレタイム。玄関口をうろつく私を色黒の十九セルドライは片手を上げて呼び止めた。そしてさっと手を差し出される。そんなことをされれば、ワンコのように手の平に手を重ねてしまうのが本能というもの。


 がしり。 

 『わわっ、』


 なんと私は、この異世界にて幼少期以来したことなどない、異性と手を繫いでしまったのである!


 (自称)十九セルドライ。見た目は二十代後半男性に手を繋がれて、露店通りを散策する。


 (緊張する・・・。照れる・・・。自分の手の、汗ばみが気になる、)


 もじもじと手繋ぎタイムをヤリス・ゴス私だが、すれ違う人々の目線は・・・ん?


 青年男性と二十歳の女子。照れ隠さずの手繋ぎデートのようなこのシチュエーションは、本来羨望の的になるだろう。見た目はキレのあるイケメン十九セルドライさんに手を引かれた私は、浜の女性たちにとって嫉妬羨望の対象になっているはずなのだが、これは?


 (温かい目線が注がれている。男性も女性も、ハッ!)


 そうか、なるほど。先ほどヤカラ達にオラオラされた時に彼らは言っていた。私のことを、北方セウスの奴隷だと。


 (これは本当の、ワンコ的な奴隷のお散歩タイムだと思われているのだな?)


 どうりで十九セルドライにきゃっきゃっウフフと近寄ってきそうな、イケてる浜の女性たちから怒りの嫉妬目線を感じないわけだ。


 ーーくんくん。


 (香ばしい・・・焼き物の匂い・・・)

 〈ほら、お前には小さいソールな〉


 手渡された棒付き焼き魚。かぶりつく私。旨し。


 奴隷の餌付けに周囲の目は更に温まる。それで良い。理不尽な女たちの嫉妬羨望は、醜い争いを生むだけである。


 その後、私と十九セルドライは、てくてくと港の露店を食べ歩きした。浜の町、路地裏ではカツアゲされそうになったのだが、それは魔戦士デルドバルと呼ばれた十九セルドライさんがくるりと丸めて事なきを得た。



**



 誰にも追い立てられない食べ歩きは、なんだかとても久しぶりである。我が国では長期休暇で利用した、家族や友人たちとの近場遠出の旅行を思い出した。


 我が国を思い出すことに、心が苦しくなくなってきた今日この頃。身も苦しくなってきた。塩だけで味付けされる焼き魚や焼肉の食べ歩き、数日前まで空腹で死ぬかと思い、そこそこ体重も下がったと自覚していたのだが、


 (今はきっと、リバウンドしてる・・・)


 パンツを紐で括るのだが、その蝶々が小さくなった。旅館では大きなタライにお湯を張って身体をゴシゴシする。この町は海風が吹くためか、サウナのような今までの蒸し風呂とは違いお湯で潮風を落とすのだろう。


 幼児のように、ぽてりと丸いお腹を鏡で確認する。


 『やばいな・・・』


 〈ヤバイナ・・・〉


 『フギャッ!!』


 気が付けば、レディーの脱衣所の入り口に色黒のあいつが立っていた。鏡越しに大口を開けて笑った白い歯が見える。振り返り大判タオルを投げつけてやったが、それは当たることなく素早く覗き魔は扉を閉めて出て行った。




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